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神話読書会〜女神さまがみてる〜

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  • from: エリスさん

    2015年10月23日 12時25分55秒

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    悠久の時をあなたと・18

    ナイフに突かれた胸を押さえながら、クロノスは苦痛に顔をゆがませた......だが、それはほんの僅かな時間だった。クスッと笑ったクロノスは、ナイフを胸から抜くと、その傷口を息子たちに見せた。すると傷は見る見ると塞がっていった。
    「わたしは不老不死だ。こんな傷など、大したことはない」
    「そんな馬鹿な!」と、ゼウスは言った。「このナイフは特別な鉄から作り出された、神力を奪うナイフのはず!」
    ゼウスは離れた所にいるメーティスを見た。彼女も驚いた表情をしていた。
    「まさか、そのナイフは偽物?」
    メーティスが呟いている横を、誰かが通り過ぎた。
    それが自分を騙した本人だと気付くまで、少し時間がかかった。何故なら、その人にいつものオーラが無かったからだ。
    「だったら!」と、ゼウスは叫んだ。「貴様の体を切り刻んでやる! 再生できないほど細かくだ!」
    三人の子供たちがそれぞれの刃を振り上げた時、そこにスッと誰かが立ちふさがった――レイアーだった。
    「退いてください、母上!」と、ゼウスは言った。「僕たちは、母上や僕たちを苦しめてきた、この男を討たねばならないのです!」
    「無駄です」と、まるで生気のない声でメーティスは言った。「不老不死である神は、どんなに体を切り刻まれようと、長い時を掛けても再生する能力を持っています。ですから、あなた方のただの刃物ではこの人は殺せません」
    「やはりそうだったのですね!」と、叫んだのはメーティスだった。「あなたは不遇な子供たちよりも、愛欲を選んで、夫を殺す武器を我々に渡さなかったのですね! なんという浅はかな!!」
    レイアーはメーティスの暴言など意に介さず、まだ床と柱に身を任せるように座っているクロノスの方を向いて、跪いた。そして、彼の唇にキスをすると......。
    クロノスが軽いうめき声を上げた。
    レイアーの右手に握られていたナイフが、クロノスの胸を刺していた。
    その場にいた誰もが、とうとうレイアーがクロノスに報復をしたのだ、と思った。
    だが、そうではなかった。
    クロノスには真実が分かっていた。だから、痛みで苦しみながらも表情は笑顔だった。
    「わたしの悪夢が成就しないように、そなたがわたしを、終わらせてくれるのだな? レイアー」
    レイアーは涙を一筋こぼすと、分かってくれた夫を優しく抱きしめた。そして、「あなた達......」と、ゼウス達に言った。
    「あちらへ行っていなさい。私たちを二人だけにして」
    「何を言っているのです、母上!」と、ゼウスは言った。「この男にとどめを刺さなければならないのですよ! 今がその時......」
    「わからないのですか!!」と、レイアーは叫んだ。「このナイフこそが本物です。神力を奪い取る魔刀(まとう)......これに刺されれば、もうこの人は神としての力を失う。つまり死ぬのです! だからもう、あなたたちが何かする必要はありません!」
    「しかし、この男を倒すのは僕の役目......」
    「私は今日まで耐えてきたのです!」
    そう言って、レイアーはまるで敵を見るような目でゼウスを睨んだ。
    「あなたたちの母親として、あなた達を守るために、ずっと耐えてきた! この人の傍にいたいのに、この人に触れていたいのに、我慢してずっと耐えてきたのよ! だから......」
    レイアーはまたクロノスの方を愛おしげに見おろした。
    「今この時ぐらい......最期の時ぐらい、この人の妻でいさせて!」
    ゼウスには分からなかった――いや、理解したくなかった。自分の子供を丸呑みにするよう非情な男を、何故こんなに愛せるのか。犠牲にされた側のゼウスには分かりたくもなかったのだ。だが、そんな彼の肩に、優しく手を乗せてきた人がいた。振り向くと、そこに金髪の女の子が立っていた。救出された姉の一人である。
    「行きましょう? ゼウス。お二人だけにしてあげましょう」
    「姉上......」
    「ヘーラーよ。先刻、私の名を教えてもらったの。姉のヘスティア―も、妹のデーメーテールもよ。あなた達も教えてもらったのじゃない? ポセイドーン、ハーデース」
    「ああ、聞いたよ」と、ポセイドーンが言った。「確かにその名で呼ばれたよ」
    「わたし達の名前は、みんなお父様が付けてくださったのですって」
    「お父様だって?」と、ハーデースが驚いた。「君はあいつを"父"と言えるの?」
    「私たち、こうなった訳を知らないでしょ?」と、ヘスティア―が言った。「だから、聞きに行きましょう。あちらの叔父様たちに」
    ヘスティア―が手を向けた方に、プロンテースとステロペースが立っていた。
    「あの叔父様たちが言ってたわ。自分たちも実の父親に幽閉されていたのを、私たちのお父様に助け出されて、いっぱい愛情を注がれて育ててもらったって」
    「愛情を? あの男に......」
    ゼウスはプロンテースとステロペースをまじまじと見た。恐ろしそうな形相をしているはずなのに、少しも怖さを感じない。それどころか、優しさがにじみ出ているのが分かる。それは、彼らが十分に愛されて育った証拠だった。
    「分かったよ、行こう......」
    ゼウス達は二人の叔父の方へ行った。仕方なくメーティスもそちらへ向かった。
    ようやく二人きりになれて、クロノスとレイアーはキスを交わした。
    「このナイフはプロンテースとステロペースが作ったのだな。あまり痛みを感じない、優しい刃だ......だが、神力は確実に奪われていくな......」
    「クロノス......」
    「泣かないで......」
    クロノスは震える手でレイアーの涙を拭った。「君の笑った顔を覚えていたい」
    「あなただけ行かせたりしないわ」
    レイアーはナイフの柄に再び手を掛けた。が、その手をクロノスが外させた。
    「駄目だ、君は生きるんだ」
    「嫌よ! あなたがいない世界なんて......」
    「聞いて、レイアー......」
    クロノスは両手でレイアーの頬を包んだ。

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