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神話読書会〜女神さまがみてる〜

神話読書会〜女神さまがみてる〜>掲示板

公開 メンバー数:11人

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  • from: エリスさん

    2012年10月25日 22時58分26秒

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    つないだその手を離さない・6

    イオーとレシーナーが王城に着くと、すでに後宮にて出産の準備が進められていた。「恐れ多くもエイレイテュイア様が、侍女に憑依されてご連絡下されたのよ」と、

     イオーとレシーナーが王城に着くと、すでに後宮にて出産の準備が進められていた。
     「恐れ多くもエイレイテュイア様が、侍女に憑依されてご連絡下されたのよ」
     と、ラファエーラーは言った。「まあ、一カ月も早い早産だなんて! だから、アルゴス社殿でのお役目はご辞退した方がいいのじゃないかと、私が常々言っていたのよ」
     「申し訳ございません、太后さま」
     レシーナーは産褥に横たわりながら、そう答えた。
     「ああ、ごめんなさい。責めるつもりはなかったのよ……ただ、私は……」
     「心配なんですよね、母上」
     そう言いながら入って来たのは、王でありレシーナーの夫のペルヘウスだった。
     「レシーナーに子供を産んでくれ、と頼んだ手前、本当は無理をさせているのは自分じゃないかと、そう心配をなさっているのでしょう?」
     「意地悪な言い方をするわね、ペルヘウス」と、ラファエーラーは言った。「私は自分の事ではなく、レシーナーを心配しているのよ」
     「そうですわ、あなた」と、レシーナーも言った。「お母上に対して失礼なことをおっしゃらないで」
     「はいはい……でも、確かに今回は、ちょっと無理をさせたのかな」
     ペルヘウスはレシーナーの傍によると、皆がいるのも構わず、レシーナーの唇にキスをした。
     「君がいつまでも若々しいものだから、君の実年齢も忘れて愛しすぎてしまった。これからは少し自重するよ」
     「そうですわね。せめて、私が懐妊している間は控えてくださると……」
     つまり、身重の妻に夜の相手をさせていたらしい――となると、今回の早産の責任はペルヘウスにあるようだ。
     その後、ヘーラー自ら助産の心得を教えたという産婆が到着し、レシーナーも再び陣痛に入った。
     無事に女の子が生まれたのは、それから数時間後のことだった。
     これでアルゴス王家は(二年前に生まれた男児も併せて)三男二女に恵まれたことになる。――先王のルシヘウスは、王女が生まれたと聞くとすぐに産屋に出向いて、大喜びでこう言った。
     「これでイオーが誰かと結婚をしたいと言い出しても、代わりの巫女が生まれたのだから、この王家の安泰は守られたのだな」
     「その通りですわね、あなた」と、ラファエーラーも言った。「私もそういう考えがあったので、レシーナーにもう何人か王の子を産んでくれと頼んだのですもの」
     するとイオーが、ちょっと怒りながら言った。
     「おじい様もおばあ様も、私のことを信用して下さっていないのですね。私は、巫女の身で殿方を好きになったりなど致しませんのに」
     「それは普通の巫女の話ですよ」と、言ったのはレシーナーだった。「アルゴス社殿の巫女は、崇める神がヘーラー様であらせられるので、良い相手が見つかったら家庭を持つことをお許しいただけるのよ。子を産み育てることこそ女性の勤め……という考えをお持ちの御方でいらっしゃるから」
     「それは……」
     と、イオーは口を濁した――ヘーラーがそういう思想を持っていることは知ってはいたが、それとこれとは話が別と言おうか、とにかくイオーは男に興味が持てないから、結婚など考えもしなかったのである。
     「どっちにしても、私は巫女の座を妹に譲る気はありません」
     「そうだな」と、ペルヘウス王が言った。「おまえがそうしたいのなら、無理に結婚相手を見つけることはないよ。そんなことより、王女が生まれた祝いと、そして無事に生まれてきたことを神に感謝せねば。イオー、おまえは明日の朝さっそくアルゴス社殿に赴いて、ヘーラー様やエイレイテュイア様にお礼の供物を捧げてきてくれ」
     「はい! 承りました!」
     
     
     その頃、天上のアルゴス社殿では――
     水鏡を使って無事にレシーナーが出産したことを見届けたヘーラーは、安堵して、水鏡の中に手を入れて映像を消した。
     『良かった……生まれてきたのは普通の娘のようだ』
     その心を読み取ったのか、今まさに部屋の中に入って来ようとした人物が言った。
     「レシーナーを早産させたのは、何か思うところがあったからなのか?」
     ゼウスだった。
     「あなた……お帰りになったものとばかり思っておりました」
     「そなたの仕事が終わるまで、そなたお抱えの料理人に夕飯をご馳走になっていたのだよ。確かにあの者、人間の割には良い腕をしておる」
     「まあ、お食事ならオリュンポス(社殿)でもご用意していたでしょうに……」
     と、ヘーラーがオリュンポス社殿の厨房を預かる者たちに同情すると、ゼウスはさらにヘーラーに近寄って来て、妻を抱きしめた。
     「そなたは? 食事は済んだのか?」
     「ええ、仕事をしながら」
     見れば、テーブルの上にレタスの切れ端とパンの屑が残った皿、そしてワインを飲んだ後と見られるグラスが置いてあった。
     「サンドイッチだけか?」
     「仕事をしながらなら、これが一番手軽なのです」
     「そうだろうが……そんなに忙しいのか? わたしのもとに戻れぬほど?」
     「最近は出産ラッシュなのです。私の領地だけでなく、ヘスティア―お姉様やデーメーテールのところの精霊(ニンフ)たちが、一斉に身籠りまして。なのに産褥分娩を司る神は私とエイレイテュイアだけ。ですから、多少心得のあるシニアポネーにも手伝ってもらいながら、手分けして助産をしなければならないのですよ」
     「先程のレシーナーもか? あれは人間なのだから、人間の産婆に任せればよかろう」
     「それが、そうもいかなかったのです」
     ヘーラーは夫の腕から逃れて、テーブルの方へ行き、グラスに手を翳した。すると、グラスの底の方からコポコポとワインが湧き出してきて、グラスになみなみと満たされた――ヘーラーはそれをゆっくりと飲み干してから、言った。
     「レシーナーの体には、エリスの神気が大量に残っておりました」
     「うむ……実際にレシーナーを見かけて思ったのだが、あの頃から少しも老けてはおらなんだな」
     「はい。女神の母乳を飲んだ者は不老不死になれますが、それだってかなりの量を飲まなければ、そうはなりません。赤ん坊の時のヘーラクレースのように、満腹になるまで私の母乳を飲んだ者でなければ……だから、レシーナーの場合は違います。確かに、母乳が出る時期のエリスと目合(まぐわ)って、図らずも母乳を口にしたことはあって、それも関係しているとは思いますが、レシーナーの場合は、つまりはディスコルディアと同じタイプなのです」
     「ディスコルディア? エリスの剣の?」
     「はい。ディスコルディアはエリスの神気を長年にわたり浴びることによって、付喪神のように人の形を成せるようになりました。レシーナーの場合もこれと同じなのです」
     「つまり、エリスの神気がそれだけ強い……ということだな」
     「はい」
     実際、不和と争いの女神というカテゴリーには当てはまらない力を、今までエリスは見せてきた。だからこそ、過酷な運命を背負って、いま彼女は果てしない宇宙で精進潔斎を受ける身になっているのである。
     「その神気が――レシーナーに残る神気が、生まれてくる子に災いを起こそうとしていたのか?」
     と、ゼウスが聞くと、
     「ええ。胎児がエリスの神気を吸っているのが分かりました。このままでは人間として生まれるには過剰な霊力を身に着けることになる。ですから、早めにこの世に生まれさせたのです。とりあえずは普通の子供として生まれてくれましたが、もしかしたら成長過程で、普通よりも霊感のある子供として育つかもしれません。でもそれも、まだ人間の範疇を超えない程度でいられるはずです」
     「なるほどのう……いっそのこと、レシーナーの体からエリスの神気を抜いたらどうだ?」
     「それは止めた方がいいでしょう。急に老けてしまったりしては、彼女も可哀想ですし、彼女はこのアルゴス社殿では重要な役割を担っているのですから」
     「アーテーの養育係か? 確かに、目を離すと暴走しかねない破壊の女神を、抑制する者がいてくれないと困る所だな。……それで? 今日はもう、仕事は終わりであろう?」
     「はい。もう遅くなりましたので、そろそろ休もうかと思います」
     「では、泊めてくれ」
     「え?……お泊りになるの?」
     「何のために、わたしがそなたを訪ねてきたと思うのだ。そなたがわたしのもとへ帰ってこないから……」
     ゼウスはまたヘーラーを抱きしめると、息もできないくらい熱いキスをした。
     そして、ヘーラーの肩のフィビュラ(服の留め金)を外すので、ヘーラーは恥ずかしそうに胸元で服が落ちるのを止めた。
     「嫌ですわ……この頃、忙しかったものですから、カナトスの泉に行っていなくて……」
     ヘーラー秘蔵の「カナトスの泉」は、入ったものを穢れなき純潔の姿に戻す力がある。神は本来不老不死だが、孫の人数が増えた頃から、ヘーラーもゼウスも、見た目が人間でいう四十代ぐらいに見えるまで老けるようになっていた。それでもヘーラーが美女であることは変わりないのだが、ヘーラー自身としては愛する人には常に美しい自分を見てもらいたくて、目元に皺が見えるようになるとカナトスの泉で若返っていたのである。
     「こうゆう時なら、あなたが他の妻の所へ赴いても、私、嫉妬など致しませんのに……」
     「心にもないことを言うな」
     ゼウスはそういうと、ヘーラーの腰のあたりを抱いて持ち上げ、寝台まで運び、先ず自分が横たわって、ヘーラーを引っ張り込んだ。ゼウスの上に乗せられたヘーラーは、そのまま腰帯も解かれてしまう。
     「もう他の女の所へ行く必要はない……これ以上、わたしが直接子孫を作る必要はなくなったのだ」
     「そう……なのですか?」
     「だから、本心を言え、ヘーラー。本当は、こうゆう時なんと言いたいのだ?」
     服を脱がされて、白い肌を露わにされたヘーラーは、胸元を隠すのをやめ、その手で夫の頬を包んだ。
     「もう、他の女人に御心をお移しにならないで……」
     「ああ、誓うとも」
     ゼウスはそう言うと、ヘーラーを抱きしめたまま寝返りを打った……。
     
     
     翌朝、イオーは早めに地上のアルゴス社殿に参内すると、祈りの間へ行き、そこにある水晶球に話しかけた。
     「どなたかいらっしゃいますか? 巫女のイオーでございます」
     それは天上のアルゴス社殿へ用事がある時に使う、今でいう通信機だった。
     しばらくすると、水晶球に誰かの姿が浮かび上がった――社殿付きの侍女で、イオーも顔見知り精霊だった。
     「ヘーラー様と皆様に、無事に我が母・レシーナーが出産を終え、女の子を授かりました御礼を差し上げたくて、これからそちらに出向きたいのですが」
     「分かったわ。ティートロース様に迎えに行ってもらいますから、表で待っていてください」
     「はい、よろしくお願いします」
     イオーが通信を切ると、ちょうどそこにフローラーが入ってきた。
     「天上へ行くの?」
     「はい。あっ、何かアンドロクタシアー様に御言付けでもありますか?」
     「そうね……お花をありがとうございます、と伝えて」
     「はい……いっそのこと、会いに行く?」
     「いいのよ。いつかシアー様が私に会いたいと思ってくださるまで、待ってるつもりだから」
     「そう?……」
     切ないけど、いいなァ――と、イオーは思った。そんな風に誰かに恋ができるなんて、羨ましいとまで思ってしまう。
     「大丈夫だろうけど、気を付けて行ってきてね」
     「はい、フローラーさん」
     イオーはティートロースの馬車が迎えに来てくれるのを待つために、社殿の外へ出て行った。
     
     
     ヘーラーが目を覚ました時、ゼウスはちょうど服を着ている最中だった。
     「すみません……寝過ごしてしまって」
     ヘーラーが起き上がろうとすると、そのままで、とゼウスが制した。
     「連日の仕事で疲れているのだろう。そのまま寝ていなさい」
     「そんな、夫を見送りもしないなんて……」
     「いいから」
     ゼウスはそう言いながらヘーラーを横たわらせて、軽くキスをした。
     「今晩も来ていいか?」
     「今晩は……私が参ります。今日の助産は2件しかないので、エイレイテュイアだけで大丈夫ですから」
     「じゃあ、待っているぞ」
     ゼウスはそう微笑んで、ヘーラーの部屋を出て行った。
     ……それから、数分後。
     若い娘の悲鳴が轟いて、ヘーラーは思わず跳ね起きた。
     「あの声は……」
     ヘーラーは急いで服を着て、声のした方へ駆けて行った。
     そこに、恐れおののき、地に腰を着けて後ずさるイオーの姿があった。そのイオーが恐れていたのは、ゼウスだった。
     「巫女殿、どうしたのです! しっかりしてください。この方は……」
     ティートロースがイオーをなだめようと、彼女の肩に手を置いている。その手を、イオーは払い飛ばした。
     「あなた、誰?……私のなんなの?」
     イオーはティートロースに向かってそう言いつつも、またゼウスに目を向けて恐怖で顔をゆがめていた。
     「私に近寄らないで! やめてェ!」
     「巫女殿、落ち着いてください。何があったのです!」
     そこへ、エイレイテュイアやレーテー、マケ―達も駆け付けてきた。
     ヘーラーはもちろん、エイレイテュイアもこの状況を見て、すべてを理解した。
     部屋が一番遠いアーテーがようやく来て、彼女はすぐにイオーの傍に駆け寄った。
     「どうしたの!? イオー! 何があったの?」
     「あ……ああ!」
    イオーはアーテーのことを見ると、すぐに抱きついて、こう言った。
     「エリス様! 助けて! 私の中に何かいる!」
     するとアーテーは、「エリス様?」と聞き返した。
     「助けて、エリス様! 我が君!」
     「イオー……お母様の恋人だったの?」
     そこへ、ヘーラーが傍へ来て、イオーのことを抱き寄せた。
     「思い出してしまったのだな? 前世のことを。ならば……」
     ヘーラーはイオーの額に自分の額を当てようとした――そうやって、前世の記憶を消そうとしたのだが……。
     「お許しを……」
     イオーは震える声で言った。――その声、その言葉に、ヘーラーもあの時のことを思い出して、一歩引いてしまった。その隙に、
     「お許しください、ヘーラー様!」
     と、イオーは立ち上がると駆けだして行った。
     今のイオーは、前世で起こったことを思い出して、そのまま再現してしまっている。そうなると……。
     「追いかけて! このままでは、イオーはまた!」
     「また?」とアーテーが聞いた。「また、ってなんなのですか? おばあ様」
     するとレーテーが言った。「自殺するつもりなのよ!」
     「え?」
     「とにかく! タケル、追いかけて! 止めて!」
     レーテーに言われ、タケルは急いでイオーの後を追った。――他の者たちも。
     それでも、アーテーとティートロース、そしてゼウスが動けないでいたので、レーテーはため息をつきながら前髪を掻き上げた。
     「私も思い出したわ、子供の時の事。あの頃、ゼウス様に辱めを受けた侍女が、自殺しようとして、我が母・エリスに救われました。その時の侍女の名は、確かイオー……レシーナーの親友でもあったわ。その子が、レシーナーの娘として生まれ変わっていたなんてね」
     「ゼウス様に、はずかしめられた?」
     まだよく意味の分からないアーテーに、レーテーは言い直した。
     「昨日、私とタケルのを見たでしょ? あれよ。あれを、ゼウス様は嫌がるイオーに無理矢理したのよ……そうですよね? 神王陛下」
     すると、ゼウスは苦笑いを浮かべた。
     「まったく、エリスそっくりのそなたに言われると、かなり堪えるな」
     「では」と、アーテーは言った。「本当なんですか?」
     「本当だ。わたしはイオーを――前世のイオーを凌辱した」
     「どうして!!」
     「子供を産ませるためだ。この神王ゼウスの血を引く子供を増やすため……その結果、生まれたのが、ここにいるティートロースだ」
     「ティートが? イオーの子供?」
     もう訳が分からなくなっているアーテーを、レーテーは肩を揺すって我に戻した。
     「そんなことより、イオーを追いなさい! 今のあの子には、あなたは前世で自分を救ってくれた、私たちの母君・エリスに見えているのよ! あの子を救えるのは、あなただけなの!!」
     言われて、アーテーも気が付いた。そして、何も言わずにイオーの後を追いかけた。
     
     

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  • from: エリスさん

    2012年10月25日 22時56分40秒

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    正式タイトルに書き換えた、ついでに。

    Beachにリニューアルされて、サークルの形式が変わったので、それに合わせて読みやすいように編集しました。というわけで、「破壊の女神と巫女姫」を正式タ

    Beachにリニューアルされて、サークルの形式が変わったので、それに合わせて読みやすいように編集しました。
     というわけで、「破壊の女神と巫女姫」を正式タイトル「つないだその手を離さない」に直しました。


     では、このまま明日更新する予定だった第6話をアップします。

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  • from: エリスさん

    2012年10月25日 22時52分26秒

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    つないだその手を離さない・5

     それから五年の月日が流れた。エリスの御子たちを成長させる目的で付けられた従者たちは、大方その役目を全うして、そのまま主人と結婚するか、同性の場合は愛

      それから五年の月日が流れた。
     エリスの御子たちを成長させる目的で付けられた従者たちは、大方その役目を全うして、そのまま主人と結婚するか、同性の場合は愛人に納まるなどしていた。
     アルゴス王の姫のイオーは、予定通り13歳でアルゴス社殿の巫女として仕え始め、15歳になった今もそれは続いていた。――もう一つの職務と共に。
     イオーが祈りの間で朝の祈りを捧げていると、もう一人の巫女であるフローラーが入ってきて、彼女に声を掛けた。
     「ご苦労様、イオー。交代の時間よ」
     「はい、フローラーさん」
     フローラーはイオーより3つ年上で、イオーより先に巫女になっている、いわば先輩である。そして、同じ職務を経た仲間でもあった。
     その同じ職務とは、当然……。
     「イオー!」
     その声は突然、天井から響いてきた。二人は驚きもせず見上げると、天井から背中に赤い翼を生やした少女が飛び降りて来るのが見えた。
     「アーテー様」
     この5年の間に、実の祖母である夜の女神ニュクスから、背中に翼を生やす方法を教えてもらい、空を飛ぶことを習得したアーテーは、好きな時に人間界と天上界を行き来できるようになっていた。
     アーテーは右手にピンクの花を手にして、イオーの前に着地した――その姿は、まだ13歳ぐらいに見えた。年相応のイオーよりまだまだ幼く見えるが、それでも、初めて会った時の5歳児の体型に比べれば、かなりの成長である。
     「イオー、お仕事終わった?」
     アーテーが聞くので、
     「はい、たった今。フローラーさんと交代したところです」
     「それじゃ、遊びに行こう。今日は天上界のアルゴス社殿においでよ」
     「そうですね、今日は母もそちらにお邪魔しているはずですから、そういたしましょう。帰りは一緒に帰ってこれますし」
     「レシーナーと一緒に帰るんじゃ、ちょっと早いよ。帰りは私が送ってあげるから、夜まで一緒に居て(^o^)」
     「そういうわけには……夜も巫女の仕事がありますし」
     「おばあ様(ヘーラー)にお許しをいただけば、一回ぐらいお休みもらえるのに」
     「そうゆうわけには参りません」
     「イオーは堅物なんだから……でも、そうゆうとこ、大好き!」
     「ありがとうございます(^o^) では、参りましょうか」
     「うん……あっ、そうだ。これ!」
     アーテーは手に持っていたピンクの花を、フローラーに差し出した。
     「アンドロクタシアーお姉様から、フローラーにって」
     「まあ……シアー様が?」
     フローラーは頬を紅潮させると、嬉しそうにその花を受け取って、うっとりとするのだった。
     「シアー様……お元気でいらっしゃるのかしら?」
     「元気だよ。最近はエリーニュエス(復讐の女神たち)のお仕事を手伝って、悪い奴らを懲らしめまわってるよ」
     「まあ……あのお優しい方が、どんな思いでそんな辛いお役目を……」
     「お姉様は“殺人の女神”だもん。どんなに辛くったって、気丈に職務をこなされているよ」
     「ええ……そうですわね」
     フローラーは悲しそうな顔をした。「だからこそ、私がお傍でお慰めしたかったのに……」
     フローラーも元はアンドロクタシアーの侍女だった。フローラーと一緒に成長することで、アンドロクタシアーも立派な大人の女神に成長したのだが……自らが司る物を忌むべき物と思い、それに花のようなフローラーを巻き込みたくないと、彼女を自分の傍から離したのである。
     「フローラーの気持ちは、私からちゃんとお姉様に伝えるから。だから、フローラーも諦めちゃ駄目だよ、お姉様の事」
     「はい。ありがとうございます、アーテー様」
     「それじゃ、イオーを連れて行くね」
     「はい、行ってらっしゃいませ」
     フローラーに見送られながら、イオーはアーテーに抱きかかえられて天上界まで昇って行った。
     普段は13歳ぐらいの少女の姿をしているが、イオーを抱きかかえている間だけは、実は少し大人になっている。アーテーにその自覚はないらしく、目的地についてイオーを降ろすと、元の姿に戻ってしまうので、イオーもあまりそのことは言わないようにしていた。アーテーが少し大人になるからこそ、自分より体格の大きいイオーを抱えて空を飛べるのだろうから、そのことを指摘して二度と大人になれなくなってしまったら、小さいアーテーがイオーを抱えて空を飛ぶなど危険すぎるからである。
     『でも、私を抱きかかえている時のアーテー様って、本当に凛々しくて、まるで夢の国の王子様みたいなのよね……』
     うっとりと、そんなことをイオーが考えている間に、アーテーは両手を背中に回して呪文を唱え、翼を髪に変えて自身の毛髪につなげた――赤毛の長髪の少女も、また可愛い姿ではあるのだが。
     「なにして遊ぼうか?」
     「秋になりましたし、木の実ひろいでもしませんか? 向こうの方から芳しい匂いが漂ってまいります」
     「ああ! 葡萄の匂いだね。私のお母様、葡萄が大好物だったんだ」
     「では、取りに行って、お供物としてささげましょう」
     「いいね。あとでみんなで食べられるし……じゃあ、私、籠取って来るよ。ここで待ってて」
     「はい」
     以前は、何かものを持たなければならない時は、イオーが代わりに持ってあげていた。そうしないと、アーテーが無意識に力を放出して物を破壊してしまうからだが、ここ2年ぐらいは、アーテーも力のコントロールが出来るようになって、無闇に物を破壊することがなくなった。  そういうこともあって、他の姉妹より体の成長は遅れているものの、心の成長はなされたと認められて、イオーの侍女としての役目はお役御免となったのだが、今もこうして二人の交流は続いているのである。
     イオーは、噴水の岸に腰を下ろして、アーテーが来るのを待っていた。……すると、誰かの話し声が聞こえてきた。
     どこから? と、あたりを見回すと、それは噴水の傍にある東屋からだった。
     その東屋は蔦の葉が絡み合って、格好の隠れ家にはなっているが……入口に、ドアがあるわけではない。そこに、アーテーの長姉・レーテーと、彼女に仕える男装の娘・タケルがいた。
     「日光に晒されると、本当にあなたの肌は透けるように白くなる……」
     タケルが今まさにレーテーの服を脱がせているところを、イオーは見てしまった。
     「あなたの黒髪も、日にあたると輝いて見えるわよ、タケル……」
     レーテーはそう言って、タケルにキスをしながら、その前開きの異国の服を脱がし始めた。
     白い肌と、桃色の肌が、重なり合っていく。
     イオーは、この場をどうやって逃げようか、と、気持ちが焦ってしまった。しかし、下手に動けば二人の邪魔をしてしまう。
     『それにしたって、こんな誰に見られるか分からないところで!?』
     レーテーとタケルの馴れ初めは、レーテーが日本(やまと)とかいう国に旅行に行った時に知り合って、ちょうどタケルも旅をしていたので、しばらくレーテーも日本人に化けて旅に同行したとか……なんでも日本はまだ未開の地で、宿泊所のようなものがないから野宿だったとか聞いているが。
     『だから、外の方が盛り上がるとか? でも、他人の迷惑も考えてよォ〜!』
     イオーは心の中でレーテーを非難した――もちろん、直接非難できるわけがない。
     どうしよう、動けない! と思っている時に、誰かがふわっとイオーを包んだ。
     「静かに……動かないで」
     アーテーだった。
     「下手に動いちゃ駄目。このまま黙っているんだよ。じきに終わるから……」
     「は……はい」
     アーテーとイオーは、二人がすることを黙って見守ることにした。
     レーテーの肢体は細身ながら、胸はとてもふくよかで、その果実にタケルが触れるたびに、とても甘い声を奏でていた。タケルは、女ながらによく鍛えられた体をしており、その力強さでレーテーを蕩(とろ)けさせている。
     イオーは……見ているうちに、恥ずかしさを忘れていた。そして、アーテーも気付かぬうちに大人の体に変貌していた。
     「綺麗だね、レーテーお姉様」
     ひそひそと、アーテーがイオーの耳元で囁く。
     「はい……本当に」
     「いいなァ……私もあんな体になりたい……」
     「アーテー様なら、きっと……」
     いや、もうすでになっているのを、イオーは自分の腕にあたるアーテーの胸のふくらみで感じていた。
     「イオーも、以前より大人になったよね」
     「それは……もう、15歳ですから……」
     「15歳か……子供だって産める歳だよね」
     アーテーは、そうっとイオーの胸に触れてきた。イオーが「あっ」と小さくあえぐと、
     「いや?」
     「いいえ……いえ、いけません。私は神に仕える巫女……」
     「巫女は、神にならその身を捧げてもいいんだよ?」
     「でも……あっ、いけません……」
     アーテーの手がイオーの胸を撫でてくるので、イオーが愛らしい声を上げていく……。
     「ねえ、イオー……私たちも、そろそろ……」
     「アーテー様……」
     二人の唇が、まるで引き合うかのように近づいた時……二人は頭を抑えられた。
     「はい! そこまで」
     半裸のままのレーテーとタケルが二人の傍に立っていた。
     「あなた達は、こんな隠れるところもないところで、するつもり?」
     「お姉様に言われたくないですゥ〜」
     と、文句を言っているアーテーは、一瞬のうちにもとの少女に戻っていた。
     「私たちはちゃんと、四方のうちの三方は隠れているところでやっていたわよ」
     「それでも屋外に変わりはないじゃない」
     「いいのよ、私たちみたいな熟練したカップルは。あなた達はまだ初心者でしょ? ねえ、イオー」
     と、レーテーはイオーに顔を近づけた。
     「初体験は、ちゃんと誰にも見つからないところで、したいでしょ?」
     「あの……えっと……」
     イオーは、レーテーの豊満なバストが目の前にあることにドキドキしてしまって、何を話していいのか分からなくなってしまって、
     「あの……失礼します!」
     と、その場を逃げ出してしまった。
     「あら、本当に初心な子ね」
     と、レーテーが言うので、
     「もう! お姉様の意地悪!」
     と、アーテーは言って、イオーの後を追いかけた。
     「本当に、我が妹ながら、アーテーも奥手よね」
     すると、タケルがレーテーを後ろから抱きしめながら言った。
     「君のその奔放なところは、母君譲りなんだろ?」
     「そうよ。母君は、愛しい女を見つけたら、全身全霊で愛しぬいていたわ。だから、相手の女も同性愛の禁忌に恐れることを忘れて、母にすべてを捧げていた。イオーは、その一人のレシーナーの娘なんだけどね」
     「親子だから似るとは限らないよ……わたしは、父親に似る気は毛頭ないし」
     「そうね。あなたはあなたのままで居てね。ヤマトタケルノミコトさん」
     「もうその名で呼ぶなよ。今の私は、ただのタケルだ」
     「そうでした。じゃあ、タケル……続き、して(#^.^#)」
     「ハイ、女神様」
     イオーはどこをどう走ったのか分からず、いつの間にか社殿の正面入り口まで来てしまい、そこで誰かにぶつかった。
     倒れそうになったのを、その人が腕を掴んで守ってくれた。
     「これは、巫女殿。どうなされました」
     イオーとぶつかったのは、この社殿の近衛隊長・ティートロースだった。
     「あっ、ティートロースさん……すみません、ちょっと……」
     「しかし、ちょうど良かった。今、うちの(近衛隊)者にあなたを探させていたのです」
     「私を?」
     そこへ、アーテーが追いかけてきた。
     「イオー! 待ってよ……あっ、ティート」
     「アーテー様。やはり、お二人は一緒におられましたか。実は、乳母殿(レシーナー)が……」
     「母が!?」
     見れば、馬車が停められていた。そして、社殿の中からレシーナーが、エイレイテュイアに手を引かれながら歩いてきた――大きなお腹を抱えて。
     「お母様! どうなさったのですか!?」
     「ああ、イオー……」
     レシーナーは額にうっすらと汗を浮かべて、苦しそうにしていた。
     なので、代わりにエイレイテュイアが答えた。
     「陣痛よ。心配ないわ、まだ始まったばかりだから、生まれるのは今晩ぐらいよ。その前に、ティートロースに送らせるから、あなたも付いて行ってあげて」
     「はい! もちろんです」
     なのでアーテーが「私も行く!」と言うと、
     「あなたは駄目。人間の出産に立ち会うと言うことは、その子に祝福を与えること。すなわち、その子に祝福を与えた神と同じ能力を与えることになるのよ――分かっているでしょ?」
     分かっている――アーテーの司る物からして、それはあまり喜ばしいことじゃない。分かってはいるけど……。
     自分の言葉でアーテーが落ち込んでしまったので、エイレイテュイアはアーテーの頭を撫でてあげてから、ティートロースに言った。
     「それじゃ、ティート。頼むわね」
     「はい、お任せください、姉上様」
     ティートロースは半神半人の近衛隊長であり、エイレイテュイアの妹・マリーターの夫でもあった。
     レシーナーを馬車に乗せて、イオーもその傍らに座ったことを確認すると、ティートロースは馬車を走らせた。
     ちょうどその時、反対方向から天馬に乗った男神が舞い降りてきた。
     「あら、お父様。お珍しい」
     エイレイテュイアが言うのも無理はない。その男神――神王ゼウスは、滅多に妻の社殿であるこのアルゴスには来ないのである。
     「最近、ヘーラーがちっとも帰ってこないのでな。仕方ないから顔を見に来たのだ。そこにいるのは、エリスの末娘だな?」
     「はい、陛下」と、アーテーは返事をした。「アーテーにございます」
     「ふむ。それで、いま出て行ったのはティートロースのようだったが? 誰を馬車に乗せていたのだ? 病人のようだったが」
     「病人ではなく、予定日より一月も早く陣痛を迎えた妊婦です。身重なのに良く働くものですから、無理が来たのでしょう」
     と、エイレイテュイアが答えたので、アーテーも言った。
     「私の養育係のレシーナーです」
     「レシーナー……覚えているぞ、エリスの最後の愛人だったな。すると、あの同乗していた娘は……」
     「レシーナーの娘で、私の侍女だったイオーです。今はアルゴス社殿の巫女をしています」
     「イオー……そうか、イオーか……」
     ゼウスが何を思い出しているのか、エイレイテュイアは分かっていたが、あえてその事をアーテーに言うつもりはなかった。
     

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  • from: エリスさん

    2012年10月25日 22時30分26秒

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    つないだその手を離さない・4

    イオーがレシーナーと一緒にアルゴス王宮の後宮に戻ると、そこにお茶の支度を整えながら二人の帰りを待っていた女性がいた。「お帰りなさい、二人とも」優しい微


     イオーがレシーナーと一緒にアルゴス王宮の後宮に戻ると、そこにお茶の支度を整えながら二人の帰りを待っていた女性がいた。
     「お帰りなさい、二人とも」
     優しい微笑みをたたえたその女性は、太后(前王妃)のラファエーラーだった。
     「おばあ様! ただいまァ」
     と、イオーは素直に喜んだが、レシーナーは戸惑いを覚えた。
     「太后様……」
     そんなレシーナーのことなど気付きもせず、イオーは甘えるようにラファエーラーに抱きついた。
     「今日はどうしたのです? おばあ様が後宮にいらっしゃるなんて」
     「あなたの様子を見に来たのと、レシーナーに話が合ったものだから……今日は社殿に参っていたのでしょう?」
     「はい、おばあ様」
     「あなたの主となられる女神様は、どんな方でしたか?」
     「とても可愛らしい方でした。素直で、元気が良くて!」
     「そう。意地悪そうなところはありませんでしたか?」
     「ちっとも。私、一日でアーテー様の事が大好きになりました!」
     「そう! それは良かった」
     ラファエーラーは言うと、レシーナーの方へ視線を向けた。
     「破壊を司る御方と聞いていたので、心配していたのですよ。いくら、あなたがご養育申し上げた方だとは言っても、ね」
     「無理もございません」と、レシーナーは言った。「私も、アーテー様のご性質を知らなければ、破壊の女神に娘を差し出そうとは思いません」
     「そうよね……これで一つは安心したわ……」
     ラファエーラーが話したいのは、イオーよりも、むしろレシーナーの方だと初めに言っていた。でもそれは、お茶を飲みながら話せる話なのだろうか?
     『イオーがアーテー様の想い人になる危険性がある――ということを、心配していらしたのだろうか?』
     レシーナーはそう思い、こう言った。
     「イオー、太后様とお母様は大事なお話があるから、それが終わるまで、侍女たちと休んでおいで」
     「ええ〜!」と、イオーは嫌そうな顔をしたが、レシーナーが真剣な目をしているのに気付いて、
     「分かりました……」
     と、自分の部屋へ行った。
     「別にイオーがいても良かったのよ」
     と、ラファエーラーが言ったが、
     「いいえ……先ずは、私と二人だけで」
     「いいわ」と、ラファエーラーは微笑んだ。「じゃあ、先ずはお茶をいただきましょう」
     ペルヘウス王の紅茶好きは、母親であるラファエーラーの影響だった。レシーナーもペルヘウスの後宮に入ってからは、ペルヘウス自身に教えてもらって、今では夫よりも美味しく紅茶を淹れることができるが、流石にラファエーラーには敵わなかった。レシーナーはラファエーラーの紅茶を一口飲んだだけで、感動のため息をつくのだった。
     「お気に召して?」
     満足げに微笑んでラファエーラーが言うと、レシーナーは素直にうなずいた。
     「どうやったら私も、太后様のようなお茶を淹れることができるのでしょう?」
     「いずれ教えてあげるわ……それじゃ、本題に入りましょう」
     容赦のないところは、流石はゼウス神王の落胤と噂される隣国の王の王女だけのことはある。
     「実は近々、α国と国交を結ぶことになったのだけど、ペルヘウスからもう聞いているかしら?」
     「あっ、はい。そのことは……」
     『ああ、そのことか……』
    と、レシーナーは思った。国交を結ぶとなれば当然、出て来る話がある。ペルヘウスも「そうなるかもしれない」と言っていた。
     「でも、わたしはそなた以外の女を妻に迎える気はないから、心配するな」
     と、ペルヘウスは言っていたが……そんなことが、許されるはずもない。
     『本当に私は、このまま日陰の身に甘んじていてもいいのに……太后様は、私を哀れと思って訪ねて下されたのね』
     「そう、聞いているのね……α国から姫君を迎える話は?」
     「……そうなるかもしれない、と……」
     「そう」
     ラファエーラーは一口だけお茶を飲んで、またレシーナーを見つめた。
     「α国の国王の妹君で、名をメーテイアと仰るそうで、御年18歳になられるとか」
     「お若い方ですね」
     ペルヘウスは今33歳だから、15歳差の結婚になる。しかし、女が若い分には問題はない。ましてや政略結婚なのだから……。などとレシーナーが考えていると、ラファエーラーは全然別のことを考えていたらしく、
     「そうね、王の妹君というには、かなりお若いわね。兄王とは30歳ぐらい歳が離れているそうだから、間違いなく母君は別の方ね。先代の王はかなりの歳までお元気であられたようね」
     「いえ、そういう意味では……」
     「それに、使者に遣わした者の話では、メーテイア姫は実際の歳よりも幼く見えるらしくて、だったら、歳は上でも似合いの二人になるのではないかと思っているのだけど、どうかしら?
     「……は?」
     歳は上でも?……ペルヘウスより確実に年下なのに、「上」とはどういうことなのだろう?? と、レシーナーが混乱していると、ラファエーラーはクスクスっと笑ってから、言った。
     「あなた、相手は誰だと思っているの? ヒューレウスの嫁にどうか、と言っているのよ」
     「ヒューレウスにですか!?」
     ペルヘウスとレシーナーの長男・ヒューレウス王子は、今年13歳になったばかりだった。
     「どう? 私はいいお話だと思っているのだけど?」
     「はい……でも、まだ早いような」
     「そうね。ちょっと早いかもしれないけど、でも、こんな良い御縁を逃すわけにはいかないじゃないの。ましてや、国と国のつながりが掛かっているのだから」
     「そう……ですが」
     ペルヘウスの結婚だと思っていたので、レシーナーはかなり動揺していたが、それでも、少し安堵もしていた。
     夫を他の女に取られずに済んだ……。エリスと完全に別れてからは、レシーナーの愛の対象はペルヘウスに移っていたのである。
     そのことを察してか、ラファエーラーは言った。
     「大丈夫よ。私も、先王も、あなたにこれ以上肩身の狭い想いはさせないわ。私たちはあなたが大好きなんですもの。出来ることなら、あなたを王妃にしてあげたいぐらいよ」
     「でも、私は……」
     「臣下の娘――世間的にはね。でも、あなたの母親・クレイアーの本当の父親は、先々代の王なのでしょう? あなたの祖母のレディアが先々代の愛人だったことは周知の事実だと聞いているわ。だったら、クレイアーは王女、あなたは王の孫ということになる。あなたは本来なら、正妃になれる資格を持っているということよ」
     「いいえ、太后様。祖母は、その事を認めていません。母・クレイアーの父親は確かに自分の夫であり、王との間の子ではないと……。それに、もし事実がそうであったとしても、こんなスキャンダルを公表するわけには参りません」
     「そうなのよね……結局そこに行きついてしまって、私も先王も、これ以上追及ができないのよ」
     と、ラファエーラーはため息をついた。「ヘーラー様が、神の目から見れば、その人物が誰と誰の間に生まれて来たか、一目瞭然だから、なんなら教えて下さるとも仰せられているのだけど……」
     「太后様……」
     レシーナーもその話はヘーラーだけでなくエイレイテュイアからも聞いているのだが、怖くて確かめられないでいた。
     「だから、せめて」と、ラファエーラーは言った。「あなたの恋敵が現れるようなことだけは、ないようにしてあげたいの。ペルヘウスもあなた以外の女など考えられないようだから」
     「恐れ入ります……」
     「それじゃ、ヒューレウスの嫁取りの話は賛成してくれるわね?」
     「はい、その件は……すべて太后様にお任せいたします」
     「分かったわ。ペルヘウスにも伝えておくわね……ねえ、レシーナー」
     「はい……」
     「これからも、こうゆう“国交を結ぶため結婚”というのはあると思うのよ。だから、もう何人か、ペルヘウスの子を産んでくれないかしら?」
     「はっ………」
     すぐに「はい」とは言えなかった。なにしろレシーナーはもう51歳になっているのである。
     「大丈夫よ。あなた、そんなに見た目が若いのですもの。ヒューレウスをお腹に宿したあたりから、全然老けなくなって……女神様の置き土産なのかしら?」
     「はい、そうらしいです……」
     「だったら、もう少し頑張って見なさい。ペルヘウスにも、そう言っておくから」
     「はァ……」
     レシーナーが恥ずかしそうに顔を赤らめた頃、イオーが部屋の入り口から顔をのぞかせた。
     「お母様ァ、おばあ様ァ……私、まだダメ?」
     「ああ、ごめんなさい。待たせたわね」
     ラファエーラーはそう言うと、イオーを手招きした。
     「お話はもう終わったから、一緒にお茶にしましょう。イオー、あなたにお姉様ができるのよ」
     「ホント!? どんな人なの?」
     「そうねェ、聞いた話によると……」
     ラファエーラーは話しながらも、イオーのために紅茶を淹れてあげるのだった。

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  • from: エリスさん

    2012年10月25日 22時27分51秒

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    つないだその手を離さない・3

    「イオーはアルゴス王の娘なんでしょ?」アーテーに聞かれて、「はい、そうですよ」と、イオーは答えた。「それで、レシーナーはあなたのお母様なんだよね?」「


     「イオーはアルゴス王の娘なんでしょ?」
     アーテーに聞かれて、
     「はい、そうですよ」
     と、イオーは答えた。
     「それで、レシーナーはあなたのお母様なんだよね?」
     「ええ、そうです」
     「だったら、レシーナーはアルゴス王のお后様だよね? 普通なら王宮で皆に大事にされているばすなのに、どうしてわざわざ私の所に通ってきてくれるの?」
     「詳しいことは私も分からないのですが……母は父の正妃ではなく、後宮に住む側室なんです」
     「つまり、お妾さん?」
     二人は一緒に花の冠を作りながら話していた。先刻までアーテーの姉たちもいたのだが、疲れたとか、お腹が空いたとかいう理由で、この場から離れてしまったので、二人っきりになれたこの機会にアーテーは昔から疑問だったことを聞いてみたのである。
     「はい。でも、父には他に妻はいません。母だけです。だから父も、祖父母も母を大事にしてくれています。だから、本来なら後宮から出て来られない身分の母が、自由に外出を許されているのです。ですが、母はあまり自分が表立つのは良くないと思っていて、公式の場には顔を出しません」
     「どうして?」
     「正妃ではないからです。母は正妃になれるような身分の女性ではありません。もともとは臣下の娘でしたから。だからこの先、父が政治的配慮で他国の姫を后として迎えなければならなくなったら、その人が正妃になります。もし本当にそうなった時、正妃になった人との間に軋轢が生まれないように、今から日陰の身として過ごしているのです。そうは言っても、ずっと引き籠っているわけにもいきません。だから、お友達であったアーテー様のお母様との約束を果たして、アーテー様のお世話をさせてもらっているんです」
     「そっか。神々の領域に来ている間の事は、人間たちには伝わらないものね……イオーは、私のお母様・エリスと、レシーナーは友達だって聞いてるのね?」
     「はい。それに……最後にエリス様が母に会いにいらした時、二人はそのような約束をしていましたから。“生まれ変わっても友達でいよう”とか……もっとも、あの時の私はまだ幼かったので、言葉の端々は記憶違いをしているかもしれませんが」
     「そっか……」
     アーテーはちゃんとその所は聞かされていた――エリスとレシーナーが恋人だったことを。それだけじゃなく、姉と兄たちに新しく仕えることになった従者たちがすべて、エリスの元恋人の子供か孫だということも。見た目は幼くても、実際はそれなりの大人であるアーテー達である。正直に話しておいた方が良いとエイレイテュイアが考えたからだ。
     しかし、レシーナーのアルゴス王家での立場はちょっとデリケートなことなので、今まで誰も話さなかったし、アーテーもそれを察して聞こうとはしていなかったのである。
     「でも母は、自分のその立場に満足しているそうなんです。兄などは、良く言っているんですよ。“自分が大人になって、王様になれたら、お母様をもっと日の当たる場所に出して差し上げるんだ”って。でも、母は兄のそんな言葉にはいつも否定的で。“そんな堅苦しいところに居たら、私の楽しみが減ってしまうじゃないの”って――それって、アーテー様のお世話をしていることを言っているんだと思います」
     「そう……なの?」
     自分の所に来るのが楽しい、とレシーナーが言っていることに喜びつつも、そんなことを素直に言うとイオーが気を悪くするかな? と思って言葉を控えた。
     「はい。母はこの社殿に上がって、アーテー様や、エイレイテュイア様たちと接しているのが、とても楽しいのだと思います。アルゴス王妃になってしまったら、それが出来なくなってしまいます。だから、私も母はこのままでいいと思っています――そう思えるのは、兄妹の中で私だけが母と一緒に後宮で暮らしているからなのかもしれませんが」
     「そっか……うん、いいんだよ、レシーナーはそのままで。おかげで、私もイオーとお友達になれたし」
     「はい」と、イオーは嬉しそうに笑った。
     「うん、それじゃ……」
     と、アーテーは出来上がった花の冠を両手に持って……その途端に冠が壊れて、ボロボロになってしまったので泣き顔になった。
     「またやっちゃった……」
     「泣かないでください、アーテー様。私のがあります」
     イオーは綺麗に仕上がってる花の冠を差し出した。
     「うん、じゃあ、それもらっていい?」
     「ハイ!」
     「ありがとう。でも、私が持っちゃ駄目。イオー、一緒に来て」
     アーテーが立ち上がって歩き出したので、イオーも付いて行った。
     「どこへ行くのです?」
     「私のお姉様のところ――マケ―お姉様、最近元気がないの」
     アーテーが花の冠を作っていたのは、マケ―を慰めるためだったのである。
     「お姉様、好きな人がいなくなっちゃったんですって」
     「まあ……亡くなられたのですか?」
     「ううん、そうじゃなくて、実家に帰っちゃったの、エジプトに。ギリシアとは習慣が違うから、合わなかったんだって聞いたけど……」
     「そうなんですか……悲しいですね」
     そんなことを話しているうちに、マケ―の部屋の前に来ると……中から話し声が聞こえてきて、二人は立ち止まった。
     「お許しください、身勝手とお思いでしょうが……」
     少し言葉のイントネーションがずれる話し方をしている――アーテーはすぐにその声の主が誰だか分かって、イオーの腕を掴んで入口から離れさせると、しゃがんで、入口にかかっているカーテンを少し除けて中を覗いた。
     案の定、実家に帰ったはずのクレオが、マケ―と会っていたのだった。
     「国に帰ろうと思い、船に乗りました。でも……船の中でずっと、マケ―様の事ばかり考えてしまいました。忘れようとしても、忘れられず……」
     「受け入れられないって、言ったじゃない……」と、マケ―は言った。「女同士で愛し合うなど、獣にも劣る行為だって……」
     「お許しください! 私が馬鹿でした! つまらぬ偏見で、心が曇っておりました。私もあなた様をお慕いしていましたのに、同性愛は罪だと、そんな詰まらない考え方に縛られてしまって……私が間違っておりました、我が君! どうか、私をあなた様のお傍に……」
     クレオがすべて言い終わる前に、マケ―は彼女を抱きしめていた。
     「いいのね? クレオ。あなたを愛してもいいのね?」
     「はい。私も、あなた様のことが……」
     マケ―はクレオの唇に、情熱的なキスをした。そして……。
     二人が寝台に倒れ込んだあたりから、イオーがアーテーの手を引っ張って、その場から離れた。
     「もうちょっと見ていたかったのに……」
     と、アーテーが口を尖らせるので、
     「駄目ですよ!」と、イオーは言った。「他人の濡れ場を覗き見るなんて、悪趣味です」
     「って、イオーはそうゆうの見た事あるの?」
     「ないですけど!……父と母がキスしてるところ以外は」
     「ベッドのは見た事ないのね?」
     「普通は見ないものでしょう?」
     「私、あるよォ。エリスお母様とエイレイテュイアお母様のを」
     「え!? そうなんですか?」
     ギリシアの家屋は入口に扉がない造りが多いので、他人の情事を覗き見るなど簡単なことなのだが……それはさて置き。
     「そうゆう時のお母様たちって綺麗なんだよォ。もうねェ、色っぽくて悩ましげで、素敵なの……」
     「そう……なんですか?」
     イオーは聞いてて恥ずかしくなってくるのを覚えた。
     「でもね、レーテーお姉様(アーテーの一番上の姉)が言ってた。綺麗なのは女同士だからで、男が混ざると綺麗じゃないんだって」
     「そうゆうものなんですか?」
     「らしいね。だから、私、決めてるんだ。私も大人になったら、レーテーお姉様みたいにお嫁さんをもらう!って」
     どうやらアーテーも偏った恋愛観をもって育ったようだった。

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  • from: エリスさん

    2012年10月25日 22時25分16秒

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    つないだその手を離さない・2

    産褥分娩の女神エイレイテュイアが語ることには――エイレイテュイアの未来の伴侶たる、不和女神エリスの産んだ子供のうち、第5子のマケ―から第11子のアーテ

     産褥分娩の女神エイレイテュイアが語ることには――エイレイテュイアの未来の伴侶たる、不和女神エリスの産んだ子供のうち、第5子のマケ―から第11子のアーテーまで、体の成長が止まってしまい、子供のままの姿をしていた。それをどうにかしてやりたいと、今までいろいろと試してきたのだが、すべて結果は出なかった。ところが最近、エイレイテュイアの一人息子(実はエリスの子)の恋神エロースが、人間の娘であるプシューケーと結婚したところ、それまで15歳の少年をしていたのに急に大人びてきて、妻との間に娘をもうけた今は18歳ぐらいの青年に成長を遂げた。これをエイレイテュイアとヘーラーは、
     「老いの止まる神々の中で育つより、身近に老いる(成長する)者がいれば、影響して成長できるのではないか」
     と、考えた。試しに、マケ―に人間の娘を侍女に付けたところ、それまで10歳ほどの少女だったのに、1年たった今は侍女の娘と同じ18歳ぐらいの女性に成長していた。
     それで他の御子たちにも試してみようということになり、エイレイテュイアはかつてエリスの恋人だった娘たちを主として、縁者である子供を侍女・従者として仕えさせてほしいと声を掛けていったのだった。
     レシーナーも元はエリスの恋人で、ペルヘウス王に嫁いでからもその関係は続いていた。エイレイテュイアの次に長く関係を持った女性と言える。
     ――アーテーとイオーは形式的な引き合わせが済むと、早速、庭で他の姉妹たちと遊び始めた。
     レシーナーはそれを二階のテラスから、エイレイテュイア自ら煎れたお茶でもてなされながら見ていた。
     「それにしても……どうして、エリス様の元恋人の御子達からお選びになったのです? 普通は……」
     レシーナーが言葉を濁すと、エイレイテュイアは苦笑いを浮かべて、ため息をついた。――伴侶の元恋人となんか、会いたくもないはずなのだが……。
     「マケ―がね……その人間の侍女――クレオって言うんだけど……好きになってしまったのよ」
     「まあ……」
     「それで、クレオが恐れ多いと言って、実家のエジプトに帰ってしまったの」
     「あっ、あの娘でしたか」
     直接話したことはないが、マケ―のもとに外国人の侍女がいることは知っていた。事情があって故郷を離れて流浪の果てにギリシアに来たと聞いていたが……。
     「エジプトには、同性愛の習慣はないのかしらね……まあ、このギリシアだって同性愛が普通になって来たのは、ここ最近だけど」
     「はい、エリス様のおかげで……それで今、マケ―様は?」
     「傷心のあまり引き籠り気味になってしまって……そうゆう危険性もあるから、従者になるものは同性愛に理解のある者にしようと思って」
     「それで、エリス様の元恋人の、その子供なら同性愛に理解もあるはずだと?」
     「そうゆうこと。実際、イオーはどう?」
     「聞いたこともありませんので……それに、あの子はまだ恋の経験はありませんし」
     「そうよね、まだ10歳だものね……」
     「できればアーテー様と同じ年の子を差し出せたら良かったのですが、うちの13歳の子は男の子なので……」
     「ヒューレウス王子ね。いいのよ、その子は王家の跡取りでしょう。もし、アーテーと恋愛関係に陥ってしまったら、国を捨ててこちらに婿入りさせるわけにもいかないじゃないの。その点、イオーならこの社殿の巫女になることに決まっているのだから、アーテーとの間に間違いが起きたとしても……先の事は分からないけど」
     「そうですね……」
     「この話を聞いても、母親として心配にならないの?」
     「何を心配する必要がございますか?」
     と、レシーナーは微笑んだ。「アーテー様は、私がご養育差し上げている姫御子様なのですよ」
     「ごめんなさい、愚問だったわね」
     そんな時だった。
     「また壊した!」
     庭から、そんな声が聞こえてきた。エイレイテュイアとレシーナーが見下ろすと、子供たちが騒いでいるのが見えた。

     「アーテーに貸すと、いつもこうなんだもの! だから貸したくないのに!」
     第6子(四女)の戦闘の女神ヒュスミーネーはそういうと、アーテーが持っていた人形をひったくった――首が取れ掛かっていた。
     「私だって、壊したくて壊したんじゃ……」
     アーテーは破壊を司っているがために、無意識に物を壊してしまう癖を持っていた。そしてヒュスミーネーも、戦闘を司っているがゆえに、ついつい喧嘩腰になってしまう。母親であるエリスも子供のころはそうだった。不和を司っているがゆえに、無意識に不和の種をまいてしまって、争わせなくてもいい二人を争わせてしまう。大人になればそういう癖も制御できるようになるのだが。――エイレイテュイアがエリスの子供たちを成長させたい一番の理由はこれだった。
     「もういいわ! 私、部屋に戻る!」
     ヒュスミーネーが侍女の手を取って行ってしまおうとすると、
     「お、お待ちください!」
     と、イオーが咄嗟に言った。「そのお人形、私が直します!」
     「え? あなた、直せるの?」
     「やらせて下さい。それで、直ったら、アーテー様を許してあげてください」
     イオーが懇願するので、怒りの熱が冷めてきていたヒュスミーネーは、
     「いいわ」と、人形をイオーに差し出した。「やってみなさい。そんな簡単に直らないと思うけど」
     イオーは人形を受け取ると、先ずは構造を知るために人形の服を脱がした……。

     「イオーは器用な娘なの?」
     と、エイレイテュイアが聞くと、レシーナーは答えた。
     「お裁縫は好きですよ。私と一緒に、良く刺繍をして遊んでいます。裁縫道具も持ち歩いております」
     すると、「へえ、それは好都合」と言いながら、部屋の中から出てきた人物がいた――鍛冶の神ヘーパイストスだった。
     「あら、ヘース。来ていたの?」
     「ええ、母上と姉上が面白い試みを始めたと聞いたので、様子を見に来ました。わたしも常々、アーテーの壊し癖は、その場に“直しの天才”がいればいいのではないかと思っていました。アーテーが壊したものを、その端から直して行けば……その適当な人材はいないかと思っていたのですが、ちょうどいい」
     ヘーパイストスは、イオーに向かって神力を送った。その途端――。

     『ひらめいた!』
     イオーは瞬時にそう思い、思いついた通りに針と糸を動かした。そうして……。
     「直りました!」
     おお! と、その場にいた姫御子と侍女たちは感嘆した。本当にしっかりと直っている。
     「これで、アーテー様を許してくださいますね」
     「う、うん……」
     ヒュスミーネーは答えると、恥ずかしそうに言った。
     「さっきはあんなに怒って悪かったわ、アーテー。あなたも、好きで壊してるわけじゃないのに……」
     「お姉様……」
     アーテーはやっと笑顔に戻った。
     「お詫びに、これあげるわ」と、ヒュスミーネーは人形を手渡した。「大事にしてね、アーテー」
     「うん、大事にする。ありがとう、お姉様!」
     アーテーの嬉しそうな顔を見て、イオーも笑顔になった。
     「良かったですね、アーテー様」
     「うん、ありがとう、イオー!」
     と、アーテーはイオーに抱きついた。
     「イオー、大好き! ずっと友達でいてね!」
     「ハイ、喜んで」
     
     「ありがとう、ヘース」と、エイレイテュイアは言った。「おかげで、アーテーとイオーの親密度が増したわ」
     「どう致しまして。わたしも姉上の弟として、また、エリスの友人の一人として役に立てて嬉しいですよ。あと、これを……」
     ヘーパイストスは、いったん部屋に戻って、二本の木刀を手に戻ってきた。
     「兄上(アレース)が言ってたんです。ヒュスミーネーとアンドロクタシアーは、司っているものが戦闘と殺人なのに、女の子らしい行儀作法ばかり教わっているから、ストレスがたまって喧嘩っ早くなってるんじゃないかって。わたしもそう思うんで、あの二人に剣術の稽古用に作ってきました」
     「剣術をやらせるの?……気が進まないわ。あんなに可愛らしい子たちなのに」
     「そうは言っても、エリスの子供たちですよ? ちゃんと基礎から教われば、剣豪に育つはずです。他人と喧嘩させるより、剣術で発散させた方がいいですよ」
     「恐れながら……」と、レシーナーも口を開いた。「私も、その方がよろしいかと」
     「あなたまで……」
     「ですが、エイレイテュイア様。想像してみてください。あのお二人が大人に――エリス様そっくりに成長あそばして、剣を振るっているお姿……なんて凛々しいのでしょう!」
     「ああ……あなたの中のエリスのイメージって、そういう“理想の王子様”なのね」
     「エイレイテュイア様は違うのですか?」
     「そういう面もあるけど、私には……」
     エイレイテュイアは、心を傷つけて弱くなっていた時のエリスを思い出していた。そんな彼女を、自分が全身を使って慰めた、あの夜……。
     「姉上……」と、ヘーパイストスは声を掛けた。「お顔がにやけてます」
     ハッ、と、エイレイテュイアは我に戻った。
     「そうね、あなた達の言う通りね」と、エイレイテュイアは誤魔化して、「ヒュスミーネーとアンドロクタシアーには、明日から剣術の稽古をさせるわ。ありがとう、ヘース。その木刀はいただくわ」
     「はい、どうぞ(^_^;)」
     と、ヘーパイストスは木刀を手渡すのだった。

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  • from: エリスさん

    2012年10月25日 22時20分21秒

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    つないだその手を離さない・1

    ある日、嵐賀(あらしが)エミリーこと片桐枝実子(かたぎりえみこ)のもとへ原稿を取りに行った中村衣織(なかむらいおり)は、枝実子の秘書である乃木章一(の


     ある日、嵐賀(あらしが)エミリーこと片桐枝実子(かたぎり えみこ)のもとへ原稿を取りに行った中村衣織(なかむら いおり)は、枝実子の秘書である乃木章一(のぎ しょういち)にお茶を差し出されながら、こう質問された。
     「君はどこまで覚えているの?」
     あまりにも突拍子もない質問だったが、衣織は章一が何を聞こうとしているのか、すぐに察することができた。
     「前世の記憶のことですか?」
     と、衣織はお茶を手にしながら答え、一口飲んでから、逆に質問した。
     「乃木さんはどの程度覚えているんです?」
     「俺はほぼ全部だよ」
     「そうなんですか?」
     「エミリーには“少ししか覚えてない”って言ってあるけどね。だから、このことは内緒だよ」
     と、章一はウィンクしてみせながら、衣織の向かい側に座った。
     「衣織さんは、前世の俺――キオーネーが死んでから、エミリーと係わったんだろ?」
     「はい。精霊だった時と、人間に生まれ変わってからと……人間のイオーの時は、まだ四歳ぐらいでしたね。母に会いに来たエリス様を見たのが最後です」
     「君の母親が、エミリー……エリス様の恋人だったんだね」
     「そうです」
     「……で? 君のその前世の母親って、今の世でも生まれ変わってる?」
     ああ、それが知りたかったのか……と、衣織は納得した。
     「知りたいですか?」
     「まあ……ちょっとね」
     「知ったところで、その人はもう乃木さんのライバルにはなりませんよ」
     「どうしてそう言える?」
     「彼女、全然覚えてないんです、前世の事。だから、私に会っても全然気づいてくれないし……たぶん、これからも気付いてくれません」
     「そう……かなァ?」
     「それに、私の前世の母とエリス様は最後に約束をしたんです。今度生まれ変わった時は、恋人じゃなくて、友達として付き合おうって……今はその通りになってますし」
     「ってことは、やっぱりエミリーの友人の一人として、生まれ変わって来てるんだね。誰なの? それ……」
     「内緒(^_-)‐☆」
     「教えてくれないの?」
     「知らない方がいいこともあるんです」
     そこへ、「お待たせ〜!」と、疲れきった顔をしながら、片桐枝実子が原稿を片手に現れた。
     「ん? なんの話してたの?」
     と、枝実子が聞くと、衣織は笑顔で言った。
     「ちょっとした世間話です。原稿出来上がりました?」
     「はい、出来たわ。お待たせして申し訳ないわね」
     「とんでもない。先生はちゃんと期日までに書き上げてくださるから助かります」
     すると、台所の方から、和服の袖をたすきで上げて、三角巾を頭に巻いた鍋島麗子(なべしま かずこ)が顔を出した。
     「衣織さん、お昼ごはん食べて行く? ちょうど出来上がったわよ」
     「うう〜ん、食べて行きたいのはやまやまだけど……」
     衣織は腕時計を見ると、言った。「一端、社に戻って、また別の先生の所に行かないといけないんですよ」
     「あら、大忙しなのね」
     「最近、人手が足りなくて……。それじゃ、お邪魔しました」
     と、衣織が頭を下げた時だった。……衣織の髪が、枝実子のヘアピンに引っ掛かった。そんなに近くでお辞儀をしたわけでもないのに……。
     『今、衣織さんの髪、浮いたよな……?』と、その様子を見ていた章一は思った。衣織の髪が一房、自分から動いたかのように浮き上がって、枝実子のヘアピンに引っ掛かったのである。
     衣織自身もそれを感じていた。だが、衣織はまったく驚くことなく、ニコッと笑った。
     「……また、来ますから」
     それは、枝実子と章一に言っているようで、そうではないように感じられた。
     枝実子も、察してこう言った。
     「うん、また来てあげてね」
     枝実子も最近は気付き始めていた。自分の背後――霊的に自分を守ってくれている誰かが、衣織と会いたがっていることに。


     今から二千年も昔の事。
     イオーは初めて、母・レシーナーに連れられてアルゴス社殿を訪れた。
     レシーナーはアルゴス王・ペルヘウスの側室でありながら、このアルゴス社殿に住む若い女神たちの養育係でもあった。そのレシーナーが、女神たちの母親代わりであるエイレイテュイア女神に頼まれて、イオーを連れてきたのである。
     謁見の間で待っていると、エイレイテュイア女神と共に、この社殿の主・ヘーラー王后も姿を現した。
     「待たせましたね、レシーナー。無理な願いを聞いてくれて感謝します」
     と、エイレイテュイアが言い、しばらくイオーのことを見つめた。
     「イオー……懐かしいこと……」
     「……え?」と、イオーは聞き返した。
     「恐れ入ります」と、レシーナーは言った。「娘は……覚えておりません」
     「無理もない」と、ヘーラーが言った。「今日来てもらったのは、他でもありません、イオー。いずれはこの社殿に巫女として上がることが決まっているそなたに、それまでの間、やってもらいたいことがあるのです」
     「はい、母から伺っております」
     「そうですか。では話が早い」
     ヘーラーがそういうと、エイレイテュイアは奥の扉に向かって声を掛けた。
     「入ってきなさい!」
     すると、扉が開かれて、小さな女の子が入ってきた。
     その子はエイレイテュイアに手招きをされると、エイレイテュイアの傍まで駆けて来た。
     「この子の名はアーテー……そなたの母・レシーナーが通いで養育係を務めている女神です」
     「え? この方が!?」
     実年齢より幼く見える女神だとは聞いていたが、それでも自分より三歳も上のはずなのに、完全に五歳児に見える。
     「イオー」と、エイレイテュイアは言った。「この子の、侍女になってはくれませんか?」
     この時、イオーは十歳。アーテーは十三歳になっていた。
     これが、二人の出会いだった。

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  • from: エリスさん

    2012年10月19日 11時55分57秒

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    m(_ _)m

    お察しいただけるかとは思いますが、体調不良につき、本日は「神話読書会〜女神さまがみてる〜」は休載させていただきます。かなり良いところまでは書けてるんで

     お察しいただけるかとは思いますが、

     体調不良につき、本日は「神話読書会〜女神さまがみてる〜」は休載させていただきます。

     かなり良いところまでは書けてるんですけど、後半の重要なシーンを書くには、気力と体力が持ちません。


     早く風邪を治さないといけないので、今日はもう休みます。明日からまた本職の方が激務になる見込みなので。

     読者の皆様、本当に申し訳ございません。

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