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from: エリスさん
2014年11月21日 10時59分14秒
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伝説異聞のそのまた異聞・4
「クレオが里に帰るそうよ」
エイレイテュイアに突然言われて、レーテーもタケルもキョトンっとするしかなかった。
二人はエイレイテュイアのお茶会に呼ばれていた。本来ならば使用人であるタケルは同席できないはずだが、今日だけはとエイレイテュイアが席を用意してくれたのである。しかし、今日のお茶会が、ただのお茶会ではないことを、二人はエイレイテュイアの初めの一言で知ったのである。
「クレオはそもそも、エジプトの王女の一人で、王位継承争いに巻き込まれて実父と結婚させられそうになったので、ここまで逃げてきたのです」
「実父と!?」
と、二人は同時に驚いた。
「王女ということは、クレオは人間ですよね?」と、レーテーは言った。「実の父親との結婚など、許されるのですか?」
「エジプトには"形式上の結婚"というものがあるそうです」
エジプトでは王位継承権を持つのは女性だった。その女性と結婚できた者が王となれる。クレオの父親はかつて王であったが、王妃である妻に離婚を言い渡され、王妃は別の王子と結婚して新たな王を擁立した。クレオの父親は、自分が再び王になりたいがために、先ず王妃を殺害し、その夫である王も殺して、母親から王位継承権を引き継いだ娘のクレオと形式上の結婚をしたのである。
「つまり、クレオの父親は王位簒奪者なのですね?」と、タケルは言った。「そして、形式上はもうクレオは父親の妻になっている、ということですか?」
「そうです」と、エイレイテュイアは言った。「そして、クレオの父親は事実的にも結婚しようとしたのです。だからクレオは逃げてきた......」
「だったら! クレオは里に帰っては駄目ではないですか!」
と、レーテーが言うと、エイレイテュイアは溜め息をついて言った。
「クレオの国では同性同士の恋は禁忌なのだそうです」
それなのに、レーテーとタケルがマケ―との仲を焚きつけてしまった......自分たちのせいで、クレオは苦しい選択を迫られてしまったのだと気付いた二人は、何も言えなくなってしまった。
「クレオは考えたのでしょう。禁忌の恋を続けるよりも、国の慣習として認められている近親婚に生きる方のが、人間として正しい生き方なのではないかと」
「そんなのおかしいです」と、レーテーは言った。「いくら認められているからって、実の父親と結婚したい娘なんて、絶対にいない。神も人間も、立場とか形式とかではなく、本当に愛した人と結ばれるべきなんです。それなのに......逃げ出したいほど嫌な相手なのに、本当に好きな相手が同性だったからって、嫌な相手の方に戻るだなんて、そんなのおかしいです」
「そうね......」
エイレイテュイアはそう答えると、お茶を一口飲んで、カップをテーブルに戻した。
「この国だって、本来は同性愛は認められていないわ。でも、あなたの母・エリスが堂々と自分の愛を貫いたことで、周りの意識が変わって来た。そして、今では同性愛は黙認されるようになった。女性だけではなく、男性の間でもね。でもその考え方は、異国の民であるクレオには付いていけないものだったのよ」
そして、エイレイテュイアは二人を見つめた。
「あなた方がマケ―とクレオを焚きつけたのは分かっています。アルゴスが急に大人になったのも、あなた方のおかげでしょう。でも、その方法は、クレオには早すぎたみたいね。わたしもね、娘たちの侍女として付けた女性たちが、いつかは娘たちの恋の相手をしてくれるのではないかと――それによって子供の姿をしている娘たちが成長してくれたらいいと、そう思っているのよ。でも、恋を知るには人それぞれ時期があるの。それを察してあげないといけないわ。分かるわね?」
エイレイテュイアの言葉に、レーテーは頷き、タケルは「はい......」と答えた。
お茶会から戻ってきた二人は、しばらく惚けていた。自分たちのせいでマケ―が一人になってしまい、クレオは望まぬ結婚生活に戻った。良かれと思ってしたことなのに......。
二人があまりにも惚けているので、エルアーは声を掛けようかどうしようか悩み......結局、手に持ってきたものをタケルの脇に置いて去ろうとした。が、
「何を持ってきてくれたの?」
タケルが口を開いたので、エルアーはホッとした。
「タケル様の御召し物です。縫いあがりましたので、持って参りました」
「ああ、ありがとう......うん、いい色だ」
タケルに似合う青色の単衣と袴だった。
「染めるのも自分でやったの?」
と、タケルが聞くと、
「はい。人任せにするより、自分で染めた方がタケル様に似合う色に染め上げることができますから」
「そう、ありがとう......」
「ねえ? エルアー」と、レーテーが言った。「あなた、今、幸せ?」
「もちろんです。どうしてそのようことをお聞きになるのですか?」
「だって......私が、あなたを同性しか愛せない体にしてしまったのだもの」
「それは......ちょっと違います」
エルアーはレーテーの傍まで来ると、跪いてレーテーの膝に両手を置いた。
「私は、初めてあなた様にお会いした時から心惹かれておりました。だから再会したあの時、レーテー様の素肌に包まれて、私はどんなに幸福だったか。つまり、二度目の治療で私は同性愛者になったのではありません。もともと素地があったのです」
「そうだったの?」
「はい。ですから、レーテー様は何も重荷に感じることはないのです。......もしやお二人とも、マケ―様の側近のクレオが里に帰ることになったことを、気に病んでおいでなのですか?」
「ええ、そうよ」
「でしたら、それだってお二人のせいではありません。確かに、クレオが自分の気持ちを解放した切っ掛けにはなっておりますが」
二人が東屋で睦みあい、マケ―とクレオに見せつけていた時、エルアーも目撃していた。だからこそ気付いたことだった。
クレオもまた、同性に恋する素地があったのである。だからこそマケーからの求愛を拒むことはなかった。
「クレオは今、揺れているだけなのです。幼いころから自国で学んできた道徳観と、本当の気持との間で。でも大丈夫です......きっと、彼女はあるべきところに落ち着きます」
エルアーが言った通り、クレオは二日後に戻ってきた。エジプトの国境を越えようとした時に、どうしてもマケーのことが忘れられずに引き返したのだった。
これを機にマケ―は独立して、小さな社殿を立てて、クレオと二人だけで生活することにした。誰にも邪魔されずに暮らすことで、クレオの心の平安を保ったのである。
それから三日たって、レーテーは再び冥界に出仕した。
出仕したところで仕事がないのは分かっているが、何もしないでアルゴス社殿でごろごろしているのも、一族の長子として良い姿ではない。
すると、待ってましたとばかりに冥界の王妃ペルセポネーが出迎えた。
「レーテー、今度は北欧の方へ行ってみない?」
「は?」
ペルセポネーの言うことには、近々北欧の神界の幼い女神がオリュンポスに留学に来るので、その代わりにオリュンポスからも誰か交換留学をしたらいいのではないか、という話が出ているそうなのだ。
「まさか、もう旅をしないつもりだったの? 世界は広いのよ。まだまだ訪ねるところはいっぱいあるわ」
「ありがとうございます。あの......タケルを連れて行ってもいいですか?」
「構わないわ。あと、あなたの身の回りの世話をする侍女も連れて行きなさい」
レーテーはすぐにアルゴス社殿に戻ると、タケルとエルアーにそのことを告げた。
「いいね! また君と旅が出来るのか!」
タケルはつい男言葉で感動した。二人で倭の国を旅していた時の記憶が蘇ったからだった。
「そうよ。もう訪れる国を征服する必要なんてない、純粋に旅だけが目的の旅よ! エルアーも一緒に来てくれるわね」
「はい! お供させて下さりませ。お二人のお世話をさせていただきとうございます」
その後、レーテーを主としたこの三人は、世界中のいろいろな国を旅して歩くようになった。時には辛いこともあったが、三人は互いに助け合い、時代が変わった今も幸せに暮らしているのだった。
Fine-
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