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from: エリスさん
2013年07月19日 13時27分40秒
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白鳥伝説異聞・11
レーテーがコトノハの命の姿に変身しようとしていると、「待ちなさい」と、背後から優しく声を掛けられた。
エイレイテュイアだった。
「一晩ぐらい休んでから戻ってもいいのじゃなくて? こんなに遅い時間なのだから」
「ご心配下さってありがとうございます、母君。でも私、早くあの人のもとに戻りたいんです」
「あの人......一緒に旅をしている人間ね」
エイレイテュイアはレーテーのもとに近付くと、そうっと胸に触れてきた。
「は、母君!?」
びっくりしたが、別に嫌な感じはしない。
「やっぱり、旅に出る前より大きくなってるわね。ということは、その人間とは愛し合っているのね?」
「ええ、母君。私、タケルの事を心から愛しています」
レーテーが自慢げに話すので、エイレイテュイアも誇らしく思った。
「その殿方、今度連れていらっしゃい。エリスの代わりに私が見定めてあげるわ」
「あの......女性です」
「あら!」と、エイレイテュイアは笑った。「本当にあなたは、エリスにそっくりね」
「ペルセポネー様にも言われました......」
「でも良かったわ」と、エイレイテュイアはレーテーの頬を撫でた。「なんでも出来てしまうあなたは、執着心というものがまるでなかったから......その人があなたを変えてくれたのね」
「ええ、母君」
「どんな人?」
「母君――エリス母君に似た感じの人です」
「そう......そこは、私に似たのかしら?」
と、エイレイテュイアが微笑むと、レーテーも素直に頷きながら笑った。
「行ってらっしゃい。体には気を付けるのですよ」
「母君も......」
レーテーは自分の頬に触れていたエイレイテュイアの手を、ぎゅっと握りしめてから、その場を後にした。
レーテーが伊勢神宮に戻ってきたころには、もう次の日の朝になっていた――もっとも、ギリシャより倭(日本)の方が先に太陽が昇るからなのだが。
日が昇ったばかりで普通ならまだ誰もが寝ている時間だろうと思ったが、ヤマトヒメはもう起きて、レーテーのための朝餉を用意してくれていた。
「お疲れ様でございました、オトタチバナ殿。さあ、お腹もすいている頃でございましょう」
「ありがとうございます、ヤマトヒメ様......あの、一応ここでは私の方が目下の立場ですので、なるべく敬語は......」
「そうでございましたね、申し訳......いえ、すみませぬ。つい、あなたの本性を存じているせいで。ですが、今は私以外誰もおりませぬゆえ......」
「はあ......そういえば、タケルは?」
レーテーは帰ってきてすぐにタケルの寝室に行ったのだが、寝床はもぬけの殻だった。それどころかこの神宮のどこにも気配がないのである。
「タケルなら泉へ行っております。禊をしつつ、山の神に祈りを捧げるために」
「それって、巫女の修行みたいな......」
「ええ......」
「どうしてタケルが?」
「先ずはお召し上がりください。お食べになりながら、ご説明いたしますので」
タケルはそもそも子供のころから霊感があって、良く山の神や精霊が見え、時には仲良くなったりもしていた。そこを見込んでヤマトヒメが自分の跡継ぎにしようと、巫女の修行をさせていた時期もあったのだが、タケルの父であるオオタラシヒコがタケルを次期大王にすると決めてしまい、その修行も中途半端に終わってしまったのだった。
「それじゃ、タケルもそれまでは女の子として育てられていたんですね」
「ええ、3歳までは。でもそれからは男の子としての教育が始まりました。大王となるために......」
「それで合点がいきました。タケルとは最初、声ではなく心で会話をしたのですが、その心の声がすべて女言葉だったんです。やっぱり、女としての素地があるんですね」
「ええ......そうでなくても、あの子は死んだ母親にそっくりな美しい顔立ちをしています。あのまま私のもとにいられたら、どんなに美しい姫君に育っていた事か......」
ヤマトヒメは悔しそうな顔をしたが、すぐにハッと我に返って、レーテーに言った。「おかわりは、どうですか?」
「ごはんはもういいです。お味噌汁をもう少し下さい」
「ではお椀を――お口に合って良かったですわ」
「私の国には無いお料理だし、材料も見た事もない物がいっぱい出て来るけど、どれも美味しくいただいてますよ」
「それは良うございました」
「それで、タケルは今でもこちらに来ると巫女の修行をしているのですか?」
「......主に、禊の為ですよ」と、ヤマトヒメはレーテーに汁椀を渡しながら言った。「あの子は、本当は人なんか殺したくないんです」
だが、すでに二人殺してしまっている。一人はクマソタケル。もう一人は、オオウスノミコト(大碓の命)――タケルの叔父であり、タケルの初恋の女性を娶り、そして、タケルを辱めた男である。
「タケルは、自分から貞操を奪ったオオウスを、彼の刀を奪って切り殺しています」
それを聞いて、レーテーは汁椀と箸を膳に置いた。
「無理もないわ......。自分の身を守ることが出来なかったのなら、せめて報復ぐらい......」
「姫神である貴女様にそう言ってもらえると......ですが、あの子は悔やんでいるのです。怒りにまかせて人を殺してしまったことを。一時は巫女としての修行もした己が、そのような不浄を犯してしまったことに」
「それで禊を......」
禊――浄化なら、私が毎日してあげているのに......と、レーテーは思った。レーテーに限らずエリスの娘たちは、エリスとエイレイテュイアに教育を受けているため、女神に愛されて交わることで浄化される、という考え方を持っているが、やはりそれは偏った考え方なのだろうか。実際それでエリスの愛人たちなどは、男に酷い目に合わされても立ち直ってこれたのだが。
『やっぱりお国柄なのかしら......』
レーテーはそう思いつつ、最後に湯呑の飲み物を飲んだ。
「あっ、これ!」
「はい、橘の実の汁をお湯で割って、花の蜜を足したものです」
「美味しい。橘ってこういう使い方もするのね」
「オトタチバナ殿は橘の実がお気に入りと聞きまして」
「タケルと初めて会った時に、傍にこの樹があったの。だからこの樹から名前をつけてもらったんです」
「ああ、それで! 私はてっきり......いえ、その......」
「タチバナヒメから名前を取ったと思ってました?」
「あっ、ご存知だったんですね」
「ええ。だから私は二人目のタチバナヒメってことで"オト"が付いてるんです」
「......ご不快ではないのですか?」
「別に。誰だって過去はあるでしょ? 過去に好きだった女性の名前を私に付けたからって、別に不快ではないわ。それだけ私のことを気に入ってくれた証拠だと思ってるもの」
「まあ......あの子は――タケルは本当に女人に恵まれていること。あなたもですが、あの子の正妃のフタヂノイリヒメも理解のある人で」
「ああ、彼女の叔母にあたるっていう......」
「はい、私の腹違いの妹でもあります」
「どんな人なのかしら。お会いしてみたいわ。私、気に入ってもらえるかしら、姪の恋人として」
「......彼女が正気であったら、きっと......」
「どうゆうこと?」
「聞いていらっしゃらないのですか? タケルから。フタヂノイリヒメは、今......」
タケルが帰って来たのは、そんな時だった。まだ髪の毛が濡れていたが、侍女からレーテーが帰ってきていることを聞いたのだろう、そのまま部屋に入ってきた。
「お帰りレーテー! いや、オトタチバナ......」
タケルは嬉しそうに言ったが、すぐに部屋の中の空気を察して、戸惑った。
「なに? どうしたの二人とも」
「どうしたの、ではありません、オグナ――いえ、タケル」と、ヤマトヒメが言うと、
「叔母様はどう呼んでくださっても構いませんよ。それより、なんです?」
「フタヂノイリヒメのことです。どうしてこんな大事なことを、まだ話していないのです」
「ああ......」
タケルは納得がいって、レーテーの傍に座った。
「なんか、話しづらくて......」
「それは分かりますが、大事なことですよ」
「そうですね。じゃあ、今話します」と、タケルはレーテーの方を向いた。「実は、君の力を借りたいんだ」
「私にできることなら。それで?」と、レーテーが言うと、
「わたしの叔母であり妻のフタヂノイリヒメノミコト(両道入姫の命)は、今、病気にかかっているんだ。男に襲われて......」
「え!?」
「わたしと同じ日に――わたしがオオウスに辱められている間に、フタヂも誰かに襲われて、正気を失ってしまった。今はまるで人形のように、ただ息をしているだけになってしまった」
「それだけではないのです」と、ヤマトヒメが言った。「タケルには昨夜話したのですが、フタヂノイリヒメは身籠っているのです。タケルが倭を出てから発覚したことでして」
「つまり、襲われた時の子供!?」
「そういうことになります」
「何カ月なのですか? そのお腹の子は......」
「十月(とつき)――臨月になります」
「わたし達が犯されたのは十か月前だからな」と、タケルは吐き捨てるように言った。「どうしてもっと前に教えてくれなかったんですか」
「知らせようにも」と、ヤマトヒメは言った。「あなたがどこにいるかも分からないのに、どうやって知らせるのです? それに、知ったところでどうするつもりですか?」
「腹の子を、殺すことだって......」
「そうした後で、あなたが苦しむことも分かっているのに?」
「誰の子か分からないんですよ!」
タケルは叫ぶように言ってから、頭を抱えた。「あの時、わたしはオオウスに連れて行かれたけど、フタヂは......フタヂを連れ去ったのは、王宮に仕える下男の三人だった。まさか......まさか、あの男たちに......」
タケルは女として震えていた。フタヂノイリヒメに起こったことを想像したら、恐怖が沸き起こるのも当然である。
レーテーはそんなタケルを見て、彼女の手を取った。
「行こう! タケル!」
「レーテー......」
「すぐにフタヂノイリヒメの所に行きましょう! 私なら、なんとかしてあげられるかもしれない!」
レーテーの脳裏にはエイレイテュイアの姿も浮かんでいた。妊娠・出産にまつわることなら、きっと義理の母である彼女が助けてくれるはずである。
そして、恐怖の記憶を消し去るのは自分の役目である。
『そうよ、私がタケルと出会ったのは、きっとその為でもあるんだわ! 私の力で辛い目に合ってる女性を助けてあげなきゃ!』-
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