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from: エリスさん
2013年02月08日 14時14分23秒
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離したその手を再びつなぐ・2
衣織の魂を抱きかかえて空を飛ぶアーテーの姿は、初めてイオーとして会った時の5歳児の姿だった。
そう言えば片桐枝実子の守護霊をしている時も、それぐらいの少女に見えていた。
『アーテー様、イオーとしての私が死んでしまってから、また子供の姿に戻ってしまったのね......』
それでも、イオーを抱きしめている時だけは大人の体に変化したものだったが、今の衣織は実体がないために、その作用が働かないのだろう。
『可哀想なアーテー様......きっと、私がいない間、寂しい思いをされていたんだわ』
衣織は通り抜けてしまう腕で、それでも精一杯アーテーの肩にしがみ付いた。
それを、アーテーも感じることができた。
『イオー......やっぱりイオーも私を待っててくれた......』
アーテーはオリュンポス神界のアルゴス社殿の庭まで来ると、噴水の傍に降り立った。
そこで衣織を降ろすと、改めて二人はお互いを見つめ合った。
「イオー、会いたかった......」
「私もです、アーテー様」
「ねえ、あの頃の姿に戻れないの? 魂だけの姿なんだから、好きな姿に変化できるでしょ?」
「そうですよね。現に若返ってるのですから......ええっと、どうやるんだろう......」
「私のお母様がしょっちゅう人間の姿になって、人間界に遊びに行ってるんだけど、その時は"自分のなりたい姿をイメージしてる"って言ってたよ」
「イメージですか......」
衣織はそう呟いて、目を閉じた――イオーだった時の姿を思い出してみる。アルゴス王家の王女であり、巫女だった自分を。すると、ゆっくりとその姿が変わり始めた。着ている服も病院で着ていた浴衣ではなく、ギリシャのキトンへと変化する。
初めてアーテーと愛し合った時の、15歳のイオーへと変わった衣織――イオーは、ゆっくりと目を開けると、アーテーに微笑んだ。
「イオー!」
アーテーは思わず抱きつこうとして、イオーの体をすり抜けて転びそうになった。
「そっか、実体はないままなんだ......」
「アーテー様......」
「でも私、イオーに触れたい......」
アーテーはそうっと手を差し出して、イオーの顔のあたりで、頬を撫でるように手を動かした。
「私もです、アーテー様」
イオーは自分から歩み寄って、彼女の唇にキスをしようとした。
何も感触はない――でも、気持ちは伝わってくる。
それでも。
「やっぱり、このままじゃ駄目だね。イオーが生まれ変わらないと」
「では、やはり私は日本の黄泉の国に戻らないと......」
「それは駄目! それじゃいつになったらギリシアに戻れるか分からないもの!」
「ですが......」
「私に考えがあるんだ。前世の、その前の前世ってイオーは樹から生まれた精霊だったんでしょ?」
「ええ、そうですが」
「その時の母親の樹を探して、イオーはその中に入って、また産んでもらえばいいんだよ」
「そんな上手く行きますか?」
「行くよ! 絶対!」
と、アーテーが行った時だった。
「上手く行くわけないでしょうォ―――!!」
と、頭上から声がして、亜麻色の翼の女神が急降下で降りてきて、アーテーの頭をハリセンで殴った。
「いったァ~い! 何すんのよ、お姉様ァ」
痛みで頭を抑えながらアーテーが言うと、亜麻色の翼の女神が自分の背中に両手を回して、呪文を唱えて翼を髪に戻していた――レーテーだった。
「それはこちらの台詞です! あなたと言う妹は、他国の死者を勝手に連れ去るなど、国際問題になったらどうするのよ!! たまたま私と高天原(たかまがはら。日本の神界)の黄泉の国の女王様が知り合いだったから、大ごとにならずに済んでるけど」
「だってェ、あのままイオーが日本の死者の国に入ってしまったら、ギリシアに戻れずにまた日本で転生するかもしれなかったから......」
「だからって!?」
そこへタケルが現れた。「まあまあ、落ち着いて。もうペルセポネー様が到着したから、エリス様も立ち会って話し合ってくださるそうだよ」
「そう、お母様も......よくよく叱っていただかなきゃ」
レーテーはそういうと、ハリセンをタケルに渡した。
「あなたの言った通り、この武器なら相手に大怪我をさせずに済むわね」
「日本のお笑い芸人なんかが使うんだよ。いいだろ?」
なのでイオーが言った。「タケルさん、最近の日本の文化にも精通してるんですか?」
「インターネットの動画サイトでいろいろと見られるからね」
「神界も変わりましたね(^_^;)」
そこへ、ようやく麗子が追い付いて、しかし息も絶え絶えで倒れ込んだ。
「あら、あなた。レシーナー?」と、レーテーは言うと、彼女を助け起こした。
「はい......ご無沙汰をしております、レーテー様」
「ちょうどいいわ、あなたもいらっしゃい。母君がお喜びになるわ」
「はい......」
麗子には何が何だか分からなかったが、もう抵抗する体力も残っていなかった。
「久しぶりだな、麗子さん......いや、私がこの格好なのだから、レシーナーと呼ぶべきかな」
復活神エリスが言うと、その隣にいた第2妃のキオーネーが言った。
「麗子さん自身が"鍋島麗子"の姿なのですから、麗子さんで宜しいのでは? 我が君。それにしても、本当に懐かしい」
「えっと......」と、麗子は言った。「恐れ入ります。私はあなたとは初対面だと思うのですが......」
するとキオーネーは目を閉じてイメージを働かせ、乃木章一の姿に変化した。
「えっ!? 乃木さん!?」
「そう、日本にいる間はね」
と、章一は答えると、すぐにキオーネーの姿に戻った。「こっちが本当の姿なんです」
「では、あなたがエリス様の最初の奥様の、キオーネー様?」
「ええ、そうよ」
「うわァ、びっくりだわ......」
そこで、いつまでも話が本題に入れそうにないので、ペルセポネーが咳ばらいをした。
「高天原の伊邪那美殿からすべてを任されてきたわ。とにかくすべての死者は一端冥界を通って、生前の行いによる審査を受けて、そのまま冥界で過ごすか、もしくはまた人間界に行って修行するか、決めなければならないの。こちらの佐久間衣織さんはまだその手順を踏んでいないのだから、このままでは幽霊として安住の地も持たないことになるのよ」
「だったらお願いです!」と、アーテーは言った。「どうかイオーを日本ではなく、このギリシアの冥界に行かせてください! そして、オリュンポスの精霊として転生させてください!」
「それがあなたの望みなわけね、アーテー。衣織さん、あなたもそうかしら?」
ペルセポネーの問いに、衣織は恭しく頭を下げて言った。
「出来ることなら......ですが、私は一介の人間に過ぎません。大望は持たず、すべては神様である皆様に委ねたく思います」
「イオー!?」と、アーテーが言ったが、それをペルセポネーが制した。
「殊勝な心がけね。あなたのその信仰心の厚さに、私も応えようと思います。幸い、衣織さんは黄泉の国に入った後、我が冥界に移り住むことが内定しておりました」
「そうだったのですか?」と、エリスが驚いて聞いた。「だったら、アーテーがしたことは全くの無駄だったのですね」
「でもね、その後は100年ほど冥界に留まって、人間として転生する予定だったの」
「100年も待てません!」と、アーテーが言ったので、
「黙ってなさい!」と、レーテーに頭を抑えられた。
「まあ、待てないわよね」と、ペルセポネーは笑うと、「だから、私の権限を使って、その運命を変えてあげます。精霊でなくても、不老長寿なら何でもいいのでしょう?」
「はい! ずっと一緒に居られるなら!」
と、アーテーがまた大きな声を出したので、レーテーは更にアーテーの頭を抑えた。
「エリス殿、あなたの妹に子宝に恵まれない方がいらしたわね」
ペルセポネーに言われて、エリスは一人だけ思い当たった。
「マリーターのことですか?」
「ええ。あの方の背の君(夫)は、この衣織さんの前世の息子だとか......転生先にはちょうどいいと思うのですけど、どうかしら?」
「おっしゃる通りですが......当人たちにも聞いて見ましょう」
エリスはそう言うと、指を鳴らしてテレビ電話を出現させた。
「マリーター! おォーい、マリーター!」
エリスが声を掛けると、テレビ電話の向こうから、
「ハーイ! ただいまァ!」
と、声が聞こえてきて、画面にマリーターが現れた。
「ハイ、お姉様。御用でございますか?」
「うむ。ティートロースもいるか? 今日は非番であろう」
「ええ、おりますわ」
マリーターは奥の方へ声を掛けて、夫のティートロースを呼び寄せた。
そしてペルセポネーが事の次第を説明すると、二人は驚き、喜んだ。
「私たちに娘を授けてくださるのですか!」
「しかもそれが、前世の母上――巫女殿でいらっしゃると」
「いづれはそうなる運命だったのです」と、ペルセポネーは言った。「二人の間に今まで子供がいなかったのは、一重にこの衣織さん――イオーが神族として転生するに相応しい魂となるまで待っていたからこそ」
「つまり......」と、エリスは言った。「精霊ではなく、女神として?」
「そのためには、もう少し修行が必要だったのですが......でもまあ、半神半人として生まれて、後は生きている間に精進して女神となればいいでしょう。不老長寿になれば時間は限りなくありますから――それでいいですか? イオー。アーテー」
「はい! それでいいです!」と、アーテーが姉の手を振りほどきながら言うと、
「ありがとうございます、ペルセポネー様」と、イオーも答えた。
「では、イオー。私と一緒に冥界に参りましょう」
「はい......ちょっと、お待ちいただけますか?」
イオーはそう言うと、テレビ電話の方へ行った。
「ティートロースさん......今度は、私が子供の立場になるんだね」
「はい、巫女殿」
「もう巫女じゃないよ......今度はちゃんと、親子になろうね、お父様」
「はい......いやッ......ああ、そうだな」
「私も待ってるわ、イオー」と、マリーターが言った。「あなたの母親になれるなんて、嬉しいわ」
「うん、よろしくね、お母様」
イオーはそう言うと、今度はアーテーの前に行った。
「もう少しの辛抱ですよ、アーテー様」
「うん......待ってるからね」
するとエリスが歩み寄ってきて、「とは言え、恋人になるにはまだまだ時間を要するから......」と、アーテーの頭を掴んだ。そして、強く抑え込むと、アーテーの姿が5歳児からますます幼児化して、2歳ぐらいになった。
「そなたもまた子供からやり直すが良い。一緒に大人になったら、存分に愛し合えばいい」
「うん、そうする!」
と、答えたアーテーの目は、あどけない子供の目だった。
その後、イオーは冥界での審査を難なく通り抜けて、すぐにマリーターのお腹の中に宿ったのだった。
一方、黄泉の国に戻った麗子も、夫の羽柴と共に冥界に移り住むことになって、アルゴス王家の血を引く子孫の子供として転生し、20年後に巡り会い、結婚した。今度はレシーナーとペルヘウスの時のように歳の離れた夫婦ではなく、日本にいた時のように2歳しか違わなかった。ともに白髪が生えるまで末永く暮らし、次の転生でも、そのまた次の転生でも、二人は巡り会って夫婦となったのである。レシーナーがエリスと恋人同士になることは、もう二度となかった。
そしてティートロースとマリーターの娘として生まれたイオーは、幼少期からアーテーと共に過ごし、15歳になった時、晴れてアーテーの妻としてアルゴス社殿に迎えられたのだった。
Fine-
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