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神話読書会〜女神さまがみてる〜

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  • from: エリスさん

    2013年10月11日 12時35分48秒

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    白鳥伝説異聞・16

    とても立派な樹で、生っている実も茂っている葉も橘に間違いないのに、この樹の名前は「非時香菓(ときじくのかぐのみ)」――いったいどうゆうことなのか。
    「この樹は橘の原木なんだよ。この国中にある橘は、この樹の実から種を取り芽を出した物か、枝を切って苗木にして増やした物なんだ。そうやって増やしていったのに、どれ一つとして本来の神秘の実を実らすことができなかった」
    「神秘の実?」
    「ああ。その実の名を"トクジクノカグノコノミ"というんだ。時はわたしの祖父、活目入彦五十狭茅尊(いくめいりひこいさちのみこと。後の垂仁天皇)が若かりし頃に遡るんだけど......」
    略称をイクメノミコトと呼ばれた大王は、最初に娶った大后・狭穂姫を痛ましい事件で失い(狭穂姫の兄・狭穂彦が起こした謀反に巻き込まれ、焼け落ちる城の中から逃げることもせずに焼死する)、その大后が産んだ王子も極端に体の弱い子供だったので、この世を儚い物と思い心を痛めていた。せめて王子だけでも丈夫に育ってほしいと思った大王は、田道間守(たじまのもり)という家来に命じて、常世(とこよ)の国にある不老不死の果実・トキジクノカグノコノミを取りに行かせたのだった。
    常世の国と言うのは海の彼方にある理想郷と言われている。近代の研究ではそれは沖縄のことではなかったのか、はたまた台湾のことではないかなどと言われているが、まったくもって分からない。
    どこへ行けばいいのかも分からなかったが、それでもタジマノモリは船をこぎ出して海の果てを目指した。
    そのうちに大后の忘れ形見である王子が死に、イクメノミコト大王も新しい后や嬪を迎え、何人もの王子、王女に恵まれた。それでも、大王はタジマノモリの帰りを待ち続けた。
    タジマノモリの方も、島を見つけては神秘の実を訪ねて歩き回り、そこにはないと分かるとまた海に漕ぎ出して、と、何十回、何百回と繰り返して、とうとう五十年の月日を費やした。そして、今まさに船上で力尽きようとしていた時、そこに辿り着いたのである。
    島の様子は殆どが霧に囲まれていて分からなかったが、タジマノモリの傍に近寄ってきた美しい女人――おそらく姫神と思われるその姿だけは、はっきりと見ることができたという。
    「タジマノモリよ。そなたはまだ死ぬ時ではない。この実を食べてもとの世界に戻るが良い」
    そう言って、姫神は彼の口の中に橙色の実を入れた。
    タジマノモリはその時気を失ってしまったが、気が付くと、船が風に乗って倭の国を目指しているのが分かった。
    「その時、タジマノモリの口の中に種が残っていたんだ。その種こそ、自分を生き返らせてくれたトキジクノカグノコノミの種に違いないと思い、倭に帰って来た彼は大王に献上しようとしたんだけど......イクメノミコトの大王は前の年に亡くなっていたのさ」
    「まあ......残念ね」
    「九十九歳まで長生きしたんだけどね、祖父は。でも、タジマノモリのことを思うと、あと一年長く生きていてもらいたかったと思うよ」
    「会ったことあるの?」
    「あるらしいけど、わたしはまだ赤ん坊だったから、全然覚えていないんだ。タジマノモリのことも。話では何度も聞くのにね......それで、その種はここに植えられて、大事に育てられているんだ。でも......さっきも言った通り、どれ一つとして神秘の実は実らない。きっと、タジマノモリの命を救ったのは、実ではなくて姫神のお力だったんじゃないかな」
    「そうかもしれないわね......その姫神、誰だったのかしら?」
    「さあ......名乗らなかったみたいだし、今となっては分からないよ」
    タケルはそう言うと、実に手を伸ばした。
    「食べる? ここの実は他の橘の実よりも甘いんだよ。不老長寿にはならないけど」
    「一応、神木でしょ? いいの? 取ったりして」
    「王族の者は食べてもいいことになっているんだ。そうしないと、種を取って地方に植樹することなんてできないだろ?」
    「ああ、なるほどね」
    タケルが実を取ってレーテーに渡した時だった。
    「タケル様ァ! オトタチバナ様ァ!」
    と、叫びながら走ってくる采女の姿が見えた。間違いなくタケルの屋敷の采女である。
    「お早くお戻りください! フタヂ様が! フタヂ様の陣痛が!」
    それを聞くと、タケルが真っ先に走り出そうとしたが、レーテーがそれを止めた。
    「ここへ来る途中に綺麗な池があったわね! そこを通りましょ!」
    「そうか、君の奇術で!......三人一緒に通れるか?」
    「私と、あと一人しか通れないわ」
    レーテーの神力にも限界があるのである。
    「分かった。では、そなたは」と、タケルは息を切らしている采女に言った。「後からゆっくりと戻ってこい。ご苦労だった」
    「はい、タケル様」
    「うん......行こう、オトタチバナ!」
    タケルはレーテーの手を取って、一緒に走り出したのだった。

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