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2013年02月22日 14時53分59秒
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今日から新連載です。
多くの方は予想していたかと思いますが、レーテーとタケルの話です。かなり昔に倭建命を主人公にした「白鳥伝説異聞」というのを書いていたのですが――かれこれ
多くの方は予想していたかと思いますが、レーテーとタケルの話です。
かなり昔に倭建命を主人公にした「白鳥伝説異聞」というのを書いていたのですが――かれこれ20年ぐらい前に。でもその時の作品は、「異聞」と銘打った割には、結構伝説通りに書いてるなァっと思い、途中で書くのを止めました。いったいどうゆう設定で書いていたかと言うと、正妃の両道入姫(ふたじのいりひめ)は天皇の異母妹にして隠密だとか、弟橘媛は妻ではなく女兵士だとか、そして初恋の女性は兄・大碓命(おおうすのみこと)の側室だとか.......そんな感じでした。
うん、今思い返しただけでも平凡すぎる。
それで今回、晴れて「異聞」らしい設定で書き直すことになりました。
倭建命は実は女で、しかもギリシャ神話の女神の恋人だった。
もう何でもアリで書いていこうと思います。-
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from: エリスさん
2013年02月22日 14時34分46秒
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白鳥伝説異聞・2
旅から帰って来たレーテーは、それまでは無かった満面の笑顔で、ペルセポネーにお礼を言いに来た。「こんなに楽しい経験は今までなかったです!本当にありがとう
旅から帰って来たレーテーは、それまでは無かった満面の笑顔で、ペルセポネーにお礼を言いに来た。
「こんなに楽しい経験は今までなかったです! 本当にありがとうございました!――あっ、これ。イシス様からお預かりしたお手紙と、お土産です」
レーテーはエジプトの細工師が作ったネックレスをお土産に持ってきたのだった。
「ありがとう、レーテー......うん、あなたがとても充実した毎日を送っていたと、イシスからの手紙に書いてあるわ」
ペルセポネーはパピルスに書かれたイシスの手紙をさっと読んで、閉じた。
「それじゃ、次はどこへ行きましょうか?」
「次、ですか?」
「そうよ。せっかく新しい趣味を見つけたのですもの。どんどん経験するべきよ。そうすれば、あなたはもっと素敵になる。こんな風に、最高の笑顔を見せられるようになるわ」
それまでのレーテーはどこか大人しい、控えめな少女だった。それが明るさ満ちた女性に変身したのである。ペルセポネーも背中を押した者として嬉しい限りだった。
「それでは......アドーニス殿は、今はどこに?」
「アドーニスなら、今は"倭(やまと)"にいるわ」
「ヤマト?」
「ここからは遠い東の国よ。後に日本と呼ばれるようになる――いずれ、エリスが辿り着く国よ」
「母君が!?」
エリスが人間として修行に行く国――レーテーは大いに興味を引かれた。
「では、私もそこに行きたいです!」
「まだエリスはいないわよ? 彼女の精進潔斎の期間はかなり長いから......それに、アドーニスは生まれ変わっているから、あなたと会えても記憶がないし......」
「構いません。ただ、見たいのです。母が住むことになる国を」
「そう、分かったわ。では、また私からあちらの死者の国の女神に頼んでみましょう」
倭――日本の神界は、天上と冥界がはっきりと分かれていた。日本の冥界は「黄泉(「よもつ」または「よみ」と読む)の国」と呼ばれ、そこを支配していたのは伊邪那美(いざなみ)の神という女神だった。主に黄泉の国の入り口の「黄泉平坂(よもつひらさか)」に居を構えていた。
レーテーに初めて会った伊邪那美は、その輝くばかりの美しい女神に、
「おやまあ、こんなに美しい方を薄暗い世界に閉じ込めておくのは、なんとも勿体ないわね」
と、微笑んだ。
「そんな......」と、レーテーが恥ずかしがると、ますます気に入った伊邪那美は、
「ここよりも、天上にいる私の娘のところへお行きなさい。手紙を書いてあげるわ」
「伊邪那美様の娘さん、ですか?」
「ええ。天上で太陽神をしているの。ヒルメというのよ。きっと、あなたとは若い人同士仲良くなれると思うわ」
伊邪那美の神は木簡(もっかん。木の札)に手紙を書くと、レーテーに渡した。
「この坂をずっと上って行けば地上に出るわ。あとは天に向かって飛んでいけば、高天原(たかまがはら。日本の天上界)に行けるから......あなた、空は飛べる?」
「鳥みたいには飛べませんけど、雲に乗って宙に浮くぐらいはできます」
「それで充分よ。先に伝書鳥を飛ばして知らせておくわ。そうすればお迎えがきてくれるから」
「何から何まで、ありがとうございます」
レーテーは黄泉平坂を一人で上がって行った。すると、しばらくして地上の――海沿いに出ることが出来た。黄泉平坂の出口は、海沿いにある大きな洞穴だったのだ。
『ギリシアの冥界の出入り口も海沿いにあったわ。どこの国もそうなのかしら?』
そう思いながら、空へ行くために先ずは高台へ行こうと辺りを見回していると、少し離れたところに岬が見えた。
そこから飛び立てばちょうどいいかな? とレーテーは思い、歩き出した。
その時、どこからか爽やかな、鼻を刺激する匂いが漂ってくるのを感じて、足を止めた。
興味を引かれたレーテーは、その匂いがする方に足を向けた。
匂いは、一本の樹に実ったたくさんの果実だった。オレンジに良く似ていて、匂いも酷似していた。
『この国のオレンジなのね。食べられるのかしら......』
レーテーがその実に手を伸ばした時だった。
誰かの悲鳴が聞こえてきた。
声のする方を見ると、誰かが一羽の烏に攻撃されているのが見えた。
レーテーはその人物の心の声を読んでみた。
「ごめんなさい! もうしないから、許して! どうしてもお腹が空いていて......」
心の声で、襲われているのが女性だと言うことが分かった(服装では判断ができなかった)
今度は烏の心の声を聞いてみると、
「私の卵を盗もうとした! 許せない!」
と、言っていた――つまり、この女が空腹のあまり、烏の巣から卵を盗もうとして、母烏に見つかったようだった。
『つまり未遂ね......だったら助けてあげますか』
レーテーは走り寄ると、二人の間に割って入り、烏に神力を浴びせた。
烏は、なんで怒っていたかを忘れ、地面に着地をすると、トントンッと跳ねながらレーテー達から離れ、飛び立っていった。
それを見た女は、へなへなと体中の力が抜けて、地に膝を突けた。
「助かった......ありがとう」
心の声は綺麗な女の声だったのに、言葉として出す声は無理に低めに出そうとしていた。服装で女と分からなかったのも道理で、伊邪那美が着ていたこの国の女の服とは違う、腰から下に着ているものがスカートではなく、両足を別々に覆うもの――ギリシアには無い。それは「袴」という物だった(現代風に言えば「半ズボン」)
レーテーは、声に出す言葉は理解が出来なかったので、心の声を読んだ。
「いったいどうやって、あの烏を追っ払ったの?」
なので、レーテーはテレパシーで相手の心に語りかけた。
「烏に、どうして怒っていたのかを忘れさせたのよ」
「え? なんだ?」と、女は声に出して驚き、心では、「今のなに?」と、思っていた。
なのでレーテーは微笑んで見せて、
「ごめんなさいね。私、まだこっちの国の言葉が分からなくて。でも、心の声なら言語が違くても伝わるから」
「なるほど、外国(とっくに)の者か」と、改めて女はレーテーの姿を見た。「面妖な術を使うのだな。しかし、助けてくれたことには変わりない。礼を言おう」
女が声で出す言葉と、心に思う言葉がほぼ同じだったので、レーテーはちゃんと理解することが出来た。
「私は大和の国の王・大足彦忍代別の命(おおたらしひこおしろわけ の みこと)の王子(みこ)、倭 男具那(やまとのおぐな)という者。そなたは?」
「私はレーテーよ」
「ん?......物忘れ?」
「レーテーよ......ああ、そうか」
レーテーの名前を心の声で伝えようとすると、この国の言葉で訳されてしまって、名前として理解されないのだろう。そう思ったレーテーは、あのオレンジに似た実がなる樹を指差した。
「あれは、なんて言うの?」
「あの樹か? 橘(たちばな)だ」
「じゃあ、私のことは"タチバナ"って呼んで」
「ふん、仮の名前か......私にとって"橘"という女人は二人目だ。それなら"弟橘媛(おとたちばなひめ)"と呼ぶことにしよう」
「オト......二人目って意味なのね。いいわ、オトタチバナヒメね」
レーテーが出会ったこの倭男具那の命こそ、後に英雄として日本中に名を残す、倭建(やまとたける)の命だった。-
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from: エリスさん
2013年02月22日 14時32分11秒
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白鳥伝説異聞・1
不和女神エリスが精進潔斎に入って2年後の事。エリスの長女である忘却の女神レーテーは、冥界にある忘却の川の管理人になった。これはレーテーの司る物が「忘却
不和女神エリスが精進潔斎に入って2年後の事。エリスの長女である忘却の女神レーテーは、冥界にある忘却の川の管理人になった。
これはレーテーの司る物が「忘却」だったこと、そしてエリスが精進潔斎に入る時に同行し、エリスが忘却の川の水を飲むときに手助けをしたことも合わさって、冥界の王妃ペルセポネーから勧められたのである。
とは言え、忘却の川はあえて管理すべき川ではなかった。生まれ変わるに当たり、前世の記憶を消すために川の水を飲むだけなので、別に悪用されることもなく、ただそこに流れていればいい。だからこの「管理人」という役職は、単なる名目に過ぎなかった。
「エイレイテュイアから聞いたのよ。弟や妹の世話から解放されたら、やることがなくなって呆けてしまってる事が多くなったって」
と、ペルセポネーは言った。「だから、なにかお仕事をあげた方がいいかなっと思って」
「ありがとうございます......」と、レーテーは言った。「でも、このお仕事もやることがないのですよね?」
現にこうしてお茶にお呼ばれしているし......と、レーテーは思った。川の畔の管理小屋でぼうっとしていたところ、ペルセポネー自らが呼びに来て、こうして王宮のペルセポネーの部屋でお茶とお菓子を振る舞われているのであった。
「まあ、そうね。その分、趣味を楽しむ時間が増えるわよ」
「趣味......ですか?」
言われて見ると、レーテーにはたまに本を読む以外に趣味がなかった。それが、何もやることがなくて怠惰な生活を送る原因になってしまっているのである。
「今まで下の弟妹(きょうだい)達の世話ばかりしていたから、仕方ないわ。だから、これから趣味を探せばいいのよ。だけど、ただ趣味に興じてるだけでは単なる遊び人になってしまうから、名目だけでも仕事を持った方がいいでしょ? それで、忘却の川の管理人になることを勧めたの」
「ペルセポネー様は、どうしてそんなに私に親切にしてくださるのですか?」
今まで交流があったわけではない。エイレイテュイアとは姉妹と言うこともあって親しくしているようだが、それが直接レーテーと関係するわけではないだろう。レーテーの当然な疑問に、ペルセポネーは笑顔で返した。
「あなたの御母君のエリスには、とてもお世話になったのよ。私は、その時の事を忘れてしまっているようなのだけど、何となく分かるの。あなたも、それに係わっているのではなくて?」
そう言われて、レーテーも思い出した――自分がまだ少女だったころ、エリスとその兄・ヒュプノスに連れられて、どこかの隠れ家に連れて行かれた。そこには十カ月も眠ったまま間になっていたペルセポネーがいて、彼女を起こすために、夜の女神の血を引く自分たち三人が力を合わせ、エリスをペルセポネーの潜在意識に入り込ませたのだった。そして、ペルセポネーの悲惨な記憶を消し、彼女を眠りから起こしたのである――その時のことを、ペルセポネーは言っているのだ。
「覚えていない恩義のために、私の事を?」
「そうでなくても、私はあなたの御母君のエリスとも仲が良かったのよ。私があまり自分のテリトリーから出ないから、殆ど水晶球(テレビ電話のような通信機)でしか話さないけど、彼女が旅行に行くと良くお土産をいただいたりしたわ」
「そうだったんですか......」
「そうだわ! 旅行!」
ペルセポネーは何か思いついたらしく、ポンッと手を叩いた。「旅行に行ってみたら? あなたの御母君も旅行が好きなのよ、知ってるでしょ?」
「はい、確かに......」
エリスの仕事である不和――戦争を引き起こす切っ掛けは、そうしょっちゅうある物ではなかった。殆どが暇な毎日だったので、好きな時にいろんな国を旅行していたのである。エリスが愛用していた前開きの夜着も、大陸の東の方で手に入れたと言っていた。
実は何度かレーテーも「一緒に行こう」とエリスに誘われていたのだが、その度に弟妹の世話を理由に断っていたのである。本心は、行ったこともない外国になど行くのが怖かったからなのだが。
ペルセポネーにそのことを話すと、
「あら、勿体ないことをしていたのね。それなら尚の事、自分を成長させるためよ。どこか行っていらっしゃいな。この冥界はね、世界中の死者の国とつながりがあるのよ。行ってみたい国があれば、そちらの国の死者の国に連絡を取って、あなたの面倒をみてもらうわよ」
「そうですね......」
そんなことを言われても、レーテーにはまったく見当がつかない。
ちょうどそこへ、エジプトの女神から、ペルセポネーに通信が入った。
ペルセポネーが席を外して女王と話をしている間、一人待たされているレーテーのもとに、少年がお茶のお代わりを運んできた。
「どうぞ、オリーブティーです」
少年がポットを手に言うと、レーテーも「ありがとう」とカップを差し出した。
「あなたはここの小姓?」
「いいえ」と、少年は笑った。「僕はここの王と王妃の息子ですよ」
「息子?――ああ! あの裁判の時の!」
その昔、ペルセポネーと美の女神アプロディーテーとの間で、少年を取り合って裁判を行ったことがあった。その様子をレーテーはもちろん、オリュンポス中の神々が見守ったのである。そもそもはアプロディーテーが見つけてきた人間の赤ん坊だったが、子供の世話を面倒に思ったアプロディーテーがペルセポネーに預け、そのまま放置していた。その間、ペルセポネーと夫のハーデースはまるで我が子のようにその子を育て、少年も二人を両親だと信じて疑わなかったのであるが、少年が成長すると突然アプロディーテーが現れて、その子を返すように要求してきたのである。
それで神々の王ゼウスが裁判官となって、少年の今後を決めたのである。すなわち一年を三等分し、三分の一は少年の自由、三分の一は冥界、残る三分の一はアプロディーテーのもとで暮らすようにと。
ゼウスの裁断なので、納得は行かなくてもペルセポネーもハーデースも従うしかなかった。そして少年は、アプロディーテーのもとに居る時に不慮の死を遂げたのである。
「そう、死者となったおかげで、ずっと冥界にいられるようになったのね」
と、レーテーが言うと、
「いいえ、ずっとではないですよ」
と、少年――アドーニスは言った。「死者となったことで、いろいろな国に転生することになりました。つい最近まではエジプトにいて、そこで寿命を終えたので帰って来たんです」
「ヘェー、そうなんだ......他にはどこに?」
「その前はどこか冷たい海の底の、貝になってました」
「貝? あの、食べる貝?」
「ええ。必ずしも人間に転生できるわけではないらしいですね。でも、貝になるのもいい経験でしたよ」
「ヘェ~.........」
そんなうちにペルセポネーが戻ってきた。
「あら、アドーニス。お茶のお代わり持ってきてくれたの?」
「はい、お母様。お母様もお飲みになるでしょ?」
「ありがとう、いただくわ。......話が中断してしまってごめんなさいね、レーテー」
「いいえ、ペルセポネー様」
「でもね、おかげでエジプトのイシスにあなたのことを頼むことが出来たわ」
「イシス?」
「エジプトは天上の神と死者の神の境目が曖昧でね、イシスも天上にいながら死者の領域も携わっている女神なの。人間たちには呪術使いとして知られているわね。私とは古くからの友人なのよ」
「はあ......」
「それでね、あなたの旅行先にエジプトはどうかと思って、今イシスにお願いしてみたの。彼女は快く引き受けてくれたのだけど......どうかしら?」
「はい......そうですね......」
まだちょっと怖いけど、アドーニスも「面白い物がいっぱいありますよ」と勧めてくれるし、何より、尊敬する母・エリスに近付くためにも、母の趣味を体験するのも良いかもしれない、という思いが沸き起こった。
「行きます、私。エジプトに!」
こうして、レーテーは一カ月ほどエジプトを旅することになったのである。-
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2013年02月08日 14時14分23秒
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離したその手を再びつなぐ・2
衣織の魂を抱きかかえて空を飛ぶアーテーの姿は、初めてイオーとして会った時の5歳児の姿だった。そう言えば片桐枝実子の守護霊をしている時も、それぐらいの少
衣織の魂を抱きかかえて空を飛ぶアーテーの姿は、初めてイオーとして会った時の5歳児の姿だった。
そう言えば片桐枝実子の守護霊をしている時も、それぐらいの少女に見えていた。
『アーテー様、イオーとしての私が死んでしまってから、また子供の姿に戻ってしまったのね......』
それでも、イオーを抱きしめている時だけは大人の体に変化したものだったが、今の衣織は実体がないために、その作用が働かないのだろう。
『可哀想なアーテー様......きっと、私がいない間、寂しい思いをされていたんだわ』
衣織は通り抜けてしまう腕で、それでも精一杯アーテーの肩にしがみ付いた。
それを、アーテーも感じることができた。
『イオー......やっぱりイオーも私を待っててくれた......』
アーテーはオリュンポス神界のアルゴス社殿の庭まで来ると、噴水の傍に降り立った。
そこで衣織を降ろすと、改めて二人はお互いを見つめ合った。
「イオー、会いたかった......」
「私もです、アーテー様」
「ねえ、あの頃の姿に戻れないの? 魂だけの姿なんだから、好きな姿に変化できるでしょ?」
「そうですよね。現に若返ってるのですから......ええっと、どうやるんだろう......」
「私のお母様がしょっちゅう人間の姿になって、人間界に遊びに行ってるんだけど、その時は"自分のなりたい姿をイメージしてる"って言ってたよ」
「イメージですか......」
衣織はそう呟いて、目を閉じた――イオーだった時の姿を思い出してみる。アルゴス王家の王女であり、巫女だった自分を。すると、ゆっくりとその姿が変わり始めた。着ている服も病院で着ていた浴衣ではなく、ギリシャのキトンへと変化する。
初めてアーテーと愛し合った時の、15歳のイオーへと変わった衣織――イオーは、ゆっくりと目を開けると、アーテーに微笑んだ。
「イオー!」
アーテーは思わず抱きつこうとして、イオーの体をすり抜けて転びそうになった。
「そっか、実体はないままなんだ......」
「アーテー様......」
「でも私、イオーに触れたい......」
アーテーはそうっと手を差し出して、イオーの顔のあたりで、頬を撫でるように手を動かした。
「私もです、アーテー様」
イオーは自分から歩み寄って、彼女の唇にキスをしようとした。
何も感触はない――でも、気持ちは伝わってくる。
それでも。
「やっぱり、このままじゃ駄目だね。イオーが生まれ変わらないと」
「では、やはり私は日本の黄泉の国に戻らないと......」
「それは駄目! それじゃいつになったらギリシアに戻れるか分からないもの!」
「ですが......」
「私に考えがあるんだ。前世の、その前の前世ってイオーは樹から生まれた精霊だったんでしょ?」
「ええ、そうですが」
「その時の母親の樹を探して、イオーはその中に入って、また産んでもらえばいいんだよ」
「そんな上手く行きますか?」
「行くよ! 絶対!」
と、アーテーが行った時だった。
「上手く行くわけないでしょうォ―――!!」
と、頭上から声がして、亜麻色の翼の女神が急降下で降りてきて、アーテーの頭をハリセンで殴った。
「いったァ~い! 何すんのよ、お姉様ァ」
痛みで頭を抑えながらアーテーが言うと、亜麻色の翼の女神が自分の背中に両手を回して、呪文を唱えて翼を髪に戻していた――レーテーだった。
「それはこちらの台詞です! あなたと言う妹は、他国の死者を勝手に連れ去るなど、国際問題になったらどうするのよ!! たまたま私と高天原(たかまがはら。日本の神界)の黄泉の国の女王様が知り合いだったから、大ごとにならずに済んでるけど」
「だってェ、あのままイオーが日本の死者の国に入ってしまったら、ギリシアに戻れずにまた日本で転生するかもしれなかったから......」
「だからって!?」
そこへタケルが現れた。「まあまあ、落ち着いて。もうペルセポネー様が到着したから、エリス様も立ち会って話し合ってくださるそうだよ」
「そう、お母様も......よくよく叱っていただかなきゃ」
レーテーはそういうと、ハリセンをタケルに渡した。
「あなたの言った通り、この武器なら相手に大怪我をさせずに済むわね」
「日本のお笑い芸人なんかが使うんだよ。いいだろ?」
なのでイオーが言った。「タケルさん、最近の日本の文化にも精通してるんですか?」
「インターネットの動画サイトでいろいろと見られるからね」
「神界も変わりましたね(^_^;)」
そこへ、ようやく麗子が追い付いて、しかし息も絶え絶えで倒れ込んだ。
「あら、あなた。レシーナー?」と、レーテーは言うと、彼女を助け起こした。
「はい......ご無沙汰をしております、レーテー様」
「ちょうどいいわ、あなたもいらっしゃい。母君がお喜びになるわ」
「はい......」
麗子には何が何だか分からなかったが、もう抵抗する体力も残っていなかった。
「久しぶりだな、麗子さん......いや、私がこの格好なのだから、レシーナーと呼ぶべきかな」
復活神エリスが言うと、その隣にいた第2妃のキオーネーが言った。
「麗子さん自身が"鍋島麗子"の姿なのですから、麗子さんで宜しいのでは? 我が君。それにしても、本当に懐かしい」
「えっと......」と、麗子は言った。「恐れ入ります。私はあなたとは初対面だと思うのですが......」
するとキオーネーは目を閉じてイメージを働かせ、乃木章一の姿に変化した。
「えっ!? 乃木さん!?」
「そう、日本にいる間はね」
と、章一は答えると、すぐにキオーネーの姿に戻った。「こっちが本当の姿なんです」
「では、あなたがエリス様の最初の奥様の、キオーネー様?」
「ええ、そうよ」
「うわァ、びっくりだわ......」
そこで、いつまでも話が本題に入れそうにないので、ペルセポネーが咳ばらいをした。
「高天原の伊邪那美殿からすべてを任されてきたわ。とにかくすべての死者は一端冥界を通って、生前の行いによる審査を受けて、そのまま冥界で過ごすか、もしくはまた人間界に行って修行するか、決めなければならないの。こちらの佐久間衣織さんはまだその手順を踏んでいないのだから、このままでは幽霊として安住の地も持たないことになるのよ」
「だったらお願いです!」と、アーテーは言った。「どうかイオーを日本ではなく、このギリシアの冥界に行かせてください! そして、オリュンポスの精霊として転生させてください!」
「それがあなたの望みなわけね、アーテー。衣織さん、あなたもそうかしら?」
ペルセポネーの問いに、衣織は恭しく頭を下げて言った。
「出来ることなら......ですが、私は一介の人間に過ぎません。大望は持たず、すべては神様である皆様に委ねたく思います」
「イオー!?」と、アーテーが言ったが、それをペルセポネーが制した。
「殊勝な心がけね。あなたのその信仰心の厚さに、私も応えようと思います。幸い、衣織さんは黄泉の国に入った後、我が冥界に移り住むことが内定しておりました」
「そうだったのですか?」と、エリスが驚いて聞いた。「だったら、アーテーがしたことは全くの無駄だったのですね」
「でもね、その後は100年ほど冥界に留まって、人間として転生する予定だったの」
「100年も待てません!」と、アーテーが言ったので、
「黙ってなさい!」と、レーテーに頭を抑えられた。
「まあ、待てないわよね」と、ペルセポネーは笑うと、「だから、私の権限を使って、その運命を変えてあげます。精霊でなくても、不老長寿なら何でもいいのでしょう?」
「はい! ずっと一緒に居られるなら!」
と、アーテーがまた大きな声を出したので、レーテーは更にアーテーの頭を抑えた。
「エリス殿、あなたの妹に子宝に恵まれない方がいらしたわね」
ペルセポネーに言われて、エリスは一人だけ思い当たった。
「マリーターのことですか?」
「ええ。あの方の背の君(夫)は、この衣織さんの前世の息子だとか......転生先にはちょうどいいと思うのですけど、どうかしら?」
「おっしゃる通りですが......当人たちにも聞いて見ましょう」
エリスはそう言うと、指を鳴らしてテレビ電話を出現させた。
「マリーター! おォーい、マリーター!」
エリスが声を掛けると、テレビ電話の向こうから、
「ハーイ! ただいまァ!」
と、声が聞こえてきて、画面にマリーターが現れた。
「ハイ、お姉様。御用でございますか?」
「うむ。ティートロースもいるか? 今日は非番であろう」
「ええ、おりますわ」
マリーターは奥の方へ声を掛けて、夫のティートロースを呼び寄せた。
そしてペルセポネーが事の次第を説明すると、二人は驚き、喜んだ。
「私たちに娘を授けてくださるのですか!」
「しかもそれが、前世の母上――巫女殿でいらっしゃると」
「いづれはそうなる運命だったのです」と、ペルセポネーは言った。「二人の間に今まで子供がいなかったのは、一重にこの衣織さん――イオーが神族として転生するに相応しい魂となるまで待っていたからこそ」
「つまり......」と、エリスは言った。「精霊ではなく、女神として?」
「そのためには、もう少し修行が必要だったのですが......でもまあ、半神半人として生まれて、後は生きている間に精進して女神となればいいでしょう。不老長寿になれば時間は限りなくありますから――それでいいですか? イオー。アーテー」
「はい! それでいいです!」と、アーテーが姉の手を振りほどきながら言うと、
「ありがとうございます、ペルセポネー様」と、イオーも答えた。
「では、イオー。私と一緒に冥界に参りましょう」
「はい......ちょっと、お待ちいただけますか?」
イオーはそう言うと、テレビ電話の方へ行った。
「ティートロースさん......今度は、私が子供の立場になるんだね」
「はい、巫女殿」
「もう巫女じゃないよ......今度はちゃんと、親子になろうね、お父様」
「はい......いやッ......ああ、そうだな」
「私も待ってるわ、イオー」と、マリーターが言った。「あなたの母親になれるなんて、嬉しいわ」
「うん、よろしくね、お母様」
イオーはそう言うと、今度はアーテーの前に行った。
「もう少しの辛抱ですよ、アーテー様」
「うん......待ってるからね」
するとエリスが歩み寄ってきて、「とは言え、恋人になるにはまだまだ時間を要するから......」と、アーテーの頭を掴んだ。そして、強く抑え込むと、アーテーの姿が5歳児からますます幼児化して、2歳ぐらいになった。
「そなたもまた子供からやり直すが良い。一緒に大人になったら、存分に愛し合えばいい」
「うん、そうする!」
と、答えたアーテーの目は、あどけない子供の目だった。
その後、イオーは冥界での審査を難なく通り抜けて、すぐにマリーターのお腹の中に宿ったのだった。
一方、黄泉の国に戻った麗子も、夫の羽柴と共に冥界に移り住むことになって、アルゴス王家の血を引く子孫の子供として転生し、20年後に巡り会い、結婚した。今度はレシーナーとペルヘウスの時のように歳の離れた夫婦ではなく、日本にいた時のように2歳しか違わなかった。ともに白髪が生えるまで末永く暮らし、次の転生でも、そのまた次の転生でも、二人は巡り会って夫婦となったのである。レシーナーがエリスと恋人同士になることは、もう二度となかった。
そしてティートロースとマリーターの娘として生まれたイオーは、幼少期からアーテーと共に過ごし、15歳になった時、晴れてアーテーの妻としてアルゴス社殿に迎えられたのだった。
Fine-
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2013年02月08日 14時10分32秒
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離したその手を再びつなぐ・1
その日、佐久間衣織(さくまいおり)――旧姓・中村衣織(なかむらいおり)は、死に向かおうとしていた。98歳になり、曾孫の小学校入学まで見ることができたの
その日、佐久間衣織(さくま いおり)――旧姓・中村衣織(なかむら いおり)は、死に向かおうとしていた。
98歳になり、曾孫の小学校入学まで見ることができたのだから、大往生と言える。それは分かっていても、親族たち今まさに命の火が消えかけている衣織おばあちゃんの周りに集まり、今少しの長寿をと願わずにはいられなかった。
「みんな、悲しまなくていいんだよ......また会おうね......」
衣織の最後の言葉は、常日頃の彼女らしく優しいものだった。
衣織が気が付いた時、彼女の目の前には色鮮やかな紅葉模様の着物を着た羽柴麗子(はしば かずこ)――旧姓・鍋島麗子(なべしま かずこ)が立っていた。それも、初めてあった頃の、まだ25歳ぐらいの麗子の姿だった。
「お疲れ様でした、衣織さん」
「麗子さん......あなたがお迎えに来て切れたんだ。てっきり旦那が来てくれるのかと思ってた」
人は死ぬと親しかった人が迎えに来てくれると言うが......衣織の当然な疑問に、麗子は微笑んで答えた。
「残念と言うべきか、幸いと言うべきか。あなたのご主人の佐久間芳雄さんは、すでに生まれ変わっているのよ」
「あら!? そうなの......まあ、20年も前に先立ったからね」
「誰だと思う?」
「誰って......私の傍に転生してたの?」
「そうよ。あなたの曾孫の坊や、この間小学校に上がった......」
「和雄!? あれ、よし君だったの!? 道理でそっくりに育つと思った......」
「そういうこと......さあ、行きましょう」
「うん......」
二人は雲の上を歩いていた。
「それにしても、麗子さんが亡くなったのって、確か75歳だったのに、しばらく会わない間に若返ったのね」
「何を言ってるの、衣織さん」と、麗子は笑った。「あなたも若返ってるわよ。良く見て......」
麗子は懐から小さい鏡を取り出すと、衣織に渡した。
衣織は、20歳前後の姿に戻っていた。
「人間って、死んで魂だけになると、本人が一番輝いてた姿に戻れるのよ」
「ヘェ~、そうゆうもんなんだ」
「ちなみに、忘れていた記憶も戻って来るのよ......イオー」
「あっ!? じゃあ、レシーナーとしての記憶も?」
「ええ......私たちって本当に、強い縁で結ばれているのね」
「ホントだね......」
二人が思い出話をしながら歩いて行くと、やがて一面花畑が広がる高原へとたどり着いた。
「ここが死者の国?」
と、衣織が聞くと、
「この先の川を渡るとあるのよ。ほら、あそこで渡し守が待ってるわ」
目を凝らして良く見ると、ボートらしき物に男が一人乗って待っていた。
「良く、臨死体験をした人が"花畑を見た"って言うでしょ? あれってここの事なのよ」
「そうなんだ......ねえ、死者の国って、全世界共通なの?」
「とりあえず私たちが行くところは"黄泉の国"って呼ばれる、日本の死者の国よ。そこから、転生先が外国の人はお迎えが来て移り住むんだけど」
「そっか......まだ日本人なんだ、私......」
「......早くギリシャに帰りたい?」
ここに来るまでに話していた思い出話が、ほとんどギリシャでのことだった。簡単に想像がつくというものである。
「残念だけど、転生先は私たちの希望通りにはならないものよ。すべては神様が決めることだから」
「そうだよね......うん、分かってた。だって、希望通りになってたら私は中村衣織としてではなく、精霊(ニンフ)イオーとして生まれていたはずだもの」
衣織が悲しそうに言うので、麗子は衣織の事をそっと抱きしめた。
「いつかは戻れるわ......あなたとアーテー様の縁は、私とあなたとの縁よりずっと深いのですもの」
「......うん。ありがとう、麗子さん」
「さあ、行きましょう」
麗子が先に立って歩き出した――その時だった。
背後から風が吹いてきたことを感じた麗子は、
『この世界に風が!?』
と思い、振り返った時には、衣織が空に浮き上がっていた。
紅い翼を背に持つその人物が、衣織を連れ去ったのである。
「あ!? アーテー様!?」
その異変に気付いた渡し守が、慌ててボートから降り、麗子の方に駆け寄ってきた。
「なんだあれは!? 死者を連れ去るなど、前代未聞だぞ!」
「すいません、あの方は......衣織さんとは深い因縁がある方で......」
「なんだ、そなた。今の翼の少女を知っておるのか?」
「私が前世にお仕えした方です。オリュンポス神界のアーテー様とおっしゃられる方で」
「オリュンポス神界のアーテーだな。分かった! わたしは上官に連絡するから、そなたはあの者たちを追いかけてくれ!」
「はい、分かりました!」
麗子も魂だけの姿になっているので、空を飛ぶことはできるのだが......幽霊が浮遊するのと同じことなので、まったくもってスピードは出ないのであった......。
それでも目的地は分かっている。
麗子が行ってしまってから、渡し守は携帯電話を取り出して、上官に連絡を取った。
オリュンポス神界のアルゴス社殿――から少し離れたところに、復活神エリスの長女・レーテーの社殿があった。レーテーが名目上の侍女――実質は愛人のヤマトタケルと、なんでもこなしてくれる有能な侍女・エルアーとの三人で暮らしている、こじんまりとした社殿だった。
その社殿の湯殿で、レーテーはエルアーに髪を洗ってもらっていた。
「ああ......気持ちいい......」
レーテーは夢見心地でエルアーに任せていた。
「レーテー様の御髪(おぐし)は本当に滑らかですね」と、エルアーは言った。「それに綺麗な亜麻色ですし」
「ありがとう......でも本当はね、母君のような黒髪に憧れていたの」
「そうなのですか?」
「ええ。母君には会ったことあったわよね?」
「エリス様の方ですよね? エイレイテュイア様ではなく」
「そうそう......今は女神ではなく両性神だから、母君と呼ぶのもおかしいのだけど」
「複雑でございますね(^_^;) でも、あの方の御髪に憧れるお気持ちは分かります。お綺麗でございますよね」
「そうなのよ。なのに、11人も子供がいるのに、誰一人としてあの黒髪を引き継いだものはいないのよ」
「子供がすべて親に似るわけではございませんから......シャンプーを流しますので、目を閉じてくださいませ」
「ハーイ、いいわよ」
「では!」
エルアーがシャワーでレーテーの髪をすすいでいると、そこにタケルが入ってきた。
「おや、二人でお楽しみだったかな?」
「あら、タケル? あなたもお風呂?」
と、レーテーが目をつぶったまま聞くと、
「そうしようと思ったんだけど、君が終わってからにするよ」
「いいじゃない、一緒に入れば。うちのお風呂は日本の露天風呂を模して作ったから、3人ぐらい余裕で入れるもの」
「いいの? この後、エルアーと楽しむつもりじゃなかったの?」
「だ・か・ら。」
レーテーは前髪を後ろに流して、目にかかる水を切って目を開けた。「三人で楽しめばいいじゃない?」
「まったく、君って人は......」
タケルはレーテーの前にしゃがむと、エルアーが見ていることなど気にせず、レーテーと濃厚なキスを交わした。
「君のその奔放なところが魅力的で堪らないよ」
「私も、私を自分だけに縛り付けないあなたが大好きよ」
そこで「お二人とも」と、微笑みながらエルアーが言った。「そろそろコンディショナーを使いたいのですが」
「はいはい。ほら、タケルも服を脱いできて」
「ああ、そうするよ」
タケルが脱衣所に戻ると、その時そこに置いてあったレーテーの携帯電話が鳴った。
「レーテー! 君の携帯が鳴ってるよ!」
「誰からって表示されてる?」
「黄泉平坂(よもつひらさか。黄泉の国の入り口付近)の固定電話だ」
「あっ! じゃあ、あの方だわ。代わりに出て、持ってきて!」
「承知した~」
タケルはそう答えると、電話に出た。
「はい、オリュンポス神界の忘却の女神・レーテーの携帯です。はい......ご無沙汰しております、伊邪那美様。......はい、倭建(やまとたける)でございます。......ええ、今でも男装をしておりますよ。子供の時から男の格好をさせられておりましたから、この方が過ごし易いのですよ。......ええ、おります。今代わりますので」
タケルはそう答えると、体が濡れているレーテーの代わりに、彼女の耳の傍に携帯を持って行った。「伊邪那美様だよ」
「ご無沙汰を致しております、伊邪那美様! レーテーです。......はい、おかげさまで......はい?......紅い翼の少女?」
レーテーのその言葉を聞いて、タケルもエルアーもレーテーの末の妹の事を思い出した。
「その少女が連れ去った死者というのは?......ああ、左様で。はい、間違いなくそれは、私の妹のアーテーでございます。......分かりました、今すぐにでも、ひっ捕らえて参ります!」
と、レーテーが立ち上がって、すぐにも湯殿を飛び出そうとするので、
「お待ちを!」と、エルアーが制した。「コンディショナーをすすがなくては! せめてお召し物を!!」
興奮しているレーテーのことはエルアーに任せて、タケルは代わりに電話に出た。すると、電話の向こうで伊邪那美の神(黄泉の国の女王)が喋り続けていた。
「レーテーさん! そんな乱暴にしなくてもいいのよ!」
「恐れ入ります、伊邪那美様。お電話代わりました」
「ああ、建......話は聞こえたかしら? レーテーさんの妹御(いもうとご)が、こちらの死者を連れ去ったのよ」
「その死者というのは?」
「前世はギリシャ人よ。きっと、妹御と因縁があるのね」
「もしや衣織と言う女人では?」
「あら、ご存知?」
「以前アーテー殿が、レーテーからこちらの冥界の王妃・ペルセポネー様を通じて、自分の恋人がどこに転生しているのか調べてもらったことがあったんですよ」
「まあ、そうだったの......ペルセポネーも事情を分かっているのね。いいわ、それなら彼女に間に入ってもらいましょう。前世恋人だった死者を連れ去ったとなれば、何が目的か容易に検討がつくわ」
「よろしくお願いいたします」
タケルが電話対応をしている間、エルアーはシャワーを駆使してレーテーの髪からコンディショナーを落とし、バスローブを羽織らせていた。
「レーテー、そんなに慌てることはないよ」
タケルはそう言いながら、電話を切った。「アーテー殿なら、どこに行ったかだいたいの検討はつくだろ?」
「そうだけど......もう、あの子ったら! 伊邪那美様にまで迷惑をかけて!」
「そう怒んなさんな。君だって、死にかけていた俺を天上に浚ってきただろ?」
「あれは......」
レーテーはそう言いながら、過去に自分がしたことを思い出した。
なのでエルアーが言った。「さあ、髪を乾かしましょう。そのままでお出掛けになるなど、レーテー様の沽券に係わります」
「そうそう、見っとも無い恰好はやめてくれよ、俺たちのために」
「......うん、そうね......ちゃんと体も洗うわ。まだあっちこっちにシャンプーが残ってるから」
「はい、そう致しましょう」
と、エルアーは再びレーテーのバスローブを脱がすのだった。-
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