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from: エリスさん
2013年09月13日 09時17分49秒
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白鳥伝説異聞・14
「先ずは口の堅い産婆を探さないといけないのだけど......」
レーテーが険しい表情で言った。それが一番難しそうだと思っていたのだが、
「それならば心配はございません」と、ミヤベが言った。「この屋敷に仕える五人の采女すべて、産婆の心得がございます」
「え!? 五人とも!?」
これは予想外だった。
「はい、大王のご命令で。いつかタケル様が御子をお生みになることがあれば、秘密裏に私共が行えるようにと、定期的に交代で産婆のもとへ修行に行っております」
「用意周到なのね......」
結局のところ、タケルを男児として育てるにしても、跡継ぎを儲けるためにはタケル自身に子供を産んでもらわなくては血筋が絶えてしまう。もしかすると、タケルをオオウスに襲わせたのは大王なのではないだろうか。その同時刻、大王がフタヂに襲い掛かっていることからも考えて......。
「それなら、私の計画に何の支障もありません。タケルが女であることを知られないようにするのも勿論ですが、何よりも、生まれてきた子が......」
レーテーがそこまで言いかけた時、外から声がした。
「申し! どなたか、おられませぬか! 申し!」
王宮に仕える采女だった。大王からの使いで、木簡(もっかん)に書かれた文(ふみ。手紙)を持ってきたのである。
ミヤベが表へ出て受け取り、タケルに渡した。
難しい漢字で書いてあるのを、タケルはレーテーに分かるように説明した。
「帰ってきているのなら顔を見せろ、だとさ」
「それは、ごもっともね......」
と、レーテーは言った。普通の親なら、子供が帰ってきているのなら顔を見たいと思うものである。しかし、皆の話を聞いただけだと、大王はタケルにとって普通の父親には思えない。
「おもてにまだ王宮の采女は待たせてあるのか? では、明日参上つかまつると、伝えてきてくれ」
タケルはそう言って、木簡をミヤベに渡した。
「畏まりました......お一人で参られますか?」
「ああ......」
タケルとフタヂが襲われたのは、まさに王宮に上がった時である。一人で行くのは危ないと、ミヤベが思うのも無理はない。
「そうだな。ミヤベ、付いてきてくれるか?」
「だったら」と、レーテーは言った。「私が行くわ!」
「駄目だ!」と、咄嗟にタケルが言った。「君が襲われたらどうするの!」
「大丈夫よ、私なら。私が普通の人間じゃないの、分かってるでしょ?」
「あっ!?......そうでした」
ついついレーテーが女神であることを忘れてしまうタケルだった。
「では、オトタチバナ様もご一緒ということで......なんと申し上げたら良いでしょうか?」
と、ミヤベが言うと、
「なんと、とは?」と、タケルが聞き返す。
「オトタチバナ様のお立場です。タケル様の想い人、というだけのお立場では、王宮にはお上がりになれないかと」
「ああ、そうだな。......オトタチバナ、君さえよければ、わたしの嬪(ひん)にならないか?」
「ひん???」
初めて聞く単語に、レーテーの頭の中で?マークが躍った。
「王族出身は"妃"って言うけど、豪族出身は"嬪"って言うんだ」
「それって......つまり、妻?」
まさか、こんなタイミングでプロポーズ?......と、思ったが。とりあえずは大王の手前、そうゆうことにしよう、とタケルは言っているのだった。
王宮へはお昼ごろに参内した。
初めて見たタケルの正装があまりにも格好良くて、レーテーは見とれてしまったが、それはタケルの方もだった。
「王族出身の姫君と言っても過言じゃないぐらい、綺麗だよ」
「ありがとう。こうゆう装飾品も付けるのね。全部、フタヂ様の物?」
と、最後の方はミヤベに聞くと、
「とんでもございません。フタヂ様の物を一つでも身に着けていては、その場限りの"嬪"を演じていると、大王に見破られてしまいます」
「じゃあこれ、全部買い揃えたの? 一晩で?」
髪飾り、腕輪、首飾り......どれも煌びやかで豪華な物である。これらを一晩で用意するなど......と、レーテーはびっくりしていたが、ミヤベはさらっと答えた。
「それぐらいのことが出来なければ、タケル様の采女は務まりませぬ」
「ああ、そうなのね......」
秘密を守るって大変なんだな、とレーテーは改めて思った。
実際に王宮に上がると、王宮に仕える者たちが皆、レーテー――オトタチバナヒメの美しさに目を奪われていた。美男児であるタケルと並び立つと、それこそ、この世のものとは思われないほどだった。
二人は謁見の間に通された。
そこへ、一人の少年が入って来た。
「兄君!」と、手を振りながら走って来た少年を、タケルはしっかりと抱き留めた。
「ワカタラシヒコ、元気そうだな」
「兄君も。御無事でなによりです」
そう言っている間に、奥から美しい女性が現れた。レーテーと負けぬ劣らぬの装飾品を付けているところを見ると、大王の妃のようだった。
「お帰りなされませ、オグナ様――いえ、今はタケル様とおっしゃるのでしたね」
「八坂入媛(やさかのいりびめ)様。帰郷のご挨拶が遅れて、申し訳ございませんでした」
タケルはそう言って、ワカタラシヒコを離すと、レーテーを一歩前に出させた。
「紹介します。わたしの嬪で、オトタチバナヒメでございます。オトタチバナ、こちらは父君の大后(おおきさき。大王の妻の中でも最高位)で、ヤサカノイリビメ様。先々代の大王のお孫様にあたられる。つまり、父とはいとこ同士になる」
要するに、生まれも育ちも王族の姫君ということだ。道理で立ち居振る舞いが上品なわけである。
「そして、こちらがヤサカノイリビメ様の御子さまで、若帯日子(わかたらしひこ)。わたしの弟だ」
「初めまして、オトタチバナ様」
ワカタラシヒコは元気にあいさつして見せた。まだ5歳ぐらいで可愛い盛りである。
「初めまして、ワカタラシヒコ様」と、レーテーはワカタラシヒコに微笑んでから、ヤサカノイリビメに恭しく頭を下げた。
「初めてお目にかかります、オトタチバナでございます」
「こちらこそ、初めまして......嬪ということですが、御出身はどちらなのですか?」
ヤサカノイリビメが聞くと、レーテーは、
「あいにく、天照さまに仕える祈祷師である私は、自分の出生を明かすことができませぬ。ご容赦下さりませ」と、ごまかした。
「まあ、身分を明かせぬとは......よもや、神の血を引いておいでか?」
神に仕える特別な者ならば――と、ヤサカノイリビメは考えたが、その答えもレーテーは微笑むことで制した。
すると......、
「ふん。奇妙な女を妻にしたものだな、オグナよ」
奥から豪華に着飾った大男が出てきた。
その顔を見た途端、レーテーの背中に冷たい物が走った――フタヂの記憶を垣間見た時に伝わってきた、あの恐怖感が蘇って来たのである。
『間違いない。フタヂ様を辱めたのは、この男......』
倭の大王・大足彦忍代別(おおたらしひこおしろわけ)――後に景行天皇と称される人物である。-
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