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from: エリスさん
2014年09月12日 10時11分15秒
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白鳥伝説異聞・31
上総に向かう船を調達するために口をきいてくれたのは、タケルとレーテーを泊めてくれた漁師だった。大きめの船を4艘借りて、兵士たちは分かれて乗り込んだ。
タケルとレーテーが乗ったのは、先頭の船だった。
釣り船には乗ったことはあるが、こんなに大きな船に乗ったのは初めてだったレーテーは、ちょっとウキウキしていた。船が風に乗ってぐんぐんと走り、通り過ぎた後に白い波を立てて、それが遠ざかるほどに広がっていくのを見るのは面白かった。
ついつい船の縁に掴まって下を見ていると、そこへ後ろからタケルが来て抱きしめてきた。
「海に落ちたら危ないから、あまり端の方にいないでくれ」
タケルが苦笑いをしながら言うと、
「大丈夫よ。私、泳ぎは得意なんですもの。溺れたりしないわ」
「まあ、それは大丈夫かもしれないけど......」と、タケルは言うと、レーテーの耳元に口を近づけた。「君は気を抜くと元の姿に戻ってしまうから、皆に見られたら大変なことになるでしょ?」
確かに、兵士全員の記憶を消すのは至難の業である。
「分かった。中の方にいるわ」
レーテーがそう言うと、二人は一緒に船室に入った――その姿を、遠くの方から見ていた者がいた。
この近海を治めている海神(わだつみ)だった。
「男の姿をしていた娘も良いが、あのコトノハ殿に化けていた娘......本来の姿もさぞ美しかろう......」
タケルたちの船が自分が住む海宮城(かいぐうじょう)の上を通ると察した海神は、悪戯を仕掛けてやろうと目論んだ。
すなわち、急に嵐を呼んで海を荒らさせたのである。船は大波で前を進むことはおろか、均衡を保つこともままならなくなった。
そうすれば、必ず誰かが言い出すはずである。
「海の神に贄(にえ。いけにえのこと)を捧げなければ、この嵐は凪ぎませぬ!」
そして贄の定番は「穢れ無き者」「乙女」である。つまり......。
「オトタチバナを贄にせよと申すか!!」
タケルは話を持ち出した猟師を罵倒した。
「しかしタケル様。この辺りでは海の神の怒りを買った時は、若い娘を贄として捧げ、許しを請うてきたのです」
「馬鹿馬鹿しい! そもそも、わたしが何か海の神の怒りを買うようなことをしたと言うのか!?」
「それは分かりませぬが、しかし、先ほどまであんなに天気に恵まれていましたのに、こんなに急に嵐に見舞われたのには、何か理由が......」
「ふざけるな! 理由も分からぬのに贄を出せとか申すな! もうよいから、そなたは操船にだけ専念しろ!」
タケルが猟師と言い争っている間、レーテーはタケヒコを呼び寄せた。
「贄って人間じゃないと駄目なの? 私の国では牛とか鹿とか、食べるものでもいいのだけど」
「神の怒りを買った場合は、やはり穢れの無い乙女ですね。贄として捧げることで、その乙女は神の花嫁になると考えられているのです」
「花嫁ね......でも私、すでにタケルの嬪なんだけど......」
「そうですとも。でもこの場合、他に適任者がいないから、漁師もオトタチバナ様の名を挙げているだけです。無視していてください」
「そうねェ......」
本当に海神の怒りを買ったのなら――レーテーは甲板に出て、荒れた海を眺めた。そして縁に掴まり、船の下の方を見ると、一瞬光る物が見えた。
『あれは!?』
レーテーは目を凝らし、身を乗り出して海の底を見つめた。
そこに、海神の城が見えたのだ。
『本当にこの嵐が海の神が起こした物なら......』
レーテーが思っていると、そこへタケルが、船の揺れに足を取られながらも駆け寄ってきた。
「何をしているんだ。危ないから中に入っていろと......」
「タケル。私、海に潜ってみるわ」
「何を言っている!」
「海の底にお城が見えたのよ。きっと海の神の城だわ。そこへ行って、この嵐を止めてもらうわ」
「駄目だ! こんな荒れた海に潜るだなんて、死ににいくようなものだ!」
「大丈夫よ。私、女神なのよ。死にはしないわ」
「駄目よ!」と、タケルは素に戻った。「万が一ってことがあるじゃない!」
「万が一なんてないわよ。本当に大丈夫だから」
レーテーはタケルの手を離させて、縁に身を乗り出した。
「レーテー!」
ちょうどその時、大きく船が揺れて、タケルは体のバランスを崩して後ろに倒れた――レーテーとの距離が空いてしまう。
「それじゃ、行ってくるわね!」
レーテーは明るく笑って、海の中へ飛び込んだ。
タケヒコが看板に出てきたのは、ちょうどその時だった。
「オトタチバナ様!? 何故!!」
「レーテー......」
タケルは何とかして立ち上がり、縁へと行った。タケヒコも後を追い、今にも飛び込みそうなタケルを必死に抑えたのだった。
「いけません! あなた様まで贄になるおつもりですか!」
「離せ! レーテーを助けるのだ!」
「なりません!」
「離して! レーテー!!」
一方レーテーは、想像以上の荒波で自慢の泳ぎもままならなくなっていた。
『ちょっと考えが甘かったかしら......でもまあ、絶対に死にはしないから』
レーテーは海の底の城を目指して、両足を大きく動かした。すると、そこの方から強烈な圧が押し寄せて、思わずレーテーは口の中に含んでいた空気を噴き出してしまった。
レーテーは気を失ってしまい、元の姿に戻った。そんな彼女を、何かの力が海の底まで引き寄せていた。
そこに、海宮城があった。城の庭先には海神が待ち構えていて、落ちてきたレーテーを抱き留めたのだった。
「やはり美しい......このような美しい娘を見たのは初めてだ......」
海神はレーテーを抱き上げたまま城の中へ入って行き、同時に海も静かになった。
先刻までの嵐が嘘のように静まり、4艘の船はまっしぐらへと上総に向かっていた。
「船を止めよ!」と、タケルは猟師に言った。「オトタチバナを助けに行くのだ!」
「それが、駄目なのです、タケル様」
漁師も先程から船を止めようと試みているのだが、船の舵が勝手に動いていて、まったく操縦できないのである。
「おそらく海の神様が、一刻も早くここから離れよと、この船を動かしているのです。きっと他の3艘も」
「馬鹿な......」
タケルはそう言い捨てると、甲板へ出て、海へ飛び込もうとした。それを必死に止めたのはタケヒコだった。
「なりませぬ! タケル様にもしものことがあったら!」
「離せ! 船が止まらぬと言うのなら、わたしが泳いで助けに行くほかないではないか!」
「落ち着いてください! オトタチバナ様は天照さまにお仕えする祈祷師であり、奇術師なのでしょう? それならば、きっと生きてお戻りになれます!」
「......戻って来る?」
タケルは思い出していた。海に飛び込む前レーテーが「死にはしない」「大丈夫だから」と言っていたことを。そして一緒に池の水を通って離れた所から出てきたこと。これまでの不思議な力を一つ一つ思い出して、タケルは心を落ち着けた。
「そうだな。レーテーなら、無事に戻って来れる......」
「そうです。先に上総へ行って待っていましょう」
「ああ......そうしよう」
信じよう、信じたい......と、そう自分に言い聞かせていなくては、タケルは自分の気が狂ってしまいそうな気がしていた。-
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