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from: エリスさん
2014年04月11日 16時28分59秒
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白鳥伝説異聞・22
「タケシウチノスクネ?ああ、オビトか」と、タケルは洗顔後の顔を拭きながら言った。「こんな朝早くに来ているのか?」「はい、左様でございます」と、ミヤベが
「タケシウチノスクネ? ああ、オビトか」
と、タケルは洗顔後の顔を拭きながら言った。「こんな朝早くに来ているのか?」
「はい、左様でございます」と、ミヤベが答えた。「居間の方でお待ちいただいているのですが」
「うん、会うしかないだろうな」
レーテーが帰ることになったから、そのことを屋敷の者たちに話そうとしていたのに、とりあえず後回しにするしかなかった。
「オビトとの話が終わるまで、帰らないでよ」
と、タケルが言うと、レーテーはタケルの衣服を正しながら、
「オビトではなくスクネでしょ? 大丈夫よ、黙って帰ったりしないから。それより、スクネの前では女言葉で話したらダメよ」
「分かってる」
タケルはレーテーの唇に軽く口づけして、居間へと向かった。
居間に入ると、すでに足音でタケルが入ってくることを察したスクネが平伏して待っていた。
「面(おもて)を挙げよ......どうしたんだ? こんな朝早く」
「申し訳ございません。どうしても、出仕前にタケル様に聞いていただきたいことがございまして」
スクネはそう言いつつ、顔をあげた。
「不躾ではございますが、タケル様にお願いがございます。タケル様に、東方の蛮族を討伐しに行っていただきたいのです」
「なん......だと?」
ついこの間、西の熊襲を討伐して帰って来たばかりだと言うのに、今度は東方を攻めろとは、尋常な話ではない。
「それは、父の命令か?」
「いいえ......大王(おおきみ)はその計画を反故(ほご)にしようとなさっています」
「どうゆうことだ?」
「本当ならばこの話は、タケル様がお戻りになられてすぐに大王がお召しになられた、あの日に大王様から告げられるはずのものでした」
だが、フタヂが懐妊していることを知らされた大王は、この命令を下す切っ掛けを失ったのだった。重ねて、フタヂが出産し、レーテーによって自分の隠していた心を暴露され、大王は完全にタケルに対して害を成せない立場に置かれてしまったのである。そんなことは知らないスクネにとっては、大王の突然の心変わりに戸惑うばかりだった。
「今だから申せますが、わたしは大王から、タケル様が伊勢から大和に向かわれる道中で、タケル様を暗殺するように命じられておりました」
と、スクネが言うと、
「ああ......やはりそうだったか」と、タケルは答えた。
「察しておられましたか」
「......オトタチバナが気付いた」
「なるほど。それで、わたし達には見つからぬように、別の道を通ってご帰還なされたのですね」
「まあ、そうゆうことだな」
水の中を通って......とは、到底言えないことだった。
「しかし、初めからそなたは父の命に背くつもりだったのだろう? わたしを逃がしてくれるつもりだった。違うか?」
「おっしゃる通りです。あなた様を死んだことにし、わたしの伝手を頼って落ち延びていただくつもりでございました。しかし、あなた様は堂々と大和にお帰りになられてしまった。そこで大王は、次は東征をお命じになるはずでした。それなのに、昨日突然の御心変わりで、わたしも驚いております」
「わたしには、今のそなたの心境が理解できぬよ」と、タケルは苦笑いをしながら言った。「わたしを落ち延びさせるつもりでいたはずなのに、東方に討伐に行かせることは賛成なのか?」
「身勝手とお思いになるかもしれませんが......わたしは、この国をもっと大きく、豊かな国にしたいのです。そのためには、倭国がいくつにも分割されていてはなりません。いつ、大陸の方から外国(とっくに)が攻めて来るか分からぬのです。その前に、倭国はこの大和を主として統一されていなければならぬのです。その大役を務められるのは、大王の血を引く王子のみ。しかし、大王の後継者であるワカタラシヒコ様に、そんな危険な役を負わせるわけには参りません」
「......ふざけた言い分だ」と、タケルはため息を付いた。「大王の長子はわたしであろうが。なのに、弟のワカタラシヒコを大王の後継者と言い切り、兄であるわたしに危険な役を負えと言うか......」
「恐れながら......」
「分かっておる! 現王后はヤサカノイリビメ様だ。その王后の産んだ王子が後継者になるべきだと、そう言いたい......」
「そうではございませぬ!!」
タケルの言葉を打ち切るように、スクネが大きな声を出した。
「王后様は関係ございません。むしろ、王后様は後継者にはワカタラシヒコ様ではなく、長子であるタケル様こそが相応しいと、わたしに度々おっしゃられています」
「では何故......?」
「それは......」
スクネはタケルの方へ近づくと、耳元でささやいた。
「あなた様が、王(みこ)様ではなく女王(ひめみこ)様だからです」
タケルは咄嗟に体を後ろに反らした。「な、何を言うか!」
「わたしが!......わたしが、どれほど長く、あなた様のお傍にいたと思っているのです」
――この辺りから、レーテーとフタヂは隣室からそっと二人の会話を聞いていた。タケルが大声を出したので気になったのである。
「初めの頃はこの疑惑を打ち消しておりました。まさか、オグナ様が女のはずがないと......ですが、あなた様は年を追うごとに美しく、魅力的にご成長なされて......覚えておいでですか? あの時あなた様は十二歳になられたばかりだった......」
それを聞き、タケルは恥ずかしさで頬を赤らめた。
レーテーはそうっと、「なにがありましたの?」とフタヂに聞いた。
「タケルが初潮を迎えたのよ。私達はその時、川遊びをしていて......」
岩場で足を取られたタケルが、滑って川に落ちたのだが、その時、タケルの足の間から鮮血が流れて行くのを、その場に居た皆が見てしまったのである。
なのでフタヂが咄嗟に「おしりを怪我したのね」と誤魔化して、タケルを庇いながら川から上がらせた。
「あのまま川遊びはお開きとなり、誰もがフタヂ様の言い訳を信じておりましたが、わたしは長年の疑問がようやくそこで晴れた思いでした。オグナ様が女......それならば、わたしが思いを寄せるのも至極当然のことだったのだと」
「突然なにを!?」
こんなどさくさに告白されても、タケルの心は動揺するばかりだった。
「こんなことでもないと、わたしはこの想いを伝えることなどできませぬ! それに、わたしはこの想いを受け入れてほしいわけではございません......あなた様が女性(にょしょう)しか愛せない方だということは、嫌と言うほど思い知らされております。ですから、わたしはこの想いをずっと秘して、官人として大王家に仕えることを選んだのです。そして、官人としてこの国の未来を見据え......大王の跡はワカタラシヒコ様に継いでいただき、タケル様には英雄として国を束ねる立場になっていただきたいのです」
「つまり、わたしに死ねと申すか」
タケルの表情が嘲笑に変わった。「父と同じことを申すのだな。知っているか? どうして父がそなたに、わたしを殺すように命じたか。その本当の意思を。あの人はな、死んだ母君の代わりに、わたしを妾にしてしまうのではないかと恐れて、それでわたしを亡き者にしようとしていたのだ」
「......やはり、そういうことでございましたか」
「白々しい。今、そなたがしようとしていることも、全く同じではないか。わたしが自分のものにならぬから、死地へ向かわせようと言うのであろう!」
「違います!」
スクネは再び平伏した。「あなた様には生きていていただきたい! たとえこの想いが叶わなくとも、あなた様が幸せでいる姿を遠くから眺めているだけでいい。そう思いながらも、あなた様にはこの国の行く末のために、大いなる役目を担っていただかねばならない......このわたしの揺れる思いを、どうかご理解くださいませ!」
理解できないわけではない――国の将来を見据えた時、確かに東征は誰かが成し得なければならないことであり、それを出来るのは、世間的には王子の立場である自分だけなのだ。
「......しかし、父が――大王が、その東征自体を止めようとしているのであろう?」
「はい。タケル様に御子が産まれたと聞いて、決心が鈍ったようでございます。生まれたばかりの御子から親を引き離すなど、非情としか言いようがございませんから。ですが......タケル様とフタヂ様の間には、本来御子は望めぬはず。ならば、生まれてきた子はお二人の御子ではあらせられぬのでは?」
「......いや、わたしの子だ」
タケルはそう言うと、隣室に居るレーテーとフタヂを呼んだ。
「隠れていても、オトタチバナの香りで分かるよ」
観念して二人は出て来ると、タケルを挟んで両隣に座った。
「スクネ殿。誰にも漏らさぬと約束していただけますか?」と、フタヂは言った。「御子を産んだのは、私ではございません。私はただの乳母に過ぎません」
「では、誰が?」
「このタケルが産んだのです」
フタヂは、自分がタケルやレーテーから信じ込まされた話をした。それにレーテーが補足をした。
「だから、身籠った姿を誰にも見られぬように、けもの道を通って大和に帰って来たのです」
「では、わたしと再会したあの時は、まだ御子がお腹にいらっしゃったのですか?」
「ええ」と、レーテーは微笑んだ。「服装で誤魔化していたのよ。この国の正装は腹部がゆったりとしているから、分からなかったでしょ」
「はい、誠に......なるほど、大王が東征をお辞めになろうとした気持ちが理解できました」
スクネはそう言ってしばらく考え......それでも、また頭を下げた。「しかし、タケル様を置いて他に、この偉業を成せる王子はもうどなたもいらっしゃいません。ですから......」
「いいんじゃない? 引き受けてあげたら」と、レーテーは言った。
「おい、レ......オトタチバナ。軽く言ってくれるな」
「大丈夫よ、タケル。だって、あなたには私がいるんですもの」
「......え!?」
「私があなたの傍にいて、ずっと守ってあげればいいのよ」-
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