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from: エリスさん
2013年04月26日 11時53分25秒
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白鳥伝説異聞・6
正直、オグナはレーテーがそんなに落ち込むとは思ってもみなかった。
神と人間の違いこそあれ、自分とレーテーは友達になれたのだと思っていた。だから、素直になんでも話したのに......その結果、彼女がしゃがみ込んで苦悩してしまうとは。
「ねえ、君......機嫌を直しておくれよ......」
「.........だって.........」
レーテーにしてみれば、初めて心惹かれた相手にキスまでしたのに、なんと相手には妻がいたわけである。自分は完璧に弄(もてあそ)ばれたのではないか? と悩むのは当然である。
「参ったなァ......わたしの方こそ、神様の気まぐれ......ぐらいに思っていたんだが」
と、オグナが言うと、レーテーはムッとして振り返った。
「何よ、それ」
「だから......わたしのような詰まらない人間を本気で相手してくれるわけがないから、ちょっとした姫神の気まぐれで、わたしに手を出したのかと......」
「私はそういう女神とは違うわ! そりゃ、そういう女神が多いことは知ってるけど! アプロディーテー様とか......でも私は、そういうこと出来ないもの。好きでもない人とキスなんて出来ない!」
「ごめん、悪かったよ......」と、オグナはレーテーをなだめる様な手つきを見せた。「だけど、聞いてくれ......妻って言っても、世間を誤魔化すためにした結婚で、本当の夫婦(めおと)じゃないんだ」
「でも、キスはしてるんでしょ?」
「それは別の人とだよ......橘媛(たちばなひめ)って言うんだけど......」
「タチバナヒメ?」
レーテーはその名を聞いて、ようやく冷静になった。
初めて会った時にオグナが言っていた。"タチバナヒメは二人目だ"と。だから自分には"オト(弟。二人目の意)"を付けた呼び名をくれたのだった。
「初めての女性の名前を、私にくれたの?」
「まあ、そういうことになるかな......話を聞いてくれる?」
オグナの問いに、レーテーは黙ってうなずいた。
「じゃあ、焚火のそばにおいでよ。いつまでも川沿いは寒いから」
レーテーは素直にオグナの傍に行った。
「わたしは男として育てられてきたから、誰もわたしが女だなんて思いもしなかったんだ。そんなわたしを、男として好きになってくれた女性がいてね」
「それが、タチバナヒメ?」
「そう。父に仕える采女(うねめ)で、穂積氏の娘だった。彼女はわたしへの想いを素直に告白してくれたから、わたしも誠意をもって自分の本性を明かしたんだ。......そしたら、それでもいいと言ってくれたんだ」
「あなたが女でもいいって?」
「ああ......それはそれで嬉しかったんだけど、その頃のわたしは、まだ子供過ぎたんだな。女同士で好きあうことに抵抗があって、だから、タチバナヒメとは友達として付き合ったんだ。結構それでうまく行ってたつもりだったんだ。彼女の父親が、私に娘を貰ってほしいと言ってくるまでは」
「妻として迎えてくれってことね?」
「うん......だから、わたしは穂積氏に秘密を打ち明けて、結婚は出来ないと告げたんだ。そうしたら、穂積氏はわたしの父に、わたしの秘密を黙っている代わりに父の弟王子にタチバナヒメを嫁がせてほしいと脅してきた。父はそれを受け入れて、タチバナヒメは大碓の命(おおうすのみこと)という父の末の弟に嫁ぐことになった」
「穂積氏は王族とつながりを持ちたかったのね。自分の娘が王子の子を産めば、その子を王にすることも夢じゃないから。でも、女のあなたでは......」
「まあ、そういうことだね。......それで、タチバナヒメが嫁ぐ前夜......一度だけ、わたしは彼女と関係を持った」
オグナがそう言った途端、レーテーの胸がチクリと痛んだ。
「あの時、気付いたよ......わたしはタチバナヒメを友達としてではなく、本当に愛していたんだなって。どうしてもっと早く、こうしてあげていなかったんだろう。彼女はずっと望んでいたのに......って」
「......そうだったの......」
「その2か月後に、わたしは妻を迎えたんだ。先刻も言った通り、世間にわたしが女だと知られないための。相手はわたしには叔母にあたる人でね」
「叔母様と結婚したの!? 実の?」
「君の国では、そういうことってないの?」
「神々の間では兄妹でも結婚できるけど、人間は禁じられているわ」
「そうなんだ。この国では、片親さえ違えば兄と妹でも結婚できる。当然、叔母と甥、叔父と姪も。流石に親と子の結婚はないけど」
「そうなの! 国が変われば様々なのね......」
「そうだね。それで、その妻の――というか叔母の両道入姫(ふたじのいりひめ)は父の妹なんだけど、誰とも結婚するつもりはなかったから、わたしとの偽装結婚は大いに都合がいい、と言ってくれてね。今では妻と言うより、姉代わりとしてわたしの面倒を見てくれているよ」
「その人とは、ないのね?」
「ないよ。彼女はそもそも恋愛に興味がないんだ。だから、好きでもない人と結婚させられるよりは、わたしと暮らしている方がいいそうだ」
「そうなんだ......いい人みたいね、その叔母様」
「うん、いい人だよ......だからさ」
と、オグナはレーテーの肩に手を置いた。「今は、君だけだから......君さえ許してくれるなら」
「私の方こそ、ごめんなさい。事情も知らないで嫉妬したりして」
「いや、嬉しかったよ。本気でわたしのことを好いてくれていると分かって」
その言葉にレーテーがはにかんだので、オグナはつい「可愛い!」と思ってしまい、また彼女の唇に口づけた。
「さあ、そういうことだから早くご飯作ってくれ。お腹空いたよ!」
「ハーイ! すぐ作るね(*^。^*)」
その頃になるとレーテーも気付いていた。いつの間にか自分への呼び方が「そなた」から「君」に変わっていることを。それだけ近しい間柄に変化したのだと、レーテーは嬉しく思った。
新嘗祭の最終日――その夜は、オグナが舞姫となって王邸に上がることになっていた。
「オトタチバナは来なくていいよ。いざ逃げる時に、二人より一人の方が逃げやすい」
「だけど......」
「大丈夫だから、ここで待っててくれ。美味しいご飯を作ってさ」
「うん......分かったわ。それじゃ......」
レーテーは周囲に結界を張って、オグナだけが出入りできるようにした。
「他の人間がこの中に入ろうとしても、弾き飛ばされるようにしておいたから、追いかけられるようなことになっても、この中に逃げ込めば大丈夫よ」
「ありがとう。じゃあ、行ってくる」
オグナが出掛けてしまうと、レーテーは詰まらないので釣りでもすることにした。
実はオグナの申し出はレーテーとしては助かっていた。女神は余程親しい間柄でないと、人間の死に立ち会ってはいけないことになっているのである。それが身を穢すことだと考えられていた。
そしてオグナはオグナで考えがあって、レーテーを同行させなかったのだった。
『一番の舞姫への褒美とは、すなわち王の妃に選ばれるということだ。つまり、今夜わたしが王の目に留まれば、そのまま......』
そんなこと、レーテーには言いたくないし、見られたくもない。
それでも、それが一番クマソタケルに近付ける好機だった。-
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