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from: エリスさん
2015年02月05日 20時47分39秒
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悠久の時をあなたと・4
それから数日後、クロノスのことを気にしながらも何もできないでいたレイアーは、テイアーからクロノスが無事に奈落の底から弟たちを救い出したことを聞いた。
「私もヒュペリーオーンから聞いたのよ」と、テイアーは言った。「クロノスは奈落の底まで二日もかけて歩いて行ったのですって。そこで弟たちを見つけて、また二日かけて連れ帰ったらしいわ。その間、飲まず食わずだったから、今は自邸で倒れているらしいわ」
「病気なの!?」
レイアーが驚くと、テイアーは目の前で手を振って見せた。
「疲れているだけよ」
「そう......」
レイアーはまだ少し不安そうに答えた。「お見舞いに......」
「行くのはいいけど、こっそりね」と、テイアーは言った。「大袈裟にすると、お父様にクロノスが何をしたのか知られてしまうわ」
そうなったら、せっかく助け出した弟たちをまた奈落に落とされ、クロノスもどうなるか分からない。
「分かったわ。ありがとう、お姉様」
「どういたしまして」
わざわざクロノスの様子を知らせに来たテイアーとしては、それなりの思惑があってのことなのだが、それがこんなにも素直に感謝されてしまうと、ちょっと後ろめたくなってしまうのだった。
テイアーが帰ると、レイアーはなるべく質素な服を着て、小さな籠に果物を詰め、夜の闇にまぎれてクロノスの屋敷を訪ねた。
クロノスの屋敷は兄弟の中で一番質素な屋敷だったが、それでもお付きの侍女である精霊(ニンフ)がかなりの綺麗好きなおかげで、とても馴染みやすく、入りやすかった。
「これはこれは、お姉君のレイアー様でいらっしゃいますね」
出迎えてくれた侍女・アナーニスは初老の婦人で、こちらもまた話し易そうな人物だった。
「クロノスのお見舞いに伺ったの。倒れたって聞いて......」
レイアーがそう言う間にも、アナーニスはレイアーを屋敷の中に入れた。
「外でそんなことをおっしゃってはいけません。クロノス様が何をなさったのか、かの方(かた)に知られては......」
「ごめんなさい......でも、私......」
「分かっております。私もつい失礼なことを申し上げました。レイアー様はただ、弟御(おとうとご)がご心配だっただけでしたのに」
「おとうと......」
確かにそうなのだが、改めて「弟」だと言われてしまうと、レイアーは違和感を覚えた。レイアーのその躊躇いに気付いたアナーニスは、胸の内で微笑んだ。
アナーニスがクロノスを呼びに行っている間、レイアーは客間で待たされた。この屋敷の侍女はアナーニスだけのようだが、本当に完璧に掃除が行き届いていて、綺麗な花や調度品も飾られていて、男が主の家とは思えないほどだった。レイアーはその部屋の中央にあるテーブルに、自分が持ってきた果物を籠ごと飾ってみた。見事に調和して飾ることが出来てレイアーが満足していると、その時、誰かの視線を感じた。
視線の方を見てみると、扉の隙間から、二人の少年が覗いていた。
二人とも、一つしかない大きな瞳で、じいっとレイアーを見ていた――その子たちが後にキュクロープス兄弟と呼ばれるようになる、奈落の底から救い出された弟たちであることは、レイアーにもすぐに分かった。
「あなた達が私の弟たちね?」
レイアーが声を掛けると、キュクロープス兄弟はゆっくりと、肩で扉を開いた。
怪物だと聞いていたが、目が一つしかないことを除けば、ただの子供だった。とは言え、生後七日しか経っていないのに、人間で言えば3歳児ぐらいになっていることから考えても、体の成長は早いのだろう。
『大人になったら怪物並に巨体に育つってことなのかしら? でも全然怖くないわ』
レイアーはそう思うと、二人を手招きした。
「いらっしゃい。おみやげを持ってきたのよ」
レイアーが優しい人だと分かったのか、キュクロープス兄弟は嬉しそうに近寄って来た。そんな二人に、レイアーはリンゴを差し出した。
右側にいた弟がそれを手に取ろうとした時だった。
「駄目だ! 触るな!」
部屋の中に慌てて入って来たクロノスが叫んだ。咄嗟にレイアーが手を引っ込めると、その手の中のリンゴに火がついていた。
『え!?』
レイアーが驚いて一瞬硬直していると、その手からクロノスがリンゴを叩き落とした。転がり落ちたリンゴはまだ燃えていて、それを遅れて入ってきたアナーニスが持っていたお茶で消すのだった。
「大丈夫ですか、姉上。怪我は?」
クロノスはそう言いながら、レイアーの手を隅々まで調べた。どうやら火傷はしていないようだった。
「クロノス、これ、どうゆうこと?」
レイアーが聞くと、
「驚かせてすみません、姉上。今のがプロンテースの能力なのです」
「プロンテース? この子の名前?」
「ええ、この子がプロンテースで、そしてこっちが......」
クロノスが説明しようとしているのに、レイアーは自分の手を握っているクロノスの掌に火傷があるのを見つけて、
「これは!?」と、クロノスに聞いた。
「これは......この子にこんな能力があると知らなかったので、つい......」
奈落の底から二人を連れ出そうと、プロンテースの手を握って、火傷を負ってしまったのである。
しかしその火傷はかなり治りかけていた。というのも、その場ですぐに冷やすことができたからである。もう一人の弟・ステロペースの能力で。
「プロンテースは手からは熱や火を出すことができ、ステロペースは冷気を出すことができるのです。まだ子供なのでその力を抑えることが出来ないようで......」
「だから、お父様はこの子たちを嫌ったのね!」
「......それもあるようですが」
「ひどいわ! 親なら、我が子にこんな凄い能力があったら、それを良い方向に導いてやるべきなのに!」
レイアーの言葉に、クロノスは好感を持った。
「凄い能力だと、姉上もお思いになりますか?」
「そうよ。誰にも出来ない事だわ。それは、不自由もあるでしょうけど、おいおい工夫しながら、私たちが手伝ってあげれば、苦ではなくなるはずよ」
「ええ、その通りです、姉上。この子たちが出来ないことは、わたしたち兄弟が助け合えばいいだけのことです」
クロノスの言葉にレイアーは微笑みで答えて、そしてキュクロープス兄弟の前に身を屈めた。
「握手は出来なくても、肩なら触ってもいいのね?」
レイアーはプロンテースとステロペースの肩に手を置いた。
「私はレイアー、あなた達の姉よ。これから仲良くしましょうね」
レイアーが言うと、プロンテースが口を開いた。「......ウウ、ウホ」
『え?』と、レイアーは思った。
ステロペースも口を開いたが、その言葉は、
「ウホ、ウホホ」
「......言葉が......」
「そうなんです」と、クロノスが言った。「口か喉に障害があるらしく、言葉が喋れないのです。父上にはこれが一番気に食わなかったらしくて。この子たちに、言葉も通じぬ化け物め、と蔑んだそうです」
「そんな......」
こうなることも含めてガイアは予感していたのである。この先、子供を産もうとすれば異形の者が生まれてしまう。だから、せめてガイアの体力が回復するまでウーラノスは子作りを辞めるべきだったのに。
レイアーは涙を流した......。
「姉上?」
「クロノス、私、今はじめてお父様に殺意を覚えたわ。この子たちはお父様の欲望の犠牲者よ。それなのに、そのお父様に奈落に落とされるなんて......可哀想に......」
レイアーは立ち上がると、クロノスの前に立ち、彼の手を握った。
「お願い、クロノス。この子たちの敵を取って。お父様を成敗して!」
「はい、必ず」と、クロノスは言った。「しかし、命は取りません」
「なぜ!」
「命まで取っては、子として親への礼儀に反するからです。ですが、罰を与えることは出来ます」
「どうするの?」
「それは......いずれ分かります」
クロノスはそう言うと、ニコッと笑って見せるのだった。-
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