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神話読書会〜女神さまがみてる〜

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  • from: エリスさん

    2015年12月04日 11時24分19秒

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    ギリシアの蜜柑の樹・2

    「アスクレーピオスの話をする前に、その母親の話をしなくてはなるまいな」
    ヘーラー王后はシニアポネーを私室に招いて、彼女の異母兄のことを話してあげることにした。
    「母親の名前はコローニスといって、プレギュアス王の娘だ」
    「コローニス?」
    「そう......そなたの三女と同じ名前だが、名付け親はアポローンか?」
    「はい。お父様は、その方のことを思って、私の娘にその名をお与えくださったのでしょうか?」
    「どうであろう。聞くところによると、とても愛らしくて可愛い娘だったと聞く。深窓の姫君らしく穏やかで......ゆえに世間知らずなところがあって、心配になったアポローンは、烏をお目付け役として彼女の傍に置いていた......ところで、その当時の烏は一羽だけで、しかも白かったのを知っているか?」
    「そうなのですか?」
    「そのことも併せて教えてあげよう」
    コローニスの父・プレギュアス王は社交的な人で、良く他国の客人を招いていた。その中には、愛らしいコローニスに恋心を抱いてる者もいて、隙あらばコローニスに思いを遂げたいと思っていた。
    烏が見てしまったのは、そういう場面だった。コローニスにとっては不意打ちでキスをされただけだったが、烏はそれを理解できず、
    「コローニス姫が浮気をしている!」
    とアポローンに慌てふためきながら報告した。それでアポローンは激高し、コローニスに向かって制裁の矢を放った。
    天空から放たれた矢は真っ直ぐにコローニスへと向かい、彼女の胸を射ぬいた。しかし瀕死の状態の彼女に駆け寄ったプレギュアス王が、娘の口から真実を聞いて、アポローンに涙ながらに訴えた。アポローンはちゃんと確かめもしなかった自分に後悔し、せめてコローニスが宿した胎児だけでも助けようと、アポローンの医術の力を駆使して胎児を取り出した――それがアスクレーピオスである。
    「そして烏は誤った報告をしたとして、罰としてアポローンに黒く染められた。今のすべての烏はその子孫なのだ」
    「そうだったのですか......」
    「生まれた子は我らの兄弟・ケイローンに預けられた」
    「ヘーラー様のご兄弟?」
    「そう。我が父・クロノスは、たった一度だけ浮気をしたことがあるのだ。その浮気相手との間に半人半馬のケイローンが生まれ、彼はケンタウロス族の一員として生きていた。そのケイローンは教養もあり穏やかな性格だったので、アポローンも息子の養父として申し分ないと思ったのだろう」
    アスクレーピオスはケイローンのもとで医術を学んだ。そもそもが医術の神の息子だったからか、とても覚えが良く、また薬の組み合わせで新しい効能を生むことにも長けていた。彼は成人すると名医として人の役に立った。
    ある日、小さい子供のいる母親が、瀕死の状態でアスクレーピオスのもとに運び込まれた。アスクレーピオスが診察しようとすると、間に合わずに母親は息絶えてしまった。傍で泣きじゃくる子供を見て、彼は自分の境遇に照らし合わせた――この子も自分のように母親のいない子供として育つことになる。
    アスクレーピオスは知識の限りを使って薬を配合し、とうとうその母親を生き返らせた。
    この評判は瞬く間にギリシア中に広まり、彼の診察を求めて遠方からも人が集まるようになった。
    アスクレーピオスが死者を蘇らせ続けたことにより、冥界へ降りていく死者がいなくなった。このままでは地上は人が増え続けるばかりで、人が暮らすための土地も、食物も足らなくなってしまう。そのことを憂いた冥界の王ハーデースが神王ゼウスに訴えた。現状を知ったゼウスは大いに怒り、雷をもってアスクレーピオスを焼き殺した。
    アポローンは当然嘆き悲しんだ。だが、神王ゼウスに怒りの矛先を向けることは許されない。だからと言って怒りを納めることも出来ず、代わりにゼウスに雷の作り方を教えたキュクロープス兄弟を、炎の矢で焼き殺してしまった。
    「え!? キュクロープス兄弟って、あの......ヘーパイストス様の所のプロンテース様とステロペース様ですか?」
    シニアポネーが聞くと、
    「そうだが」
    「でも、生きていらっしゃるではありませんか」
    「今の彼らは、ヘーパイストスが焼け跡から二人の灰を掻き集め、水と、そしてアルテミスが提供してくれたアスクレーピオスの不死の薬を混ぜて、捏ねて成型することによって復活させたのだ。復活したばかりの頃は子供のように小さかったのだが、今はもう昔のように大男に戻っている」
    「そうだったのですか」
    「しかしヘーパイストスが二人を蘇らせるまでは、ゼウスは勿論、私や、アテーナーなど、キュクロープス兄弟と親交のあった神々は怒り心頭でな。アポローンはオリュンポス神界を追われ、人間に奉仕する罰を与えられたのだ」
    「そうだったのですか......」
    「まあ、ヘーパイストスが器用だったおかげで、キュクロープス兄弟が蘇り、そのキュクロープス兄弟がゼウスに進言してくれたおかげで、アポローンの罪も100年の苦役から1年に減らされたのだ」
    「お二人らしいお優しさですね」
    「うむ。あの二人の叔父上には、私も頭が下がるばかりだ」と、ヘーラーは微笑んだ。「そんなわけで、アポローンは不死の薬には懲り懲りしているのだよ」
    「そういうことでしたか。だったら、トキジクノカグノコノミの種をタケル殿から貰わなかったら良かったのに、お父様ったら」
    「それではタケルの願いを聞いてやることが出来なかったであろう? あの頃のタケルはオリュンポスに来たばかりで、なんの財産も持っていなかった。トキジクノカグノコノミの種はタケルにとって唯一の切り札だったのだよ。だから受け取らないわけにはいかない。無償で願いを聞いてやるには、願い事が大きすぎたからな」
    「ああ......そうですね」
    「それに、土壌が代われば育ちも変わると信じたのだろう。そもそもが倭国の冥界の土で育ったもの。それを異国の天上で育てようと言うのだ。品質が変化してもおかしくない。それに、シニアポネーが上手い具合に育ててくれるのではないかと踏んでもいたであろうな」
    「もし、私が上手く育てすぎて、不死の力を持つ実がなったら、父はどうしていたのでしょう?」
    「そうだな。そうなったら、そなたの身を守るために、樹ごとゼウスに献上するとか、逃げ道は考えていたと思うぞ」
    「なるほど......そうですよね」
    「とにかく、そなたは誰にも害が及ばないように、あの樹を育ててくれたのだ。よくやったと、私からも褒めて遣わそう」
    「ありがとうございます、ヘーラー様」

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