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from: from POCS MLさん
2007年01月14日 15時54分11秒
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創造目的学会の使命
ストレートにいえば①糸口として、この世界が成り立つためには相対的関係が可能な存在が必要であることを主張する。②相対的関係が可能となるには、超越者によっ
ストレートにいえば
①糸口として、この世界が成り立つためには相対的関係が可能な存在が必要であることを主張する。
②相対的関係が可能となるには、超越者によって相対的関係が決定されなければならない、ということを示す。
②さらに統一思想を仮説的説明として受け入れさせる。
③超越者は統一思想の愛の神であるというデータを提示していく。
ことが神様を証する科学的手段であり、創造目的学会の使命ということでしょうか?
また、粒子のことですが、現在・・ひもであるとかループであるとか言われているものがそれに当たると思いますが、どのような形態を示すといえるのかは仮説の域を未だ出ていない状況であると思います。
アインシュタインはものの実在性を証明しようとした徹底した実在論者と言われます。1つの光子でこのくらいのエネルギーとして換算される・・すなわち実在的な影響力がある・・・という一見当たり前のことをアインシュタインは証明しようとしてそれが光電効果としてノーベル賞を受けたこと、それが相対性原理という今までの世界観を変える内容を発表した上でなされたこと、これが重要であるとは私も思います。
聖書の光の記述が、実際に創造のはじめの光を示すものでないにしても、聖書が光を世界を時間的・空間的に把握するために必要なものとして創造されたことを主張しているのは事実ですので、これを重要なテーマとして掲げることは意義があると思います。
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from: from POCS MLさん
2015年02月05日 18時43分20秒
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>そうだと思います。しかし、私が思うのは祝福血統転換に望む姿勢が正しくなければ、血統的に生まれ変わった立場に立てても本来の心情転換がなされない、堕落性を脱ぐことが出来ないと思います。
>本来の責任分担は、神様の心情を知り、真の愛を中心として心と体を一つにすること、その上で第二祝福を受け夫婦愛を完成し・・・というような家庭盟誓にある内容、すなわち、創造目
的を達成することだということを最近聞きました。私たちは、それをなすために必要な内容を備え、そこに向かうことがいかに希望なのかを証できるものにならなければならないと思います。
とても難しいことですけれど、同感です。
ほんとうに神様の創造目的を達成しようと思ったら容易なことではないと思います。
実際、ほとんどの人は自分の生活の許容範囲内で歩んでいます。
でも、それでは神様の創造目的には永遠に到達できません。
無私の心情は仏教が説きましたが、その上で神様の心情に立つということは
堕落した人間にとっては考えられないようなことだと思います。
私は最近、砂漠で生きているトカゲを引き合いに出します。
いつ雨が降るともわからない砂漠で、トカゲは生きています。
堕落人間にはとうてい耐えられない世界だと思います。
堕落人間は、まずどうやって自分が生きていくかを考えます。
しかしトカゲは自分がどうやって生きていくかなんて考えていない。
与えられた環境をそのまま受け入れ何も悩まず生きています。
本来の人間は、まず神の国を求めて、自分の生活をどうするんだとか
考えもしなかったと思います。
そういう境地に立つ人しか天国人にはなれないのではないかと思います。
天国人がいかに希望か、証していくことは困難なことですけれど、
そういう意識を持った創造目的学会は、限りない希望がありますね。
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from: from POCS MLさん
2014年08月05日 22時52分23秒
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> 愛も、欲望の代名詞としての愛ではなく、
> 与える愛、創造の愛が、本当の愛ですね。
>
> まず神の国と神の義を求めよ、といわれたイエス様の言われた愛は
> 明らかに神様の愛である与える愛を意味していたと思います。
>
> 仏教では慈悲がこれにあたり、これは慈しみ、哀れみの愛ですが、
> 与える愛であることには違いありません。
>
> この愛の絶対的基準が純潔、夫婦の愛ということになるのでしょう。
> このような関係性をつくるには祝福による血統転換に参画する
> 以外にはないと思います。
>
> 失われていた本来の愛、絶対的基準の愛の基準に立つために、
> 祝福による血統転換が必要だというわけですね。
>
そうだと思います。しかし、私が思うのは祝福血統転換に望む姿勢が正しくなければ、血統的に生まれ変わった立場に立てても本来の心情転換がなされない、堕落性を脱ぐことが出来ないと思います。
祝福そのものは、絶対的なものであってもそれに臨む姿勢、また、祝福を受けてから相手を知る期間、家庭を持った後、また、周辺地域の人々や氏族と関わる姿勢、子女教育とこれらが成功して本来の真の愛を中心とした神様の家族となることが出来ると思うのです。
私たちは御旨において犠牲になって善なる条件を立てているという意識はありましたが、これらの現実に関して十分戦い切れていない点も多かったと思います。ある意味、現実を避けてき
た面もあったかもしれません。
本来の責任分担は、神様の心情を知り、真の愛を中心として心と体を一つにすること、その上で第二祝福を受け夫婦愛を完成し・・・というような家庭盟誓にある内容、すなわち、創造目
的を達成することだということを最近聞きました。私たちは、それをなすために必要な内容を備え、そこに向かうことがいかに希望なのかを証できるものにならなければならないと思います。
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