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from: エリスさん
2008年01月21日 11時57分49秒
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秘めし想いを……・1
若草が萌える春の庭。姉は、花飾りを作るのが好きだった。私はいつも、庭のあちこちに咲いている白くて可愛い花を摘んでは、姉の方へ持っていった。そうすると、
若草が萌える春の庭。
姉は、花飾りを作るのが好きだった。
私はいつも、庭のあちこちに咲いている白くて可愛い花を摘んでは、姉の方へ持っていった。そうすると、姉が愛らしい笑顔を見せてくれるからだ。
姉の定位置は、池の傍に咲いている花の群れの辺り。そこまで、私はよく走ったものだった。
「お姉様ァ!」
私が手に一杯の花を持って走っていくと、姉は笑ってこう言った。
「走っては駄目よ、忍(しのぶ)! ゆっくりいらっしゃい!」
そうは言っても、私は早く姉の傍に行きたいから、言うことも聞かないでいると――本当に転んでしまった。
でも……。
「ああ、ホラ!」
姉がこっちに来てくれた。優しく抱き起こしてくれる、この幸せを手に入れられたのだから、転ぶのも悪いものではないわ。
だからこの機会に、私は思いっきり姉に抱きついた。
「紫苑(しおん)姉様、大好き!」
「あらあら……私もよ、忍」
「ホント! それじゃ、ずうっと私の傍に居てくださる?」
「ええ、もちろんよ」
「本当? ずうっとよ。お嫁にも行かないで、私と一生暮らしてくださるの?」
「まあ、忍ったら……」
姉は困ったように笑っていた。嘘でもいいから、もう一度「もちろんよ」と言ってもらいたいのに、姉は笑っているだけだった。
「……お姉様?」
どうしてか、その笑顔が遠のいていく。
手は握っていたはずなのに、感覚を無くし、空を摑んでいた。
そしてますます、姉の笑顔が、手を伸ばしても届かないところまで遠のいていく……。
「お姉様! 紫苑姉様!」
追いかけて行きたいのに、足が動かない。
ああ! お姉様が消えてしまう!
「姫様!!」
……え?
「姫様! 忍姫様! 起きてください!」
―――――――――!
あっ……夢だったんだ。
気がつけば、目の前に女房(侍女)の小鳩の君(こばと の きみ)がいた。
私は庭に面した御簾の傍で、ついウトウトと眠ってしまっていたのだ。良い天気で気持ちがよかったものだから。
「うなされておいでだったのですよ」
と、小鳩の君は言った。「悪い夢でも見ていらしたのですか?」
「悪い夢?……そうね。お姉様が消えてしまう夢だったから」
「まァ、紫苑姫様が……それはお辛かったでしょう……」
「うん……でもね。久しぶりにお姉様に会えて……嬉しかったの」
そう。紫苑と呼ばれた私の姉・紘子(ひろこ)が亡くなってから、もう八年も経っていたから。
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from: エリスさん
2008年01月21日 12時45分57秒
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「秘めし想いを……・2」
第一章
あの夢はまるで前触れのようだわ。
姉の夫・菅原の少納言(すがわら の しょうなごん)が訪ねてきたのは、その日の夕方のことだった。
寝殿(しんでん。屋敷の中で家長と正妻が住むところ)で長らく父と対面した少納言は、夜も遅くなってから帰ったという。
私は、少納言が嫌いだった。
私から姉を奪った人。――まだ十五歳だった姉と結婚して、自分の屋敷へ連れていってしまった人。
何より、姉が一番愛した人。それが許せなかった。
それなのに――次の日、父・藤原の大納言(ふじわら の だいなごん)から聞かされた言葉は、驚愕に耐えないものだった。
「な、なんですってェ!?」
私の悲鳴にも似たその声は、屋敷中に響き渡っていたと、後で小鳩に聞かされた……。
平安京に都を遷して、いく年月。
世は、後に「彩彰天皇(さいしょうてんのう)」と称されることになる彰喬親王(てるたかしんのう)の治世。弘徽殿の中宮(こきでん の ちゅうぐう)むとの間に親王もお生まれになって、近々その親王が東宮(とうぐう。皇太子のこと)におなりになると、世間ではそんな噂で賑わっていた。
そうなってくると、父も考えてしまうのだろう。
「我が家も跡継ぎを決めなくては」
我が家の子供は姉と私だけで、男児がいない。
以前は、姉の婿になった人に跡を継がせようと、父も親類を頼って「婿殿候補」を探していた。ところが――。
当時まだ中宮(天皇の正妻)でいらした麗景殿の皇太后(れいけいでん の おおきさき)が、雅楽の宴を催された。そこに、箏の琴(そう の こと。琴の一種)の名手である姉が招かれた(私たちは皇太后の妹・薫の君の夫である、藤原の左大臣の従姉妹にあたる)のだが、その時、笛の名手として招かれていた菅原の少納言(当時はまだ少将)と知り合い、恋に落ちてしまった。
いずれは父の跡を継ぐ、という約束で少納言は姉との結婚を許してもらい、先ずは二人だけの生活を始めた。
「一姫二太郎」という理想的な順番で子供にも恵まれて、姉と少納言の結婚生活は、確かに幸せだったのかもしれない。けれど八年前、姉は風邪をこじらせて胸を傷め、亡くなった。
跡継ぎとなるための絶対条件である姉を失ったことで、この話は宙に浮いたまま時が過ぎてしまっていた。
だからって、だからって、だからって!
少納言が父に言ってきたことは、私をイラつかせるに十分だった。
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