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from: 岐阜のすーさん
2011/05/30 03:37:05
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大丈夫
私たちは、子どもにいろいろな言葉かけをしています。その言葉かけの中で、「大丈夫」という言葉があります。
私たちの脳は、常に安心・安全のために働きます。不安があったり、心配になったりしたとき、この「大丈夫」という言葉をもらうと、不安や心配が和らぎます。
特に相手との信頼関係があれば、その言葉は、勇気を与えることにもなります。
ちょっと歩み出せない事があったとき、この言葉をもらうと何だかできそうな気分になります。そして、安心して取り組むことができます。
先人が言うのならば、信じてもいいだろうという気持ちになります。
また、「大丈夫?」と心配して言葉をかけることがあります。通常の状態では、この言葉は使いません。通常でないから、「大丈夫?」なのです。
つまり、通常でない状態にあることをつかんだ上でのこの言葉になります。この言葉をもらった時には、「私の事を気遣ってもらっている。」という気持ちになります。
相手とのつながりを感じます。そして、「私の事をわかってくれている。」という安心感を抱きます。同時に言葉をかけた相手に対して優しさを感じます。
子どもたちを見守り、よく観察をし、その変化をとらえて、この「大丈夫」という言葉を子どもに投げかけることは、教師としてとても重要になります。
その程度のことならば、「何ともない」と考えたり、この程度の事を自分一人で乗り越えなければだめだと思ったりしていると言葉かけはできません。指導する側の判断する基準が見えてきます。
一人で乗り越えさせたいと思っても、本人が乗り越えるだけのエネルギーがなければ、乗り越えることはできません。
教師側が勝手な思いこみではないだろうかと疑ってみる必要があります。
もし、自分で乗り越えることができるようならば、「大丈夫だ。」と反応することもできる。
常に自分の思いこみで「大丈夫」と言葉かけをしないでいると、次第に子どもの変化をとらえる力が鈍感になっていきます。
些細な変化についても気づき、この「大丈夫」という言葉を投げかけることで常に子どもの変化に敏感な教師であり続けることになります。
つまり、「大丈夫」という声をかけられる自分であり続けることが、子どもの変化を鋭敏にとらえることになります。
子どもに変化は、言動や表情などに必ず現れます。それを発見できる力が自分を高めていることになります。
さて、どれだけの子どもにこの「大丈夫」という言葉をかけているでしょう。また、片寄りはないでしょうか。特定の子どもに使っているとしたら、これは偏見です。どの子も変化しているのです。どの子も毎日刺激を受けて、変化しているのです。
見過ごすことが、子どもとの信頼関係を損ねることになるとしたら、とても重要な言葉になります。
たかが、「大丈夫」です。されど、「大丈夫」です。
この言葉をどの子にもかけられる自分でいたいと思います。-
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from: 岐阜のすーさん
2011/05/26 05:35:23
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心を開く
学校に保護者に来てもらって懇談をするときに一番大切にしたいことは、何でしょう。
学校に来てもらうということは、教師の側に伝えたいことがあるということが前提になります。
保護者は、懇談をする前に呼び出されたということだけで、
・何を言われるのだろう。
・いいことではないだろう。
・きっと子どもを叱る材料に決まっている。
などと想像し、懇談に臨みます。
よく、こちらの言い分を伝えることに焦点が当たり、相手の思いを受け止めることが後回しになってしまうことがあります。
これでは、保護者の心を開かないまま話が進んでしまうことになります。
そして、互いに心を開き、子どものために互いに協力し合うという姿勢を築くことはできません。
ですから、まず相手の気持ちに寄り添うことから始めます。
伝えたいことを伝える前に、保護者の心を開くための営みが必要になります。
まずは、相手の誤解を解くことから始めます。
・保護者の今の状態をつかむこと
・もし、こちらの姿勢でその状態になったとしたら、謝罪すること
・保護者にわざわざ学校まで来て頂いたことへの感謝の気持ちを伝えること
OKサインを保護者から3つ以上もらったら、いよいよ本題へ迫ります。
懇談への入り口です。
・保護者を責める場ではないこと
・保護者と一緒になって考えたいことがあること
ここが重要なポイントです。
学校で起きたことは、学校で解決しなければなりません。あくまで保護者には、協力をいただくことになります。起きたことの背景を探り、子どものために家庭で協力できることがあることに気づいてもらうことになります。
決して、教師側の思いを伝えることではありません。結果として、思いが伝わるものだと考えた方がよいでしょう。(保護者には伝える必要はないのですが、懇談の出口を想定しておくことは、呼び出した側として必要です。)
・子どもの学校の様子や家庭での様子を出し合い、何が今の子どもの姿を作り出しているのかを探ります。この時、教師の一方的な思いこみを話すことは、避けなければなりません。常に一緒に探ります。子どもの心の内側を一緒に考えていく姿勢を崩さないでいます。一緒に考えることに意味があります。
・子どもの今の状態をよりよくするためには、保護者のよさを発揮してもらうことが最大の武器になることに気づいてもらいます。あくまで家庭と協力しながら進めないと子どもを育てられないことが前提になります。助けてもらいたいという思いがこの武器の発見につながります。
・互いの知恵を出し合い、学校と家庭でできることを探ります。これは、決してお互いにできることを出し合うだけではありません。学校と家庭で協力して進めなければならないこともあります。互いに寄り添いながら探ります。
懇談に来てよかったという思いで笑顔で帰って行かれれば、懇談は成功です。
一度で成果を上げるというよりも、互いの結びつきが強くなることで、繰り返しの指導が可能になります。
それがやがて子どもの変化となって現れます。あくまで協力し合うという構えを教化する機会が懇談です。
互いに心を開き、子どものために何とかしようという気持ちがもてたならば、懇談の意義があったと言えます。
懇談は、心を探り合う会ではありません。保護者の心を開かせるのも教師の働きかけで決まります。-
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from: 岐阜のすーさん
2011/05/23 05:59:36
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制限を加えて
私たちは、常に学び続けています。学ばないでいることがないと言うほど学び続けています。
道を歩いていても、様々な情報が目から飛び込んできます。いろいろな話し声や音が聞こえてきます。体に触れるさわやかな風を感じることもあります。嫌なにおいに出会うこともあります。
常に五感は働いています。私たちの安心安全を確保するために働いています。
私たちは、その情報の渦の中から意識して、選んだ情報だけが情報のように受け止め、都合のよいように利用しています。
しかし、意識的に選んだ情報はほんのわずかです。無意識に飛び込んでくる情報の数%にしかなりません。
最初にその道を選ぶ時には、最大限情報を得ようと必死に周囲に気を配っていたはずです。危険はないか、どうすると安全なのか、常に情報を得ながら、考えていたはずです。ここに学びがあります。
しかし、慣れてくるとその道を選ぶに必要な情報だけを頼りにして歩くことができます。そして、道草をしたり、友達と話をしたり、安全な道を歩いていることを前提に広がりを作ります。ここにも学びがあります。
私たちは常に学び続けているのです。その学びが言葉によって制限を加えられます。焦点が当たったことに気を向けます。
ここには、危険はないの?と質問されるから、危険かどうかを考えます。
どちらに進むと早く目的地まで行けるの?と問われるから、時間を計ろうとします。
どちらが楽しいことがおきそうか?と問われるから、楽しいことを考えます。
言葉によって様々な方向に導かれていきます。これは意識の領域での学びだからです。
子どもたちは、教師の言葉に反応して生活しています。その言葉が学びの質を決めてしまいます。ですから、十分言葉を吟味することが重要になります。
慣れ親しんだ言葉は、使いやすいものです。しかし、それは、私たちがすでに学んできた道にあったものです。本当にそれでよいのかを十分吟味することがこれからの時代を作る子どもたちへの大きなプレゼントになります。
誰もが本来「自ら学ぶ子ども」なのです。それに私たちが制限を加えて生きにくくしているとしたら、大変なことです。
制限を加えたから、自ら学べなくなっていると考えるとぞっとします。
フィンランドの教育と韓国の教育の違いを知った今、日本の教育の目指す方向は何か、考えさせられました。
他と比較したり、目標を決めたりすることが制限を加えているように思いました。-
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from: 岐阜のすーさん
2011/05/20 05:07:46
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枠組むこと
私たちは、毎日学び続けています。それを自覚しているかどうかは、別です。
意図したことがその通りにできた時、これでよかったと思います。でも、その一方で完璧ではなかったな、まだできそうなことがあるなと思います。
次は、何をしようと考えていると様々な考えが浮かんできます。それだけではありません。ふとした他人の発言からヒントをもらうこともあります。
考えることをやめることはありません。常に何かを考えています。
そして、次から次へと生み出しています。この営みは、誰もが行っています。しかし、誰一人として同じではありません。それぞれの頭の中で様々な刺激を受けながら行っています。
同じ動きをしていても、それぞれの頭の中で行われているこの営みは、みな違っています。
きっとこうかもしれないと想像はしますが、それは違うかもしれません。
子どもの事はわかっていると思っていても、本当はわかっていないかもしれません。
ここがポイントのように思います。
わかっていると思った瞬間から、その枠から相手を見始めます。枠を作ったのは、自分であるにも関わらず、あたかもその枠が正しいかのように思いこんで相手を見るのです。
そして、その枠が違っていると、「信じていたのに」「何か裏切られた気がする。」などと言うのです。
これは、おかしな話です。枠を作ったのは、自分なのです。常にそうではないかもしれなと思っていれば、こんな発言は生まれてきません。
相手を信じていないということではありません。常に変化する存在で、可能性が広がっているという思いです。
そして、それは、「そんな面もあったんだ。」「そういう場合もあるんだ。」と学びにつながります。
枠組みを作ることは、私たちは、自然にしています。それは、安心につながるからです。枠組みを作ることで、一定の考え方で相手と接することができます。だから、枠組みを作ります。でも、それを固定するかどうかは、自分自身で決めているのです。
柔軟な対応ができるのは、この枠組みを変えることができることを意味します。
どんな可能性があるのだろうと常に柔軟な対応ができるととても楽に生きられます。
子どももその中にいれば、自由です。安心です。
私たち一人一人のもっている枠組みが子どもを囲っている枠組みになります。
育てたい子どもをどんな枠組みで見ているのでしょう。可能性を引き出すことのできる枠組みを私たちがもっていることが重要なのです。
子ども自身の問題ではなく、枠組む私たちの問題なのです。子どもはただ、反応しています。教師の枠組みに合わせて反応しています。
柔軟性のある枠組みを創り出す自分自身の可能性を信じてみたいと思います。-
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from: 岐阜のすーさん
2011/05/18 05:08:06
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カバーし合う
他人が失敗した時、自分事として受け止めることができる人とはどんな人なのでしょう。
失敗をしたくないと思っていると、「自分でなくてよかった。」と考えたり、「失敗の責任は、自分とは関係ない。」と考えたり、自分と切り離して考えることになります。
もし、失敗に何らかの関わりがあったとしたら、他人事では済まなくなります。何が失敗につながったのだろうと原因を考えたり、自分のあり方を振り返ったりします。そして、次に同じ失敗をしないように対策を練ります。
これは、失敗をしたくないというよりも、失敗を通した学びをしていることになります。
また、もし、自分が当事者だったら、どうだろうと自分の立場を変えることができると見方も変わってきます。
この「もし、〜だったら」と自分との関わりを考えることができる人が自分事として受け止められる人なのではないでしょうか。
例えば、仕事を分担した時を考えてみます。分担された仕事以外の仕事を自分の仕事だとは考えにくくなります。分担された部分について責任をもって仕事を果たすこともつことで、全体として仕事が進むことになるからです。
ただ、責任を果たさないからと言って放っておいても、仕事全体から考えると仕事が終ったことにはなりません。
そんな時、他人の仕事を手伝ったり、空いた穴を埋めたりする人は、こうした仕事全体から見ることができる人です。
これは、自分の仕事が終わったら、手伝いなさいと言われて、手伝うこととは異なります。
立ち位置を変えて、全体を見渡すことができ、何が足りないかを察知することができるから動けるのです。この立ち位置を変えられ人は、常に分担された部分を見るだけでなく、常に全体と関わらせて部分を見ることができます。
これがとても重要です。部分だけ見ていると全体が見えません。立ち位置を変えることで全体が見えます。
指導で言えば、分担した責任だけを追求する指導をしていると、この全体を見ることができる子どもを育てることはできないということです。
常に部分と全体とをつないで見せていく必要があります。
・自分の仕事が終わったら、仕事全体を見渡し、何かできることはないか考えよう。
・自分の仕事をするだけでは仕事をしたことになりません。
・みんなで仕事をすることは、関わりながら仕事をすることです。
・互いに助け合うと仕事がうまくできます。
などと子どもに常に全体との関わりを見させる指導に心がけることが必要です。
自分の分担した仕事をして満足している子どもにしていないでしょうか?
全体を見て、まだできることを探せる子どもにしているでしょうか?
指導を見直し、立ち位置を変えて見られる子どもを育てたいものです。-
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from: 岐阜のすーさん
2011/05/12 06:48:24
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インパクトと繰り返し
子どもたちが身につけることすべては、インパクトと繰り返しによるものだと最近強く感じます。
めあてを立てて取り組ませることでも、そのめあてに焦点を当て、繰り返し挑戦させます。繰り返すことでめあてからずれることなく取り組むことができます。
失敗しても、それが次の取り組みの指標となります。決して諦めるためのものではありません。次の成功のためのよい材料になります。
めあてを立てるまでもなく、習慣として身につけさせたいことも繰り返し、繰り返し身に付くまで、何度でも挑戦させます。
叱ったり、褒めたりするのは、インパクトを強くするための取り組みで、これもなくてはならない支援になります。
インパクトと繰り返しが学習をさせる上で大切な要素であることは間違いありません。
今の子どもの状態が、習慣として身に付いていることなのか、まだ、そこまで到達していないのかを冷静に眺めていれば、余計に叱ったり、感情的になったりすることはありません。
「今は、まだ意識しないとできない段階なのだ。」と思って、繰り返しの指導ができます。
ところが、感情的になったり、余計なことで叱ったりするのは、こちらが、冷静でなく、焦っていたり、他の人の目を気にしたりしている時のように思います。
学ぶ側の問題ではなく、指導する側の問題のように思います。
・〜までにできるようにしなければならない。
・こんな姿を見られるのが恥ずかしい。
・私には、この姿が許せない。
教師が価値観をもって子どもたちを育てることは、とても重要です。
しかし、そこにエゴが見え隠れしていないかを見ていく必要があります。
子どもの育ちに合わせられるのか、それとも強引に引っ張っていこうとするのかは、とても大きな違いとなります。
強引に引っ張れば、必ずその反動がきます。それが、担任をしている時に起きるか、それとも、後を引き継いだ担任の時に現れるか、それはわかりません。
子どもたちが自然に受け入れられる状況をいかに作り出せるかが、重要なポイントに見えます。
子どもたちの顔つきや行動の変化に注意を向けると無理をさせているかがわかります。言葉では十分伝えられない子どもたちです。
その変化を見落とさないように、子どものそばにいつもいて欲しいと思います。
アンテナを高くし、いろいろな情報網をもち、子どもの変化を的確につかめる鋭敏さがこれから必要となるでしょう。
慣れてきたこの時期からが教師の力量が試されます。-
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from: 岐阜のすーさん
2011/05/10 06:10:11
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価値観を手に入れる
子どもたちの様子を見ていると学級にも慣れ、落ち着いた学校生活を過ごしている子どもになってきています。これは、子どもたちの脳の働きと教師の学級作りの願いの相乗効果による者だと考えることができます。
脳は常に安心・安全を求めています。
子どもたちは、年度初め、希望や期待に満ちあふれています。しかし、もう一方では、どんな学級だろう、どんな人がいるのだろうと不安で一杯です。この不安を安心に変えるのが、学級のきまりです。
きまりに合った行動をすれば、教師からもそして、仲間からも承認されます。その承認が安心につながるのです。年度当初ですから、新しく起きる活動場面がたくさんあります。その一つ一つにきまりが、生まれていきます。そのきまりが生まれる過程も体験しています。
繰り返し行われるため、きまりが生まれる過程も身に付いていきます。
つまりこの学級に合った自分の振る舞い方が身に付いていきます。
この1ヶ月間は、子どもたちにとってそんな振る舞いを身につける機会になったのです。
振る舞いを揃えるために、振る舞いだけの指導をしているのではありません。教師の価値観も同時に子どもたちに示しています。
例 全員が揃って事が始まる学級
・全員が揃うまで待つ。
・一人でも欠くと悲しい。
・揃わないで始めようとする子は、自分勝手だ。
・揃うまで待てる子は、思いやりのある子だ。
・待とうと声をかける子は優しい子だ。
・早く揃うように声かけをしよう。
・助け合って早く揃うように手伝おう。
・手伝う子は優しい子だ。
などと揃って始めるために教師のもっている価値観を提供しています。
子どもたちもその行動の意味をこの教師の価値観と照らし合わせながら考ます。そして、繰り返し指導されることで、揃うことについての意味を語り、価値観を語るようになります。
このようになるまで、「繰り返し」「繰り返し」指導をしていきます。
教師側から見ると、この徹底にベテラン教師と新米教師の差が現れることにもなります。
これまでに指導してきたきまりの量や質によって異なってきます。
多くの場面で生かせる共通となるきまりから、ある特定の場面に必要なきまりまで、きまりも様々です。そして、それを一度に要求するか、それとも時間をかけて要求するかによっても仕上がり具合は異なってきます。
ここにベテラン教師と新米教師の差が現れます。
徹底が不十分だと学級の仕上がり度も不十分になります。徹底するためにより多くの時間が必要となります。
1ヶ月を経たこの時期は、この1ヶ月の指導を振り返る時期にもなります。
「なぜ、あなたは、この時にこんな振る舞いをするの?」と身につけた決まりについて問うと、子どもたちはどんな答えを返してくるでしょう。
この時、子どもが教師の示した価値観を答えてくるようならば、かなりよい質のある指導をしてきたことがわかります。これならば、子どもの振るまいは消えることなく生き残るでしょう。
ただこの時、「だって先生がしなさい。」と言ったからと答えてくるようならば、いずれ言わなくなれば消えてしまうことになります。
振る舞いの裏にある価値観が土台となっているから、行動が安定してきます。また、それを別の行動に広げることもできます。
ですから、価値観を子どもたちが手に入れたかどうかを振り替えることはとても大きな意味があるのです。
この時期になると5月病という症状が現れる子どもも出てきます。
子どもたちの人間関係づくりにも大きな影響がありますが、根本には、教師の示したきまりが原因と考えた方がよいでしょう。
・きまりが学級の子どもたちの輪をより強固にするようなきまりになっていないかもしれません。
・きまりを守ることに疲れて、負担感を感じているかもしれません。
・きまりを自分の生活の向上と結びつけていないかもしれません。
・きまりを守ることの意味がわかっていないかもしれません。
・きまりを守ることで仲間から承認される機会が少ないかもしれません。
等様々な原因が考えられますが、教師の一方的な押しつけのきまりになっている恐れがあります。
いづれにしても、この時期は、子どもたちが手に入れた価値観を見つめ、自分の学級経営を見直す時期になります。
学級目標が動き出す今だからこそ、見直しをしたいと思います。-
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from: 岐阜のすーさん
2011/05/08 09:36:40
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復活
10日余り体調不良が続き、この場に自分を置くことができませんでした。健康維持が活動のすべての土台となっていることを改めて知ることになりました。
ただ、脳はそれでも学び続けているのです。休むことなく、毎日、毎時間、毎分、毎秒。常に学び続けているのです。そして、私を病気から立ち直らせようと支えてくれていました。
この10日間に参加した学びの機会の中で一番強く印象に残っている事がこの事でした。
脳は常に学びを続けている。
時間や場を選ぶ事なく、瞬間瞬間に学びをしているのが脳なのです。
このことは、学校教育でよく語られる「よさと可能性」を説明することにとても都合がよいものです。
私たちは、子どもたたちに何がよさなのか、そして、何故それがよさなのかを示しながら、よさを見つめさせています。そして、子どもたちは、それを受け入れ、学んでいます。
学んだことをすぐに取り入れて自らのよさとすることもできますが、時間をかけて繰り返し学ぶことで取り入れることもできます。
それぞれの学びの過程に違いはあっても、常に学び続けているとすれば、変化せざるを得ません。同じ所に留まることができず、変化していきます。
ここに変化の可能性があります。
方向性を示すことで、その可能性がどんどん広がります。無限の可能性をもった子どもたちを導くのは、私たちが示す方向性にかかっていることがわかります。
私たち自身も学び続けています。つまり、変化し続けている訳です。
一貫性がないとだめだと言われますが、本当にそうでしょうか。
より質の高い自分になった時には、より多くのものの考え方を取り入れられる考え方に立つことができます。
変化することを恐れて、今に留まろうと努力していることで自分を苦しめていることはないでしょうか。
また、変化することを許さないで留まるようにし向けていることはないでしょうか。
私たちは常に変化し続けているのです。常に学びの最中にいるのです。
学びは人それぞれです。誰もが異なる体験をして今ここにいるのです。
他人の学びを否定したり、評価しり、批判したりすることはできません。
あるのは、私と違うということだけです。
あなたがいずれ通る道かもしれません。あなたが通った道を同じように歩むかもしれません。
違っていいのです。その違いを認められないで苦しめていることはないでしょうか。お互いに学びをし続ける者として承認し、互いの違いを分かち合う、そんな仲間でいたいものです。
違いを受け入れる柔軟性が自分を高めてくれます。
一人一人の人間は、学びの途中であり、まだまだ変化する可能性をもった存在なのです。
同じ人間として、互いを尊重し合いたいものです。
平和な世界は、一人一人の中にある平和が創り上げます。柔軟性をもち、方向性を明らかにし、毎日を精一杯生きていきたいと思います。-
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