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from: エリスさん
2015年10月30日 12時18分21秒
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悠久の時をあなたと・19
「わたしが亡き後、この世界を支配していかなければならないのは、あの子たちだ」クロノスは弱って行く体で、必死に話し続けた。「つい今しがた、この世に出たば
「わたしが亡き後、この世界を支配していかなければならないのは、あの子たちだ」
クロノスは弱って行く体で、必死に話し続けた。「つい今しがた、この世に出たばかりのあの子たちが、並み居る大人たちを差し置いて統治する――それは並大抵の努力では成し遂げられない。だから、君があの子たちを守ってやってほしいのだ」
「やめて! こんな時まで私に、母親でいることを求めないで。私はあなたの妻でいたいのに......」
レイアーは涙を止めることが出来なかった。それをクロノスが手で拭いながら、彼は尚も言った。
「君は十分、わたしの妻だったよ。君が傍にいてくれるだけで、わたしはどんなに幸せだったか......」
「クロノス......」
「だから、ここで誓うよ......今、わたしは神の姿を失おうとしている」
レイアーの頬を包んでいた彼の手が、だんだんと透けて見えるようになっていた。
「でも、姿は消えても魂は永遠だ。わたしはいつか......そう、この罪が許されたとき、生まれ変わることができるだろう。そうしたら、その時こそ君と、悠久の時の中で心行くまで生涯を共に生きよう。それまで、待っていてくれるかい?」
「ええ......ええ、クロノス。待っているわ! その時を」
クロノスの体が体重を失い、消えかかっていた。それでも、レイアーはクロノスを離すまいと必死に抱きしめた。すると、彼の胸のあたりから光り輝く球体が現れた。
それこそがクロノスの魂だった。魂が抜けたことでクロノスの体は完全に消滅してしまった。
レイアーはその魂に手を伸ばしたが、魂はスルリとかわして、空高く昇って行った。
「待っているわ、クロノス!」
レイアーは遥か山の方へ飛んでいく魂に向かって言った。
「あなたが生まれ変わって来てくれるのを、何年でも、何百年、何千年でも待っているわ! だから、必ず私の所へ戻ってきて! そして私は、悠久の時をあなたと......」
クロノスの魂が完全に見えなくなると、レイアーはその場に泣き伏した。あまりに泣きつづけて、その涙で川が出来るのではないかと思うほどだった。だが夕暮れ近くになって、すっかり涙も枯れ果てたレイアーは立ち上がった。
そこに、子供たちが待っていた。
「あなた達のお父様の遺言です。この世界はあなた達が統治しなさい。この母はその手助けをしましょう。先ずはこの中から"長(おさ)"を選びなさい」
「それならば」と、ポセイドーンが言った。「ゼウスがなるべきです。僕の方が先に生まれていますが、父を倒すために一番貢献してくれたのはゼウスです」
「僕もそう思います」と、ハーデースも言った。「ゼウスがいなければ、僕たちは助からなかった。これからはゼウスを"兄"と讃えます」
女の子たちも口々にゼウスを推したので、これ以後はゼウスが長男として支配権を握ったのだった。
しかしそれで納得しない者も大勢いた。クロノスが予言した通り、クロノスの兄弟やその子孫たち、いわゆるティーターン一族の多くが、急に現れたゼウス達に統治されるのを快く思わなかったのである。仕方なくゼウス達は拠点をオリュンポス山に移し、古参の神たちとは一線を画そうとした。それでもティーターン一族は武器を持って、ゼウス達を討ち滅ぼそうとした。まだ若いゼウス達には不利な戦いのように思われたが、同じティーターン一族でもゼウス側についていたプロンテース、ステロペースが作り出す武器のおかげで、ゼウス達は応戦することができた。
そして戦いは長期に渡った。その間、ティーターン一族側はオトリュース山にクロノスの魂が眠っていることを突き止め、新しい体を提供するから、自分たちの味方に付いてほしいと頼みに行っている。するとクロノスは言った。
「やめてくれ。わたしは自分の子供たちと争いたくはない。だからこうして魂だけの姿になって、ひっそりと許される日を待っていたのだから」
ティーターン一族はそれでも、ゼウス達はクロノスにとって憎い敵であること、対して自分たちはクロノスにとって血を分けた兄弟であることを語り諭して、何としても味方につけようと説得を試みた。だがクロノスは聞く耳を持たなかった。彼らから姿を隠したクロノスは、考えた。
『誰にも邪魔をされずに、許しを待つことはできないだろうか?』
そして、クロノスは思いついた。
『そうだ、あの場所へ行こう』
クロノスはプロンテース、ステロペースに初めて会った場所――冥界の最下層、奈落の底・タルタロスへと降りて行き、そこを安住の地に定めたのだった。
一方、ゼウス達はガイアの導きにより、50個の頭に100本の腕を持つ巨人・ヘカトンケイルを味方に付けた。これにより形勢はゼウス達に傾き、晴れて古参の神に打ち勝てたのだった。
ティーターン一族はそれぞれに罰を受けることになった。
そしてゼウス、ポセイドーン、ハーデースは協議の結果、ゼウスが天空と地上を、ポセイドーンが海域を、ハーデースが冥界を分権統治することになったのである。-
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from: エリスさん
2015年10月23日 12時25分55秒
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悠久の時をあなたと・18
ナイフに突かれた胸を押さえながら、クロノスは苦痛に顔をゆがませた......だが、それはほんの僅かな時間だった。クスッと笑ったクロノスは、ナイフを胸か
ナイフに突かれた胸を押さえながら、クロノスは苦痛に顔をゆがませた......だが、それはほんの僅かな時間だった。クスッと笑ったクロノスは、ナイフを胸から抜くと、その傷口を息子たちに見せた。すると傷は見る見ると塞がっていった。
「わたしは不老不死だ。こんな傷など、大したことはない」
「そんな馬鹿な!」と、ゼウスは言った。「このナイフは特別な鉄から作り出された、神力を奪うナイフのはず!」
ゼウスは離れた所にいるメーティスを見た。彼女も驚いた表情をしていた。
「まさか、そのナイフは偽物?」
メーティスが呟いている横を、誰かが通り過ぎた。
それが自分を騙した本人だと気付くまで、少し時間がかかった。何故なら、その人にいつものオーラが無かったからだ。
「だったら!」と、ゼウスは叫んだ。「貴様の体を切り刻んでやる! 再生できないほど細かくだ!」
三人の子供たちがそれぞれの刃を振り上げた時、そこにスッと誰かが立ちふさがった――レイアーだった。
「退いてください、母上!」と、ゼウスは言った。「僕たちは、母上や僕たちを苦しめてきた、この男を討たねばならないのです!」
「無駄です」と、まるで生気のない声でメーティスは言った。「不老不死である神は、どんなに体を切り刻まれようと、長い時を掛けても再生する能力を持っています。ですから、あなた方のただの刃物ではこの人は殺せません」
「やはりそうだったのですね!」と、叫んだのはメーティスだった。「あなたは不遇な子供たちよりも、愛欲を選んで、夫を殺す武器を我々に渡さなかったのですね! なんという浅はかな!!」
レイアーはメーティスの暴言など意に介さず、まだ床と柱に身を任せるように座っているクロノスの方を向いて、跪いた。そして、彼の唇にキスをすると......。
クロノスが軽いうめき声を上げた。
レイアーの右手に握られていたナイフが、クロノスの胸を刺していた。
その場にいた誰もが、とうとうレイアーがクロノスに報復をしたのだ、と思った。
だが、そうではなかった。
クロノスには真実が分かっていた。だから、痛みで苦しみながらも表情は笑顔だった。
「わたしの悪夢が成就しないように、そなたがわたしを、終わらせてくれるのだな? レイアー」
レイアーは涙を一筋こぼすと、分かってくれた夫を優しく抱きしめた。そして、「あなた達......」と、ゼウス達に言った。
「あちらへ行っていなさい。私たちを二人だけにして」
「何を言っているのです、母上!」と、ゼウスは言った。「この男にとどめを刺さなければならないのですよ! 今がその時......」
「わからないのですか!!」と、レイアーは叫んだ。「このナイフこそが本物です。神力を奪い取る魔刀(まとう)......これに刺されれば、もうこの人は神としての力を失う。つまり死ぬのです! だからもう、あなたたちが何かする必要はありません!」
「しかし、この男を倒すのは僕の役目......」
「私は今日まで耐えてきたのです!」
そう言って、レイアーはまるで敵を見るような目でゼウスを睨んだ。
「あなたたちの母親として、あなた達を守るために、ずっと耐えてきた! この人の傍にいたいのに、この人に触れていたいのに、我慢してずっと耐えてきたのよ! だから......」
レイアーはまたクロノスの方を愛おしげに見おろした。
「今この時ぐらい......最期の時ぐらい、この人の妻でいさせて!」
ゼウスには分からなかった――いや、理解したくなかった。自分の子供を丸呑みにするよう非情な男を、何故こんなに愛せるのか。犠牲にされた側のゼウスには分かりたくもなかったのだ。だが、そんな彼の肩に、優しく手を乗せてきた人がいた。振り向くと、そこに金髪の女の子が立っていた。救出された姉の一人である。
「行きましょう? ゼウス。お二人だけにしてあげましょう」
「姉上......」
「ヘーラーよ。先刻、私の名を教えてもらったの。姉のヘスティア―も、妹のデーメーテールもよ。あなた達も教えてもらったのじゃない? ポセイドーン、ハーデース」
「ああ、聞いたよ」と、ポセイドーンが言った。「確かにその名で呼ばれたよ」
「わたし達の名前は、みんなお父様が付けてくださったのですって」
「お父様だって?」と、ハーデースが驚いた。「君はあいつを"父"と言えるの?」
「私たち、こうなった訳を知らないでしょ?」と、ヘスティア―が言った。「だから、聞きに行きましょう。あちらの叔父様たちに」
ヘスティア―が手を向けた方に、プロンテースとステロペースが立っていた。
「あの叔父様たちが言ってたわ。自分たちも実の父親に幽閉されていたのを、私たちのお父様に助け出されて、いっぱい愛情を注がれて育ててもらったって」
「愛情を? あの男に......」
ゼウスはプロンテースとステロペースをまじまじと見た。恐ろしそうな形相をしているはずなのに、少しも怖さを感じない。それどころか、優しさがにじみ出ているのが分かる。それは、彼らが十分に愛されて育った証拠だった。
「分かったよ、行こう......」
ゼウス達は二人の叔父の方へ行った。仕方なくメーティスもそちらへ向かった。
ようやく二人きりになれて、クロノスとレイアーはキスを交わした。
「このナイフはプロンテースとステロペースが作ったのだな。あまり痛みを感じない、優しい刃だ......だが、神力は確実に奪われていくな......」
「クロノス......」
「泣かないで......」
クロノスは震える手でレイアーの涙を拭った。「君の笑った顔を覚えていたい」
「あなただけ行かせたりしないわ」
レイアーはナイフの柄に再び手を掛けた。が、その手をクロノスが外させた。
「駄目だ、君は生きるんだ」
「嫌よ! あなたがいない世界なんて......」
「聞いて、レイアー......」
クロノスは両手でレイアーの頬を包んだ。-
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from: エリスさん
2015年10月16日 03時22分46秒
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悠久の時をあなたと・17
メーティスが例のナイフを受け取りに来たのは、それから間もなくのことだった。レイアーはナイフを渡す前に、メーティスに聞いた。「決行日はいつなの?」すると
メーティスが例のナイフを受け取りに来たのは、それから間もなくのことだった。
レイアーはナイフを渡す前に、メーティスに聞いた。
「決行日はいつなの?」
するとメーティスは小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、言った。
「お后様はそれをお知りにならない方が宜しいかと」
その態度にムッとしたレイアーは、それでもその気持ちを悟られないように努めながら言った。
「どうゆうことかしら?」
「お后様が決行日をお知りになってしまうと、神王様を守りたいが為に逃亡させる可能性がございます」
「そう......それは一理ありますが」と、レイアーは自分自身に嘲笑し、そして真剣な表情に切り替えると言った。
「ですが、クロノスは神王の勤めを放り出して逃げるような、そんな真似は絶対にしない人です。私が逃げろと言っても、きっと最期の日まで神王の勤めを全うするでしょう」
「そうですか......そんな方を弑し奉る(しいしたてまる。貴人を殺す)のは心苦しいですが、しかしこれは、どうしても成さねばならぬこと」
メーティスはそう言うと、右手を差し出した。
「そのナイフを渡してください、お后様」
レイアーは覚悟を決めて、ナイフをメーティスに手渡した。
それからまた何週間かが過ぎた。一向にゼウスもメーティスも姿を現さなかったが、それによってメーティスはいつその日が来てもいいように、クロノスの補佐を精一杯務めることが出来た。
そして、今年の五穀豊穣を祝う新嘗祭(にいなめさい)の日がやって来た。その日は居城に国中の男神、女神が集まることになっていた。
今年実った作物で作ったご馳走を、若い女精霊たちが醸した酒を飲みながら楽しむ。――この時はレイアーも少し油断していた。まさか、メーティスがクロノスの盃に酌をした酒の中に、薬が入れられていたことなど思いもせず。
クロノスは激しい吐き気をもよおして、先ず大きな石を吐き出した。――その石はゼウスの代わりにクロノスが飲みこんだ石だった。
もしや、と思っているうちに、クロノスは次々と吐き出した。二人の男の子と三人の女の子を。
「やった! とうとう出られた!」
男の子の一人が歓喜の声を上げていると、水瓶を持ったゼウスが走って来た。
「兄上たち、御無事で! さあ、この水を被ってください!」
胃液にまみれた兄弟たちに、ゼウスは「いくらでも水が出て来る魔法の水瓶」で水を掛け、洗い清めてから服を着せた。
その間クロノスは、薬の作用が強すぎて床に倒れて悶絶していた。
レイアーはこの時、クロノスを助け起こしたい気持ちを我慢して、汚れた姿で、しかも裸で救助された娘たちを憐れんで、すぐに侍女を呼び寄せた。
「姫君たちを湯殿へ連れて行って。私は着替えを用意します」
そしてすっかり身支度を整えた男の子たちは、まだ苦しんでいる父親に向かって刃を向けた。
「よくも僕たちを、よりによって胃の中になど閉じ込めてくれましたね!」
そう言った栗色の髪の少年は、手にした鉾の刃先をクロノスの首の下に当てた。
するとクロノスはフッと微笑み、
「ポセイドーン......」と言った。
「なに?」と少年が聞き返すと、
「そなたの名だ、ポセイドーン。我が4番目の子にして長男。そして、そっちの黒髪のそなたは、我が5番目の子にして次男のハーデース。そして......」
クロノスはゼウスに目を向けた。
「我が末子にして三男のゼウス――髪がレイアーと全く同じ色の金髪。間違いない。わたしはそなたに殺される運命だ」
クロノスはポセイドーンの鉾を素手で掴むと、払いのけた。その反動でポセイドーンがひっくり返ると、クロノスは言った。
「まだポセイドーンとハーデースは外界に出て来たばかりで、力も弱かろう。それに比べてゼウスよ。そなたは歳の割に筋肉質のようだな」
「当然だ!」と、ゼウスはナイフを向けた。「あなたに勝つ! ただそれだけのために、この体を鍛えてきたのだ! そして、このナイフさえあれば!」
「そんな小さなもので、わたしを殺せると?」
「ただのナイフじゃない! このナイフの威力、とくと味わえ!!」
ゼウスはクロノスの胸倉を掴むと、彼の左胸にナイフを突き刺した......。-
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