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from: 岐阜のすーさん
2012年12月10日 03時41分58秒
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よさ見つけ
誰もがよさと可能性をもっています。でも、自分自身がそのよさや可能性に気づいているかと言えば、そうとは限りません。
自分で気づかないでいることの方が多いかもしれません。それは、意識してしていることよりも無意識でしていることの方が多いからです。
人は感情の動物と言われますが、まさにその通りだと思います。
心地よいと感じることは、進んでしようと思いますが、嫌なことは避けようとします。
価値観も同じです。日頃の子どもとのやりとりの中で無意識のうちにしていることはとてもたくさんあります。
子どもへの言葉かけ一つとってもそうです。
例えば、物の準備が遅い子がいます。この時の言葉かけを考えてみましょう。
「自分の事は、自分でしなければならない。」「仲間と助け合うことは素晴らしいことだ。」という2つの価値観がありますが、同時に2つをすることができません。
教師の大切にしているの優先順位によって対応が違ってきます。
つまり、授業を始める時に「自分の事は後にしなさい。」と言って準備を後回しにさせるか、「早くしなさい。みんな待っているよ。」と言って準備ができるまで待つかという言葉かけの違いとなって現れます。
どちらがよいという訳ではありません。自分の大事にしている価値観が言葉になって現れるということです。
このような言葉かけは、意図せずに無意識的にしていることが多いと思います。
子どもによさ見つけをさせることがありますが、これも同様です。
低学年の子どもやよさ見つけをはじめる頃は、例えば、「消しゴムを拾ってくれた。」「仕事を手伝ってくれた。」「一緒に保健室に行ってくれた。」など現象として見えることによさを見つけることが多いように思います。
子どもに任せているとこれらがよさとなって広がっていきますが、なかなか内面のよさを見つけることはできません。「ちっとも変わらない。」という声を時々耳にしますが、教師が例示することで、よさの内容も変わってきます。
先ほども述べたように、ここで示す教師の例示も教師自身が意識できることでなければ、例示することもできません。
つまり、自分で気づけること以上のよさ見つけをすることはできないということになります。また、自分が大切にしていることが優先され、ひょっとすると気づいていても、示さない事もあるかもしれません。
自分ではなかなか気づけないことを他人に気づかせてもらうという点から考えるとよさ見つけはとても重要な場になります。
しかし、その質は、教師の見方・考え方一つで決まるということになります。
私たち教師が本当にその子のよさとして見ようとしているか、それとも教師の価値観から見ようとしているかが、大きな分かれ目になります。
「どの子もよさと可能性をもっている。そのよさを互いに認め合う場がよさみつけだよ。どの子も素晴らしいよ。」と心から子どもに伝えようとしている姿がよさ見つけにおける教師の姿勢になって言葉に表れてきます。
そして、
・よさを発見する子が特定の子どもになっていないだろうか。
・全員がよさを見つけようとしているだろうか。
・よさを認めてもらっていない子はいないだろうか。
・子どもが語ったよさが本当にその子のよさだろうか。
などと自問しながら、子どものよさ見つけをじっくりと観察することになります。
短い時間であっても、繰り返し行うことで、子どもの焦点の当て方は変わってきます。
全員がその気になって、仲間のよさ見つけをしようとすれば、日頃の生活が変わってきます。
すべて教師のこだわりにかかってきます。
12月も半ば、子ども同士が学級の仲間の事をどのように見ているのでしょう。表面的な関わりから内面まで入り込める関わりへと深まってきている集団かどうかをこのよさ見つけから見ることができます。
指導できることはないか、見つめ直してみたいものです。-
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