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from: 岐阜のすーさん
2010年12月31日 02時43分29秒
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今年一年を振り返る
大晦日となりました。私にとって、あっという間の1年でした。その1年を振り返り、明日から始まる新しい年に向けての構えを新たに作ってみたいと思います。
・「夢と笑顔」の一年になっただろうか。
年の始めに今年のモットーを「夢」と「笑顔」にしました。これをまず振り返ってみることにします。
まず、夢についてです。
今年、退職後の人生に光が見えてきたことが大きいです。退職をすれば人生が終わりのような気分でいた私でしたが、しなければならないことやしたいことが沸々と沸いてくる自分があります。
教育にはきりがありません。次から次への課題が出てきます。その課題解決のためにすべきことが山ほどあります。これは、学校教育だけではありません。社会教育、家庭教育の分野でも活躍できる自分だと思えるようになってきました。
人の役に立てる自分を作り上げることでその分野が広がったように思います。
次に笑顔についてです。
いつも笑顔でいるためには、多くの価値判断を手放すことが必要です。価値判断をすることで、人を苦しめたり、自分を苦しめたりしてきた自分があることに気づいたことは、とても大きな収穫です。
人それぞれ体験や経験が違います。ですから、学びの過程がそれぞれであり、その時々に身につけた価値観は違って当然です。
自分の枠に入れたり、相手の枠に入れなかったりするのは、すべて自分の価値判断があったからです。
それをあまり強く意識しないで、自分や相手を心から承認することができることが増えたことで、あまり悩まなくなりました。
どんなことにでも肯定的な意図があると考えていると、問題がないのです。すべてが学びにつながります。この姿勢でいると、問題がかなりすくなくなりました。
自分を磨き続けることが、自分を豊かにし、夢をもって生きることにつながると改めて感じています。
・人の幸せのために貢献できただろうか。
今年は種まきの年だと考えていました。幸せになるための見方や考え方を自分の学びから少しずつ提供することができたと思っています。
このブログもその一つです。今までは、常い一方通行で私の方からの情報提供をしている感じが強くあります。
これは、教員や保護者を集めて、ボランティアで行っているセミナーも同様です。これもこちらからの一方通行のように思えています。
どこかで、同じ人間だから、これを提供すれば、幸せになれるだろうという姿勢でした。しかし、受け止め方は人それぞれです。
その人の今の状態や置かれた立場によって幸せの感じ方は違ってきます。
それにうまく対応できていないかもしれません。
求めに応じた情報提供が不十分だったように思います。これからはもっと「何が求められているのだろう。」と受け取る側の思いを探る努力をしなければならないと思いました。
・自分にとって幸せな1年だっただろうか。
幸せな人は、幸せを感じる時間が長い人だと聞きました。置かれた立場は関係ありません。自分が幸せだと感じれば、幸せなのです。
・したいことをしている私がいます。
・したいことができるように周りを関わらせている自分があります。
・周りに笑顔が増えた感じがします。
・問題を感じることが少なくなりました。
・笑顔でいることが多くなりました。
これらのことから考えると、今年1年は幸せな1年だったと思います。
サンタクロースのように幸せを運ぶ自分になりたいと思っています。
さて、来年はどんな年にすべきでしょう。今日一日じっくりと考え、新年を迎えることにします。-
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from: 岐阜のすーさん
2010年12月24日 04時02分10秒
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通知表の見方
いよいよ冬休みです。二学期の最後の日は、終業式を行い、教室で通知表をもらい、身の回りの整理をして家に帰っていきます。
子どもも保護者も一番楽しみにしているのが、この通知表の内容です。一喜一憂する顔が目に浮かびます。
担任の評価がどの程度影響を与えているかは、わかりません。保護者の考えや子どもとの関係性による影響力の大きさの違いによって異なります。
ただ、必ず影響を及ぼしていることには間違いありません。
だから、慎重に評価し、評定をしています。
そして、いろいろなよさを記述し、保護者が前向きにとらえてもらえるように配慮しながら所見を書いています。
精一杯とらえた子どもの姿です。明日の自分に生かすために前向きにとらえてもらいたいという願いが込められています。
その願いを十分伝えないでただ、通知表を渡すだけになると誤解を招くことが多くなります。そこで、通知表をうまく利用してもらえるように構えを通知表と一緒に伝えることがとても重要になります。
二学期の保護者の支援へのお礼を述べたり、新年度を迎える構えなどを書いたり、二学期の子どもたちの頑張りを評価したりしている通信はよく見かけます。しかし、通知表についての記述を見かけることは、あまりありません。通知表への関心が強いにも関わらずそのことへの配慮があまり見られません。
これは、通知表を渡す時も同じです。どのように通知表を子どもたちに渡しているのでしょう。
通知表を見る時によいと示された○の数が1学期と比べて増えたか減ったかという見方しかしないのが子どもです。ひょっとすると家族も同様に見ている所があります。どの教科が上がったとか下がったとかという評価をしていると思います。
そんな子どもや保護者の見方では、よいと示した○を増やすことしか、自信がもてるようにはなりません。いくら所見でよいことを書いても、結果としての票かが下がっていれば、自信をもつことはできないのです。
また、評価をこれ以上上げることのできない子どもにとっては、通知表がそれほどねうちのあるものにはならなくなります。
これでは、自分の将来に夢や希望をもつことはできません。
ですから、通知表で「自分のよさと可能性」を発見させることが重要になります。
よい○の数ではないのです。完璧な人間なんでいません。誰もが欠点をもち、誰もがよい所をもっているのです。
・通知表の評定から「興味・関心」「思考・判断」「知識・理解」「技能・表現」などが評価されていること、所見からは「学び方」「問題発見力」「問題解決能力」などが評価されていることを知らせること
・通知表は、自分らしさが表現されていること
・よさと可能性を発見できること
通知表を見るということは、この自分のよさや可能性を発見する機会になることを知らせなければなりません。
つまり、通知表を見て、何がよさで何が可能性になるのかを発見させ、それを家にもって帰り、家族で確認するというステップが必要になります。
ですから、通知表を見た時の教師の指導と家庭で通知表を見る時の保護者の構えがわかるように通信で知らせる必要が生まれてきます。
<学校での指導>
・通知表をどのように眺めると自分のよさや可能性が見えてくるのかを説明する。
・教師の示した、見方で自分のよさや可能性を確認する。
・確認したことを言語化し、家庭に帰ったときに「私のよさは、これで、可能性はこれ。だから、3学期は、このよさを生かして、これを頑張るからね。」と話ができるようにする。
・グループやペアの子によさと可能性を話し、伝わるかどうか練習する。
<保護者へのお知らせ>
・子どもがよさや可能性を自分の言葉で話すことを知ってもらう。
・通知表を見て、よさや可能性のとらえがそれでよいかどうか確認するようにお願いする。
・子どもが語った課題について応援のメッセージを伝えるようお願いする。
どの子にもよさがあります。そして、そのよさが自分の可能性を広げてくれます。この節目の時を十分に生かすかどうかは、この構えで決まります。
評価で終わるのではなく、子どもや保護者が前向きに生きていけるように案内するのも教師の仕事ではないでしょうか。-
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from: 岐阜のすーさん
2010年12月22日 03時49分59秒
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本当に今のままでいいのだろうか
私たちの教育活動は、意図的、計画的に行われています。これは、顕在カリキュラムとして、誰が見てもわかるものになっています。しかし、もう一方で学級経営などは、実態に応じて、個々の教師のできる限りの力でもって教育活動が行われる潜在カリキュラムがあります。こちらは、本人以外の誰かが見ようとしても見えないものです。
子どもたちが育つ基盤は、この潜在カリキュラムに委ねられています。
子どもたちが安心で安全な学校生活を送るためには、この潜在カリキュラムを見つめていく必要があります。
目に見えない潜在カリキュラムを目に見える形にするためには、会話が必要になります。どんな姿を目指しているのか、どのような順序でその目指す姿を目指すのか、その時どのような配慮をしているのかを問うことになります。
そして、実態の変化に柔軟に対応するため、一度それを言葉にしたから、絶対にその通りにしなければならないかと言えば、それも違います。変更が可能なのがこの潜在カリキュラムの特徴になります。
描いた流れに沿って無理に歩ませようとすると、子どもから見ると、強引さが目立ってきます。
一見、学級経営がよく見えても、子どもが教師に依存している姿になっていれば、教師の前と教師がいないときと姿を変えるといった裏表のある姿を作ってしまいます。
見えないところで掃除をさぼったり、友達とトラブルを起こしたり、物の扱いが雑になったりします。
これがいけないというのではなく、子どもはバランスを取っているのです。力を入れているから、どこかで力を抜きたくなります。これは必然です。
厳しく締め付けて学級経営をした学級の子どもたちの後にあまり締め付けない学級経営をする教師が受け持つと、子どもが荒れることがあるのもその現れです。
また、教師によって対応を変える姿を示すのもその現れです。そして、学校と家庭と全く違う姿を示す子どもがいるのもその現れです。
常にバランスを取りながら子どもたちは精一杯に自分を生かそうとしています。これは自然なことです。子どもが悪いわけではありません。
こんな姿を見つけたとき、自分の取り組みを見つめ直すことができます。つまり、本当に子どもにとって大切なことを子どもが大切だと思って、それを武器にしてい生きているだろうかと考える機会になります。
子どもが納得していなければ、子どもは教師の思いとは別に、自分なりの意味づけをし、解釈します。これは、潜在カリキュラムだからそうなるのです。
子どもにもそして、保護者にも、同僚にもわかる形にしておくことで、意図が明確になります。これは、日頃の言動や教師が表現したものに現れてきます。これが少ないと自分の力だけで何とかしようともがくことになります。ベテランの先生の中には、経験をもとに自分の力だけで何とか乗り切ろうとしてしまう方がみえます。周りが多少の無理解であっても強引にやってしまうのです。そのため、トラブルが起きるということもあります。
トラブルを自分で解消できれば、いいのですが、トラブルをうまく解消できない時に次第にその問題が大きくなっていきます。
コミュニケーションの大事さがここにあります。これは、年齢とは無関係です。情報を十分伝えていなければ、起こらなかったであろうトラブルが起きてしまうということになっては大変です。日頃からの意思の疎通を欠かないように努力することは、潜在カリキュラムを顕在化するためにもとても重要なことになります。
そして、それは、子どもにとっても安心で安全な学校生活をする上でも重要な情報になります。
潜在カリキュラムをどれ程意識化しているでしょう。12月の今のこの時期に見つめ直すことは、長い教員人生をより豊かに生きる自分を築く上でとても重要だと思います。
1年の計は元旦にありとよく言われます。その計を作るための準備がこの時期ではないでしょうか。-
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from: 岐阜のすーさん
2010年12月22日 03時44分12秒
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気づかないことは変えられない
よく「反省をしなさい。」と子どもに言うことがあります。しかし、その反省の中身を十分に吟味して反省をさせているかどうかは疑問です。
友達に迷惑をかけたとしても、そのことが本当に理解され、友達の困った気持ちがわからないから迷惑をかけたということが腑に落ちないまま反省することになります。
どんな反省かと言えば、「自分のやり方を変えれば、失敗せずにすんだかもしれない。」とか、「叱られないようにするには、どうすればよかったのか。」というようにこちらの意図とは異なった反省をすることになります。
これでは、反省をしてもきっと次も同じように友達に迷惑をかけるだろうと想像できます。
つまり、友達に迷惑をかけたということに気づいていないのです。叱られたことに焦点が当たっているからこのようなことが起きるのです。
失敗を恐れるのではなく、失敗から学ぶことが反省につながります。
叱ることも必要ですが、必要以上に叱ると焦点が叱られたことに合ってしまいます。いつまでも恐い顔をしていると焦点が叱られたことになります。
それよりも、早く顔を変え、一緒に考える姿に変えてみます。
「なぜ叱られたのだろうか。」「自分の行動に叱られる原因があるのだろうか。」と考えさせます。そこで、気づいたことが次の行動の変化を生むきっかけになります。
気づかなければ変えようがありません。叱るというのは、気づきの機会になるのです。ただ、こちらが教えたから気づくかというとそうではありません。
自分の言葉できちんと言えるかどうかが重要になります。言葉にしたことはイメージできます。そのイメージが感情を作り出します。そこまでしないと言葉の理解だけになり感情は動きません。
叱る側の思いを伝えるだけでは、感情に届くとは限りません。叱られて泣く姿を示しても、それは、叱られて恐かったから泣いているのかもしれません。気づいているかどうかを判断するには、言葉できちんと話せるかどうかということになります。
ただ、オウム返しのようにこちらが話したことを言うだけでは、言葉の理解だけになっていて、不十分です。場面を変えたり、うまくいくような行動を考えたり、こちらの意図にあったイメージになっているかどうかを確認することが必要になります。
これができれば、気づいたことになります。後は、今後の取り組みを見て励ませばいいのです。一度叱ったから次から行動が変わると判断するのではなく、同じ失敗をした時に「なぜ叱られたのか。」を問われた時、教えられなくてもそのことに気づいていれば○にしたいのです。
つまり、無意識的無能(わからないからできなかった)段階から意識的無能(わかっていてもできない)の段階になったということになるのです。
あとは繰り返しです。意識的有能(意識すれば、できる)段階になるかどうか、そして、無意識的有能(意識しなくてもできる)段階になるかどうかをじっくりと見ていくことになります。これは根気比べになります。叱ることではありません。
まずは、初めの一歩です。叱るのは、この無意識的無能から無意識的有能の段階に引き上げる時に利用すると効果があがります。(強い衝撃として記憶に残るため)
気づくことしか変えられないということを頭の隅に置き、子どもを叱った時、「目の前のこの子は、叱られた時に失敗した原因に気づけただろうか。」と見つめてみたいと思います。-
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from: 岐阜のすーさん
2010年12月17日 05時27分07秒
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できることから
目の前に多くの仕事を抱え、仕事につぶされそうになることがあります。
どの仕事も重要で欠くことができません。
こんな時、「何でこんなにたくさんの仕事が来るのだろう。」「私だけ何でこんな状況になるのだろう。」と思うことはないでしょうか。
・仕事が増えることは、それだけ頼られていることが増えた証拠になります。
・仕事が増えることは、それをこなすだけの能力を試されることになります。
・仕事が増えることは、その仕事で関わる人との関係作りを問われることになります。
・仕事が増えることは、それだけ自分が豊かになることだと思います。
・仕事を効率よく進めるために人に頼めば、頼んだ人との関係をより密にする働きかけを生みます。
同じ仕事をするのだから、すべて自分にとって価値あることとして受け止めたいものです。
不幸な自分を演じるのか、幸せな自分を演じるのかは自分次第です。
仕事を増やせば、それだけ忙しくなりますが、これだけの仕事をこなせる自分に自信がもてます。効率を上げて仕事ができる自分にもなります。
ただ、それだけ影響が大きく成ることだけは考えておかなければなりません。周りへの配慮を欠くと関係が悪化してしまいます。
積み木が崩れるようにすべてが崩れてしまっては大変です。地道に一つ一つ積み上げていくことが足下を強くすることになります。
急激な変化ではなく、遅々たる変化でいいのです。
脳は錯覚し、それができる自分だと判断していきます。
子どもを育てる時も同じです。一度に多くの要求をしてもできません。一つ一つ確実にできることを増やしていく方ができる自分を創り上げていきます。
ほんの少しのことでも、「僕は、できる人だ。」「私も、できる人だ。」と思えば、その積み上げはできる自分の積み上げになります。これが大きな力になります。高い目標を掲げて、できない自分を創り上げるよりも、小さな目標を掲げて、できる自分をこつこつ積み上げていく方がいいのです。
可能性は誰にでもあります。学期末の忙しいときだからこそ、できることから始め、一つ一つ積み上げていく自分を見つめてみたいものです。-
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from: 岐阜のすーさん
2010年12月15日 05時12分24秒
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一人で苦しむ子ども
困った事や苦しんでいる事を相談する仲間がいれば、一人でいつまでも苦しむことはありません。でも、そんな仲間を作ることがうまくできない子どもが増えています。
子どもに任せておいてもなかなか難しいのが現実です。
休み時間など学校生活の自由な時間を使って育てることは、なかなか難しいものです。学級遊びなどを通して体験することも大事ですが、集団としての仲間であって、個々のつながりを作ることには、なかなかなりません。
ですから、教師の仲間作りへの思い入れが、重要になってきます。
子どもが友達を作るきっかけは、相手に自分と似ている所を発見することかになります。
似ているところは、趣味、能力、性格、考え方、行動、環境など様々です。
これらを様々な場面で相手を観察し、似ている所を実感するしかありません。そのための場を提供することが必要になります。
仲間を意識する機会は、授業中でも十分できます。集団の中での個人が活躍する場を設けることになります。
・全体で活動するときに個に焦点を当てる場面(発表、お手本など)
・グループやペアで互いを知り合う場面(助け合い、話し合いなど)
・作品を通して個のよさを紹介する(技能、性格、癖など)
観察をする視点をはっきりさせたり、個々の思いを出させたり、関わらせたりすることで、相手を理解することができます。そして、自分と似ている所を発見することもできます。
しかし、これだけではきっかけ作りにしかなりません。
継続的につながりを作るためには、自分をもっとわかってもらいたいとか相手をもっと理解したいということになります。理解が不十分なためにトラブルが発生します。
このトラブルを解消する時に、人の見方や考え方、対応の仕方などを学ぶことになります。道徳で扱う価値観もこの対応を支えるものとして大事に扱わなければなりません。
道徳的実践力と呼ばれるのは、仲間作りにおいてはまさに思いに根ざした行動する力を養うことに他なりません。
道徳の時間に多くの題材を使って学習することは、自分の生活に現れる様々な場面での人の心を考えることになります。それは大事な友達をより深く理解しようとしたり、より強い絆で結びつけるための考え方を学んだりすることになり、仲間との関係を継続するための役に立ちます。
子どもは、誰とでも仲良くなりたいと思っているけれど、一方では、自分のことを深く理解してくれる限られた友達がほしいとも思っています。
集団遊びは、誰とでも仲良くなるためにはとても大きな役割を果たします。しかし、自分のことを深く理解してくれる友達を作る場としては、十分な活動だとは言い切れません。やはり、個々の活動での関わり合いが重要になります。
個々の活動を知るには、
・アンテナを高くし、情報が入りやすい状況を作っておくこと
子どもとの信頼関係を築く、仲間を意識した発言を多くする
・独りぼっちの子どもを見逃さないように注意を払うこと
子どもの日常生活に目を向ける時間を多くする
・個々の活動の問題を把握できるような手だてを講じること
家庭との連絡を密にする 日記などで子どもの心をつかむ
等が必要になります。
どの子も幸せになりたいと思っています。それを支えるのが私たち教師です。毎日の充実した生活が幸せを感じるものであれば、子どもは幸せです。
今の子どもたちの状況を見ていると、学力を身につけること以上に、社会でたくましく生きるための仲間作りへの配慮が必要だと思います。-
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2010年12月13日 06時18分13秒
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夢をもって
夢をもっている子どもは、目を輝かせています。そして、やる気を感じます。そんな子どもにしたいといつも思っています。
しかし、夢を語らない子どもが増えています。
それは何故でしょう。
夢は、自己実現の欲求の類になります。これは、言葉にすることができ、イメージで表すことができます。そして、その夢が実現した時をイメージすると感覚も現れてきます。これは、人間だからできる創造の産物です。
そして、これをマズローの欲求の段階で考えてみると一番最高のレベルの欲求になります。
1 生理的欲求
2 安全の欲求
3 親和の欲求(愛情の欲求)
4 自我の欲求(尊重の欲求)
5 自己実現の欲求
夢を語らない子どもたちが増えているというのは、5の段階に至るまでの欲求が満たされていないということが考えられます。
このことから考えると、
・もしかすると安全が確保されていないかもしれない。
・もしかすると愛情を十分味わっていないかもしれない。
・もしかすると十分承認されていないかもしれない。
と子どもへの関わり方を考えることができます。
常に安全を確保し、愛情一杯に接し、子どものよさを認めている私たち教師であれば、十分に夢を語ることができるはずです。
もし、これが、一方的な思い込みだったとしたら大変なことです。
こちらがいくら伝えたつもりでも、受け止める側の子どもが受け取ることができなければ、伝わらないことになります。
「これだけ愛情をかけているのに何故?」というのは、思い込みの極みです。受け取っていないから愛情を感じていないということです。
・差別されていると思えば、愛情を感じることはできません。
・愛情をかけても、十分に認めてもらっていなければ、愛情とは感じません。
・危険を感じているうちは、愛情も承認も感じることはありません。
常に答えは、子どもの姿に現れてきます。受け止めた子ども側が評価するのです。
・怖いと思われている私はないだろうか。
・従順な子どもにしようとしている私はないだろうか。
・独りよがりで、子どもと関わる人々とのつながりを疎遠にしている私はにだろうか。
・誤解をされる言動をしている私はないだろうか。
振り返ればきりがありません。そして、私たちは、教師として完璧ではありません。子どもたちは、感覚的にとらえています。
ですから、何が問題なのかを的確に捉えることはできません。
ただ、何となくという答えが返ってくるのは、そのためです。
でも、それは確かなのです。何となく、愛情を感じない、何となく怖い、何となく近づきたくないと思うのです。
行動を変えても、見方を変えても、根底にある人間性を子どもは感じ取ってしまいます。これを高める努力は、日々の自分の取り組みしかありません。気づいたことから一つずつ改善するしかないのです。特効薬などは、ありません。
自分一人で何とかできると考えると無理があります。必ず、チームが必要です。どんなチームになっているのかを見る目も必要です。
子どもは常に刺激を受けています。親、友達、教師などどこでどんな刺激を受けているのか把握できないほど多くの刺激の中で子どもは育っています。情報メディアの普及で知らず知らずのうちに刺激を受けていることもたくさんあります。
それをすべて把握することなど無理です。
せめて、つかめるところでチームとして子どもに安全、愛情、承認が満たされるようにしたと思います。
満たされる時間が多ければ多いほど、子どもは自己実現に向かう機会が増えるはずです。
決して一人で抱えることではありません。
教師がまともに関われる時間は、授業時間しかありません。1日に多くて6時間です。
私たちが精一杯できることは、この時間で一人の子どもに対してどれだけの安全、愛情、承認を降り注いでいるのかを見つめ直す程度です。(これが大きいといえば大きいと考えることもできますが)
決してこれだけをすればよいということではないことを十分念頭に置きながら子育てに励む必要があります。効果を期待することではありませんが、その事を意識するだけでも子どもへの見方が変わってきます。-
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from: 岐阜のすーさん
2010年12月10日 05時06分54秒
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自己肯定感を高める
誰もが自分を生かしたいと思っています。そのために様々な努力をします。
素晴らしい事をすることも、醜いことをすることも根底にはそれがあるように思います。
例えば、人を困らせることで自分の存在をアピールする子もいます。こちらを向かせたいと必死になっていると思うと何となく可愛そうにも思えます。いたずらも同じように考えることもできます。
本当ならば、もっとうまく自分を生かすことができるのに、そんなことをするために無駄なエネルギーを使っているのではないかと思う程です。
でも、そうせざるを得ないのでしょう。
人間の欲求には、自己実現の欲求があります。これが、人間らしい欲求です。そのためにエネルギーを使うことが一番無駄がないと思います。
この状態にならないのは、承認の欲求が満たされていないからだと考えることができます。
承認は、関わる人々からの承認されることが大きな力になります。周りから認められることで、「私は、私」と自分を承認することができるのではないでしょうか。
無駄なエネルギーを使っている状態は、この承認を求めている姿だと思います。
「子どもが承認を感じる取り組み」
・愛情一杯に育てられること
・自分の行動・能力・考え方、しいては自分の存在そのものが認められること
・自己実現できる環境に変化しやすい柔軟な環境が用意されていること
・叱咤激励を受け、常に注目されていること 等
「私は、私」と言えるのは、自己肯定感をもっているからだと思います。この感覚は、自分を認め、関わりをもってくれる刺激を受けて育っていくのではないでしょうか。
「うちの子はわがままで困る。」と嘆くことはとてももったいないと思います。それだけ、自己主張ができる自分になっていることは素晴らしいことではないでしょうか。
後は、TPOに合わせて自己主張できるように考えられるように伸ばしたり、自分の欲求だけでなく、互いの欲求をうまくすりあわせたり、人の喜びを自分の喜びと感じられるようにしたりする機会を増やし、心豊かにすることのように思います。
自己肯定感をもたせる前に、「わがままだ」と否定してしまっては、自己主張もできず、我慢していると自己否定につながってしまいます。
まずは、自己主張ができる子どもが育つ場を子どもに提供することが私たちの役目ではないでしょうか。
それは、決して子どもに好きなことをさせ、放任することではありません。ここには秩序があります。みんなが安心・安全に暮らせるための秩序があります。犠牲が伴っていては大変です。だから、手を加えます。この手を加えること自体があなたの存在自体を認めている愛情の現れです。
そして、その中で、自己肯定感を育てるために「子どもが承認を感じる取り組み」に全力を上げるのです。-
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2010年12月09日 04時58分31秒
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打たれ強い子を育てる
「もっと強くなってほしい。」と子どもたちに話したいと思うことが増えてきました。いわゆる打たれ強い子どもが年々少なくなっているように思うのは私だけでしょうか。
この背景には、様々な原因が考えられます。少子化という社会的な背景もありますが、教育の中で「よさと可能性」を伸ばすという指導要領の誤った解釈により、褒めて育てることに終始し、叱れない教師が増えていることや安全・安心な環境作りがなされているため、子ども自ら安全・安心を生み出す力が弱くなり、危険や不安に対する感覚が鈍感になっていることなどが考えられます。
でも一番大きな影響を与えているのが次のような問題ではないでしょうか。
1 昔と比べると失敗が許されない風潮があります。
失敗から学ぶことが本来の姿であるにも関わらず、失敗すると誰かが責任を取ることになり、失敗を恐れるあまり思い切った指導ができない状況があるように思います。失敗を恐れる教師ならば、子どもに失敗から学ぶことを教えられません。
2 成果を求められることが多くなっています。
成果主義が教育の中でも求められ、結果が見えやすい行動や能力に焦点が集まり、本来大切にしなければならない心の教育(価値観や人間性)が疎かになっているように思います。学習の結果よりも学習過程に生き方が現れます。それにも関わらず、結果を重視するあまり、本来子どもに考えさせなければならないことを教師が教えていることがあるように思います。
3 目標のもたせ方に問題があると感じます。
子どもに目標をもたせるとき、「今できないから、目標を立ててできるようにしよう。」という構えが多いように思います。しかし、これでは、今の自分を否定することになります。そして、その目標が達成されても、新たな目標が設定され、自分を否定することになります。これではいくら頑張っても自分を肯定することができません。この目標設定に耐えられる子どもだけが強くなります。しかし、これは、目標設定したから強いのではなく、もともと強かったからこの目標設定でも耐えうると考えた方がよいでしょう。強い子どもだからどんな目標を設定しても達成するのです。
この中で3の問題が一番重要だと考えています。なぜならば、教師が目標設定をして活動に取り組むことは日常茶飯事だからです。これは、教師の日頃の構えになります。そして、構えは、繰り返し行われるために強化されていきます。自己否定の上には強さは生まれません。構えを常に意識して子どもの前に立っているので、とても重要になります。
それならば、どのように構えればよいのでしょう。
3について考えると、「今のあなたは素晴らしい。だから、目標を達成できるはずだ。」と構えることだと思います。
これならば、目標達成までの過程を認め励ますことができます。
つまり、「ほら、ここまでできたでしょ。」「この調子ならば、できると思いませんか?」などという言葉かけができるのです。この言葉ならば、「まだできない、まだできない。」と子どもに言葉かけをするよりもかなり自信をもって育てることになります。
また、この構えならば、目標達成の過程にその子らしさを発見することができます。何が足りないかということよりも何が成果に近づくための力添えになったのかを考えることができます。そして、その後に何があると成果につながるかを考えることができます。これは、まさによさと可能性を伸ばすことになります。できなさに焦点を当てているとよさや可能性が見えにくくなります。
目の前の子どもの姿を温かいまなざしで見守り、周りの刺激に影響を受けることなく、気を配ることなく、自分の力を十分発揮する教師が増えれば、子どもも強くたくましくなるように思います。
そのためには取り組みを理解し、協力していただける家庭や地域が必要となります。決して家庭や地域にへつらうのではなく、子どものために手を携え合うのです。自分の力だけで子どもを強くできると考えるのは、過信です。学校、家庭、地域の総力でしか強くできないのです。
今の時代、家庭や地域の影響が大きい分、家庭や地域を巻き込むことを大事にしなければなりません。
これを見誤っていないか、自分の実践を振り返ってみたいものです。そして、打つべき手を打たないでそのままにしていると失敗に苦しむ自分になってしまいます。私は、失敗から学べる教師が本当の強さをもった子どもを育てることができると思います。-
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2010年12月06日 04時53分13秒
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新しいことを始める時
新しいことを始める時は、できたときのイメージを浮かべていることが多いでしょう。そして、それが実現した時の嬉しい感情も一緒になっています。
新しいことを始めようとしたきっかけは、何かを変化させたいと思ったことがきっかけとなっているはずです。その変化をした後の状況が嬉しい状態になっているから始められるのでしょう。
でも、始める前にいくつかチェックしておく必要があります。
・本当にその変化は、子どもにとっていいことなのか。
・それを変化させるだけの力をもっている自分なのか。
・変化させることで、どんな影響を回りに影響を及ぼすのか。(子ども同士の関係、保護者との関係、他学級との関係など)
自分ではいいと思い込んでいるはずですから、きっとチェックしてもよい結果しか浮かばないかもしれません。
ここがポイントです。常に自分の立場で考えている自分はないかチェックが必要です。
一度第三者の立場で、見てみようとする必要があります。
例えば、人に相談するというのもその一つです。相談するときっと自分とは違うやり方を発見したり、足りない考えが発見できたりします。これはよりよい取り組みを生み出す機会になるのですから、とても有効です。
しかし、なかなか相談する人がいないとこれは、できないことになります。
こんな場合は、自分のイメージ力を利用することができます。
始めようと意気込んでいる自分を十分イメージし、その自分から着ぐるみを剥ぐようにその場から離れます。
そして、目の前で活躍している自分をイメージします。その自分と周りの様子を観察します。
その観察を十分にして、活躍している自分が与えている影響が自分や周りにとって本当によいものかどうかを疑ってみます。
疑ってみても何も問題がないと思うかもしれませんが、十分に回りの状況を観察しながら、考えてみます。
十分観察した後、その観察している自分をその場においておき、次に別の場所に第四の場に立ちます。
その場に立つと、第三者にいる自分をも観察することができます。本当に冷静に判断していただろうかと疑ってみます。他の場も観察してみます。活躍している自分、周りの様子などを観察します。
・本当にどの子も受け入れようとしているのでしょうか。
・本当にどの子にも役立つことになっているのでしょうか。
・受け入れた結果が本当にどの子にもプラスになっているのでしょうか。
・その後の姿は本当に仲間関係や個の能力を伸ばすことにつながっているのでしょうか。
など様々なことを考えてみます。
そして、自分の決断がそれよかったのかどうか考えてみます。ここまでくるとかなり客観的に自分を見ることができます。新しい発見もできるはずです。これだけのことをするとかなり客観的に自分を見つめることができます。
このように今の自分からちょっと場所を変えるだけで、かなり自分自身を眺めることになります。
常に冷静でいられる自分ではありません。子どものためだと思った瞬間に冷静になれなくなっている自分を発見することも大事なことです。
夢中になってしまうと、やりすぎてしまうこともあります。新しく始めようとしている事が本当にどの子にも役立つ手だてになっているのかを見極めることができれば、必ず個々への対応も丁寧になっていきます。
この判断がなかなかできないのが私たちです。-
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