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from: あるさん
2009年05月24日 22時19分33秒
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ただ流す
最近、何も否定しないということを意識していまいた。
すると案外色々なことを否定していたことに気付かされました。
何も否定しないというのはなかなか難しいなと思いました。
どうすれば否定しないで済むかと考えたら、想念を見てただ流すという方法に至りました。
教科書に想念観察の基本として書かれていた方法です。
先人の知恵は案外重要だなと思いました。
それで想念をただ見て流すという方法をしばらく実践していました。
否定的な感情や理屈が浮かんだときには特に意識してやりました。
すると非常に自己正当化したくなる想念が流れてきました。
自分の正論で腹の立つ相手をねじ伏せたい想念も流れました。
そういう想念を見て、あ〜また否定しちゃったよ・・という自己否定の想念も流れました。
そしてそうこうしているうちに嫌いな上司のことを思い出し、腹の立つ想念が流れました。
彼らの行動パターンは理不尽に怒鳴りつけるか命令するかのどちらかで、それを思い出すと「本当に何様のつもりだよ」とハラワタが煮えくり返ります。
それらの想念もどんどん流したら、彼らの心理状態が見えて来ました。
上司に限ったことではなく、力で自己を正当化する人たちというのは自分を過小評価している、ということです。
自分を過小評価しているから、認めさせたいという欲求が芽生える仕組みです。
自分の方が上であることを知らしめたつもりになって安心しています。
つい先程までの私も似たようなことをしていたように思います。
実際に行動にはしなくても心の中でいつも自分の正当さを主張していました。
このただ流すという方法は時々やってましたがその重要性に気付かずいつも三日坊主でした。
なかなか良い方法だと思いますのでしばらくは続けてみようと思います。 -
from: あるさん
2009年05月14日 00時15分53秒
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否定
ディーパックチョプラさんの「富と宇宙と心の法則」という本を読んでいたら、“境界の無さ”という言葉がありました。
この言葉に出会って、私が怒りや恐怖に取りつかれる時、それは世界の1部を切り取ろうとしている事を意味している・・・と思いました。
私の中の怒りと喜びには境界は無く、私を怒らせた上司と私の中の喜びにも境界は有りません。
何かを否定した瞬間にそれを排除しようとする意識活動が始まります。
その結果怒りや恐怖想念などの肉体的反応が現れます。
そのようなネガティブな想念は苦痛なものです。
それは、この宇宙から何一つ、切り取ることは出来ないのにやろうとしている状態です。
そういう不自然なことをやろうとした結果、苦痛が生じるように肉体は出来ているのかなと思いました。 -
from: あるさん
2009年05月05日 21時46分34秒
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夢の中
夢の中での想念観察をしました。
想念がかなり他人事のように思えました。
夢の中では自分で考えて行動しているつもりなのですが、目が覚めて思い出してみると、何か、違うんだよな・・・という感じです。
なんとも表現が難しいです。
とにかく非常に違和感があります。
行動するための想念のみ・・・という感じです。
自分の意志で行動しているようで違います。
夢の中の自分が勝手に行動している感じです。
映画を見ている感覚に少し近いけど、それともちょっと違います。
唯一自分の想念だなと思えたのが行動や起こってきた事に対しての感想の想念です。
楽しい幸せな気分、怖い思い、怒り、などの感情的な部分です。
肉体は眠っているので肉体反応的な想念が少ないのが原因かなと思いました。
とすると想念の中でも、“こういうのは肉体的な想念”という分類が出来そうです。
夢の中では迷いがありません。
思ったら即行動します。
なので迷いというのは肉体特有の想念のようです。
それをもっと解明していけばどうなるのか・・。
そのうちまた気が向いたら考えてみます。