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from: エリスさん
2012年09月21日 09時17分43秒
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「夢のまたユメ・67」
「自分の部屋の片づけをサッサと終わらせて、こっちの手伝いに来たんだよ」
翔太は百合香の煎れた紅茶を飲みながら、言った。「母さんと姉さんも、行っていいって言ってくれたしさ」
「お家の方は大丈夫なの?」
百合香がナミにもお茶を差し出しながら言うと、
「書庫の本棚が想像通りの状態になってたけどね」
「だ、大丈夫なの?(^_^;)」
「親父とじいさんとでなんとかする――っていうか、させる、って母さんが言ってたから、大丈夫だろ」
「尊敬するわ、真珠美お母さん」と、百合香は両手を握り合わせた。
「そんなわけで、これ。母さんからの差し入れ」
と、翔太は仏壇にあがっている菓子折りを手で示した。「なんか、どっか訪ねて行こうとして買ったんだけど、地震のせいで行けなくなったんだとさ」
それは間違いなく百合香の所のはずだが、翔太はそのことを知らされていなかった。
「しばらく行かれなくなったから、賞味期限もあるし、リリィにあげてくれって」
「助かるわ。今はお茶菓子を買いたくても、買えないのよね」
実際にこの震災のゴタゴタで、スーパーには食べ物と水を求めて買い物に来る人が溢れていて、なのに納品が滞っているから、スーパーは品数不足になっていた。
百合香はさっそく菓子折りを仏壇から降ろすと、みんなのお茶菓子として差し出した。
「ナミ、少しもらって帰ったら?」
「そうしようかな。明日からしばらく実家に帰ることにしたし」
「あら。そうなの?……その方がいいかもね」
とにかく色んなものが不足しているのである。一人暮らしをしているよりは、実家に帰った方が融通がきく。
「ファンタジアが再開するまでは、実家に帰ってます。なんかあったら連絡ください――あっ、うちの母親もリリィさんのこと気にかけてましたよ」
「ホント? じゃあ、近いうちにお電話するわ」
「そうしてやってください」
「ところで、今日来るって言ってたマツジュンはどうしたの?」
「あっ、それなんですけどね ^m^」
ナミが急にニヤついた顔になったので、何事かとみんなが顔を近づけた。
「あいつ、明日からお母さんの実家の九州に避難しに行くそうなんですけど……」
「家族みんなで?」
「はい。なんでも、お母さんが原発の放射能を怖がってるそうで」
この頃は、いつ原子力発電所が放射能漏れを起こすか分からない、危険な状態だった。後に、本当にそうなるのだが。
「無理もないわ。それで?」
「それで、それを俺とか、何人かに話しておいたら、そのことが後藤さんの耳に入ったそうで」
「そこでイキナリ後藤ちゃんなの?」
後藤さんと言うのは、去年の夏に入った、大学一年生の女子スタッフである。
「そうなんです。それで、今日はマツジュン、後藤さんに呼び出されたんです」
「え? ええっと、それって……」
マツジュンが、後藤さんに告白されに行っている、ということなのか?
「ホラ、マツジュンは見た目はあんなですけど、いい奴じゃないですか」
「そうね、あいつはいい奴よ。でも、特撮オタクは普通の女子には……」
「そこは安心してください。後藤さんも特撮オタクです」
「え!? そうなの!」
知らなかった……そんな趣味があったなど、後藤さんはついぞ見せなかったのである。
「まあ、後藤さんが好きなのは仮面ライダーじゃなく、戦隊ヒーローの方ですけどね。だから、リリィさんとか俺とか、マツジュンが仮面ライダーの話をしてても、入ってこれなかったわけですよ」
「はぁ〜……そっかァ〜」
「それで、マツジュンが九州に行っている間に、二度と会えなくなると嫌だと思ったんでしょうね。だから今日告白するそうです」
「そうなんだァ。うまく行くといいねェ」
「いくでしょう。後藤さん、いい子だし。可愛いし」
「確かに!」
「なんだろうなァ。そうゆうの流行ってるみたいだな」と、恭一郎が口を開いた。「俺の周りにもいるんだよ。〈今日、彼女に告りに行く!〉って、ブログに書き込んでる奴が……ネット友達だけでも3人」
「そうなの?」
「あっ、それ分かります」と、翔太が言った。「この震災のせいで、一人でいたくない――独りで死にたくない!って心境に至った人が、かなりいるみたいなんですよ。俺もそう思うし」
「へえ、やっぱり、そんなものなんですね」
と、ナミが感心しながら言うと、翔太は尚もこう言った。
「まあ、俺にはもうリリィがいるけどさ」
「……いいですね」
と、ナミがちょっと不機嫌そうに言ったので、
「ナミにも彼女いるじゃない」
と、百合香がフォローした。すると、
「彼女とは、そうゆう気になれないです」
「……まだ、仲直りできないの?」
「あっ、いや……あの後は納まったんですけど……なんか、もう気持ちがすれ違ってしまって」
「そうなの……」
原因の一端は自分にあることを分かっている百合香は、それ以上なにも言えなかった。
もうしばらく宝生家にいるつもりだった翔太だったが、父親からまた電話で呼び出されて、帰らなければならなくなった。
「明日は早めに出勤しろって言うんだ」
百合香に玄関まで送ってもらいながら、翔太はそうこぼした。
「会社勤めは大変ね」
「ホント。バイトだったころが懐かしいよ」
「じゃあ、気を付けて帰ってね」
「うん……っと、その前に」
翔太はバッグから小さな小箱を出した――指輪のケースだった。
「はい、ホワイトデイのプレゼント。本当は誕生日に渡すつもりだったんだけど、間に合わなくてさ」
「……あけていい?」
「もちろん」
百合香は受け取ると、ゆっくりとケースを開いた――そこに、百合香の誕生石であるアメジストの指輪があった。
誕生石の指輪を贈る――間違いなく婚約指輪である。
百合香は、思わず泣き出していた。
『受け取っちゃいけない……でも、受け取らないと、翔太に事情を説明しなきゃならない。それは、私の役目じゃない……』
長峰家の誰かが、頃合を見計らって二人の破談を離すことになっている――それは百合香も暗黙で了承していることだ。
本当だったら、好きな人から婚約指輪をもらえれば、素直に喜べるはずなのに、百合香には一番苦痛なことになってしまう。
『いや……翔太と別れたくない。私やっぱり、翔太のこと……』
あきらめたくない、と思ったちょうどその時、翔太が声を掛けて来る。
「どうした!? なんで泣いてんの?」
「え?……へへ……」
百合香は、笑ってごまかした。「だって、嬉しくて……」
「あっ、そっか……」
「うん……」
百合香は、精一杯、笑って見せた。icon
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from: エリスさん
2012年09月14日 11時33分49秒
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「夢のまたユメ・66」
次の日。
日曜日だったが、前もって連絡を取ったら、特別に診察してもらえることになった。
瀬崎産婦人科の院長・瀬崎寿美礼(せざき すみれ)は、母・沙姫の大学時代の学友で、沙姫が医者になることをやめて大学を中退してからも、親しく付き合ってきた間柄だった。
病院自体は震災のために休業を余儀なくされていた。
「診察中に突然“計画停電”とかされたら困るでしょう?」
「そうですよね……でも、計画停電をやるやるって言ってても、実際には実施されていませんけどね」
「そうなんだよねェ……とりあえず、そこに横になってちょうだい」
百合香は言われるままに、診察台の上に横になった――。
結果は……。
「6週目だね」
寿美礼に言われて、百合香は複雑な表情をした――嬉しい、けど、辛い。
「分かりやすく言えば、妊娠一か月、だけど……そういうことじゃないみたいね、百合香ちゃん。子供、産みたくないの?」
「産みたいです。でも……」
「結婚、できないの?」
「……はい」
「沙姫のことで?」
その問いに、百合香は答えられなかった。
寿美礼はその沈黙だけで、すべてを察した。
「これから定期的に通いなさい。あなたは、初産なのにもう40歳で、しかも、気管支に炎症を抱えてる……無事に産めるように、用心をしましよう」
「寿美礼おばさん……」
「結婚できなくても、子供は産むべきよ。あなたの年齢で中絶なんかしてご覧なさい。二度と子供に恵まれない体になるかもしれないのよ――いいえ、どんなに若くてもね、中絶の手術というのは大きなリスクを伴うものなの。だってそうでしょ? 自分の子供を殺すことになるんだから」
「……そう、ですよね……」
もとより、百合香は中絶など望んではいなかったが、改めてその問題を突きつけられると、胸の中をチクチクと針で刺されるような痛みを感じずにはいられなかった。
「それに、あなたの場合シングルマザーになっても、お父さんもまだまだ元気だし、恭一郎君もいるんだから、あなたを支えてくれる人はいくらでもいるわ。きっと、沙姫だってあなたを守ってくれるはずよ」
「はい、それはきっと、間違いなく」
ここ数日、母の霊が現れている事実からも間違いないことである。
「じゃあ、安心して産みなさい。私も全力でサポートするから」
百合香は寿美礼に勇気づけられて、不安から脱することが出来た。
家に帰ると、玄関に三人分の靴が並んでいた。
『お兄ちゃんと、ナミと……この新品の靴はマツジュンかな?』
恭一郎の部屋を整理する約束をしていたから、てっきりこの三人の靴だと思っていた。
だが、二階に上がると、もっと聞き慣れた声が聞こえてきた。
「見つけた!! ダイカイシンケンオーの足!」
新品の靴の主は、翔太だった……。icon
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from: エリスさん
2012年09月07日 15時25分03秒
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「夢のまたユメ・65」
「本当にありがとう、来てくれて」
百合香が言うと、翔太は言った。
「当然だろ、婚約者なんだから」
なので百合香はクスクスっと笑った。
「婚約って言うのは、結納を交わしてから言うのよ」
「え? そうなの? お互いの親が認めてくれたら、もう婚約成立じゃないの?」
「それは……どうなのかしら」
「作家の北上郁子(きたがみ あやこ)先生っているだろ? あの人は、当人同士が結婚の約束をしたってだけで、周りの人に、結婚する前の旦那さんのことをフィアンセだって紹介してたらしいよ」
「あっ、聞いたことある、沙耶さんから」
「そうそう、リリィは北上先生の再従姉妹の紅藤沙耶さんと友達だったよね。まあ、そうゆう考え方の人もいるからさ(^o^)b 」
「翔太は北上先生の大ファンだったわね。それじゃ、先生に指示するのも当然ね」
「そうゆうこと♪……じゃあ、また明日」
「うん、またね」
翔太は百合香にキスをして、手を振りながら帰って行った。
百合香は、寂しさと、後ろめたさを同時に感じていた。
『婚約者じゃないのよ、翔太……私たちの破談はもう、決まっていることなの……』
その時、下腹部の奥で、チクッと痛みを感じた。
百合香はそこを撫でながら、思う……。
『もし、ここに、あなたの子供がいるとしたら、その子は……』
ユノンが声をかけて来たのは、そんな時だった。
「なにしてるの? ユリアス。寒いのに、風邪ひくよ……」
ユノンの言葉が、止まる……振り返った百合香の顔を見たからだった。
「どうしたの? 何があったの?」
「え? 何が?」
「だって……泣いてるよ……?」
ユノンに言われて、百合香はやっと自分の目から涙が出ていることに気付いた。百合香は慌てて涙を拭ったが、その手をユノンに掴まれた。
「こっち来て」
ユノンは強引に百合香を、百合香の部屋に連れて行った。
「なんで泣いてたの。ミネさんが帰っただけで泣くなんて、ユリアスらしくない! それも、自分が泣いてることに気付かないなんて、何がどうすれば、そんなに傷つくの? ちゃんと私には話して!」
「ユノン……」
「話して! 私は何があってもユリアスの味方だから!」
「……実は……」
百合香は、自分の母親の生い立ちの事で、長峰家に受け入れられていないことを話した。そのため近いうちに破談の話が来ることも。
「そのこと、ミネさんは知ってるの!?」
「知らないわ……知らせてないって、紗智子さが言ってたから」
「どうして!」
「言ったら、彼は家を捨てるって言い出すわ」
「それでいいじゃん! 二人で駆け落ちしちゃいなよ!」
「無理よッ……いいえ、嫌なの、私が。私のせいで、翔太が将来を棒に振るのが」
「そんなの分からないじゃん! 実家を捨てたからって……」
「彼だけの問題じゃない。秀峰書房という、大企業の将来も係っているの。あの会社に勤めている社員たち全員の生活も係っている。だから……」
「そんなこと、ユリアスに関係ある!?」
「関係ないからなんて言えない!!」
百合香が突っぱねたことで、ユノンは言いよどんだ。そのことに気付いて、百合香は済まなそうに彼女の手を握った。
「ごめんね、大声出して。でもね、私は私の身勝手で、一人だけ幸せになんてなれないのよ。翔太にも、辛い選択をさせたくないの。だから……」
「だから、自分が身を引くの?」
「……そうゆうことに、なるわね」
「駄目、そんなの駄目だよ。だって……」
ユノンは百合香のお腹をさすって、言った。「赤ちゃん、いるんじゃないの?」
「まだ、分からない。確かに、月の障りは止まってるんだけど……」
「だったら、居るよ! 出来てるよ、この中に、ユリアスとミネさんの赤ちゃん!」
「そうかもしれないけど……」
「だったら結婚しないと駄目だよ。赤ちゃんのためにも! ユリアスは知ってるでしょ? 私が母子家庭だってこと。私のお母さんも、私の父親と結婚できなくて、一人で苦労したんだよ。私だって、辛い目にあってきてる。今はおじいちゃんたち(母親の両親)が許してくれて、一緒に生活してるけど、それまでは……あまり言いたくないこともあったよ」
「そう……」
今の時代なら、娘がシングルマザーになって出戻ってきても、あまり親も世間もうるさく言ったりしなくなったが、ユノンが生まれた頃なら、未婚のまま子供を産む女性を蔑視する傾向はまだ残っていただろう。だから、ユノンが言いたいことは百合香にも良く分かっていた。
「だからさ、ユリアスの子供には、私と同じ思いさせたくないよ」
「ありがとう、心配してくれて。でもね……無理に結婚して、生まれてくる子がひどい目に会うことだって想像できるでしょ? 説明した通り、私の母の生い立ちが普通じゃないんですもの」
「それは……」
「実際に、私が言われたのよ、親戚に――母の実家の人にね。私も兄も、お父さんの子供じゃないんじゃないかって。母が、父と結婚後も、義理の父親と関係を持って……」
「なにそれ!?」
「もちろん、なんの根拠もない言いがかりよ。私も兄もお父さんの子供――親戚を黙らせる為に、DNA鑑定も受けたわ。間違いなかった」
「そこまでしたの?」
「そうよ。そこまでしなきゃならないほど、母の問題は大ごとなのよ。その、母のことを理由にされているんだから……もう、どうしようもないわ」
「そんな……諦めちゃ駄目だよ……」
ユノンがとうとう泣き出してしまったので、百合香は彼女を抱きしめた。
「ごめんね……私のこと心配して言ってくれているのに……」
「……」
ユノンが返事もできないぐらい泣き出してしまった時、ドアを誰かがノックした。
「いいかな? 俺だ」
恭一郎の声だった。百合香は返事をして、兄に中に入ってもらった。
「おまえがなかなか上がってこないから……話は、立ち聞きさせてもらった」
「そうなんだ……」
「とりあえず、子供がいることを前提に話していたが、まだ分からないんだろ?」
「うん……」
「だったら、明日診てもらってこい、寿美礼(すみれ)おばさんのところ。先ずはそれからだ」
「うん、そうする……」
「それから……ユノンさんでしたね。百合香のネット小説サイトにも登録されている」
恭一郎はユノンの傍に座りながら、そう言った。
「妹のために親身になってくれて、兄として礼を言います。だけど、心配しないでください。妹が未婚の母になったとしても、俺と父がいます。生まれてくる子は宝生家の跡取りとして、俺たちが全力で育てますから、百合香だけに重荷を背負わせることはしません」
「本当ですか?」と、ユノンは涙を拭いながら言った。
「なんなら、俺の養子にしてもいい。俺の扶養家族に入るわけですから、生活にはなんら困りませんよ」
「ホラ、お兄ちゃんがこう言ってくれてるから、大丈夫よ」
と、百合香もユノンの肩をポンポンッと叩きながら、なだめた。
「うん……」
ユノンはすっかり泣き止むと、百合香から離れた。
「でも、辛いことが合ったら、ちゃんと私に言ってね。私、力になるから」
「うん、アリガト。頼りにしてるね」icon
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