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神話読書会〜女神さまがみてる〜

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  • from: エリスさん

    2014年10月17日 17時59分37秒

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    白鳥伝説異聞・35

    先ず、タケルはコトノハの力を借りて、ギリシア語を覚えた。
    「大丈夫? 私の言っていること分かる?」
    レーテーがギリシア語で話しかけると、タケルは微笑んで言った。
    「大丈夫、分かるよレーテー」
    そしてレーテーとタケルはいったん黄泉の国へ行き、そこからギリシアの冥界へと帰って来た。わざわざ冥界に来たのは、ペルセポネーにタケルを紹介するためだった。
    「あなた達のことは、いつも水鏡で見ていたわ......アドーニスが世話になったわね」
    ペルセポネーが言うと、
    「アドーニス?」
    と、タケルが聞くので、代わりにレーテーが答えた。
    「ワカタケルのことよ。ワカタケルの前世は、ペルセポネー様のお子様のアドーニスなのよ」
    「あっ!? そうなんだ!」
    「いつかは神として――私の実子として転生できるように、いろんな国の人に転生して徳を積んでいるのよ。あなたの義理の息子として転生したのも、きっと何かの縁なのだと思うわ。これからも宜しく頼みますね」
    ペルセポネーから丁寧な挨拶を受けて恐縮しながらも、二人は地上に出て、アルゴス社殿へと行った。
    アルゴス社殿ではレーテーの妹たちと、たくさんの侍女たちに出迎えられた。
    妹たちがどの子も幼いことに気付いたタケルは、
    「妹たちとは、年が離れているんだね?」と、聞いた。
    するとレーテーは首を横に振り、
    「妹たちは成長が止まっているだけなの。一番年の近い妹のマケ―は、もう17歳なのよ」
    「どの子が?」
    「あの黄色い服を着た......」
    「10歳ぐらいにしか見えない!」
    「そもそも。私のことは何歳だと思ってる?」
    「レーテーのこと?」
    レーテーはとうにオトタチバナヒメの姿ではなく、本来の姿に戻っていた。その姿を改めて見ると、タケルはあることに気付いた。
    「初めてあった時より、大人の体に成長しているよね?」
    「ええ。あなたに愛されるようになってから、体が成長するようになったの――つまり、私も成長が止まっていたのよ」
    「そうよね。初めてあった時は、わたしより年下の娘だと思っていたけど......本当は年上?」
    「ええ、あなたの4つ上よ。22歳」
    「そうだったの!?」
    初めて聞かされた事実に、タケルはやや戸惑った。
    なによりも、レーテーがちゃんと「女神」として扱われていることに、今更ながらに驚いた。今までずっと、お互いに対等な立場だと言いあっていても、実際はタケルの方が少し上の立場で接していたことが、だんだんと恥ずかしく思えてくる。
    タケルがヘーラーとエイレイテュイアに対面したのは、ちょうどそんな心持ちの時だった。
    「あなたのことは、時折見させていただきました」と、ヘーラーが言った。「あまり物事に執着しないレーテーが、あなたと出会ってから変わりました。その事には心から礼を言います」
    「それに、レーテーが大人の女性に成長できたのも、あなたのおかげですものね」
    と、エイレイテュイアは言った。「私のこと、誰だか分かるかしら?」
    「はい、母君様。その節はお世話になりました」と、タケルは頭を下げた。「おかげでフタヂもワカタケルも、健やかに過ごしております」
    「そう、それは良かった」
    「ところで、そなたのこの国での処遇ですが......」
    と、ヘーラーは言った。「神格化して、レーテーの婿になる資格を得たのはいいのですが、実際には、何かを司っているわけでもない、神力もない人間を、王后神たる私の孫の婿にするわけにはいきません」
    「そんな、おばあ様!」と、レーテーが言った。「へーべー叔母様だって、人間出身のヘーラクレースを夫にしているじゃありませんか!」
    「彼はちゃんと英雄としての役割をこなしていますよ。力仕事がある時は必ず手助けをしてくれます」
    「タケルだって英雄です!」
    「倭国ではそうだったでしょうが、この国では、女では英雄としての役目を果たせません。腕力が違い過ぎるのです」
    「そんな! 腕力なんかなくたって......」
    「いいんだ、レーテー」と、タケルが二人の口論に口を挟んだ。「わたしも思っていました。私はこの国では対して役に立たない。これではレーテーの夫として相応しくないと。ですから......侍女としてお仕えする、というのはどうでしょうか?」
    「侍女とな?」と、ヘーラーは言った。
    「はい。先程レーテーの姉妹たちに会わせてもらいました。皆それぞれに、侍女の中でも近しい"側近"を従えていたようですが......。わたしをそれに任命してください」
    「なるほど。先ずはそれで良かろう」と、ヘーラーが言うと、
    「私も異存はありません」と、エイレイテュイアが言った。「最も近しい侍女――あなたの場合、男装をしているから"執事"かしら? とにかくレーテーの間近にいて、しばらくこの国のことを学ぶといいわ。そのうちに、あなたにも何か、神としての役割を見つけることができるでしょう」
    こうしてタケルはレーテーの侍女の中でも"側近"としての立場を手に入れた。当然のことながら、二人っきりの時は"恋人"に戻るので、レーテーもそれで納得したのだった。

    数日後、タケルはどうしても気になっていたことをレーテーに相談した。それはレーテーも気になっていた事だった。
    「おばあ様を通して話をするのが筋だと思うわ」
    レーテーはそう答えつつも、難しいだろうなァ、と思っていた。
    それでも二人はヘーラーのもとを訪ねた。
    「では、その人間の男を治してやるために、アポローンの力を借りたいと言うのだな?」
    「はい、おばあ様」と、レーテーが言った。「どうか、おばあ様からこのことをお願いしていただけないでしょうか?」
    「あまり、あの者には仮を作りたくないが......」と、ヘーラーは苦笑いを浮かべたが、すぐに侍女の一人を呼び寄せてくれた。
    アポローンの娘であるシニアポネーだった。元はアポローンの姉・アルテミスの従者だったが、ヘーラーをはじめとするアルゴス社殿の女神たちがシニアポネーの出生に係わったために、今はヘーラーの侍女をしているのである。(『泉が銀色に輝く』参照)
    事情を聞いたシニアポネーは、
    「私から父にお願いしてみます」
    と、快く引き受けてくれた。
    早速アポローンの社殿にレーテー、タケル、シニアポネーの三人で出掛けると、アポローンは娘に久しぶりに会えた喜びで、三人を歓待した。
    「それで、わたしに頼みとは?」
    「はい、実は......」
    レーテー達の頼み事は、タケヒコのことだった。以前タケヒコと約束をしたのである。生殖能力を失った彼の体を治してやると。医術の神であるアポローンはその話を真剣に聞いてくれ、言った。
    「何か見返りは用意できるかい? まさか、ただでやれとは言わないだろう?」
    「これで如何でしょうか?」
    タケルが差し出した物は非時香菓の種だった。アポローンはそれを手に取ると、興味深く眺めた。
    「これはいい! 倭国の不死の妙薬だな。よし、引き受けよう」
    アポローンはしばらく別室へ行くと、手に小瓶を持って戻ってきた。
    「飲み方はこの紙に書いてある。容量を間違えると死に至るから気を付けるように」
    アポローンは小瓶をタケルに渡すと、
    「シニアポネー、これはおまえが育ててくれ」
    と、非時香菓の種を渡した。「森で育ったおまえなら、この種を上手いこと育ててくれるだろう」
    「はい、お父様」

    思っていたよりスムーズに事が運んだので、レーテーとタケルはシニアポネーにお礼を言って、さっそく倭国へ向かった。
    タケルが死んだことで東征は打ち切られ、タケヒコ達は大和に帰って来ていた。二人が様子を見に行った時は、タケヒコはフタヂノイリヒメを訪ねて来ていた。
    タケヒコからタケルの死の状況を聞いたフタヂは、思わずクスッと笑いだした。
    「フタヂ様?」
    「タケヒコ殿。タケルは生きていますわ。その、鳥になって飛んできたのはオトタチバナ殿だったのでしょう?」
    「はい......」
    「だったら、あの方のことです。天照さまからいただいたお力を使って、タケルの傷を治し、きっと今頃は二人で楽しくやっていますよ」
    「......そうですね。わたしもそう思います」
    二人の会話を聞いたレーテーとタケルは、会わずに帰ることにした。アポローンから貰った薬の小瓶と、倭国語に翻訳した飲み方の説明書、そして、
    〈タケヒコへ
    飲み方は絶対に間違わないように。〉
    という手紙を添えた。
    タケヒコとフタヂがその後も話していると、タケヒコは翼が羽ばたく音を耳にした。
    慌ててタケヒコが外へ出るのをフタヂも追いかけ、そして二人は薬瓶と手紙に気付くのだった。
    遠い空に、白い大きな鳥が飛んでいるのが見えた。
    「ホラ、やっぱり......」
    と、フタヂノイリヒメが言うと、
    「はい......」とだけタケヒコは答えた。

    その後、タケヒコはワカタケルの従者となり、体も治って妻を娶り、吉備の臣の祖先となった。
    フタヂノイリヒメのその後はあまり伝わっていないが、ワカタケルを立派に育てたことは間違いない。後にワカタケルは、叔父である成務天皇(ワカタラシヒコ)の跡を継いで仲哀天皇となっている。
    そしてヤマトタケルノミコトの伝説は、様々な異説を生みながら全国に広まり、古代史に残る英雄として今も親しまれているのである。

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