「一休みしたから、ちょっと近場へSLを見に行ってこようか。」

「新橋のSL広場へでも行くの？」

「いや、タイムスリップはしてみるよ。やっぱり生きている彼らに会うほうがいいもんね。総武線と越中島貨物線にまだSLが走っている頃まで遡ってみよう。」

「さあここが新小岩の機関区だ。昭和30年ごろ常磐線の三河島大事故を起こしたD51君が教訓のモニュメントとして展示されていたんだ。」

「今はもういないの？」

「さあどうなったかな？　おいらも知らないよ。誰か教えてくれるといいね。」

「ところで、裕子はちゃんと投票に行ったのか？」

「ちゃんと2回目のSLの旅に出る前に不在者投票して行ったよ。都知事選はすっぽかしちゃったから、これが生まれて始めてよ。裕子は昭和時代をスリップで経験してるけど、ムードがぜんぜん違うのね。昭和40年代後半は安保だ、沖縄返還だと国民がすっごく加熱してたわ。社会党や共産党なんかすっごくがんばってたと思うわ。今はどっちも歴史の残りかすみたいになっちゃっているのね。世の中は良くなったのかしら、それとも良くなくなったのかしら？」

「裕子もまじめに考えることがあるんだね。世の中は方向性がいいか悪いかはわからないけどどんどん進化していくものなのさ。今の時点で何が一番いいか良く考えるしかないね。」

｢裕子が昭和時代を漫遊してるとき，現世ではなんか変わったことはなかったの？｣

｢あったと言えばあったし，定常状態といえば言えなくもない。｣

｢難しい言い方をするのね。｣

｢タリバンやアルカイダのテロや拉致，尊属殺人や幼児虐待，いやな世の中になったけどこれが定常化しちゃうから恐ろしい。｣

｢ほんとね。宇宙大戦争で諸悪の根源が絶たれたはずなのに，もっと悪くなっていくみたい。｣

｢組織的，国家的悪はなくなったとは思うよ。でも個人のレベルに拡散しただけなのかもな。｣

「参院選で安部自民が大敗したって聞いたけど、ホンと？」

「本当さ、小泉さんが独特のパフォーマンスでむしりとった衆議院の議席をみんな民主に返しちゃった感じだな。」

「世の中変わるかしら？」

「変わるわけないだろう。どちらも似たもの同士だ。所詮ホモジーニアスな日本人さ。だけど、強引な立法がやりにくくなる分良くなるんじゃあないか？」

「昌夫さん久しぶり。」

「久しぶりじゃあないよ。糸の切れた凧みたいに、一回飛び出したらなかなか帰ってこないんだから。心配したぞ。でもこの程度のトラブルでよかったよ。ちょくちょく帰ってこいよ。」

「どうしてもこの知恵の輪トラップが開かないの。だんだん日も暮れて寒くなってくるし、しばらく１人ぼっちだったことが急に心細くなっちゃった。昌夫さん助けて、ＳＯＳ．
そしたら、突然模型のＣ５７１２７号機が現れたの。そして、今裕子のいる半径1.5メートルの空間を切り取ってそのまま昌夫のところへ連れて行くってくれるんだって。そして、このＣ５７さんは、裕子とはかつて亀岡の近くで出会ってるんだけど覚えてるかしら、って言うのよ。そういえば、朝霧の中から出てくる姿を思い出したわ。昌夫さんと会ったばかりのときで、一緒に見ていたような気がするわ。」

「裕子、調子付いて白一色の世界を転げまわっていたら、マタギさんの仕掛けた罠にトラップされちゃった。カモシカの捕獲用だったので鋭い歯がついて無くって助かったわ。だけど知恵の輪みたいで全然外れないの。なんかぐいぐい骨に食い込んでくるようで、とっても痛かったわ。」

「どうも梅雨が明けてから暑い日ばかりが続くので、裕子は、この雪国、手ノ子に暫く滞在します。尻餅ばかりついてるけど、暑いよりは寒いほうが心地よいわ。寒くなりすぎたら、ちょっと戻ってくればいいんだから。9600君は胴長短足の典型で不器用そうだけど、何処と無く力強く、裕子は好きよ。」

「こんなに白一色の世界に来たのは生まれて初めてなので、裕子はもう少しここにいることにします。でも雪の中を歩くことに慣れてないので、こけてばっかり。」

「裕子ちょっと窮屈な思いをしたので、９６００君にちょっと動いてもらいました。これで脚を思いっきり伸ばせるわ。」

「９６００は雪国にとても良く似合うわ。黒一色の逞しい上半身に雪の斑点が映えてとてもきれい。」