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from: エリスさん
2013年09月27日 11時05分40秒
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白鳥伝説異聞・15
「帰って来たことを、一番に報告に来ぬとは、親不孝者めが」
オオタラシヒコオシロワケ大王は、そう言いながら玉座に着いた。その時、王冠がずれて床に落ちたので、レーテーが拾って差し出すと、
「ああ、済まぬな。頭に乗せてくれぬか」
「はい、大王様」
レーテーはこれ幸いと、王冠を乗せつつ両手の親指で大王の額に触れた......。
大王の記憶を読んだレーテーは、気持ち悪ささえ感じたが、それを気取られぬよう努めて笑顔を見せた。
「嗅いだ事のない匂いだな」
大王はそう言って、レーテーの腕を掴んだ。咄嗟にタケルが駆け寄り、その手を離させようとすると、
「心配せんでも不埒なことはせぬ」
「そんなこと!」
信用できない――と、言おうとしたが、それをレーテーが微笑みで止めた。
『本当にこれ以上のことはしないつもりみたいよ』
と、レーテーはテレパシーでタケルに伝えた。大王はレーテーの匂いが嗅ぎたかっただけだったのだ。
「わずかだが、嗅いだ事のない、しかしとても良い匂いがする。これはなんだ?」
「恐れ入ります。この匂いを出会ったばかりで嗅ぎ分けられるとは」
それはエリスの娘たちに受け継がれた体香(たいこう)――ラベンダーの香りである。オトタチバナでいる間はこの匂いは隠すようにしていたのだが、僅かに残ってしまうのだろう。それを大王は嗅ぎ分けたのである。
「この香りは異国に咲く花の香り。我が母は生まれつきその匂いを体内から発することができ、娘である私もその力を受け継いでいるのです」
「ほう? ということは、そなたは異国の者か? 見た目では全然わからぬものだな。異国の娘が、何故我が国の姫神に仕えておる」
大王が手を離したので、レーテーは一歩下がって頭を下げた。
「これ以上は秘事にて、申し上げることができません」
「都合がいい言い訳だな。まあ、良い」
大王はそう言うと、今度はタケルの方を向いた。
「オグナ――いや、今はタケルと言ったか。見事、クマソタケルを討ち取ってくれたようだな。先ずは褒めてとらす」
するとタケルは、特に嬉しさも感じずに、
「恐れ多い事にて......」
と、仏頂面で答えた。
「しかし、妙な噂を聞いたのだが......そなた、女装をしておったそうだな」
「ええ。それが何か?」
「よもや、クマソタケルとそういう仲になったのか?」
下世話な!と、タケルもレーテーも思った......が、そこは耐えて、タケルが言った。
「たった一人で討ち取りに行ったのです。どんな方法を使っても成功させなければ、死ぬのはこっちですからね」
「そうか。まあ、クマソタケルの手が付いたところで、今更だがな」
すでに純潔ではないのだから、ということが言いたいのだ。実の父親がそんなことを言って娘を辱めるなど、やはりこの男は最低だ!――と、レーテーは思った。だがタケルは苦笑いを浮かべて、こう言った。
「私が女だったら、それでクマソタケルの血を引いた勇猛な王子が生まれたかもしれませんがね」
「ふむ、それは面白い」
と、大王が笑い出すので、それまで口をつぐんでいたヤサカノイリビメが言った。
「なんということをおっしゃるのですか、大王。タケル様も、大王に乗せられてはいけませぬ。もうすぐ、人の親になろうという方が」
え!? っと、レーテーもタケルも振り返った。大王もキョトンとした顔をしている。
「そうなのでございましょう? フタヂノイリヒメ殿のこと、お屋敷の方はひた隠しにしていらっしゃいますが、時折采女を遣わせて様子を窺っておりました。そこから察するに、フタヂ殿はご懐妊なされておいででしょう?」
それを聞いた大王は、驚きとも恐怖ともつかぬ表情をして、
「まことなのか?」と、タケルに聞いた。
「ええ、まあ......」
と、タケルは忌々しそうに答えてから、ヤサカノイリビメに言った。
「そこまでご存知なら、フタヂが気鬱の病であることも?」
「ええ、察しておりました。ですから私は心配をしていたのです。無事にご出産できるかどうかと......」
そこで、レーテーが口を開いた。「それは問題ございません。そのために私はこちらへ参ったのです」
レーテーは大王の方に向き直すと、跪いて見せた。
「私は天照さまにお仕えする祈祷師であり奇術師。私の力をもってすれば、万事うまく行きます。なにしろお生まれになる子は、タケルの御子である前に、偉大なる大王さまの血を引く御子なのですから」
事情を知らない者には「大王の孫」という意味に取れるが、知っているものにはまさしく「大王の子」だということが分かる。それを今ここでレーテーが口にしたのは、大王に対する牽制だった。
それが分かって、大王は険しい表情をした。
「良かろう。無事に御子が生まれてくるよう、そなたが取り計らうが良い」
大王はそう言うと、これ以上自分に不利な話が出ないように、その場を退出するのだった。
大王がいなくなったことで、レーテー達は帰ることになった。王宮の表門までヤサカノイリビメとワカタラシヒコが送ってくれた。すると、そこで今まさに門から入ろうとする青年がタケルに声をかけた。
「オグナ様ではいらっしゃいませんか」
「?......あ、オビトか?」
オビトと呼ばれた青年は、傍まで来ると恭しくお辞儀をした。
「ご無沙汰をいたしております。この度は無事にお役目を果たされたこと、お喜び申し上げます」
「ありがとう、オビト......髪形が代わっていたから、分からなかったよ。わたしがいない間に成人の儀式を挙げたんだな」
「はい。そして、名も改めましてございます。今は亡き父の名を継いで、武内宿禰(たけしうちのすくね)を名乗っております」
「そうか、父上の名を継いだのか......わたしも改名したんだ」
「噂に聞いております。今はヤマトタケル様とおっしゃるのでしたね。......察するに、こちらが伴われて御帰京されたという方でいらっしゃいますか?」
「ああ、紹介するよ」と、ムタケルはレーテーの方を向いた。
「わたしの嬪のオトタチバナヒメだ。オトタチバナ、彼は代々我が王家に仕えてくれている武内家の長男で、わたしの昔馴染みだ」
「まあ、左様でございますか......」と、レーテーは答えて、「どうぞお見知りおきを、スクネ殿。私の故郷の挨拶をしてもいいかしら?」
レーテーはそう言って、スクネと握手をした。
「ほう、これは初めて知る挨拶の作法ですな。御内儀(ごないぎ。貴人の妻のこと)は外国(「とっくに」と読む)の方でいらっしゃいますか」
「ああ、あまり詳しくは話せないのだが」
と、タケルが答えて、「それじゃ、わたし達はちょっと急ぐから......失礼いたします、ヤサカノイリビメ様。ワカタラシヒコも、またな」
タケルはレーテーを連れて、半ば逃げるようにその場を後にした。
王宮からかなり離れると、タケルは口を開いた。
「急に変なことするなよ。あんな挨拶、今までやったこともなかったのに」
「ごめんなさい」と、レーテーは笑って見せた。「でも、どうしても彼に触れて、記憶を見たかったものだから」
「どうゆうこと?」
「先ず大王がね――王冠を乗せてあげる時に見えたんだけど、あなたの暗殺を企てていたのよ」
「わたしの?」
「ええ。あなたを、盗賊に襲われた風に装って、伊勢からここまでに来る間のどこかで」
「それじゃ、君の力で水の中を通って来たのは正解だったんだ」
「そう。だから大王は、あなたが無事に帰郷したことに驚いていたわ。どうして企てが失敗したのか、まったく分からなくて」
「なるほど......それで、その暗殺の指示を受けたのがオビト......いや、スクネだったのか」
「ええ。でも彼は、初めから指示通り動くつもりはなくて、何らかの方法で企てが失敗したことにして、あなたを助けるつもりだったわ」
「それを聞いて安心したよ。オビトはそんなことが出来る様な人間じゃないから」
「でも、彼はどちらかというと、あなたよりヤサカノイリビメ寄りの人よ。次の大王はワカタラシヒコをと考えて、ヤサカノイリビメと親しくしてるわ」
「それでいいんだよ。わたしだって大王になんてなりたくない。れっきとした王子のワカタラシヒコがいるんだ。ゆくゆくはわたしも、大王となったワカタラシヒコを支えて行ける立場になりたいと思ってる」
「そう。あなたがそう思ってるのなら、スクネはあなたにとって敵にはならないと思うわ。それにしても......こう言ってはなんだけど、あの大王は本当に最低な男ね」
「そもそも、父上はどうしてわたしを暗殺しようとしたの?」
「フタヂ様を自分だけのものにするためよ。夫を失った王女は王宮に帰って来るしかないって、そう思って。しかもフタヂ様は今、正気ではないから。いいように操れると思ったのよ」
「つくづく下衆だな!」と、タケルは吐き捨てるように言った。
「それから......」と、レーテーは言いにくそうにしたが、
「いいよ、言ってくれ」とタケルに促されて、口を開いた。
「あなたにはもう、利用価値がないと思ったのよ。ほら、オオウスに襲われても、子供が出来なかったから......」
「なるほど」と、タケルは苦笑いを浮かべた。「わたしのことを石女(うめずめ。子供を産めない女性に対する蔑称)と思ったか。子孫を残せないわたしは、ワカタラシヒコがいる時点で既に邪魔な存在だと。......人を人とも思っていないのだな、あの下衆は――そんな男の、血を引いているのか、わたしは。生まれてくる子も......」
「そんな風に卑下しないで。人格を形成するのは血ではないわ。育ってきた環境よ。あなたはとてもいい人よ。だから、私はあなたを好きになったんですもの。種族を超えて......」
「......ああ、そうだね」
本当なら、ここでキスの一つもしたいところなのだが、まだ王宮に近いこともあって人通りもあり、二人は見つめ合うだけで満足した。
そんな時だった。風に乗って芳しい香りが漂ってきたのは。
「あれ? これって......あ、やっぱり」
レーテーは香りを放っているそれの傍に駆け寄った。
四角く囲いが組まれているその中央に、一本の樹が立っていた。それは橘の樹に間違いなかった。が......。
「それは"非時香菓(ときじくのかぐのみ)"だ」
「え? 橘じゃないの?」-
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