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神話読書会〜女神さまがみてる〜

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  • from: エリスさん

    2014年09月26日 18時30分40秒

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    白鳥伝説異聞・32

    目を覚ましたレーテーは、天蓋付きのベッドの中にいた。
    周りを見回すと、とても倭の国では手に入りそうにない世界各国の珍しい物が飾られていた。その為、レーテーは自分がどうしてこんなところにいるのか、思い出すのに時間がかかった。
    『そうだ! 海神に会いに海に潜ったのだったわ』
    それでは、ここは海神の城の中? それにしては、なんなのだろう、この統一感のないインテリアは......そう思っていると、部屋の中に誰かが入ってきた。
    「お目覚めかね?」
    入って来たのは倭の国の服を着つつも、西洋の王冠をかぶっている、実にアンバランスな格好の男だった。
    「あなたが、海の神・ワダツミなのですか?」
    「如何にも。我のことをご存知でいらしたとは、光栄の極み」
    と、海神は西洋風にお辞儀をして見せた。
    「とても倭国の方には見えませんが、格好が......」
    「我は七つの海を渡り、世界各地を旅するのが趣味でございまして。それで、旅先で手に入れた様々な物をコレクションしているのです」
    「コレクション......ケルトの言葉で"収集"のことね。世界を回っているというのは本当のことのようね」
    レーテーはそう言いながらベッドから出ようとすると、
    「いけませんッ」
    と、海神が止めた。「あなたは窒息しかけて気を失っていたのです。無理をしてはお体に触りますぞ」
    「窒息......情けないわ。私、泳ぎは得意なはずなのに......でも、今は普通に呼吸が出来ているわ。ここは海の中ではないの?」
    「海の中ですとも。ですがここは、我が結界を張っているため、空気もあり、人間でも普通に生活できるようにしてあるのです」
    「人間でも? あっ、そうか! 贄として海に沈んだ乙女たちが、この城で暮らして行けるように。じゃあ、贄になった乙女が神の花嫁になるって言うのは......」
    「おっしゃる通り。我に捧げられた乙女は、我の後宮に入り、幸せに暮らしているのです。ですからどうぞ、あなたも安心して我が後宮にお入りくだされ」
    「申し訳ありませんが、それは無理です」と、レーテーはきっぱりと言った。「私は嵐を止めてもらいたくて、ここへは交渉に来ただけです。贄として捧げられたわけではありません」
    「贄ではない、ですと?」
    「ええ。私はそんな身分に落ちるものではありません。すでに私の変身が解けてしまっているから、見てお分かりのように、私は外国の者――オリュンポス神界の不和女神エリスの長子で、レーテーと言います。もっと分かりやすく言うなら、王后神ヘーラーの孫に当たります」
    「おお、やはり神族の方でいらしたか。それでも、神同士であるなら身分不相応にはなりませぬ。どうか、我の正室にお成りいただきたく......」
    「それも無理です。私、男性には興味がございません」
    「......は?」
    いまいち意味が分からなかった海神が聞き返すと、レーテーはきっぱりと答えた。
    「私は女同士でないと恋を語れない者なのです。既に伴侶もおりますから、あなたとは結婚できません」
    それを聞き、海神はがっくりと膝を落とし、右手で額を押さえた。
    「世界はまだまだ広いとは思っておりましたが......まさか同性愛者に巡り会おうとは」
    「あら、初めて会うの? 私の国では結構多いのよ(ほとんどがエリス絡みだが)」
    と、レーテーはおかしそうに笑った。「とにかく、もう嵐を沈めていただけたのなら、地上に戻ります。お世話に......」
    レーテーはベッドから立ち上がろうとすると、足に力が入らなくて、よろけて倒れた。
    「ほら! 言わぬものではない」
    海神はレーテーを助け起こして、ベッドに座らせた。
    「窒息しかけていたと申しましたでしょう。普通だったら死ぬところだったのです。もう少しお休みになられてから、戻られると良かろう」
    「でも、地上ではタケルが......私の伴侶が待っているのです」
    「それならば心配はいりませぬ。彼らは上総に無事到着して、あなたが戻って来るまで、そこで待っているつもりです。四、五日はゆっくりしていよう」
    「そう......なの?」
    「これをご覧なさい」と、海神は壁に掛かった大きな鏡を指差した。そこに、タケルたちの様子が映し出された――確かに、
    「四、五日滞在しよう」
    と、タケルが言っているのが聞こえる。タケルたちは海岸沿いにある空き家を見つけて、そこを宿所にするようだった。
    「では、この体が治るまで......明日には治ると思うので、それまでご厄介にならせてください」
    「そうなされよ。ゆっくりお休みくだされ」
    海神が部屋から退出したので、レーテーはまたベッドに横になった。
    もどかしい気持ちもあって全然眠れないが、早く治さなければタケルのもとに戻れない。とにかく自然治癒力を高めるには睡眠しかないのだ。
    レーテーは「眠れ、眠れ」と自分に言い聞かせた......その甲斐あって、少しまどろみ掛けた時、その物音は聞こえてきた。
    海神の悲鳴も聞こえてきた。
    なにごと!? と驚いて起き上がった時、扉が勢いよく開いてコトノハノミコトが入って来た。
    「レーテー! 無事?」
    「コトノハ!? どうしてここに?」
    「あなた、ワダツミに騙されたのよ!」
    コトノハは水筒を取り出して、レーテーに「飲んで!」と差し出した。中味はオリュンポスの神酒(ネクタル)だった。それを飲んだレーテーは、一瞬で体力が回復した。
    「もう歩けるでしょ?」
    と、コトノハはレーテーに手を貸して、立ち上がらせた。
    「ええ、もう大丈夫。でも、どうゆうことなの?」
    「ごめんなさいね、気付くのが遅くて。私も天照さまも、このところ忙しかったものだから、あなた達の旅を観察できなかったのよ。それで、久しぶりに見たら、あなたがこの男の所に居たから......」
    部屋から出ると、海神が筋骨たくましい男神に関節技を決められて、床に押さえつけられていた。
    「この男は、とにかく見目麗しい乙女が好きでね、狙った乙女を手に入れるためにわざと嵐を起こして、その乙女が贄として投げ込まれるように仕組むのです。さらに、乙女が里心を起こさないよう、海中の時の流れを速くしてしまうのです。乙女が逃げ出して地上に戻っても、もう知っているものは誰も生き残ってはいない。そうなれば乙女は海中に戻って来るしかないのです」
    「時の流れが速いって......」
    レーテーはゾッとした。「地上では、もう何日経っているの!?」
    「何日経っているか分からないわ」と、コトノハは言った。「この男は自由自在に時の流れを変えられるのです。海の中でなら」
    そこで、海神を押さえつけている男神が口を挟んだ。「コトノハ殿、こいつまだ力を放出してますよ」
    「気絶させないと駄目よ、タヂカラオ殿(天手力男(アメノタヂカラオ)のこと。天岩戸の伝説にも出てきた力自慢の神)。とにかく時を止めさせて!」
    「とりあえず、お二人は脱出してください!」と、タヂカラオは言った。「わたしは後から参ります!」
    「分かったわ」と、コトノハは言って、レーテーに「高天原の宮殿を覚えてる?」
    「もちろん」
    「そこの中庭に池があったでしょ? そこへ、あなたの力で瞬間移動して!」
    「分かったわ!」
    二人は手を取り合って走った。そして、海宮城の結界の外へ――水の中へ入ると、互いに抱き合った。
    レーテーの水から水へ移動する神技で、二人は高天原の池から出てきた。
    そこに、天照大御神が待っていた。
    「帰って来るのに、一か月掛かりましたね」
    天照が言うと、レーテーは愕然とした。
    「一か月も!......それじゃ、タケルは!」
    「あなたのことは諦めて、旅を続けています。もう東の国は制覇し、大和への帰路の途中、尾張に立ち寄り、昨日はそこも後にしたようです」
    「尾張を後にしたのですね。それなら!」
    レーテーは両肩に手を回して、唱文をとなえ、髪の毛を翼に変化させた。
    「今すぐ追いかけます! 失礼をお許しください、天照さま」
    「いいのですよ。お行きなさい!」
    「はい!」
    レーテーは翼を広げて、まっしぐらに下界へと降りて行った。

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