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from: yeshangさん
2013年01月13日 20時17分13秒
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東日本大震災の津波に思う
三陸での地震、津波は珍しいことではなく、明治以来でも大きなもので3度の被害にあっています。
1. 明治三陸地震 明治29年6月15日(1896)
各地の震度は3~2、しかし、大津波が発生。d@dyi9.被害はなかったが。
大津波が発生。岩手県三陸海岸で大船渡市22.4m、宮古市で18.9m、上高38.2mに
死者2万1915人、行方不明44人。(ほぼ今回の東日本大震災と同じ死者・行方不明者数です)
2. 昭和三陸地震 昭和8年3月3日(1933)
震度は三陸海岸軒並み震度5.
大津波で被害は甚大に。死者1522人。行方不明1542人。負傷者1万2053人。
最高遡上高28.7m>
3. チリ地震津波 昭和35年5月22日(1960)
チリ地震による津波の襲来で死者・行方不明142名。被害家屋4万6000戸。
津波は5~6m>
このように三陸は祖父母の時代から3度も大津波にあっています。そして今回の東日本大震災と津波。
規模からいって今回のものも過去のものとそん色はありません。当然何十年かすれば起こりうる地震・津波と考えられます。
それにしても、東京電力はなぜ丘を削ってまで低い位置に原発を設置したのか? 明治の経験が生かせなかったのか? 冷却水設備等の電源系統が貧弱だったのか? 原子炉排気に清浄機がなかつたのか? などなど疑問がつのります。
まだ原発被害は地震によるものか、津波によるものかもはっきりしません。
これまで3度も、そして今回も津波被害にあって三陸の人々はどう考えているのか?
原発の近く遠くに係わらずやはり懲りずに海岸付近での生活を望んでいるのだろうか?
前々から疑問に思っていたことを忘れないうちにと思って書きました。
それよりも、少なくとも復興計画の青写真を早く書きあげて実施に移さないと復興資金はどんどんあちこちに垂れ流されますよ!-
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