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創造目的学会

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  • from: from POCS MLさん

    2007年07月31日 07時23分25秒

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    「Re:天部=天使」

    天使について「カトリック教会のカテキズム」から引用します。
    http://www.cbcj.catholic.jp/publish/cate/roma/cate.html


    引用

    1 天使
     天使の存在は信仰の真理である
    物質的ではない、聖書によって通常天使と呼ばれている霊的存在者がいるということは、信仰の真理です。その点、聖書の教えと聖伝とは一致しています。

     天使とは何か

     聖アウグスチヌスは次のように語っています。「『天使』とは、本性ではなく役目を指していることばです。それでは、その本性を何と呼ぶのですか、とあなたは問うでしょう。その答えは霊です。役目は、と問われれば、天使と答えます。何であるのかといえば、それは霊で、何をするのかというのであれば、それは天使なのです」。天使は全存在をあげて神に仕える者、神の使者です。天使たちは「いつもわたし〔イエス〕の天の父のみ顔を仰いでいる](マタイ18.10)ので、「主の語られる声を聞き、みことばを成し遂げるもの」(詩編103.20)なのです。

     天使は純粋に霊的な被造物として、知性と意志を備えています。「わたし」という個であり、不死の被造物です。さらに、その完全さは目に見える全被造物を凌駕します。天使たちの栄光の輝きがそのことを示しています。

     キリストは「そのすべての天使たちとともに」おられる

     キリストは天使界の中心です。「人の子〔が〕栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき」(マタイ25.31)とあるとおり、天使たちはキリストのものです。天使たちがキリストのものであるのは、キリストによって、キリストのために造られたからです。「天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、王座も主権も、支配も権威も、万物は御子において造られたからです。つまり、万物は御子によって、御子のために造られました」(コロサイ1.16)。天使たちが何よりもキリストのものであるのは、キリストによって救いの計画の使者とされたからです「天使たちは皆、奉仕する霊であって、救いを受け継ぐことになっている人々に仕えるために、遣わされたのではなかったですか」(ヘブライ1.14)。

     天使は世界創造のときから、救いの歴史を通して、この救いを何らかの形で告げ、神の計画の実現に奉仕しました。たとえば、天使は地上の楽園を閉ざし、ロトを守り、ハガルとその子を救い、アブラハムの手を止め、律法は天使の働きを通して伝えられ、さらに天使は、神の民を導き、誕生や召し出しを告げ、預言者たちを助けました。これらは、天使の働きのうちの幾つかにすぎません。最後に、天使ガブリエルは、イエスの先駆者である洗礼者ョハネの誕生と、イエスの誕生を告げています。

     人となられたみことばの生涯は、その受肉から昇天まで、天使たちの礼拝と奉仕に囲まれています。神は「その長子をこの世界に送るとき、『神の天使たちは皆、彼を礼拝せよ』といわれました」(ヘブライ1.6)。キリストが誕生したときの天使たちの賛歌は、教会の賛歌の中にたえずこだましています。
    「いと高きところには栄光、神にあれ……](ルカ2.14)。
    天使は幼子イエスを守り、荒れ野で仕え、また、かつてのイスラエルのように彼らを通して敵の手から救われることができたにもかかわらず、死の苦悶の中にあるイエスを力づけました。
    キリストの受肉と復活の喜ばしい知らせを告げるのも、また天使です。天使はキリストの再臨のときにこれを告げ、審判の席にはべるはずです。

    引用終わり


     これを読むと天使とはイエス様のために作られ、救いを受けるものに奉仕する仕える霊であるが、神の使者で被造物の中でもっとも完全なものとして造られているがゆえに堕落人間にとっては神に近い清く美しく輝かしい存在としてうつることがわかります。
     また、カトリックではこのような霊的存在に対して信仰の対象として受け入れていることがわかります。


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  • from: from POCS MLさん

    2007年07月30日 06時50分08秒

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    「Re:Re:天部=天使」

    > そう言えば、これはバラモン教の多神を受け入れた形で始まったと言うことで、釈尊が一番最初に戒めたはずの内容ですね。


    実はそうなんです。

    ここに、本来釈尊が説いた仏教とは違ったものが、
    今日の仏教に入り込んでしまっているという事実を、
    認識することが出来ます。


    雑阿含の縄索経に、
    「我れ已に一切の人天の諸の縄索より脱せり」

    という釈尊の言葉がある通りです。


    法華経に興味深い記述があるようです。

    仏教法華経ノート(妙法蓮華経) 如来神力品 第二十一
    http://chaichan.web.infoseek.co.jp/chai/hokke_note.htm#hon21

    「諸天善神が法華経を説いた釈尊を供養すべしと空中から唱声した。(空中唱声)」


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  • from: from POCS MLさん

    2007年07月29日 06時27分00秒

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    「Re:天部=天使」

    なるほど、天部ですか。

    私は漠然と天使のような存在の記述が仏典にも多くあるのだなと思い、なんとなく共通性を感じたと言うレベルですが、あらためて見ると学ばされる点が多いですね。

    天使が本来仕える霊であり、人々に奉仕するという理解を強調し、それでも天使をあがめている人間の現在の状態など、仏教と聖書から共通性を引き出して、天使がサタンとなった動機と経路の真理性を浮き彫りにすると言う方法は取れそうな気がしました。


    > 一方、天部は、福の神として慕われています。
    > ですが、これを神様のように思ってしまうのはまるっきり間違って
    > いるわけです。


    そう言えば、これはバラモン教の多神を受け入れた形で始まったと言うことで、釈尊が一番最初に戒めたはずの内容ですね。


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  • from: from POCS MLさん

    2007年07月28日 06時28分29秒

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    「天部=天使」

    > 天部=天使という存在は、キリスト教における理解が深いということは言えると思いますか?


    「理解」というと正しく理解されていなければ意味がないと思いますが、

    一般的に愛着をもって天使と呼ばれる範囲内では、
    正しく捉えられているとは言いがたいように思います。

    すなわち、天使のほうが人間よりも上の存在として
    認識されていますが、
    ほんとうは、天使はその名の通り、天の使いで、
    人間の生活をサポートする存在なんですよね。


    では、キリスト教でどこまで正しく理解されているかといえば、
    聖書に、
    「御使たちはすべて仕える霊であって、救を受け継ぐべき
    人々に奉仕するため、つかわされたものではないか。」 
    新約聖書 ヘブル人への手紙第1章14節

    とある通りです。


    一方、天部は、福の神として慕われています。
    ですが、これを神様のように思ってしまうのはまるっきり間違って
    いるわけです。

    でも、経典には、人間が完成基準に達すれば、天部は使いとして
    働いてくれると、ちゃんと書かれていますね。

    「もしこの真言を持すれば、一切の諸明ことごとく皆成就せん。
    もろもろの持明仙、常に小使とならん、閻魔王と、水天と、風天と、
    主蔵天と、大自在天と、那羅延天と、帝釈天も、常に使者となって、
    用いるところを供給せん。」 
    金剛頂経 瑜祇経

    仏教では、如来と天部は明確に分けられています。


    チベット仏教画
    http://www.geocities.jp/sruje/shop/kaiga/0020.html
    拡大
    http://www.geocities.jp/sruje/shop/kaiga/0020.pdf
    (曼荼羅の右と左に天部が書かれています。)


    レンブラント-天使のいる聖家族-
    http://www.salvastyle.com/menu_baroque/rembrandt_family.html


    法隆寺をたずねて(金堂)
    http://www.kcn.ne.jp/~kingyo/KONDO.htm
    金堂壁画
    「かつて、金堂内の周囲12面の壁には釈迦・薬師・弥勒・阿弥陀の四浄
    土と八体の菩薩、上部の20面の小壁には飛翔する天人像が描かれていた
    が、不幸にも1949年(昭和24年)の火災で飛天小壁画以外は焼失し
    た。
    現在、金堂には模写が納められ、焼けた壁画は樹脂で剥落をとめ、収蔵
    庫に保存されている。
    中国敦煌の石窟壁画と多くの類似が見られ、興味深い。」


    天部
    http://www5a.biglobe.ne.jp/~houon/butu-bk06.htm
    http://www5a.biglobe.ne.jp/~houon/butu-bk07.htm


    法界院 天人像(飛天)
    http://www5f.biglobe.ne.jp/~kiiso/sansaku24.html
    法界院梵鐘 飛天 拡大
    http://www5f.biglobe.ne.jp/~kiiso/big_photo/photo206.html


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  • from: from POCS MLさん

    2007年07月27日 07時03分28秒

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    「Re:Re:Re:無上菩提」

    いつも、お世話様です。

    投稿、ありがとうございます。

    天部=天使という存在は、キリスト教における理解が深いということは言えると思いますか?


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  • from: from POCS MLさん

    2007年07月26日 06時39分04秒

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    「Re:Re:Re:絶対者」

    聖書に哲学的ボトムアップの要素は少ないとしても、聖書にはいろいろ神様はどういう方かを表す聖句があります。

    「あってあるもの」とか・・
    そういう内容を通じて如来との共通性などを示すのも良いかもしれませんね。

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  • from: from POCS MLさん

    2007年07月25日 08時26分41秒

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    「Re:Re:絶対者」

    「仏教側から因縁論に基づき『永遠絶対なる神が、神となった根本因を示せ』
    と質問し、
    キリスト教側が
    『天地を創造した第一原因を神というのであり、その質問はあたらない』
    と応答したというのですが、

    これと同じような答えを、お釈迦様もなさっているお話が、雑阿含にあります。


    釈尊の弟子の舎利弗が説いている中で、釈尊(世尊)が説かれた内容です。

    「『如来には後の生死有りや。』
    舎利弗答えていわく、
    『世尊説かせたまいていわく、「これは無記なり」』」

    「この如き因、この如き縁の故に世尊は、
    『「如来は若しくは有りや、若しくは無きや、 若しくは有りとも無しともし、若しくは有るにもあらず後の生死無きにもあらざるや」
    と問う者有るも記説すべからず。』」

    雑阿含外道経


    如来は、解脱して、有るとか無いとかの議論を超えたところにいらっしゃいます。

    従って、仏教側の質問の「永遠絶対なる神」を「如来」に置き換えてみれば、
    仏教側の質問は議論の必要のないことだったと思います。


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  • from: from POCS MLさん

    2007年07月24日 06時44分52秒

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    「Re:絶対者」

    大日如来は摩訶毘盧遮那(マカビルシャナ)の訳で、その発達した形態。
    「宇宙の全てを仏格化し、色も形も超越した絶対的な仏」、諸仏の根本の仏として位置づけらている。

    と言うことですから統一思想でいう本性相と本形状の二性性相の中和的主体と言う表現にぴったりきますね。

    仏格化とは真の愛によるロゴスによって相対的関係を、すなわち四位基台を形成すると見れば一致します。

    その神の根本は心情であると言うのが統一思想ですが、
    ユダヤ教やキリスト教の神はこの定義づけは不明確ですし、教えの根本がどこからくるのかと言う学問的な内容、悟りの体系化という意味では不充分であり、どうして創造主である神であると言えるのか?と言うのは、より学問的体系をもつ仏教側からすればもっともな質問ですが、
    統一思想的観点は有効な見方だと思うのですがどうでしょうか?

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  • from: from POCS MLさん

    2007年07月23日 06時54分26秒

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    「絶対者」

    この仏基論争について、

    仏教とキリスト教を和合する手がかりは
    「絶対者」にあると思います。

    キリスト教で神と言えば、唯一無二の絶対者であり、
    創造主のことですが、
    広辞苑などで引くと創造主という言葉は出ておらず、
    絶対者は出ています。

    一方、仏教で絶対者といえば、法身大日如来のことです。

    ジュニア版 神社仏閣ミニ辞典 P11
    http://www.ne.jp/asahi/koiwa/hakkei/bukkyou27-3.htm

    仏教では、絶対者である法身仏は、
    人間には直接理解することはできないがゆえに、
    人間に理解できるお姿で現れたのが阿弥陀如来や釈迦如来である、
    というふうに説いています。

    お釈迦様も如来のことはおっしゃっています。

    そして、阿弥陀如来による他力本願が、
    親なる如来の慈愛を意味したものであることを考え合わせれば、
    整理がついてくるのではないかと思います。

    仏教においては、如来を「親」と呼んでいます。
    これは特に大乗仏教以降においては明確です。

    キリスト教においても、神様は、父なる神です。

    従って、キリスト教の神=仏教の如来=人間の親
    であることは否定できないでしょう。


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  • from: from POCS MLさん

    2007年07月22日 07時34分48秒

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    「Re:理法と創造」

    この内容は理法においての今までの捕らえ方まで入れるともうすこし説得力が出ると思いますが、少し表現において不足ではないかと私自身が感じたところは

    > 創造された理法の世界は相対的なものです。それは、陽性と陰
    > 性の相対的関係によってしか有形的な力は生じ得ないからです
    > 。しかし、このような神の愛でその世界を見るときにそこには
    > 絶対的な調和があります。しかし、逆にこの土台を見失うなら
    > ば相対的な世界であるがゆえに無価値な世界か、その見るもの
    > の主観による世界となり、どちらにしてもこの世界を調和的に
    > 見ることは難しくなるのです。

    ここに、単に見ることだけでなく、理法で作られた世界は相対的なものであるが有形実体世界であり、自己中心的な誤った主観により実際的に環境破壊や争いも起こっていると言う現実的な認識が必要であり、それと同時に本然の調和が可能な本性を見ることが出来なければならないと思うのです。


    > 無から世界を創造するには相対的関係が必要でした。その先有
    > 条件は神の心情から発せられた言葉であるロゴス、すなわち理
    > 法によるものであり、それによって世界は創造されなければ世
    > 界は生じ得る何の理由も見出すことができないのです。
    >

    ここで言う無は物質的には無であると言う意味ですが、厳密に言えば本性相と本形状の授受作用によって、理法が生じ、理法は万物の内的性相と内的形状となるとされていますが、統一思想はトップダウン的で、このような専門的用語を一言で説明するのはもう少し推考を重ねて言葉を吟味する必要がありますが、今回は省略しています。


    また、理法の歴史的な扱われ方や、神道は多神教であることは知られていますが、仏教も根本的存在から派生する多神教に近い展開が見られるので、ここらへんの考えとのつながりのわかりやすい説明が必要かもしれません。
    ただ、どちらにしても仏教側の多くは創造や愛よりも理法が根本だと思っているので、かなりパラダイム転換となると思います。


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