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恋愛小説発表会〜時にはノンジャンルで〜

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  • from: エリスさん

    2008年10月31日 13時35分57秒

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    「箱庭・36」



     数日後。私は懐かしの芸術学院を訪れた。今、亡き川村 郁(かわむら かおる)の一周忌特別公演として、川村郁が生前企画していた舞台を上演しているのだ。しかも、出演している俳優は卒業生が主で、足りない役を在校生が受け持っていた。
     ところで「川村郁って誰?」と思った読者諸君もいることでしょう。この人は親子二代で芸術学院の講師を勤めた人で、卒業生でもある小説家。昨年の秋、長男を出産した折に難産のために衰弱し、亡くなられた。まだ二十五歳だった。「川村」というのは筆名(ペンネーム)で、在校生の時の旧姓は「佐保山(さおやま)」、結婚後は「藤村」となった。これだけ呼び名があると、在学の時から知っている私としては、なんと呼んでいいのか困ってしまう。再従姉(はとこ)の郁子(あやこ)は同じ演劇サークルの先輩ということもあって「姉様(ねえさま)」と呼んでいたけど。
     これから紅葉しようとする蔦の歯に包まれた旧校舎の中に、公演会場となる講堂はあった。初日ということもあって、一階の客席はほぼ満席状態だった。開演三十分前に来たというのに、とても前の方の席になど座れない。仕方なく、私は二階席の後ろの方に座った。
     落ち着いたところでパンフレットを開く――演目は「雪華―あまねく星の彼方から―」。原作者はあの嵐賀エミリーである。
     この戯曲を上演するにあたっては、いろいろと問題があった。エミリーがまだ学生時代、在校していたお茶の水芸術専門学校(芸術学院のすぐ近所)で、演劇研究会の仲間と綿密な打ち合わせを経て作り上げたもので、著作権の問題もあり、書籍にもなっていなかった。なので、エミリーもこの戯曲は母校にだけ上演を許していた。ところが近所ということもあって、この舞台を見た川村郁は、ぜひ自分の主宰する演劇サークルで上演したいと思い、何度もエミリーのアトリエに足を運んだと聞いている。けれど、ライバル校とも言える芸術学院に上演を許すことは、母校を愛する人間なら誰でもそうだろうが、できなかった。――その間、五年。あまりにも決着がつかないので、エミリーの親戚でもある郁子が仲立ちをしようか川村郁に申し出たそうだが、
     「これだけは自分で勝ち取りたいの」
     と言って、笑顔で断ったとか。
     そして、とうとう郁の熱意に負けて、エミリーは上演を許可したのだった。けれど、郁はその夢を実現できぬまま亡くなり、遺志を継いだ郁子がこうして上演することになったのだ。
     パンフレットには出演者たちが本名で載っていた。これを筆名や芸名に直すと、錚々(そうそう)たるメンバーになる。ただ、やっぱりプロの出演だけは許可してもらえなかったので、卒業生でも本職の俳優は誰も出ていなかった。
     主人公のフェブ役には去年卒業した漫画家の尾張美夜(おわり みや)、恋人役のジーラには私の同期で小説家の黒田建(くろだ たける)――あら、それじゃかつての恋人同士が恋人の役をやるのね。――郁子は一番重要な役・ジュノーを演じる。
     この物語は、神王ジュピターの愛人の子として育てられたフェブと、王妃ジュノーとの確執を描いたもの。女性の貞節を守護する女神として、夫の愛人たちを許せないジュノーは、その娘であるフェブにもひどい仕打ちをする。けれど、何故かフェブはジュノーを慕わずにはいられない。ある日、ジーラとの結婚が決まったフェブに、ジュノーは罠を仕掛けて……。そして、悲劇はフェブとジーラの心中の後に明らかになる。ジュノーがある理由で手放してしまった娘、それがフェブだったということに。実の娘を死に追いやってしまったジュノーに向かって、天から白い雪のような華が無数に降り注ぐ。それは生前、フェブがジュノーのために作った華だった――。
     このストーリーを郁子から聞いた時、私は胸が詰まったのを覚えている。まるで、フェブが私自身のように思えて。
     場内が暗くなる――上演が始まったのだ。
     さすがに芸術家を育てる芸術学院。演出の仕方も、舞台装置も、実に凝っている。そして、出演者の演技もアマチュアとは思えない出来栄えだった。ことに郁子だ。絶対に郁子にはジュノーをやらせたい、という川村郁の遺志通り、郁子のジュノーは凄かった。彼女自身はあまり美人とは言えないのだが、幼いころから音楽教室に通って鍛えた美声と音感、中学生のころから習い始めた日本舞踊による立ち居振る舞いの上品さ、いじめを克服するために入った武道場で身につけた機敏な身のこなしと度胸で、見事に美しい女神になりきっている。こういうのを「変身の面白さ」というらしい。
     ラストに近いところで、ジュノーの独唱が入る。愛人のもとに入り浸って帰ってこない夫を待ちながら、独り寝室でお酒を飲むシーン。
     「コバルト色した 広い空映す……」
     うわァ、凄い声量。それにこの声、他の人はピンマイク使っていたのに、使ってないわ。それなのに、こんなに遠くまで……。
     『私って、本当に凄い人と親戚なんだわ』
     較べて自分は、と思うと、恥ずかしい。
     ――拍手は、アンコールが終わっても鳴り続いていた……。
     人がすくのを待って、私は楽屋へと行った。絶対に来てくれ、と手紙にあったからだ。
     授業がお休みということもあって、郁子は教室の一つを楽屋として使っていた。ノックしてから中へ入ると、まだ衣装のままの郁子がドレッサーの前に座っていた。
     「沙耶さん! 来てくれたのね」
     立ち上がった時、膝まである髪がサッと靡いた。普段は三つ編みにしているから、それほどとは気付かないが、ウェーブをストレートにすればもっと長く見えるのだろう。彼女のこの綺麗な長髪を見るたびに、髪質のせいでショートカットにしかできない自分が恥ずかしくなる。
     「どうだった? 舞台」
     「素晴らしかったわ。特にアヤさんの独唱。学生のころより上手になられたんじゃない?」
     「褒めすぎよ……あら?」
     郁子は私の手を取った時、ちょっと驚いた表情をした。
     「沙耶さん、もしかして、妊娠してるの?」
     「え? わかる?」
     まだお腹も出ていないし、悪阻も落ち着いているのに、どうして分かるのだろう。
     「あなたの胎内からね、別のオーラを感じたの……男の子か女の子か、当ててあげましょうか?」
     「ううん。楽しみ薄れちゃうから」
     霊力でそこまで分かるなんて、さすが。

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  • from: エリスさん

    2008年10月31日 11時20分58秒

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    「箱庭・35」
     その、夜のことだった。
     喬志のうめき声で目が覚める――うなされていたのだ。
     傍によって、起こしてあげようと彼の肩に手をかけた、その時だった。
     突然見えた、ビジョン――吹雪く雪山の中を、少年とまだ幼い少女が走っていた。その遠く後ろを、大柄な中年男が追いかけてくる。――少年は、子供のころの喬志らしい。
     少女は誰なのだろう。明らかに怪我して走りづらそうなのは、スカートの下、膝のあたりに血が流れていることから分かる。喬志は振り向いて男との距離を確認すると、少女を背負って走り出した。
     木の生い茂る斜面を右手に見ながら、しばらく走る――その時、喬志の足がよろけた。
     二人とも雪崩を起こしながら斜面を落ちていく……その先に、折れて根元だけを残した木が――!
     左足の膝に激痛を感じたとともに、悲鳴。――どうして私に痛みが伝わるの!?
     少女は、そのまま斜面を落ちていた。
     「お兄ちゃァん!!」
     少女が叫んでいる。――そして、
     「史織ィ―――――!!」
     そこで、ビジョンが消えた……喬志が目を覚ましたのだ。
     苦しそうに喘ぎながら前髪を掻きあげた彼は、傍に私がいることに気付いて、しばらく無言のまま見つめていた。そして、
     「俺、なんか言ってなかった?」
     言ってはいなかったけど……。
     私は彼の肩から手を離して、言った。
     「苦しそうにしていただけよ」
     そんなごまかしで納得してくれる人じゃないけれど……彼は私を引き寄せて、抱きしめてくれた。
     「君は、絶対に死ぬなよ……これ以上、悪夢を見せないでくれ」
     「……くどい人ね」と、無理に笑顔を作りながら、私は彼から離れて、見下ろした。
     「知ってるでしょ? 私は約束は守る女よ。だから、安心して眠って。もう、悪い夢は見ないから」
     私が掛け布団を掛け直してあげると、しばらくして彼は静かな寝息をたてはじめた。
     その時だった――誰かの視線を感じて、私は顔をあげた。
     すると、喬志の枕辺に、誰かが座っていた――ほんの一瞬だったが、確かにそこに女性が座っているのが見え、そして、その女性が私の顔を見て微笑み、フッと消えてしまったのだ。
     『……な……なに? 今の?』
     幽霊?――というより、ドッペルゲンガー? その女性の顔は、私にそっくりだった。髪型は私と違って長髪だったけど。
     それに……。
     『喬志の夢の中の少女と、同じ服装だった……』
     あの少女が成長して、今の幽霊(?)になったってこと? それがどうして私とそっくりなの!?
     分からない……それに。
     『アヤさんじゃあるまいし、私にあんな能力があったなんて』
     私は確かに喬志の夢を覗いた。あれが「夢見」というものなのね。他人の夢を覗き見、なお且つその人の痛みまで感じることができる――今日が初めての体験。(実は幽霊ならたまに見ることがあった)
     祖母が言っていた。私はちゃんと修行をしているわけではないから、たまに突拍子もない霊力が出るかもしれないって。だから、暴走しないためにも水晶などで制御しているのだけど。
     あの夢は、喬志の実体験なのだろうか。だとしたら、あの少女はあの時に亡くなって、それで先刻の幽霊になって、今でも彼のそばにいるの? いったいあの子は喬志のなんなの? それに、あの激痛――喬志の左足にある円形の傷跡は、紛れもなくあの時、折れた木が刺さったのだ。ああ、だからなんだわ。階段のあの降り方。平地を歩くときはごまかせても、階段を降りる時は跛行していることが分かってしまうから、わざと仔馬のように拍子をつけて降りているのね。
     私……今まで、この人の何を知っていたのだろう。会社での誠実で仕事熱心な姿、杏子への一途な想い、それだけを見て、それがすべてと思い込んでいたんだわ。この人にだって、こんなにも危なげで、一突きで崩れてしまいそうな脆さがあったのだ。
     それなのに、私はこの人に甘えてばかりいる。望むだけ望んで、なにも返そうとしていない――返す術が見つからない。
     もう、この人に会わない方がいいのに……。

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  • from: エリスさん

    2008年10月30日 19時22分19秒

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    「Re:2サークル共通「ただいま」」
     病院から帰ってきた後、今は兄と一緒に「げんしけん」を見ながら夕飯を終えたところです。

     なんで病院に行ったか。
     覚えてます? 去年の今頃。我が家の猫が兄弟喧嘩を始めて、仲裁に入った私が大怪我したこと。

     「どうしたんですか、それ!?」

     治療のために包帯を巻かれ、しかもその上に、薬剤が染みだしてこないようにと綿の入ったシートを貼られ、上着の袖が通せないぐらい分厚くなってしまった私の腕を見て、さすがのあの人も絶句したもんだった。

     この時、破傷風の予防接種を受けた。
     飼い猫だから細菌は持っていないだろうけど、予防のために、ということで。
     接種は三回受けなければならず、今日がそのラストの三回目だったわけだ。
     私が予防接種を受けに行くことを、兄に言ったところ、兄は公太を捕まえて、

     「もう公ちゃんは、どうしてお姉ちゃんに噛み付いたりしたの!」(公太は母が、私の弟に、と拾ってきた猫です)
     「まあまあ、お兄ちゃん。それも今回で完璧に治るんだから」
     本当は公太の歯形が残ってるんだけど……。

     あれから公太と福は、二度と喧嘩をしないようにと、同じ時間にケージ(猫小屋)から出さないようにしてます。
     その後、公太は姫と結婚し、赤ちゃんが生まれて大家族になって――もう一年経ったんですね。
     二度とあんな大怪我はしたくないものです。

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  • from: エリスさん

    2008年10月30日 14時27分15秒

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    2サークル共通「聖徳太子がいなかった!?って、本当ですか! エリスさん!」

     最近職場の同僚から聞かれた言葉を、そのままタイトルにしてみました。

     というわけで、小説アップは予定通り明日やりますが、今日は病院に行くことになっていて、午後の診察時間まで時間が空いてしまったのでネットカフェで時間をつぶしております。
     その間、この質問に対する答えを書いておきましょう。
     まあ、ネットで『ウィキペディア(Wikipedia)』を見ればすぐに分かることなんですが、それじゃ同僚たちは納得しないでしょうから。そいでもって、みんなこのサークル見てるし(^_^;)

     その問いが出されたとき、私は、
     「まあ、その解釈は間違いじゃないんだよね」
     と答えました。当然「なんで!?」と聞き返されました。
     私と一歳しか違わない人は「お札の顔って言ったら<聖徳太子>って答えるぐらい、私たちにとったら身近な人物が、実在しないってことがあっていいの????」と驚いていました。――まあ、無理はない。

     最近はこの問題が書籍にもなっていて、私が見ているテレビ番組でも「ただいま調査中!」と予告している。最終的にどうゆう答えが出されるか分りませんが、とりあえず今の時点で私が説明できることは、以下の通りです。


     聖徳太子の本名は厩戸皇子(うまやどのみこ)。その名が命名された理由として伝わっている話としては、母親の穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)が厩(馬小屋)の前で産気づいたからだ、という、なんともイエス・キリストの生誕伝説そっくりな話が伝わっています。――ここから発展して、実は聖徳太子はクリスチャンだったんじゃないかっていう憶測まで飛んでいます。
     そしてまたの名を上宮王(かみつみやのみこ)ともいいます。これは皇居の中の「上宮(かみつみや)」と呼ばれるところで独身時代を過ごしていたかららしいですね。
     あとは豊聡耳皇子(とよとみみのみこ)。「十人が同時にしゃべった言葉をすべて聞き取った」という伝説は、おそらくこの名からきています。
     いろいろな別名を持っている厩戸皇子ですが、実は生前「聖徳太子」と呼ばれていたことは一度もありません。これは死後につけられた、いわば愛称だったんです。平安時代にはもう定着していた愛称ですが、奈良時代より前ぐらいならまだ「上宮王」のが一般的でした。

     つまり、愛称をつけられた厩戸皇子自身はまったく知らない名なので、
     「聖徳太子はいなかった、という解釈は間違いではない」
     と、私は答えたんです。
     実際、今の歴史の教科書では同様の理由から、それまで「聖徳太子」と記載していたところを「厩戸皇子(聖徳太子)」という記載に変えているそうです。
     また、歴史研究家の人たちが調べたところによると、日本書紀に書かれている聖徳太子の実績は、そのまますべて「厩戸皇子の実績」にはならないらしい。日本書紀を編纂した藤原不比等や、それ以前に「国の歴史書」の編纂を命じた歴代の天皇の思惑により、飛鳥時代のヒーローを作り出さなければならなくなったらしく、そのモデルとして厩戸皇子を使った――ということらしい。まだまだ憶測の域を出ない話なんだけどね。
     
      厩戸皇子は間違いなく実在する。
      けれど、私たちが知っている超天才の聖徳太子は、厩戸皇子をモデルとして格好よく色づけされた偶像。
      ゆえに「聖徳太子は実在しなかった」という言い方もできる。

     これが今の私に言える解説です。
     

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  • from: エリスさん

    2008年10月24日 14時41分35秒

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    「箱庭・34」
     まさか……養子に出すってことかもしれないし、施設に入れるって手もある。あまり期待しない方が後々のためにもいい。
     どちらにしても、絶対に死ねない、と意気込める。喬志なら、そこまで計算しての言葉だろう。――私は、喜んで承知した。
     話も済んで、私は冷え切ってしまった喬志を強引に風呂場へと連れて行った。
     入浴している間に着替えを選ぶ。すでに彼のための浴衣(寝巻き)は三着もある――もちろん男物だ。もう足が見えることもない。今晩は紺色の絣(かすり)を着てもらおう。
     時間も時間だから、今日は泊まっていくことになるはずだ……。
     『あっ、それじゃ、明日はここから出勤するんだわ! 大変! あの人、魚嫌いなのに、朝食のおかず、鮭しか用意してない!』
     私はあわてて台所の缶詰や、冷凍庫の中を調べ、なんとか彼にたべさせられそうな食材を探し当てるのだった――それにしても、冷凍食品を出すことになろうとは、なんて情けない……。
     今晩はいつになく彼が長湯をしているので、私は執筆を再開することにした。あまりに熱中していたのだろう、しばらくして彼が戻ってきたことに、まったく気付かなかった。
     「この葛城皇子(かつらぎのみこ)ってさ……」
     そう声を掛けられて、やっとびっくりして気づいたのである。彼は後ろからワープロの画面を目を凝らしながら見ていた。(コンタクトを取ると、視力が〇・一しかないのだ)
     「やだ、おどかさないでッ」
     「あっ、ごめん……で、中大兄のこと? あの大化の改新の」
     「ええ、そうよ。やっぱりご存知でしたね」
     「そりゃね、歴史小説家の嵐賀エミリーの読者だから……それが連載の?」
     「ううん。これは単発物。連載の原稿は一昨日届けちゃったわ」
     「ねえ、いい加減にどこで連載してるのか教えてよ。読んでみたい」
     「そのうち、書籍になったらね」
     私はワープロの終了キーを押して、仕事を終わらせた。早く喬志を眠らせてあげなくてはならないから。
     「何で今日は、布団が二組なの?」
     右側の布団に潜り込みながら喬志が言うので、「明日仕事でしょ?」と言いながら、私は目覚まし時計のベルをセットする。
     「腕枕じゃ、腕がしびれて仕事にならないじゃない」
     「そんなのすぐに治るよ。それに……たまにはズル休みしたい」
     「なに言ってるの。無遅刻無欠勤のあなたが。人に迷惑かけるの、嫌いなくせに」
     「優等生でいるのも、疲れるんだ」
     喬志はそう言うと、せっかくセットして枕元に置いた目覚ましを、止めてしまった。
     「たまには不良したい」
     「……それでも、仕事には行くくせに」
     私は部屋の明かりを消して、喬志が向こうを向いて眠った隙に、また目覚ましのセットボタンを押しておいた。

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  • from: エリスさん

    2008年10月24日 14時18分26秒

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    「箱庭・33」
     「それでもね、難産だったとは言え、お母さんは三人も産めたんだから、きっともう西ノ宮家の血筋なんて関係なくなってきてる、ってそう思ってたの。けど……お姉ちゃんが流産して、産めない体になった時、やっぱりまだ続いてるんだって、西ノ宮家の人たちが言うの。だったら、私なんか小児喘息にかかってたし、今でも発作があるから、絶対に産めるはずがないって、みんなで決めつけるのよ。やってみなきゃ分らないのに」
     そう、決めつけられてた。姉のことが起こる前の、本当に幼い頃から。紅藤家の次女は嫁に行かれない、使えない子供だと。だからこそ、私が千鶴と交際していても、大した反発もなかったのだ――特に母が。
     もしかしたら、私が千鶴と交際している時、一番安心してくれていたのは母だったかもしれない。姉が流産した時、安堵したあの表情――あれは、難産を身をもって体験した母親としての安心感だったのじゃないかしら。私のことも、女と結婚すれば絶対に出産することはないと……死ぬことはないと、安堵してくれていたのじゃないの?
     期待してはいけない、分かっている。母が私たち姉兄妹(きょうだい)を愛してくれているはずがない。ないけれど、もしかして、と、ほんの僅かでも思ってしまう、要因がいくつもある。
     「沙耶さん?」
     私は自分でも気付かないうちに泣いていた。明るく話そうと、この人に負担を掛けてはならないと思っていたのに。
     「お母さんに愛されたいって、望むだけ無駄だって分かってるの!」
     涙声になりながらも、必死に話し続ける。
     「私たちはお母さんにとって、憎むべき紅藤家の子供。自分さえ西ノ宮家に残って跡をついでいれば、いつか婚約者も帰ってきて、その人の子供をたくさん産めたはずなんだって、お母さん良く言ってるもの。なのに、紅藤家の策略で自分は嫁がされて、凌辱されて私たちを産んで……婚約者の子供を産む体力、全部使われたって。西ノ宮の嫡流が絶えたのは、紅藤家のせいだって、私たちを恨んでるもの。聞かされてるもの、分かってるわ! だから、せめて私が母親になりたいの。私たちが愛されなかった分、この子を愛したいの、幸せにしたいの。私の一番の夢なの!」
     「沙耶さん、もういいよ」
     と、喬志は私を包んでくれた。「興奮すると、胎教に悪いから」
     「お願い、あなたまで諦めろなんて、言わないで。堕ろすのだけは、いや」
     「……」
     「産んでもいいでしょ? 私、絶対死んだりしないから……」
     「……そんな風に、自分の気持ち、ぶつけてきたの初めてだね。子供欲しいって言った時だって、穏やかだったくせに」
     それだけ、強く望んでいることですもの。どんなに自分が醜く見えていようと、構わない。
     「駄目、なんて言えないよ。そんな君を見せられたら……ただ、約束してくれないかな」
     私を腕から解放した彼は、私の目を見て話し出した。「死ぬなよ。もし約束やぶって死んだりしたら、子供、おれがさらってくからね」
     「え?」
     それって、引き取る意思があるってこと?

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    2008年10月17日 14時47分45秒

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    「箱庭・32」
     私は門を開きながら言った。
     「ピッチ(PHS)なんて、いつの間に買ったの?」
     門が開くと、彼はすぐさま私を抱きしめた。
     「質問に答えてくれよ……死ぬのか?」
     こんなことをされるのに慣れていない私は、恥ずかしさで赤面しそうだった。けれど、恥ずかしがってなどいられないかった。頬に触れる彼の顎や首筋が、いやに冷たい。秋とは言え、もう夜は冷え込んでくる季節。彼はいったいどのくらい前から、ここにいたのだろう。
     「死なないわ」
     私は彼を放しながらそう言った。「私は死なない」
     とにかく、中へ入ってもらうことにした。
     「まだお風呂、冷めていないだろうから、温まってきて。追い炊きの仕方……」
     「ごまかしはもういいから……」
     と、喬志は言った。「教えてよ、お姉さんが言ってたこと」
     こうゆう時の押しの強さは、姉に匹敵する。
     私は観念して、彼を居間へ通した。
     「お茶だけ入れさせて。私も飲むから」
     飛蝶はその間、居間で体を伸ばしてから、奥の間へ行く襖をチョイチョイっと触って、甘えた声を出した。
     「ハイハイ、開けて欲しいのね」
     私はポットとお茶の道具を持って戻って行き、襖を飛蝶が入れる程度まで開けてあげた。すると、姉と兄がお土産で持って来てくれた滑り台やアスレチックには目もくれず、切り株の形をした猫ベッドにスルリと潜り込んで、一声鳴いてから丸くなった。
     「ハイ、おやすみなさい」
     襖を閉めると、喬志が聞いてきた。
     「もしかして、飛蝶、気を使ってくれてるの?」
     「そうよ。邪魔しないように。賢い子だわ。いつもは私と一緒に寝ているの。でも、あなたが来た日は、この部屋にいるわ」
     私はいつものようにお茶を入れて、すぐに彼の向かい側の席へ行こうとした。けれど、喬志が私の手をつかんで、逃がしてくれない。
     「ここにいて……ちゃんと話して」
     私はできるだけ明るく話しように努めることにした。
     「西ノ宮家は、難産の家系なの」
     「西ノ宮家って、お母さんの実家?」
     「ええ……ここ五代ぐらいずっとそうなの。しかも女系で。だから、西ノ宮家の娘は親類から婿を取って、自分の命と引き換えに後継ぎを産むの。祖母が亡くなったのも二人目の子供を産んだ直後だったそうだし、西ノ宮家を継いだ叔母様も初めての子が死産で、ご自身も亡くなっているわ。その為に、西ノ宮家の嫡流は絶えてしまったの。今、後を継いでいるのは叔母様の旦那さん。もとは分家の人で、でも再婚するつもりはないみたいね。自分の甥に当たる子を養子に貰ったから」
     「でも、君のお母さんは生きてるじゃないか。三人も子供を産んでるのに!」
     「そうね。母はそういう点では丈夫な方なのかもしれない。実際、病気がちな今と違って、若いころはもっと丈夫だったの。それでも、難産だけは避けられなかった――姉の時は分娩に時間がかかって、結局、帝王切開で取り出したの。兄の時は逆子(さかご)になってしまって、姉の時以上にあぶなくなったらしくて、やっぱり帝王切開に……私の時は……」
     私は言葉に詰まった。でも、言わなくてはならない。
     「何度も流産しようとしていたのが祟ったらしくて、もっとひどい難産だったそうよ。それで、無痛分娩したって……」
     「麻酔で?」
     「ええ……だから、私が生まれた時、母は意識がなかったと思うわ。……そこまでくれば、誰でもそうだろうけど、懲りてくるじゃない。次の子供の時は、流産が成功したの」
     「えっ……」
     「私たちにはもう一人、弟か妹がいたはずなの。でも……母に殺されてしまった。その時、母は一生子どもの産めない体になって、それを知って病院のベッドの中で勝ち誇っていたって、姉が言ってたわ――私はまだ一歳ぐらいの時だから、覚えてないんだけど」
     喬志は何も言わなかった――言えなかったのかもしれない。

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  • from: エリスさん

    2008年10月17日 13時56分04秒

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    「Re:箱庭・31 解説」
     前にも書きましたが、この小説は十年前に創作それたものです。

     したがって、PHSも携帯電話も、まだ十分普及されてはいない時代でした。

     今じゃ子供だって持っている「必需品」なのにね。

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  • from: エリスさん

    2008年10月17日 13時53分49秒

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    「箱庭・31」
     いつものように寝室兼書斎に寝床を敷いてから、眠くなるまで机に向かい、執筆に励んでいた。今日は連載の方ではなく、デビューさせてくれた雑誌の読み切りの原稿を書いていた。
     そう言えば先日、東海林君子から電話があって、そろそろうちの雑誌(月刊桜花)で書かないかと言ってくれたのに、君子が郁子の担当から外れたってことは、もしかして、もう「桜花」編集部にはいないってこと?
     『同じ学校の後輩ってこともあって、話が合うからやりやすい、って、アヤさん言ってたのに……まァ、喬志さんでも相談相手にはなるだろうけど。あの人、読書家だから……アッ、私がアヤさんの再従妹だってこと、バレるかもしれない。東海林ちゃんは内緒にしてくれたけど……』
     今思えば些細なことで悩んでいたその時、ふいに電話が鳴った。
     私が急いで一階へ降りていくと、飛蝶もチョコチョコとついてきて、電話のそば(玄関のそばに置いてある)に座った。
     「ハイ、お待たせいたしました」
     私が電話に出ると……無言のままだった。
     「あの、もしもし? 紅藤ですが」
     返事がないところをみると、いたずら電話かしら? 迷惑な。――当然の如く、受話器を戻そうとしたとき、声が聞こえてきた。
     「お姉さんが……お姉さんが言ってたこと、どういうこと?」
     「喬志さんなの?」
     あまりにも生気の無い声だったが、確かに喬志の声である。
     「気になって……凄く気になって、土曜日まで待っていられなかったんだ」
     つまり、「今度話すわ」という言い訳は言わせないつもりらしい。困ったわ、何もかも聞こえてたんだわ、この人。
     「喬志さん?」
     私は子供をなだめるような口調で言った。
     「今どこにいるの? 男子寮の電話? それとも車の中? まさか会社じゃないわよね。人に聞かれたら……」
     困るもの、と言おうとしている言葉を、彼は振り絞るような声で遮った。
     「話、逸らさないで!」
     え!? 今の声――受話器以外からも聞こえた。足もとの飛蝶もそれに気づいたらしく、私を見上げて一声鳴いたあと、じっと玄関の外を見つめた――その先に、見える。磨りガラス越しに、外灯に映し出された人影。
     私は反射的に電話を切って、外へ飛び出していた。門の前に、PHSを手にした喬志が立っていた。

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  • from: エリスさん

    2008年10月17日 13時30分50秒

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    2サークル共通カキコ 静岡県まで墓参り


     というわけで、昨日は墓参りに行ってました。

     かなり天気が良くて、今日こそは富士山が見られるかな、っと期待していたのですが......。

     雲が多くて、隠れてしまっていました。
     雲がなければ、この写真のように、綺麗にみえるのですが――ちなみにこの写真は、母の納骨の時に撮影したものです。


     東名高速が集中工事をしていた関係で、ちょっとだけ道が混んでいたのですが、なんとか夕方の7時には帰ってこれました。すでにもみじマークの父が運転する車で日帰りするのですから、私も兄も足腰に疲労が残ったまま、兄は仕事に行き、私はこうしてネット小説の更新をしています。
     途中、パーキングエリアでいつものようにご当地キティを買い(^.^) 職場のみんなにお土産も買ったのですが、

     「いつも、静岡名物だからって<抹茶もの>を買うのは、芸がないかなァ.......」

     と思いつつ、やっぱり抹茶味のお菓子を買っちゃいました――飽きた、とか言わないでね、みんな(-.-)


     次は桜の花が咲くころに来たい、と父が言ってましたが、その頃まで父が車を運転できるかどうかが不安。年も年だし、今回だって、霊園につくまで何度も道に迷ってるんですもの。

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