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from: エリスさん
2014年10月10日 11時55分29秒
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白鳥伝説異聞・34
伊吹山へ向かう途中――ちょうど山の出入り口にあたるところに、人だかりが出来ていた。間違いなくタケルの兵士たちだった。
皆、泣き叫んでいるようだった。
その人だかりの中央に、タケヒコがいた。両腕に何かを――誰かを抱えている。
『あれは!?』
怪我を負い、もはや瀕死のタケルだった。
『嘘よ! そんなのイヤ!』
レーテーは人だかりの輪の中へと急下降した。もう、自分の正体など構ってはいられない。
レーテーはタケヒコの目の前に着地して、彼からタケルを奪うように抱き取った。
「オトタチバナ様!?」
タケヒコの驚きには答えずに、レーテーはタケルを抱えて飛び上がった。
高天原のある、太陽の方角へと......。
後に残された兵士たちは、あまりにも一瞬の出来事で、事態を正しく理解できないでいた......ただ一人を除いては。
『オトタチバナ様――いや、レーテー様がタケル様をお迎えにいらしたのだ。天にお召しになるために......』
タケヒコがそう思った時、誰かがこうつぶやいた。
「白鳥(しらとり)だ......タケル様は、白鳥に変じて遠き空へと召されたのだ」
「おお、そうだそうだ!」と、他の兵士も言った。「高天原の神に望まれて、白鳥にお姿を変えられたのだ!」
太陽に向かって飛んでいたレーテーの亜麻色の翼は、そのあまりの眩しさに白く見えたのだろう。誰もが「白鳥だ」と言い出した。
実際、もうここにタケルはいない。だから兵士たちは、
「タケルが白鳥に変じて飛んで行った」
と、信じたかったのである。
一方、タケルはレーテーの腕の中で気が付いた。
「......レーテー? 今までどこに......」
「お願いだから喋らないで! 今すぐ助けてあげるから!」
レーテーは翼を羽ばたかせながらも、腕の中のタケルがどれほど重傷で、危機に瀕しているか感じ取っていた。
『死なないで! お願い、死んじゃイヤ!』
高天原に着くと、レーテーはそのまま天照の神宮に飛び込んだ。
中ではすでに天照とコトノハが待っていた。
「お願いです! タケルを助けて下さい!」
レーテーの涙ながらの懇願に、天照はうなずいた。そして、壁掛けの鏡に向かって言った。
「母上様! 聞こえていらっしゃいますね!」
すると鏡の中から声がして、
「そちらに投げるわ! 受け取りなさい!」
と、何かが鏡の中から飛び出してきた。それをコトノハが掴んだ。
橘の実だった。
コトノハはそれを天照に渡すと、天照が皮をむき、中の実を一つ取って、タケルの口の中に入れた。
その時になってようやく、鏡の中からイザナミノミコトが姿を現した。
「タケルに食べさせましたか?」
「はい、母上様。無事に間に合いました」
「そう、良かったわ......」
イザナミはそう言うと、レーテーの隣に座って、彼女の手を取った。
「久しぶりね、レーテー」
「イザナミ様......どうして......」
「人間の生死に関することは、私の神事(しんじ)なのです。ゆえに、死にかけている者を助けられるのは、この国では私だけです。私の娘であっても、ヒルメ(天照)には出来ない事でした」
「そうゆうことよ」と、天照は言った。「ホラ、傷が治ってきているわ」
その通り、タケルの腹に開いていた大きな傷が、見る見るうちに塞がって、流された血さえタケルの体に吸い込まれるように戻ってきた。
「それにしても母上様、こちらに来るのに手間取っておられたご様子でしたが?」
「邪魔されていたのよ」と、イザナミは言った。「タケルに打ち負かされて、黄泉に降りてきた、伊吹山の大猪に」
「ではやはり」と、レーテーは言った。「タケルをこんな目に合わせたのは、伊吹山の大猪......」
「相打ちだったそうよ」と、イザナミは言った。「ですが、その大猪も災難なことでした。成敗される謂われはないのに......人間に危害を加えることなど一切なかったのに、姿が恐ろしいというだけで、タケルに戦いを挑まれたのだから」
「そう......だったのですね」
レーテーは「やはりタケルは死ぬつもりだったのだ」という思いを強くした。
「まあ、大猪にはすぐにでも神獣として転生してもらいますよ。今度はそんなに恐ろしい姿にはならないものにね」
しばらくして、タケルが目を覚ました。
「ここは......いったい......」
タケルはゆっくりと起き上がると、あたりを見回した。
「ここは高天原の、天照さまの神宮よ」
レーテーがそう言うと、タケルはレーテーのことをまじまじと見た。
「本当にレーテー? 夢ではないの?」
「ええ、本当に私よ、タケル」
「レーテー!」
タケルはしっかりとレーテーのことを抱きしめた。
「夢じゃないのね? 本当に本当のレーテーね?」
「ええ、そうよ、タケル。戻って来るのが遅くなってごめんね」
二人は少しだけ体を離して、口づけを交わそうとし......タケルが口の中に違和感を覚えて、ちょっと待った。
タケルは口の中から何かを吐き出した。それを手に取ってみると......。
「橘の実の種?」
タケルの疑問に、いいえ、とイザナミが答えた。
「それは非時香菓(ときじくのかぐのみ)の種。あなたが今さっき食べた実ですよ」
「非時香菓ですって!?」
タケルは、まだ天照が持っていた実を見つけ、またまじまじと見つめた。
「橘にそっくり......」
「それはそうでしょう。元は同じ実ですから」
イザナミの説明によると、橘も非時香菓も元は同じ実で、ただ黄泉の国で育つと死者をも甦らせる力を宿すのだそうだ。
「では、タジマノモリを助けた姫神と言うのは、あなた様なのですか?」
「そんなこともあったわね」と、イザナミは微笑んだ。そして、「その種はあなたの物よ。あなたが蒔いて育てるもよし、然るべき人に預けるも良い。あちらの国へ行ったら好きにお使いなさい」
イザナミにそう言われたタケルは、
「あちらの国?」と、聞いた。
「オリュンポスですよ。レーテーの生まれ故郷です」
オリュンポスの名が出てきて、タケルはもちろん、レーテーもキョトンっとしてしまった。
すると天照が言った。
「ヤマトタケルノミコトよ。そなたのこの国での役目は終わりました。地上では既にそなたは死んだことになっている。よって、これを機に愛する者と共に旅立ちなさい」
そして、天照は手の中の非時香菓の皮を更にむいて、
「母上様、あといくつ必要ですか?」
「あと三つよ」
「三つですね」
天照は言われた通りに三つ取って、タケルの手に渡した。
「お食べなさい」
タケルは素直に従った――すると、体の奥の方が熱くなっていくのを感じた。
「今食べた実の養分が体中に行きわたれば、そなたは不老不死になります。つまり、神の一員となったのです――レーテーの伴侶になる資格を得たのですよ」
「そんな......こんな突然に......」
タケルは戸惑いと喜びの両方を同時に味わっていた。確かにこれでもう、戦いに身を置く必要はない。愛する人とずっと一緒にいられる......だが。
「残してきた家族は......フタヂやワカタケルはどうなりますか?」
「彼らは人間です。これからも人間としての生を全うしていくことでしょう。心配ならば、これからは空の上から彼らのことを見守っていきなさい。私たちが、そなたたちの旅を見守って来たように......」
「大丈夫よ、タケル」
と、レーテーが満面の笑みで言った。「私がいつでも連れてきてあげるわ、この国へ。だから......約束だったでしょ? あなたが神の一員になったら、私と結婚するって」
「......そうだったわね」と、タケルは微笑んだ。「分かりました。行きます! レーテーの故郷へ」-
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