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from: エリスさん
2014年02月28日 10時17分26秒
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白鳥伝説異聞・20 その2
「そなたの記憶を見せなさい。もっと、深層心理まで!」
レーテーは大王の頭を両手で鷲掴みにすると、ラベンダーの体香を最大にして、それによって引き起こされる眠気で大王を抵抗できなくした。タケルはそれを察して、ヤサカノイリビメを連れてその場から遠ざかった。
レーテーは大王の記憶を、タケルが生まれた頃まで遡った――そして見えたものは、タケルの母・播磨稲日大郎女(はりまのいなびのおおいらつめ)を失った悲しみだった。
『大姫、何故死んだのだ。おまえと引き換えになるぐらいなら、子供などいらぬものを......』
本当に愛しているのはフタヂノイリヒメかもしれないが、タケルの母・大郎女(大王は大姫と呼んでいた)のことも、フタヂのことを忘れていられるぐらい愛していたのだろう。その大郎女が死んでしまい......大王の心に一瞬、邪心が浮かんだ。
『大姫の産んだ子なら、大姫そっくりに育つのか? そうなれば......』
その邪心は良心によって掻き消されたが、いつまたその邪心が沸き起こるかと、大王は恐れた......。
――レーテーは、手を離すと、言った。
「だから、タケルを男として育てたと......?」
レーテーがつぶやくと、タケルは歩み寄りながら聞いた。「何を見たのだ?」
「あなたの母君を愛するあまり、あなたを母君の身代わりにしようと思ったことを」
「母の身代わり?」
「つまり、あなたを性の対象として......」
タケルの体に鳥肌が立つとほぼ同時に、ヤサカノイリビメは言った。「思っただけです! そうなってはいけないと、父親としての理性で抑えて、でもいつまで抑えられるか分からなかったから、タケル様を男子として......」
「理由は何であれ、タケルから本来の姿を奪うなど、身勝手すぎます!」
レーテーは言うと、大王を見据えた。
「そもそも父親が、我が血を引く娘を性の対象として見ること自体が間違っているのです。そんな奴は人間じゃない、ケダモノよ! そんなことを理由にして、タケルの女性としての総てを否定するなんて......そんなことを理由に、タケルを自分から遠ざけるために熊襲討伐に行かせたり、帰郷途中で盗賊に襲わせて殺そうとしたりするなんて。なにが父親としての理性ですか! 理性が効かないと分かっているのなら、自らの命を絶つべきだったのよ!! 子供を親の犠牲にしないで!!」
「もういい!」
そう言ったのは、タケルだった。「もういい......やめて、レーテー......」
タケルは泣いていた――怒りよりも、悲しみの方が強くて、男を演じることができなかった。
「もう何も聞きたくない......」
「タケル......」
レーテーはタケルの方へ行き、彼女を抱きしめた。
「帰ろう、レーテー。もうこんなところに居たくない」
「ええ、そうね」
レーテーはタケルを支えたまま歩きだし、その時、赤ん坊が声を上げたので立ち止まった。
「そう、この子のことを忘れていたわね」
レーテーはそう言うとタケルから手を離して、赤ん坊を抱き上げに行った。
「フタヂノイリヒメはこの子を産んだことを忘れています。私の力で、この子はタケルの腹から産まれたと思い込んでいます。その上で、世間には自分が産んだことにして、ヤマトタケルノミコトの第一子として自分が立派に育てて見せると、そう言っています。ですから、あなた方もそのつもりで。決して真実を口にしてはいけませんよ」
「承知いたしました、姫神様」と、ヤサカノイリビメは言った。「決して口外いたしません。そうですよね?」
最後の方は大王に言った言葉だった。大王も黙ってうなずいた。
「頼みましたよ......私のことも、ね?」
と、最後にレーテーはにっこりと笑って見せた。
帰り道、二人はほとんど黙っていた。時折、ワカタケルと名付けられた赤ん坊をあやすぐらいで......何をしゃべっていいか分からなかった。
それでも、まったく人通りがない道まで来ると、ようやくタケルが口を開いた。
「理由が分かって良かったよ」
タケルは深いため息を付いた。「母上を愛しすぎていたから......その理由は、少なからずわたしを納得させた」
「そんな......」
「神の目から見たら、とんでもなく愚かに見えるかもしれないけど、わたしは理解できるんだ。わたしだって、フタヂの代わりにタチバナヒメを......」
「次元が違うわ! あの男が身代わりにしようとしたのは、血のつながった......」
「身代わりを求めたという点では同じことだよ......いいんだ、わたしが父上を理解できれば、それで。それに、結局父上はわたしを身代わりにしなかったんだから。その代わりわたしを男に仕立てた。その方が、まだいい」
「......タケルがそれでいいのなら、私ももう何も言わないわ」
レーテーとしてもこれ以上タケルの心を掻き乱したいわけではない。タケルの心に平安がもたらされるのなら、もう何でもよかった。
二人が屋敷に着くと、タガタが出迎えてくれた。
「フタヂ様の診察に、オトタチバナ様のお母上と名乗る方がお見えになってます」
「私の母?」
「ええ。オトタチバナ様にそっくりでいらっしゃるので、私たちも信用してお通しいたしました」
「そう......どこにいるの?」
「フタヂ様のお部屋です」
レーテーとタケルは早速行ってみた。
「母上って、どっち?」
と、タケルは聞いた。レーテーから実の母(エリス)と二人目の母(エイレイテュイア)のことを聞いていたからである。
「可能性として、二人目の......」
言いかけているうちにフタヂの部屋に着いて、中からフタヂの楽しげな声が聞こえた。
「お母様は大変物知りでいらっしゃいますね」
「恐れ入ります、お后様」
この声を聞いて、レーテーは確信を得た。
「フタヂ様! オトタチバナです。タケルも居ます。お邪魔してよろしいですか?」
仕切り戸の前から声を掛けると、中から「どうぞ、入って!」というフタヂの声が戻ってきた。
二人が中に入ると、寝床で身を起こしているフタヂの隣に、40代前後の女性が座っていた。
「久しぶりね」
そう挨拶した女性は、オトタチバナヒメをそのまま老けさせたような倭人に化けてはいたが、エイレイテュイアに間違いなかった。-
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