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from: エリスさん
2016年03月24日 22時33分19秒
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2016誕生日特別企画「桜色の乙女」・4
その日の御祖こと淮莉須部琉は、なかなか執筆する気分になれなくて、うだうだと侍従たちを私室に招いて茶話会をしていた。
「私も歳を取ったせいか、気力が持たなくなってきているのよね」
御祖がそんなことを言うので、侍従長の今井洋子(いまい ひろこ。北の街と乾の町の住人)は、御祖のグラスに冷たいローズヒップティーを注ぎながら言った。
「まあまあ、そんなことをおっしゃらずに。これでも飲んでください。美容にいいそうですよ」
「そうですよ、御祖」と、尾張美夜(おわり みや。芸術の町の住人)も言った。「やる気が出ないのは花粉症のせいかもしれませんよ。ローズヒップティーは花粉症に効果があるそうですから」
「ああ、現実世界の〈私〉も、そんなこと言ってバカ飲みしてるわね」
御祖がグラスに口を点けようとすると、ドアの向こうから、
「申し上げます」と、声がかかった――少将の君(平安の町の住人)だった。
「御祖、夢の町の長殿(おさどの)と、そのご息女が参られました」
「おっ、来たね。お通しして!......あなた達も会いなさい、新しい侍従だから」
と、最後の方は洋子と美夜に言った。
「ああ! 新しい侍従というのは......」
「夢の町の!」
御祖がますます執筆から離れ、茶話会から女子会へと流れてしまっていたちょうどその時、郁子たち一行は居城に到着した。
居城の門番たちはすでに郁子たちを見知っていることもあって顔パスで入れたが、御祖の私室に向かおうとしたところで、少将の君の待ったが掛かった。
「恐れ入ります、皆様方。ただいま御祖は来客中でございまして」
「......って、あの笑い声は洋子じゃないの?」
郁子が指摘するように、御祖の私室からは郁子も郁も良く知っている人物たちの笑い声が聞こえてきていた。
「御祖は仕事もしないで、女の子たちと歓談しているってことかしら? 少将の君」
「乾の町さま、お察しください。御祖とて、執筆しようにもご気分が乗らこともございますれば」
「それは、私も同業者だから分からなくはないけど、今日はそんなこと言っていられないの。至急、御祖に取り次いで頂戴」
「はい、畏まりました」
少将の君が私室のインターホンから声を掛けると、すぐに洋子が出てきた。
「アヤ先輩! と、カール先輩に片桐さままで......その子は誰ですか?」
「洋子」と、郁子は諭すように言った。「侍従長のあなたが、怠けている御祖をお諫めしないでどうするの?」
「怠けているとか、言わないで上げてください。御祖にだって休息は必要なんです」
「そんな言い訳、インターネットの向こうの読者には通用しないのよッ。そもそも、この誕生日特別企画だって、執筆に一カ月以上もかけてしまっているのよ!」
「そんな自虐ネタ言わないでください(^_^;)」
「まあまあ、アヤさん」と、枝実子が割って入った。「私も作家だから、御祖の辛さも分かるのよ。誰もがみんな、あなたのように生真面目ではないの。とりあえず、洋子さん、御祖に会わせてもらえる?」
「分かりました、片桐さま。どうぞお入りください」
案外あっさり中へ招き入れられたので、郁子は苦虫を潰したような顔をした。
中へ入ると、御祖は、
「あら、揃いも揃ってどうしたの?」と、あっけらかんと言った。
「少々、御祖にご相談したいことがございまして」と、郁子が言うと、
「なに? 不機嫌そうね」と、御祖は笑った。「それより、ホラ! 彼女とは久しぶりなんじゃないの?」
御祖に「彼女」と呼ばれた人物は、郁子たちの方に向きを変えると、正座してお辞儀をした。
「その節は、大変お世話になりました」
「あっ!」と、郁子と郁、枝実子は驚いた。
「あなた、あの時の......」
2年前、御祖の失恋スランプにより執筆が凍結し、あわや町ごと消滅する危機に面したのを、郁子たちの活躍で復活、転生を果たした町の長――「夢のまたユメ」の主人公、夢の町の長・宝生百合香(ほうしょう ゆりか)である。
「そう、あなたが来ていたの」と、郁子は言った。「それじゃ、御祖がペンを休めていても仕方ないわ。もうすぐ物語は完結するのよね」
「はい、その予定なんですが......」
「例の如く」と、枝実子は言った。「御祖のペンが遅れ気味なのね」
「そう......なりますね」
「でもまあ、それは許してあげて」と、枝実子は言った。「うちの方の――神々の御座シリーズと同時進行で書いてらっしゃるから、それなりに大変なのよ」
「枝実子さんは......」と、郁子は言った。「さっきから、御祖の肩を持ち過ぎです」
「だから、あなたが固すぎるのよ」
「なァに? あなた達」と、御祖は言った。「私が遅筆なのを、ずっと非難してたの?」
すると郁子が言った。「遅筆な上に、すぐに怠けることを非難しておりました」
「手厳しいわね(^_^;)」
「あの......乾の町さま」と、百合香が遠慮がちに割って入った。「私の娘を紹介させてください」
その言葉で、百合香の隣にいる高校生ぐらいの少女がお辞儀をした。
「娘の宝生沙百合(ほうしょう さゆり)です。この度、侍従として参内することが決まりまして、本日はそのご挨拶に上がっておりました」
「宝生沙百合です」と、その少女は言った。「北の街の女王さま、乾の町さま、片桐さま、どうぞよろしくお願いします」
「まあ、利発そうなお嬢さんね」と、郁子が座ったのを合図にしたように、枝実子も郁も座り、ずっとお姫様抱っこをされていた桜子も床に下してもらった。
「そう、百合香さんは結局、女の子を生むことになるのね」と、郁子は言った。「あなたにそっくりだわ。父親にはあまり似なかったのね」
「乾の町さま」と、百合香は言った。「この子の父親は、翔太ではありませんよ」
「え!? 違うの?」
「実は続編の方で描かれることになりますが、私は結局、この子を併せて3人の子を産むのです。医術の力を借りて」
百合香が体外受精のことを説明している間、桜子は自分と年の近い子を初めて見た珍しさで、沙百合の方へすり寄って行った。そして沙百合と目が合うと、ニコッと笑って、沙百合の鼻に自分の鼻をチョンッチョンッとくっ付けてきた。その仕草があまりにも可愛いので、思わず沙百合は桜子を抱きしめた。
「いや~ん、可愛い! この子、姫里(きり)みたァ~い!」
「沙百合!」と、百合香はたしなめた。「女王さま方の前で、失礼な!」
「だって、本当に可愛いんだもん」
「百合香さん、"きり"って?」と、枝実子が聞くと、
「すみません、うちの猫です。姫蝶(きちょう)の孫にあたります」
「あらら。それって、うちの景虎(かげとら)の末裔ってことじゃない」
物語では一度として触れられることはなかったが、姫蝶と、郁子が飼っている茶々は、枝実子が飼っている景虎の子孫である。
「桜子」と、郁は娘を呼んで、自分の方に彼女を戻らせた。そして沙百合に、
「ありがとう、娘を可愛いと言ってくれて。見ての通り、この子は知恵遅れだけど、これから仲良くしてやってくれないかしら?」
「はい、女王さま」
と、沙百合が返事をするのと、御祖が「え? 郁の娘!?」と驚くのは、ほぼ同時だった。
「どうゆうこと? 郁に娘なんかいたっけ?」
「ですから、御祖」と、郁子は詰め寄った。「そのことでご相談に来たのです!」
「ちょっと待って! 怖い顔しないで説明して!」
難しい話になるので、宝生親子はお暇をした。
そして事情を聞いた御祖は、
「ええ~!? ちょっと待ってェ!?」
と、設定資料をまとめたノートをデスクの引き出しから数冊出し、急いでページをめくり始めた。
そして5冊目にしてようやく見つけた、郁の子供に関する記述。
男の子出産 ×
やっぱり女の子 ?
郁が性分化疾患だから、両性?
郁之君の代わりに女児
というのが、走り書きで書かれて、以降白紙になっていた。
「北の街さまって......」と、枝実子は言った。「性分化疾患......つまり、両性だったのですか?」
「パッと見、分からないでしょ?」と、郁は言った。「見た目はほぼ女性なのよ。この、骨盤が小さくて腰も細いことを問題にしなければ。でも高校生の時に体に異変を感じて、病院で調べたら、体内に未成熟な精巣が発見されて、実は性分化疾患だったことが分かった――という設定になっているの」
「だから妊娠は出来たけど、難産で死亡する設定になってるんですね」
「それではこの......」と、郁子が言った。「カオルノキミって読むんですか?」
「アヤノキミ、よ。私たちの前身である〈我等言語芸術部(われらげんごげいじゅつぶ)〉の中で、私と郁彦が飼っていた猫の名前よ」
「あっ! だから、桜子ちゃんは猫みたいな仕草を見せるんですね」
「まあ、そういうことね」と、御祖が言った。「ごめん、郁。こんなことになってるなんて、思いもよらなかったわ」
「いいえ。御祖はお忙しいのですから、とりあえず完結させた物語のことなど、お忘れになっていても仕方ございません」と、郁が言うと、
「でも、桜子ちゃんの設定を何度も書き直していたってことは」と、郁子が言った。「次の物語を書こうとなさっていたって、ことですよね?」
「そうなんだろうな......すっかり忘れてたけど」
御祖はそう言うと、ノートを手にして、デスクの前に座った。
「郁、桜子を抱きかかえてて」
「はい、御祖」
言われた通りに郁がすると、桜子はみるみる赤ん坊に戻って行った。
「桜子の物語を、ちゃんと書き直すわ。その為に赤ん坊に戻ってもらったの。そうね......桜子の恋人役には、郁子の子供になってもらおうかな」
「え?」と、郁子は言った。「私に子供はおりませんが」
「うん、だから、今晩作って、旦那と」
「え? ええ?......まあ、分かりました」
「うん、頼むね。枝実子は絡まなくてもいいでしょ?」
「はい、御祖」と、枝実子は言った。「私は純潔のまま死ぬ設定ですから、子供など作れるわけがないですし」
「そりゃそうだ。じゃあ、この後のことは私に任せて。本当に悪かったね、郁」
郁としては現状のままでも満足していたので、御祖の謝罪にただ笑顔で返すだけに止めた。
郁子たちが帰ろうとすると、
「ああ、そうだ!」と、御祖が呼び止めた。「枝実子、話があったんだ」
「なんでしょうか?」
「まだ内々の話だから、枝実子だけ残って」
御祖の言葉に、郁子はすぐに『坤の町のことだ』と察して、郁に先に帰ろうと促すのだった。
2か月後。
桜子が無事に普通の子供として成長するようになり、郁子のお腹にも新しい命が宿ったことが確認できた。そして、枝実子は無事に坤の町を貰い受けた。
枝実子はさっそくオリュンポス神界のレーテーとヤマトタケルノミコト、そしてシニアポネーを呼び寄せ、この土地にオリーブ畑を作らせた。そこで上等なオリーブの実が収穫できると、最高級品のオリーブオイルに仕立てて販売を始めた。特に品質の良いオリーブオイルに関しては、枝実子は自ら五大女王のもとへ赴き、彼女らに献上したのである。献上品の中にはトキジクノカグノコノミも入っていた。
「どちらも美容にとても効果のある物です。どうぞ、女王様方がいつまでも、そのお美しさを保っていられますように」
枝実子からの献上品を見て、東の街の女王・北野真理子(きたの まりこ)は言った。
「心遣い感謝いたします、片桐殿。あなたも名実ともに五大女王と並ぶ存在になられたのですから、そろそろ呼び名を決めて差し上げないとね」
すると南の街の女王・武神莉菜(たけがみ りな)は言った。「ひつじさるのまち、では語呂が悪くてよ、真理子」
「では、"ひさ"と縮めるのはどう? 漢字も"久しい"と書いて"久殿(ひさどの)"と呼ぶのは」
なので枝実子は恭しく頭を下げた。
「良き名を授けてくださいまして、誠にありがとうございます。ではこれより、久と名乗らせていただきます」
このやり取りを噂で聞いた郁子は、身重の体で坤の町へ足を運び、枝実子に会いに行った。
「良く我慢なさいましたね。真実の姿に戻れば、あなたは神様なのだから、五大女王の下に出ることはないのに」
すると枝実子は言った。「あなたの真似をしたのよ、アヤさん。五大女王などと呼ばれて、過去の栄光にしがみ付いてる人たちより、私やあなたは今も御祖に愛され、物語を続けてもらっている。だから今はあなたの方が立場が上のはずなのに、あなたはそんな人たちを立てて、諍いが怒らないように気を付けている。そうゆうところ、見習わないとね」
枝実子は笑って見せると、近くにあった蜜柑のような樹から、実を一つとって郁子に渡した。
「本物のカグノコノミのように不老不死にはなれないけど、若さは保てるのよ。それに、ちょうど今は酸っぱいのが食べたい時期でしょ?」
なので郁子も笑顔で受け取った。
「ありがとうございます」
「ねえ? それより生まれて来るのはやっぱり男の子なの?」
「それが、どうやら双子らしくて、男女の」
「あらま。それじゃ、どっちが桜子ちゃんの恋人になるか、分からないのね」
「......私としては、予想がついてますけど」
「そっか......そうよね」
「ええ。まあ、楽しみにしています」
その後、桜子は郁そっくりの美しい女性に成長し、郁子が産んだ双子の兄妹も丈夫で利発に育つのだが、それはまた別の話として、本日はここまでと致しますm(_ _)m
終-
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