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from: エリスさん
2013年02月22日 14時34分46秒
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白鳥伝説異聞・2
旅から帰って来たレーテーは、それまでは無かった満面の笑顔で、ペルセポネーにお礼を言いに来た。
「こんなに楽しい経験は今までなかったです! 本当にありがとうございました!――あっ、これ。イシス様からお預かりしたお手紙と、お土産です」
レーテーはエジプトの細工師が作ったネックレスをお土産に持ってきたのだった。
「ありがとう、レーテー......うん、あなたがとても充実した毎日を送っていたと、イシスからの手紙に書いてあるわ」
ペルセポネーはパピルスに書かれたイシスの手紙をさっと読んで、閉じた。
「それじゃ、次はどこへ行きましょうか?」
「次、ですか?」
「そうよ。せっかく新しい趣味を見つけたのですもの。どんどん経験するべきよ。そうすれば、あなたはもっと素敵になる。こんな風に、最高の笑顔を見せられるようになるわ」
それまでのレーテーはどこか大人しい、控えめな少女だった。それが明るさ満ちた女性に変身したのである。ペルセポネーも背中を押した者として嬉しい限りだった。
「それでは......アドーニス殿は、今はどこに?」
「アドーニスなら、今は"倭(やまと)"にいるわ」
「ヤマト?」
「ここからは遠い東の国よ。後に日本と呼ばれるようになる――いずれ、エリスが辿り着く国よ」
「母君が!?」
エリスが人間として修行に行く国――レーテーは大いに興味を引かれた。
「では、私もそこに行きたいです!」
「まだエリスはいないわよ? 彼女の精進潔斎の期間はかなり長いから......それに、アドーニスは生まれ変わっているから、あなたと会えても記憶がないし......」
「構いません。ただ、見たいのです。母が住むことになる国を」
「そう、分かったわ。では、また私からあちらの死者の国の女神に頼んでみましょう」
倭――日本の神界は、天上と冥界がはっきりと分かれていた。日本の冥界は「黄泉(「よもつ」または「よみ」と読む)の国」と呼ばれ、そこを支配していたのは伊邪那美(いざなみ)の神という女神だった。主に黄泉の国の入り口の「黄泉平坂(よもつひらさか)」に居を構えていた。
レーテーに初めて会った伊邪那美は、その輝くばかりの美しい女神に、
「おやまあ、こんなに美しい方を薄暗い世界に閉じ込めておくのは、なんとも勿体ないわね」
と、微笑んだ。
「そんな......」と、レーテーが恥ずかしがると、ますます気に入った伊邪那美は、
「ここよりも、天上にいる私の娘のところへお行きなさい。手紙を書いてあげるわ」
「伊邪那美様の娘さん、ですか?」
「ええ。天上で太陽神をしているの。ヒルメというのよ。きっと、あなたとは若い人同士仲良くなれると思うわ」
伊邪那美の神は木簡(もっかん。木の札)に手紙を書くと、レーテーに渡した。
「この坂をずっと上って行けば地上に出るわ。あとは天に向かって飛んでいけば、高天原(たかまがはら。日本の天上界)に行けるから......あなた、空は飛べる?」
「鳥みたいには飛べませんけど、雲に乗って宙に浮くぐらいはできます」
「それで充分よ。先に伝書鳥を飛ばして知らせておくわ。そうすればお迎えがきてくれるから」
「何から何まで、ありがとうございます」
レーテーは黄泉平坂を一人で上がって行った。すると、しばらくして地上の――海沿いに出ることが出来た。黄泉平坂の出口は、海沿いにある大きな洞穴だったのだ。
『ギリシアの冥界の出入り口も海沿いにあったわ。どこの国もそうなのかしら?』
そう思いながら、空へ行くために先ずは高台へ行こうと辺りを見回していると、少し離れたところに岬が見えた。
そこから飛び立てばちょうどいいかな? とレーテーは思い、歩き出した。
その時、どこからか爽やかな、鼻を刺激する匂いが漂ってくるのを感じて、足を止めた。
興味を引かれたレーテーは、その匂いがする方に足を向けた。
匂いは、一本の樹に実ったたくさんの果実だった。オレンジに良く似ていて、匂いも酷似していた。
『この国のオレンジなのね。食べられるのかしら......』
レーテーがその実に手を伸ばした時だった。
誰かの悲鳴が聞こえてきた。
声のする方を見ると、誰かが一羽の烏に攻撃されているのが見えた。
レーテーはその人物の心の声を読んでみた。
「ごめんなさい! もうしないから、許して! どうしてもお腹が空いていて......」
心の声で、襲われているのが女性だと言うことが分かった(服装では判断ができなかった)
今度は烏の心の声を聞いてみると、
「私の卵を盗もうとした! 許せない!」
と、言っていた――つまり、この女が空腹のあまり、烏の巣から卵を盗もうとして、母烏に見つかったようだった。
『つまり未遂ね......だったら助けてあげますか』
レーテーは走り寄ると、二人の間に割って入り、烏に神力を浴びせた。
烏は、なんで怒っていたかを忘れ、地面に着地をすると、トントンッと跳ねながらレーテー達から離れ、飛び立っていった。
それを見た女は、へなへなと体中の力が抜けて、地に膝を突けた。
「助かった......ありがとう」
心の声は綺麗な女の声だったのに、言葉として出す声は無理に低めに出そうとしていた。服装で女と分からなかったのも道理で、伊邪那美が着ていたこの国の女の服とは違う、腰から下に着ているものがスカートではなく、両足を別々に覆うもの――ギリシアには無い。それは「袴」という物だった(現代風に言えば「半ズボン」)
レーテーは、声に出す言葉は理解が出来なかったので、心の声を読んだ。
「いったいどうやって、あの烏を追っ払ったの?」
なので、レーテーはテレパシーで相手の心に語りかけた。
「烏に、どうして怒っていたのかを忘れさせたのよ」
「え? なんだ?」と、女は声に出して驚き、心では、「今のなに?」と、思っていた。
なのでレーテーは微笑んで見せて、
「ごめんなさいね。私、まだこっちの国の言葉が分からなくて。でも、心の声なら言語が違くても伝わるから」
「なるほど、外国(とっくに)の者か」と、改めて女はレーテーの姿を見た。「面妖な術を使うのだな。しかし、助けてくれたことには変わりない。礼を言おう」
女が声で出す言葉と、心に思う言葉がほぼ同じだったので、レーテーはちゃんと理解することが出来た。
「私は大和の国の王・大足彦忍代別の命(おおたらしひこおしろわけ の みこと)の王子(みこ)、倭 男具那(やまとのおぐな)という者。そなたは?」
「私はレーテーよ」
「ん?......物忘れ?」
「レーテーよ......ああ、そうか」
レーテーの名前を心の声で伝えようとすると、この国の言葉で訳されてしまって、名前として理解されないのだろう。そう思ったレーテーは、あのオレンジに似た実がなる樹を指差した。
「あれは、なんて言うの?」
「あの樹か? 橘(たちばな)だ」
「じゃあ、私のことは"タチバナ"って呼んで」
「ふん、仮の名前か......私にとって"橘"という女人は二人目だ。それなら"弟橘媛(おとたちばなひめ)"と呼ぶことにしよう」
「オト......二人目って意味なのね。いいわ、オトタチバナヒメね」
レーテーが出会ったこの倭男具那の命こそ、後に英雄として日本中に名を残す、倭建(やまとたける)の命だった。-
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