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神話読書会〜女神さまがみてる〜

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  • from: エリスさん

    2013年12月06日 13時17分34秒

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    白鳥伝説異聞・17

    「それでは、いいわね! 以前より打ち合わせていた通りに」
    レーテーが指示をすると、采女たちはそれぞれに返事をして動き出した。
    フタヂノイリヒメの助産は主にミヤベが立ち会い、タガタが助手に付いた。
    他の采女たちも甲斐甲斐しく働き、そしてタケルは......。
    産屋の隣室に寝床を敷いて、その上に胡坐(あぐら)をかいて座っていた。レーテーに、
    「自分が子供を産んでいるように想像して、フタヂ様と一緒に産褥の苦しみと喜びを感じていて」
    と、言われたのだが、どうにもそんな気にはなれなかった。
    『生まれてくる子の父親は、あいつなんだぞ。軽蔑に値する......わたしの父でもある、あの男。しかも、力ずくでフタヂを辱めて、その結果に生まれて来るのに......』
    タケルがそんなことを考えながら悶々としているのを察して、レーテーは後ろから彼女を抱きしめた。
    「フタヂ様が生まれてくる子を愛することができるように、あなたが先ずその子を愛さなければならないのよ。だから、そんな風に考えないで」
    「......無理を言うな......」
    「無理じゃないわ。そもそもあなたの弟妹になるのだし、それに......あなたが愛するフタヂ様の子供じゃないの」
    その言葉に驚いたタケルは、振り返ろうとしたが、レーテーがますますきつく抱きしめて来るので、動けなかった。
    「この屋敷に来てから気付いたわ。あなたとフタヂ様が歩んでこられた時を感じて、さらにフタヂ様の記憶を読んで、あなたの本当の気持ちが分かった。本当はフタヂ様が初恋だったのね。タチバナヒメは二人目――いわば、フタヂ様の代わりだった」
    レーテーはそこまで言うと、タケルを離してあげた。
    「馬鹿ね。同性愛の禁忌など恐れずに、自分の想いをちゃんとフタヂ様に告げていれば、その後の時の流れも変わっていたでしょうに。タチバナヒメの人生も......」
    「待って! 聞いてくれ!」
    レーテーが何を言いたいのか分かったタケルは、振り返るとレーテーの手を取った。
    「タチバナヒメがフタヂの代わりだったのは認める。でも、それなりの情はあった。だから! 君のことも身代わりだったなどと思わないで!」
    タチバナヒメが身代わりなら、オトタチバナである自分は二人目の身代わり――そう考えていることを、タケルも察することができた。
    「君のことは違う! 君だけは、フタヂやタチバナヒメに抱いた気持ちとは完全に違う。それだけは分かるんだ! だから!」
    タケルがレーテーを押し倒しそうになったので、レーテーは咄嗟に避けた。
    「今はそういう時じゃないでしょ。......ごめんなさい、私がそうさせてしまったんだけど」
    「レー!」
    レーテーの名を呼ぼうとするタケルの口を、レーテーは人差し指で抑えた。
    「ここではオトタチバナって呼んで......お願い」
    「......でも......」
    「この名前、好きよ。あなたとの思い出の"橘"が入っているもの。それに......今度、私の過去も話すわね。今はやめておきましょう」
    その時、隣室からフタヂの悲鳴が聞こえてきた。反射的に、タケルは木戸に駆け寄っていた、が、開けるのは躊躇われた。
    「大丈夫よ」と、レーテーが優しく声を掛けた。「今、赤ちゃんが出かかっているのよ。だから痛みが極限まできているのでしょう。でも......」
    レーテーが言うのを止めた、その時だった。
    元気な産声が響いてきた。
    「お生まれです!」と、ミヤベが言った。「ご立派な皇子様です!」
    フタヂノイリヒメは無事に男児を出産したのだった。

    出産直後に気を失ったフタヂに、レーテーは即座に眠りの術をかけた。
    「先ず衣服を取り換えて......敷物も取り換えましょう、汚れているわ。いいこと? フタヂ様に自分が出産したなんて気付かれないようにするのよ。タケルも、いい加減に横になって......額に汗をかいているように偽装して」
    レーテーは次から次へと指示を出した。
    「分かったよ......」と、タケルはしぶしぶ寝床に横になり、その額を采女が濡らした布でそれっぽくしめらせていく。
    「それで、どうゆう風に記憶をつなぐのさ」
    「一年前、あなたと山へ山菜取りに行って、フタヂ様が足を滑らせて、かなり下まで落ちてしまったことがあったでしょ?」
    「ああ、あの時か。あの時は幸い軽傷で済んで、でもあれ以来フタヂは山へ入るのを怖がるようになったんだ」
    「そう、ちょうどいいからその記憶とつなぐわ。実は軽傷ではなく、頭を打って昏睡状態になってしまった......って」
    「実際に正気を失う3カ月も前だけど、うまくいくのか?」
    「その方がいいのよ。それぐらい前から......フタヂ様は、大王が自分を狙っていることに気付いてたから」
    「ああ......そうだったんだ」
    そこへ、沐浴を終えて赤ん坊が戻ってきた。
    赤ん坊はタケルの隣に寝かされた。レーテーはそれを見ると、つい近くへ寄って顔を見たくなった。
    生まれたばかりではっきりとはしないが、なんとなくタケルに似ている気がする。血筋から言ってもタケルとはかなり近いのだから当たり前である。
    レーテーは赤ん坊の手を右の人差し指でチョンチョンッと触ってみた。すると、赤ん坊はレーテーの手を握ってきた。
    その時、レーテーの頭にテレパシーが飛んできた。
    「久しぶり!」
    『え?』と、レーテーは驚いた。そのテレパシーがギリシャ語だったのだ。
    レーテーはテレパシーで返した。「あなた、アドーニス!?」
    冥界の王ハーデースと王妃ペルセポネーの間に魂で結ばれた息子・アドーニスは、幾度も転生を重ねて様々な世界を渡り歩いていた。すべては神に生まれ変わる資格を得るために。
    「そう、倭に生まれ変わるって聞いてたけど、フタヂ様の子としてだったの」
    「うん......じゃあ、またね」
    それっきりアドーニスとは会話ができなくなった。さっきまでは生まれたばかりだったから、まだ前世の記憶が残っていたのだろうが、今はもう完全に赤ん坊として記憶がリセットされたのだろう。
    レーテーがずっと赤ん坊の顔を見つめたまま動かないので、タケルは声をかけた。
    「どうかしたのか?」
    「ん? うん......あとで話すね」
    赤ん坊がレーテーの指を離したので、レーテーは立ち上がった。
    「この子の為にも、失敗は許されないわね」
    レーテーはフタヂの傍に座り、皆を見回した。
    「それでは、いいわね?」
    タケルと采女たちはそれぞれ頷いた。それを確かめたレーテーは、フタヂの額に自分の額を近づけた。

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