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神話読書会〜女神さまがみてる〜

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  • from: エリスさん

    2013年05月17日 11時28分20秒

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    白鳥伝説異聞・7

    とうに祭りは終わっているはずの刻限である。
    それでもオグナは帰ってこなかった。
    焼き魚を作ってあげようと用意して、帰ってきたら焼きたてを食べさせるつもりでいたが......このままでは腐ってしまうと思ったレーテーは、仕方なく焚火で半焼きにすることにした。
    『うまくいってるのかしら......』
    レーテーはオグナの作戦を知らないから、ひたすら信じて待つしかなかった。
    それからしばらく経った時だった。
    離れたところで、誰かが地に落ちた小枝を踏んで折れた音がした。
    「オグナ?」
    レーテーが呟きながら音の方を向くと、暗い夜道をたどたどしく歩いてくる人影が見えた。左肩を抑えているのが分かる。
    焚火の明かりでようやく見えるようになったその姿は、上半身は裸で真っ赤な血を浴びていた。
    「オグナ! 怪我をしたの!?」
    「......いや......怪我は大したことない」
    オグナはそのまま川の中へ入って行った。
    唯一着ていた裳(今でいう巻きスカート)も脱ぎ、体に付いた血を洗い流した。
    「オトタチバナ、着替えを頼む」
    「ええ、着替えはここに用意してあるわ。それよりも、怪我の手当てを!」
    レーテーは薬の入った袋を持って駆け寄り......本当に、オグナの体には殆ど傷がないことを知った。ただ、左肩に手形が残っているだけで。
    「だから言ったろ? この血は、クマソタケルのものだ......背中にも、付いてないかい?」
    「付いてるわ。私が洗い流してあげる」
    レーテーはそう言いながら服を脱ぎ、自分も川の中に入った。そして背中や肩に水を掛けてやり......改めて、その白く滑々した肌を見て、オグナが女なんだということを思い知る。その白い肩にくっきりと紅い手形が浮き上がっている。
    「この手形は?」
    「クマソタケルを刺殺した時に、奴が握ってきたんだ。無傷では帰したくなかったんだろう」
    「痛そうね......」
    レーテーはその傷に触れた――すると、突然目の前にビジョンが浮かんだ。
    それは、傷を残したクマソタケルの残留思念だった。
    半裸のオグナを、後ろからオグナの胸や腹を弄びながら、自らの服を脱いでいく女がいた。その女の顔に至近距離まで近づいていく――クマソタケルがその女にキスをしたのが分かる。
    女の手練手管でオグナが身悶えていくのを、クマソタケルが満足げに眺めているのが分かる。やがて、女がその場から離れて酒を飲みに行くと、今度はクマソタケルがオグナに襲い掛かり......オグナが敷物の下に隠していた小刀でクマソタケルを刺した。
    クマソタケルは渾身の力でオグナの左肩を握りつぶそうとし......意識が途絶えた。
    そこで、レーテーの目も覚めた。
    『今のは......』
    レーテーの様子がおかしいことに気付いたオグナは、彼女の方を向いて、夢から覚めるのを待っていた。
    「何か、見えたか?」
    「......あなたが......クマソタケルらしい男と、誰だか知らない女に、弄ばれて......」
    「ああ、ついさっき起こったことだな。そう、クマソタケルを暗殺するには、それしか方法がなかった」
    「女の武器を使ったのね」
    「男が一番油断するからね。まさか、弟のタケルが男装した女だとは思いもしなかったけど。なんでも、兄の地位を脅かす者が出て来ないように、血統正しい弟の存在が必要だったとか言ってたが......」
    「そんなことはどうでもいいのよ!」
    レーテーはオグナの手を握り締めながら言った。「女が自分から自分の貞操を危険にさらすなんて! なんてことするのよ! 本当に襲われてたらどうするの! 女の純潔はたった一度で破られてしまうのよ!」
    「そうだな......それこそもう、どうだっていいよ」
    「どうだって良くない!」
    「いいんだよ、もう!!」
    オグナがレーテーの手を振りほどこうとした時、レーテーの脳裏にまた新たなビジョンが浮かんだ。
    知らない男が、自分にのしかかってくる――必死に抵抗しているその腕は、オグナのものに間違いない。
    服が引き裂かれていく。そして......。
    「それ以上見るな!!」
    レーテーの異変を察したオグナが、彼女の肩を揺すって、レーテーは我に返った。
    「今のは......」
    レーテーはそれ以上言えなかった。
    オグナが、過去に誰かに襲われている。最後に感じた痛みは、間違いなくオグナが純潔を奪われた瞬間だった。
    「悪い......わたしが思い出してしまったせいで、君に見たくない物を見せた......」
    「そんなこと......」
    「でも、これで分かっただろう? わたしはもう穢れている。だから、誰になにをされようが、もうどうでもいいことなんだ」
    「どうでも良くないわ......全然良くないわよ!」
    レーテーはオグナのことを抱きしめた。
    「たった一度穢されてぐらいで、その後もあなたが穢れていっていい理由になんてならない! 穢れたのなら、浄化すればいいのよ。私が!」
    レーテーは溢れ出る情熱を抑えることが出来ず、オグナに熱いキスをした。
    オグナもそれに応えて来る。
    二人は川から上がると、大きな石の上に腰を下ろした。
    オグナの手がレーテーの体を愛撫していく。その快感に、レーテーが変身を維持していられなくなった。
    「......ああ......待って、オグナ......」
    自分の髪が亜麻色に戻っていることに気付いたレーテーが言うと、
    「いいよ、そのままで......」と、オグナはレーテーの髪を一房手に取って口づけた。「綺麗だ......その姿も......」
    「オグナ......」
    レーテーの右手とオグナの左手が絡み合うように握られる。
    レーテーはもう、体を起こしていることが出来なくなった。
    ......夢のようなひと時が過ぎて、二人は石の上で抱きしめあったまま横になっていた。
    「こんな幸せなのは初めてだな」
    オグナはそう言いながら、レーテーの髪を撫でた。「初めての――タチバナヒメとの時は、悲しい気持ちの方が多かったから」
    「私は、あなたが何もかも初めてだから......恵まれすぎてて、怖いぐらい」
    レーテーはそう言って、オグナの頬にキスをした。
    「本当にわたしの前に好きになった人はいないの?」
    「いないのよ......私にとって理想の女性は母君だったから、なかなか母君を超えてくれる女性に巡り会えなかったの。だから、あなたに出会えたのは本当に幸運だったと思う」
    「幸運なのは、わたしだ......」
    オグナはますますレーテーを抱き寄せた。「君の母君のおかげで、わたしみたいな者が君に見初めてもらえたのだから」
    「オグナ......」
    二人はまた口づけを交わして......あっ、そうだ、とオグナは体を起こした。
    「その"オグナ"という名前だけど、改名しようと思う」
    「改名?」と、レーテーも起き上がった。
    「そもそも"男の子"っていう意味なんだよ、この名前。本当のわたしを隠すために付けられた名で、好きじゃなかったんだ」
    「それで? なんて名にするの?」
    「クマソタケルを殺した時、弟――ってことになってた女に、こう言われたんだ」
    「ああ、あの女?」
    オグナの上半身を好きなだけ弄んでくれた嫌な女のことを思い出して、レーテーはムッとした。
    「おまえは誰だって聞かれたから、〈倭の国の王子・オグナだ〉って答えたら、〈この熊襲の国の一の猛者を殺したおまえは、もう子供じゃない。立派な大人だ。だから、その功績を讃えて"建(タケル)"の名を送ろう。この場から無事に逃げだせるものならな!〉って」
    「それで、その女はどうしたの?」
    「裸のまま気絶させておいたから、もうクマソタケルの弟は名乗れないだろう。多分、妹でもないんだろうし......これで熊襲の国は統率が取れなくなる」
    「あらそう、命だけは助けてあげたのね」
    始末しちゃえばよかったのに......とレーテーは思ったが、口に出すのはやめる。
    「でも、殺した男の名前を名乗るなんて」
    「そういうわけでもないのさ」
    オグナはレーテーが出しておいてくれた着替えを着始めた。「"タケル"というのは、その国の一番の猛者が名乗る名前なんだ――猛き者、という意味でね。だから各地に一人は"タケル"を名乗る者がいるんだよ」
    「そうなの?」
    「ああ。元は神様から頂いた名前だったんじゃないかな。建御雷の神(たけみかづちのかみ)とか......」
    「建御雷さん! ああ、会ったわその方、高天原で。とても逞しい強そうな男神だったわ。そうね、あの方の名前を頂いたのだと思えば」
    「そうゆうこと。だから、今日からわたしは......」
    しっかりと着替え終えたオグナは、月明かりに照らされながら振り返った。
    「倭建の命(やまとたけるのみこと)――タケルと改名することにする」

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