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from: 岐阜のすーさん
2011年12月26日 04時55分39秒
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新しい年を迎えるために
いよいよ冬休みに入ります。どんな生活が待っているのでしょう。
近年、冬休みの過ごし方もかなり変わってきたようです。
昔のように、年末には、大掃除をしたり、年賀状を書いたり、おせち料理の準備をしたり、新しい年になったら、初詣をしたり、おせち料理を食べたりするといった習慣がない家庭も増えてきたようです。
この時こそと海外旅行に出かける家庭もあります。
このような時代であっても、大切にしたいのが家族としての絆です。
家族と一緒に過ごす時間が増えるのが冬休みです。
ここで、どんな会話ができるかがとても重要になります。
冬休みは、新しい年を迎える機会になります。
家族との団らんを楽しむだけでなく、新しい年を迎える節目とすることができるとさらに生きる力が沸いてきます。
誰もがよりよく生きたいと願っています。しかし、それを意識するか、しないかによって、その後の人生が変わってきます。
どの時間も同じように価値ある時間です。新年を迎えたから、急に時間が早くなったり、遅くなったりする訳ではありません。いつもと同じように時間は流れています。
受け止める私たちが、時間に価値づけをします。ですから、新年を迎える時期という大きな価値を付けることで、自分の構えを変えることができるのです。
新しい気分で新しい年を迎えようと思うと、過去に起きたことを整理し直すことができます。そして、これからこんな生き方をしようと新たな自分を作り出すことができます。
節目をうまく利用することは、誰にとっても価値あることではないでしょうか。
そして、その未来を実現可能になるようにワクワクドキドキするまで、具体的にイメージします。そして、なることが当たり前となるようにイメージしてしまうのです。
できれば、家族にこの「自分」を語る時間を作りたいと思います。そして、共有したいと思います。
私の中では、家族だけでなく、「誰もが幸せになってもらいたい。」という気持ちが年と共に高まってきています。そして、そのために貢献できることはないかと考えることが多くなってきました。
私は、世の中すべての人が、振り回されて人生ではなく、自らの夢を叶えるための生き方を選ぶ人になってもらいたいと思っています。
そのための切り口として、「言葉かけ」の大切さを訴えたいと思っています。
これを実現するためにすること
・先生や保護者向けの本を出版しよう。
・セミナーや個人セッションを精力的に行おう。
・職場での実践をより充実させよう。
・管理職の皆さんへの啓発活動をしよう。
・活躍する場面を新たに開拓しよう。
・自分自身をより深く探求しよう。
そこで、新しい年を迎えるに当たって大事にしたい言葉を選んでみました。
「実行」と「連帯」
一人の力では、なかなか実現できないことでも、多くの人の理解と協力を得られれば、大きな力になります。その飛躍の年にしたいと思います。
そして、幸せを実感できる時間をできる限り長く持ち続けられるように自分への言葉かけを始めたいと思います。
あなたは、人の幸せに貢献するあなたですか。
あなたは、人の幸せを心から喜べるあなたですか。
あなたは、幸せな人生を今送っていますか。
あなたは、本気ですか。エゴではありませんか。
あなたは、いつまでにそれを成し遂げようとしていますか。
あなたは、どれだけ多くの人に影響を及ぼしているか知っていますか。
あなたは、自分の力を本気で信じていますか。
あなたは、有名になることにためらいを感じていませんか。
自分への問いかけは、次から次へと浮かんできます。
新年を迎える準備は、すでに始まっています。
いかに具体的なイメージをこれから創り上げるかが重要になります。お互いに自分らしく人生を生きましょう。
このことを家族に話そうと思います。-
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from: 岐阜のすーさん
2011年12月21日 05時13分20秒
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子ども自身の価値と能力とは別
通知表をもらう子どもや保護者の姿が目に浮かぶ時期になりました。
評価する側と評価される側は必ずしもその思いが一致するとは、限りません。
伝えたい内容を受け取るのは受け手次第です。
通知表では、子どもの能力やその子らしさを評価し、保護者に伝わりやすく表や所見を使って伝えることが多いと思います。
受け取る側は、日頃の子どもを観察して、ある程度の予測をしながら、今学期は、きっとこうなるだろうと考えています。
その判断の基準からみて、上がった、下がったという見方をするのではないでしょうか。
素晴らしいと評価された○の数を数えて、判断したり、教科事の素晴らしいと評価された○の数を数えたりする姿が浮かびます。
○の数では表せないことはわかっているため、所見で補足をしたり、別の角度からコメントを加えたりします。
中には、○では洗わせられないその子のよさや可能性を教師は伝えたいと思っている教師もいます。
でも、その所見をあまり大事にされない保護者が多いように思います。
通知表をもらった後に
「よくがんばったね。」
「努力が足りなかったね。」
などという言葉が飛び交っている様子が目に浮かびます。
当然子どもの能力を評価することは重要です。
しかし、それがその子ではありません。
能力は、その子の一部であって、すべてではありません。
家族の一員として、兄弟関係の兄なら兄として、地域で生きる一人として、学校学級の一員として欠くことができない大事な一人の人間です。
その子がいるから今のその子の生きる社会が成り立っています。どの子も同じです。どの子も独特で素晴らしい存在です。
発揮されている能力は、ほんの一部です。その一部に振り回され、一喜一憂することは、その子を十分に評価していないことになります。
能力は社会の中で生かされてこそ、能力として発揮できます。それを支えるのがその子らしさです。
もし、仲間が受け入れないその子だったら、決して能力は十分に発揮できません。
当然回りの影響も大きいのですが、子ども本人が集団の中で生きようとするかどうかの方がもっと重要です。
集団の仲間から認められる体験や経験が多ければ、多いほど仲間のために頑張ろうとする気持ちも高まってきます。
この通知表のもたらす効果は、絶大です。
学校という集団の中で、どんな役割を担っているのか、どのように能力を発揮しているのかを通知表を通して教師が語っているのです。
わが子の能力だけを見て、安心したり、残念がったりしているだけでは不十分だということです。
その事を保護者が自覚できるように伝えるのが私たち教師の仕事でもあります。
賢い保護者ならば、その子自信の価値と能力を区別して、子どもに語りかけることができます。
しかし、そんな保護者ばかりではありません。
どの保護者にもわかるように説明する必要があります。通知表では十分に伝わらない部分をどのように補っているのかがとても重要になります。
通知表の見方やその読み取り方について説明することで多少は理解が進みますが、それだけでは不十分です。
それが、通信であったり、保護者との会話であったり、伝える方法は様々です。どんな方法であれ、伝える必要があります。
子どもの能力をそのままその子だと判断しては、子どもは生きづらくなります。
私たちが生きる社会でも同じです。能力の優れている人ばかりで構成されているわけではありません。
能力を生かす人
能力を引き延ばしてくれる人
能力を評価してくれる人
能力を大事にしてくれる人
様々な人がいるはずです。
そういう人がいて、自分が生かされているのです。
子どもがどんな役割を担っているのか、家庭であっても、学校であっても場が違うだけで同じです。
家庭に通知表をもって帰るその家庭で子どもは、どのように生かされているのでしょう。
お前はだめだという烙印を押される道具として通知表をもって帰るとしたら、子どもは家族の一人として生きづらくなります。
学校でも家庭と同じように頑張っているという言葉がもらえたら、子どもは家族の一人として認められることになり、子どもにとって、家庭が安心できる場になります。
評価をしたら、その見届けが大事になります。だからといって、通知表によい所をかけばよいというものではありません。私たちは、その子の可能性を伸ばさなければなりません。
家族のみんながその子を応援したくなるように伝えることで、その子が救われます。
家に支えられ、家族の一員として頑張ろうとする子どもであれば、そのエネルギーを学校に持ち込むことができます。
私たちは通知表を通して、とても大事な情報を家庭に伝えているのです。
その自覚が、評価に関わる丁寧な扱いができる教師を生むのだと思います。
評価をする側が評価の影響を自覚することで評価観が変わります。
子どもに幸せを運ぶ、通知表にしたいものです。-
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from: 岐阜のすーさん
2011年12月12日 05時14分35秒
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支えになるのは
多くの場合、私たちは、指導によって子どもの言動が変化したとき、指導の成果があったと考えます。
しかし、これだけでは本当に成果としてとらえてよいかは、わかりません。
私たちの指導が子どもにとって心地よいものであれば、進んでしますが、そうでなければ、我慢しているだけになります。
教師の前では、いい姿を示していても、いないところで姿が変わるという姿は、指導の成果としては不十分だと言えます。
指導が十分でないとすると何が足りないのでしょう。
これは、わかっているけれどできないという状態にあると考えることができます。
この状況では、まだまだ、刺激が少ないということになります。
刺激を多くするためにはどう考えたらよいのでしょう。
1,教師以外にも刺激をする人が必要だと考えることができます。
2,感情が動くまでの指導に至っていないと考えることができます。
3,指導されたことを意識する機会が少ないと考えることができます。
1の場合
教師の指導が一人よがりになっていて、誰にでも受け入れられる指導の内容かどうか見直す必要があります。誰にでも受け入れられる指導ならば、子どもを見守るように依頼することができます。依頼する相手は、子どもと関わる友達であったり、家族であったり、同僚であったりします。
学級独自の約束などは、他の場合に通用しなくなります。しかし、学級独自の約束が広く一般に通用するという立場をとって指導することで、支援者が増えることになります。
2の場合
私たち人間は感情で動きます。子どもの言動が変化したとき、感情に届くように承認したり、感情が動いたかどうかを確認したりすると変化がどの程度なのかつかむことができます。
承認されて嬉しいと感じる子どもであれば、教師の指導を前向きに受け止めることができます。もちろん承認するのが教師だけであれば、教師の前だけになるため、仲間からの承認も大切になります。
また、「どんな気持ちなのか。」を尋ねることで、子どもの感情がどのように動いているのかをつかむことができます。教師が受け入れられる感情になっていれば、子どもの言動を支える感情になっていると考えることができます。
3の場合
子ども自身が指導されたことを意識する機会が少なければ、なかなか身に付きません。これには、子ども自身が振り返りをする機会を増やしたり、意識できる場面を増やしたりする必要があります。
目に触れる機会を増やすという意味では、掲示物などの環境が大きく影響を与えます。教師が意識できる場面を子どもの周りにどの程度作っているかが重要になります。
耳から入る情報だけでなく、五感を通して子どもたちは情報を得ています。その五感に刺激をする多くの情報を子どもの周りに用意することで、刺激が増え自分を見つめる機会が増えます。
反省を記録したり、話し合わせたりするのもその刺激の一つになります。
子どもの姿が変化したと思って指導の手を緩めてしまうと、指導の機会が減ってしまいます。
教師の手を離れても自らの力で歩めるまでの支えが必要になります。その支えは、感情が動く所まで見届ける必要があると思います。
決して動かないからと言って力で押さえても、子どもは変わりません。
腑に落ちていなければ、必ず反動があります。
私たちの指導は、子どもたちが生きていく上で必要だと思っているものです。決して一人よがりの指導には、ならないよう気を付けたいものです。多くの人から支援してもらえる指導に心がけたいものです。-
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from: 岐阜のすーさん
2011年12月07日 05時43分44秒
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心に届く言葉を選ぶ
いよいよ評価の時期になってきました。この時期は、子どもたちの成長を心からお祝いし、保護者にその成長ぶりを紹介する機会だと思います。
その評価や励ましを子どもや保護者の心に届けたいと思っていることでしょう。
しかし、言葉によっては子どもや保護者の心に届かないこともあります。
心というのは、意識というよりも無意識の領域に入るものではないでしょうか。
そして、心は感情となって現れてくると思います。
つまり、受け取った子どもや保護者の感情が動いたとき、心に届いたと解釈できます。
通知表には、評価された○と所見が表記されているものが多いと思います。
○は、その子の能力をある基準から判断した結果が示されます。それを保護者は事実として受け止めることになります。
この結果に一喜一憂することになります。結果から子どもや保護者の心が動きます。
これは、受け取った子どもや保護者は、「良かった、悪かった」と判断しますが、自分の事やわが子の事ですから、余程の変化がなければ、大きな喜びや悲しみにつながる事はありません。
所見は、違います。書き方によってかなり大きな影響を与えることがあります。
余り影響を与えないようにということで、事実のみを書かれている所見を見ることがあります。
これでは、子どもの成長をお祝いすることにはなりません。言葉を選んで書き手の心を伝えるものにしたいと思います。受け取った子どもや保護者が、これからの生活や学習に期待や意欲がもてるように配慮するのが、所見の役割ではないでしょうか。
そのためには、子どもの行動や能力を記述するだけでは不十分となります。
この学期で子どもをどのように受け止め、何を素晴らしいと感じているのかを伝えることがとても重要になります。
つまり、見方や考え方やその子らしさを表現することになります。
1つの事実でも解釈は様々です。その様々な解釈の中から、この学期の中で教師がとらえたその子らしさとして子どもや保護者に伝えることが担任教師としてのとらえ方になります。それがわからないと保護者は勝手に判断することになります。
例えば、毎日当番の仕事をした子がいるとします。
さて、この子には、どんな能力があるのでしょう。
そして、その能力のある子は、どんな見方考え方をするのでしょう。
そして、その能力のある子は、どんな子だと考えられるのでしょう。
例
①の解釈
根気強さがある→仕事に興味がある→意欲的に取り組む子
②の解釈
根気強さがある→仲間の役に立ちたいと思っている→思いやりのある子
③の解釈
根気強さがある→決められたことはしなくてはと思っている→真面目な子
さて、この違いは何から生まれてくるのでしょう。
これは、教師のもっている価値観です。
その判断が間違っているということはありません。違いであっても間違いではありません。
一つの事実からは様々な子どもの姿が見えてきます。いくつかの事例をあげながら、自分なりに判断します。
そして、「私はあなたをこんな子だと感じましたよ。素晴らしいですね。」
と伝えることになります。
教師一人一人の解釈は違っていいのです。ここには、教師の生き方や価値観が現れてきます。
その生き方や価値観を使って子どもたちを育てているのですから、それを示さなければ、どのように子どもを育てているのかが保護者には伝わりません。
それを伝えることが子どもや保護者の心に届くことになります。
「毎日係の仕事をします。」と言われるよりも「思いやりのある子です。」と言われた方がどれ程嬉しいでしょう。
読み手の心を動かす言葉は、事実ではなく、その事実の裏にあるその子らしさを表現することになります。
どんな子なのか判断するために、多くの事実をとらえることになります。逆にどんな子が判断できないとすれば、あまり子どもをよく観察していないということになります。
日頃の教師の観察の結果を「その子らしさ」として伝えたいものです。-
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from: blueさん
2011年12月04日 13時07分32秒
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from: 岐阜のすーさん
2011年12月01日 03時39分04秒
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今しかない
私たちは、子どもの成長を願って、日々努力しています。保護者の方々も同様です。その子育ては、いつまで続くのでしょう?
きっと子どもが自立するまでは、子育てが続くのではないでしょうか。
子どもの自立には、いろいろな側面をもっています。
・身辺自立
乳児期から幼児期に子どもたちが学び、自立を目指します。
例えば、食べたり、排泄したり、服の着脱をすること等がこれに当たります。
・生活自立
幼児期から少年期に子どもたちが学び、自立を目指します。
例えば、ものの整理整頓や後始末をしたり、1日の生活のリズムを作ったり、友達と一緒に遊んだりすること等がこれに当たります。
・学習自立
少年期から青年期にかけて子どもたちが学び、自立を目指します。
例えば、教科の学習をしたり、趣味を身につけたり、人間関係を学んだり、健康的な生活を作り出したりすることがこれに当たります。
・経済的社会的自立
これは、青年期から成年期に子どもたちが学び、自立を目指します。
例えば、進路を決めたり、就職について考えたり、お金を稼いだり、生活を築くためにお金を使ったりすることがこれに当たります。
私たち大人はすでに体験し、経験してきたことですが、子どもたちは心身の発達とともに学び吸収していく過程にあります。
ということは、子育ては、親から離れるまで続くということになります。
そして、これら4つの自立は、子どもの欲求と呼応していることがよくわかります。そして、その欲求に合わせるようにして子育てをしてきたこともよくわかります。
言葉で乳児は、泣いて食事や排泄について知らせてくれます。親は、その要求に合わせて、食事や排泄の世話をしながら、自分でできるように子育てをしています。
乳児期を過ぎ、幼児期には、子どもの脳は80%も成長しています。自分を生かそうと必死になって情報を集め、真似をして生きています。その時、我が家に一番相応しい生き方を親は伝えています。失敗しながらでも生活が安定するように子育てをしています。
学校に通うようになると、家庭では味わうことができない、厳しい社会との出会いがあり、子どもたちは、その中で必死で生きようと学びます。これは、家庭での学びだけでは通用しません。トラブルが起きるのは、当然です。それは学びの機会になります。
幼い頃には、子どもの欲求は、姿としてよく見えます。しかし、この頃には、その欲求が見えにくくなってきます。
それは、子どもたちの欲求が見えにくいものだからです。つまり、安全の欲求が確保されている子どもたちが求めている欲求が「認めてもらいたい。」「自分を生かしたい。」などと目に見えない欲求へと変わっていくからです。
ですから、この時期には、この目に見えない欲求にうまく対応することが保護者や教師に求められます。
つまり、「誰もが認めてもらいたいと思っている。」という見方・考え方に立って子どもを見ていくことがこの時期の子どもたちにとって必要だということになります。
子どもたちのこの欲求に答えていくことが、子どもの自信や誇りにつながります。そして、次の欲求である自己実現の欲求に結びつき、社会的・経済的自立に向かうための子育てが始められるということになります。
(余談・・・英才教育と言われるものがありますが、これは、子どもの発達から考えると自然な発達ではないかも?)
学習は、教科の学習だけではありません。生きるための学びをこの学校生活のあらゆる場面で、子どもたちは体験しています。学校は社会の縮図です。ですから、ここでの学びが、これから歩み出す子どもたちが活躍する社会に立ち向かう生き方につながります。
ですから、子どもたちに自信や誇りを身につけさせるのは、今しかありません。
子どもに学力を身につけさせるというよりも、自信や誇りに満ちた学習の自立を目指すことが子どもの成長にとってとても重要になります。
学力は当然あった方がよいに決まっています。しかし、学力がないからだめだということではありません。学習の自立が身に付いた子どもは、自分のもっている学力をフルに発揮し、常に学び続け、生きていくことができます。そして、必要な学力も自ら研き、身につけていくことができます。
言い換えると、「いかなることでも学びにする子ども」にするということです。
様々な子どもの様相は、すべて「自分を認めてもらいたい。」「自分を生かしてもらいたい。」という訴えの現れだと解釈することができます。
育てる側の私たちから考えると、何を学ばせればよいのかということを常に考える教師や保護者でなければならないということになります。
今しかないのです。次代を生きぬく力を身につけさせるために、学びの自立を目指したいと思います。
子ども自身の「認めてもらいたい。」「生かしてもらいたい。」という願いを生かすのは、この児童期、青年期に関わる私たち教師や保護者の力にかかっています。保護者と連携を取りながら、その子に合った学びを実現させたいものです。
失敗から何を学ばせるのか、子どもの自信と誇りに結びつけて考える私たちでいたいと思います。-
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