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恋愛小説発表会〜時にはノンジャンルで〜

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  • from: エリスさん

    2012年11月30日 14時20分54秒

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    夢のまたユメ・73

    明日から4月となると、本格的に春がやってくる。
    桜が開花したのを見ながら、長峰真珠美は自家用車が車庫から出て来るのを待っていた。
    『これ以上は引き延ばせないものね......』
    余震の方も落ち着いてきて、皆が日常に戻ろうと努力しているころだった。今まで翔太と百合香の破談の件を先送りしてこれたのも、
    「震災のごたごたが落ち着くまで」
    という理由があったからだ。しかし、それももう限界である。
    真珠美は気が進まないながらも、運転手付きの自家用車で出掛けることにした。

    百合香は連載しているネット小説の最終回を書き上げて、一息ついたところだった。
    本当は毎週金曜日に更新しているのだが、明日の4月1日(金)は、「オーズ・電王・オールライダー レッツゴー仮面ライダー」の初日なので、キャラクターグッズが完売しないうちに見に行ってしまおうと、今日のうちにネット小説を更新したのである。――狙いはもちろん、仮面ライダーWである。
    『チャームコレクションの全28種の中から、Wを引き当てるにはどうするか......手探りでWの触覚部分が分かればいいけど、おそらく分からないように梱包されてるから......いっそのこと、箱買いする? いらないのも手に入っちゃうけど......』
    百合香は紅茶を飲みながら、そんな風に考えていた。
    『箱の中に2列で並んでるんでしょ? ってことは縦は14個。そして、Wは昨年の作品だから、オーズを筆頭に並べてあるなら、Wは2番目。ただ、前から並べてあるか、後ろから並べてあるか、しかも左右どちらから並べてあるか分からないから、つまるところ......左右ともに前から2個目と後ろから2個目の計4個を取れば、おそらくその中にWが......』
    一雄が二階から降りてきたのは、そんな時だった。
    「百合香、お昼ごはんあるか?」
    まだこっちが心配で新潟に帰っていない一雄だった。その方が百合香も恭一郎も安心だった。
    「電気釜にご飯残ってるよ。おかずは昨夜のおでんが残ってるから、それを食べて」
    と、百合香が部屋の中から返事をすると、
    「百合香はまだ食べないのか?」
    「私、お休みの日はいつも朝と夜だけだよ」
    「ええ!?」
    一雄はそう言って、百合香の部屋のドアを開けた。「昼は食わないのか?」
    「うん、食べない」
    「駄目だ! 簡単なものでもいいから食べなさい。お腹の子供に良くないだろう!」
    「う~ん、でもお腹すかないんだよなァ」
    「そのうち、そんなこと言っていられなくなるぞ。お腹の子がご飯を欲しがるようになるからな。だから、ちょっとでいいから食べる習慣をつけなさい」
    「うん......とりあえず紅茶は飲んでるから、じゃあ、なんかつまむ物だけ......」
    と、百合香がテーブルから離れて立ち上がろうとすると、玄関のチャイムが鳴った。
    「ハーイ!」と百合香が返事をしたが、
    「いや、父さんが出るよ」と、一雄が玄関に出て行った。「はい、どなたさんかね?」
    一雄が玄関の戸を引くと、そこに真珠美が訪問着で立っていた。
    初めてあったが、お互いに目の前の人物が誰か、すぐに分かった。
    「しょ、しょ...うた、君の......」
    一雄の言葉を意訳せずに書くと、この通りの言葉になったが、真珠美はそれに丁寧なお辞儀で返した。
    「百合香さんのお父様でいらっしゃいますね。初めてお目にかかります、翔太の母でございます」
    「ど、どうも、こちらこそ......ゆ、ゆゆ、百合香の父です」
    百合香は真珠美の声を聞いて、すぐに自分も玄関に出てきた。
    「真珠美さん!」
    「百合香さん、しばらく......」
    かなり説明が遅れたが、翔太の姉・紗智子も交えて女三人で過ごす機会が多かった時に、百合香は真珠美のことを「翔太君のお母さん」から「真珠美さん」へと呼び方を変更していた。実際、歳は8歳しか違わないのだから、「お母さん」や「おばさん」とは呼びづらい。
    「今、お時間いいかしら?」
    百合香はすべてを察した――とうとう、あの話が出るのだ。
    「それじゃ、すぐに着替えますので、外で話をしましょう」
    と、百合香が言ったので、一雄は、
    「上がっていただいたらどうだ?」(ここから先はまた意訳して記載)
    「いいのよ、お父さんはお昼食べてて」
    [あら、すみません]と、真珠美は言った。「お食事中でしたか?」
    「のんびりしていたものですから」と、百合香が言った。「お昼ご飯を取るのが遅くなってしまって、父だけ......ですので、外でいいですか?」
    「ええ、私は全然構いませんよ」
    「じゃあ、着替えてきます」
    百合香は部屋に戻ると、ササッとお出掛け用の服に着替えてきた。
    「近くに桜が綺麗なところがあるんです。ご案内します」
    百合香たちが行ってしまって、一人になった一雄は、もしかして......と思い至った。
    『まあ、遅いぐらいだな......母さん、百合香が悲しい思いをするからな、守ってやってくれ......』
    一雄はそう思いながら、かつて沙姫の部屋だった猫部屋の窓際を眺めた。そこに、いつも日向ぼっこをしながら編み物をしていた、沙姫の姿が浮かんで見えた。

    長い道沿いに、ずっと桜が並んでいる。
    その道は歩く人たちが休憩できるように、あちこちにベンチが設置されていた。百合香と真珠美はそこに腰を下ろして、二人で桜を眺めた。
    「綺麗ねェ......」
    「......はい」
    「毎年ここでお花見しているの?」
    「......母が死んでからは、通り過ぎるだけでした」
    「そう......」
    「母は、私が子供のころは本当に厳しくて、あまり一緒に遊んでくれる人ではなかったんです。それなのに、私が大人になって......OLになって、仕事の帰りが遅くなりだしたら、休みの日に私を買い物とか、お散歩に連れ出すようになって......」
    「寂しくなったんでしょうね。会える時間が少なくなってきたから」
    「ええ、それもあると思うんですけど......兄が、聞いたことがあったそうなんです。男の俺は別に留守番でもいいけど、どうして百合香だけ連れ出すんだ?って」
    「あら、お兄さんったら拗ねちゃったの? 仲間外れにされて」
    「みたいですね。そしたら、母がこう答えたそうなんです。――世間の母と娘は、まるで姉妹みたいに過ごすもんだって言うのに、お母さんにはそれが分からなかったから、今からでも百合香に思い出を残してあげたいんだ......って」
    「まあ......」
    「それで、春にはここで二人でお花見してたんです、5年ぐらい。梅雨時は菖蒲の花を見に行ったり、夏は盆踊りで涼んで、秋は銀杏を見ながらギンナンを拾って......」
    「冬は?」
    「冬は......寒さで母の体調がおかしくなることが多かったんで......しょっちゅう寝込んでました」
    「そうなの......」
    「母は、自分がもうそれほど長く生きられないって、分かってたんです。だから、急に思い出作りだなんて言い出して......。母は、自分が本当の母親に育てられなかったうえに、戸籍上の妹たちにも蔑まれて育ったから、世間一般の母と娘がどんなものか、全然わからなかったんです。でも、私と兄が働き出して、家事も私が手伝うようになってからは、母にも時間に余裕が出来て、それで近所のおばさん達の茶話会とかに参加するようになってから、世間はどうなっているのか、ようやく分かるようになったんだと思います。それで、私との関係をやり直そうとしたんじゃないでしょうか......」
    「そうね......きっと、そうだわ......」
    「でも、おかげで母との思い出って、なんか中途半端で......付け焼刃で、どうして、もっと子供のころにこうゆう思い出作ってくれなかったのかなって、恨み言も言いたくなるんです」
    「そんな......」
    「いえ、分かってるんですよ。母は育ちが不幸だったから、仕方ないんだって......愛し方を知らなかっただけなんだって、分かってるんです。分かってるけど......」
    「それだけ、あなたは......」
    真珠美は百合香の方を向いて、言った。「お母様が、大好きなのね」
    百合香は涙を拭ってから、頷いた。「自分を産んでくれた母親を、憎めるはずがありません」
    「そういう風に思えるってことは、あなたはお母様に愛されていたのよ。愛されていなかったら、お母さんが好きだなんて、決して言えないわ。親を怨みながら育つ子供は何人もいるのよ......」
    「真珠美さん......」
    「私も、あなたに"お母さん"って呼んでもらいたかったわ......」
    真珠美はそう言って、百合香のことを抱きしめた。
    「ごめんなさいね、あなたを迎え入れることが出来なくて......」
    百合香も真珠美にしがみ付いた。
    「いいんです、分かっていました......私は翔太に相応しくない」
    「違うわ、あなたに落ち度はない! 悪いのは、すべて!」
    「いいんです、もう、何も言わないでください」
    百合香はそう言って、真珠美から離れた。
    「別れ話は、私からします。その方が、翔太も納得すると思います」
    「本当に、本当にそれでいいの? あなただけが辛い思いをするなんて」
    「これでいいんです!......母を否定する人たちとは、付き合いたくありません......」
    あえて、きつい言い方をする......その方が、真珠美も辛くないと思うから。
    「ごめんなさい......ごめんなさい、百合香さん。許してなんて、言えません......」
    「もう、いいですから......一人にしてもらって、いいですか?」
    「そうね......帰るわ」
    近くに運転手と車を待たせてある。真珠美はそこまで歩いて行った。
    百合香は、少ししてから顔を上げ、真珠美を見送った。
    『ごめんなさい、真珠美さん......私も真珠美さんを、お母さんと呼びたかったです。紗智子さんとは、どっちが姉でどっちが妹か分からないぐらい仲良くなって......翔太とは、ずっと、死ぬまで幸せで......』
    真珠美を乗せた車が遠ざかって行く――それでようやく、百合香は声を出して泣くことが出来た。
    「......お母さん......お母さァん!」
    と、百合香が言った時だった。
    「みにゃあ~~!」
    と、遠くから猫の鳴き声が聞こえてきた。聞き慣れたその声は間違いなく、
    「き......キィちゃん?」
    姫蝶が百合香の足もとまで駆け寄ってきたのだった。後ろから一雄も付いてくる。
    「キィが外に出たがったもんだからな......駄目だったかな?」
    「うん、姫蝶は室内猫だから......でも......」
    百合香の膝の上に乗って来た姫蝶が、ごろごろと喉を鳴らしながら百合香の胸に頭や体を擦り付けているのを見て、百合香は思わず笑顔になった。
    「可愛いから、いいか!」
    「うん、そうだな......帰るぞ、寒いからな」
    「うん......」
    百合香は姫蝶を抱きしめたまま、立ち上がった。
    「帰ってお昼ご飯食べなきゃ」

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  • from: エリスさん

    2012年11月16日 11時49分28秒

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    夢のまたユメ・72

     「これで私の告白は総てです」
     真莉奈はそういうと、立ち上がり、マリア像に背を向けた。
     「ですから、爽子お嬢様……あなたと俊介坊ちゃんは兄妹ではありません。坊ちゃんは――俊介は私と慶一郎さまの間に生まれた子供なのですから」
     「でも……それでも、世間的に三条家の子供として生まれたのなら、戸籍は? 戸籍上は私と兄妹になっているのではないの?」
     爽子の疑問に、兄の俊一が答えた。
     「それは大丈夫だ。すでに俺が……俺と俊介が確認済みだ。俺たちの高校入学の時にね。俺たちは双子の兄弟とされていたのに、高校入学の時に戸籍抄本を提出しなくてはならなくなって、取り寄せたら、どこにもそんな記述はなかった。俊介は初めから真莉奈さんの私生児で、我が家に養子に入ったことになっていたよ。だから、俺たちが双子だって言うのは、本当に世間的にだけだったんだ」
     「だから言ったろ? 真莉奈」
     と、俊介は言った。「おまえが俺を好きになることに、なにも障害はないって。だから、これからも俺のことを好きでいてくれ……いや、こう言うべきかな」
     秀介は爽子の手を取ると、自分の方に抱き寄せた。
     「俺の奥さんになってくれ、爽子」
     「俊介お兄様……」
     
     百合香がそこまで書いた時だった。
     家の前で車が急停車する音が聞こえ、続けて明らかに木の枝が折れる音も聞こえてきた。
     「な、なに!?」
     百合香が部屋から飛び出すと、兄・恭一郎も二階から駆け下りてきた。
     「なんだ、今の音は!? あっ!?」
     玄関の曇りガラスの向こうから、見慣れた車が見えた。
     「父さん! 何やってんだ!」
     玄関を開けるなり、恭一郎はそう言った……父・一雄が尋常じゃないスピードで車を駐車スペースに入れたので、玄関先の紫陽花の樹にぶつかって数本折れたのである。
     「ゆ、ゆ、百合香は!」
     毎度のことながら、ここから先の一雄の台詞は、本来なら吃音であるが普通に表記することにする。
     「百合香は大丈夫なのか! 腹の子は!」
     一雄がまくし立てながら車から降りて来るので、恭一郎が言った。
     「今は父さんの方が問題だ! いつ事故を起こしてもおかしくないテンションのまま、車乗ってくるな! しかも、こんな余震ばかりの時期に!」
     実は昨夜、百合香の要望通りミネラルウォーターを手に入れようとした恭一郎が、コンビニはもちろん、自動販売機のミネラルウォーターも売り切れ状態だったため、一雄に電話をしたのである。
     「新潟なら都心よりパニックになってないだろ? そっちで水を買って、宅配便で送ってくれよ。百合香のお腹の子供のためにも」
     それを聞いた一雄は、夜中のうちに出掛ける仕度をし、早朝から水を調達して、高速道路を飛ばしてこうして昼過ぎに到着したのである。
     「ペットボトルの水も、畑の清水も汲んで持ってきたからな、百合香。腹の子は元気なのか? なんで妊娠したことをすぐに知らせてくれなかったんだ」
     「ごめんね、お父さん。私も分かったのはつい最近なのよ。大丈夫、元気よ。寿美礼おばさんに見てもらってるから」
     「そうか、寿美礼さんにか。寿美礼さんに見てもらえるなら安心だな」
     「うん(^.^)」
     「それはそうと、2箱もよく買ってこれたなァ」と、恭一郎は車から荷物を運びながら言った。「いくら田舎でも、販売制限とかあったんじゃないのか?」
     「ああ、それな。訳を話したら雄二(ゆうじ)がくれたんだ」
     雄二と言うのは、本家を継いだ一雄の弟である。
     「雄二おじさんも喜んでたぞ。これで宝生本家の血筋が残るってな。まあ、おまえはお嫁に行くんだから名前は残らんが……」
     「ああ、そのことなんだけど……」
     百合香が話そうとすると、恭一郎が遮って言った。
     「父さん、この清水って大丈夫なのか? 放射能……」
     「大丈夫だ。父さんは毎日、そこの畑の野菜を食ってこんなに元気なんだぞ」
     「いや、放射能はここ2,3日のことだから……誰も水質検査なんかしてないんだろ?」
     「心配しなくても大丈夫だよォ。新潟にまで放射能は飛んでこないから」
     「いや、現に東京に飛んできてるから……まあ、俺が飲むからいいけど」
     とにかく一雄に家の中に入ってもらって、百合香は詳しい話をした。
     「だから、私はお嫁には行かないと思うよ」
     一雄は事情を聴いて、寂しそうに肩を落としながら、
     「そうか……」
     と、目に涙を浮かべた。「おまえに、そんな辛い思いをさせることになるとはなァ……」
     「別にお父さんが悪いわけじゃないじゃない」
     「そうだが……悲しいな、お母さんのことを分かってもらえないのは」
     「仕方ないよ」と、恭一郎が言った。「普通なら関わり合いになりたくないだろう、そんな事情のある人間とは……母さんの人となりを知りもしないで」
     「おまえの時もそうだったものな、恭一郎」
     「俺の事はもういいよ……どうせ見合いだったから……しかし、ものは考えようだろ? 父さん」
     「おお、そうだな。これで、我が家に跡継ぎができたんだ」と、一雄は明るい表情になった。「丈夫な赤ちゃんを産んでくれな、百合香」
     「うん、まかせて!」
     「それに合わせて、父さんに提案があるんだが」と、恭一郎は言った。「もう、こっちに戻ってくれば?」
     「こっちにか?」
     「ああ。もう、父さんが新潟に引っ込んでる理由はなくなっただろ? 母さんはいないんだし」
     そもそも一雄が新潟に移り住んだのには、母・沙姫も連れて行って、二人だけで静かに余生を送りたい、という思いがあったからなのだが、沙姫がそれを嫌がって、結果、別居する形になってしまったのだ。
     「整体師の仕事はこっちでもできるだろ? そりゃ、向こうの人達はそれまで無医村に近かったから、父さんが戻って来てくれて助かってるだろうけどさ、こっちも事情は変わったし……百合香が仕事している間、子供の面倒を見る人が必要になるんだ。父さん、子供好きだろ?」
     「いやぁ、それがなァ……父さん、春から養蜂を始めようと思っててな」
     「ヨウホウ? なんだ、それ」
     「ミツバチだよ。ミツバチを飼って蜂蜜を取る仕事だ」
     「はあ??」
     恭一郎が驚くのも無理はない。寝耳に水な話である。
     「もう知り合いの養蜂場からミツバチを買う手付金は払ったんだ。だから、春からは本家の山を借りて養蜂場を……」
     「なにやってんだよ、父さん! 百合香が大事な時期に!」
     「そんなこと言っても……こんなことになるとは、思いもしなかったからな……整体の仕事も毎日あるわけじゃないから……」
     「仕事がないなら、それこそこっちに戻ってくれば良かっただろ! 家賃分の生活費が浮くだろうが!!」
     「まあまあ、お兄ちゃん(^_^;)」と、百合香は恭一郎をなだめた。「いいじゃない、蜂蜜。私、喉が弱いから……蜂蜜は喉に良いから、それをお父さんが作ってくれるなら、いちいち買わなくていいわ。それに、蜂蜜は栄養があるし、きっとお腹の子供にもいいと思うわ」
     「百合香ァ~、そんな生易しいものじゃ……」
     「それに、お父さんから仕事を奪うのは可哀想よ。お父さんぐらいの歳の人は、仕事をしている方がボケなくていいのよ」
     「ああ、まあ……そうだけど」
     恭一郎は、母・沙姫が死んですぐのころ、一雄が生気を失って呆けてしまっていた数日間のことを思い出した。
     「子育てなら、なんとかなるわよ。私の周りには、仕事しながら子育てしてる人、何人もいるのよ。だから、私に出来ないことはないと思うわ」
     「まあ……俺も手伝うしな」
     「そうそう。みんなで協力していきましょう。それじゃ……」
     と、百合香は立ち上がった。「お父さんの分も今日は夕飯用意しなきゃ。材料買ってくるね」
     「野菜も少し持ってきたからな、それでなんか作ってくれ」と、一雄は言った。「白菜とネギがあるぞ」
     「じゃあ、お肉とお豆腐買ってくる。お鍋にしましょ」
     
     
     

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  • from: エリスさん

    2012年11月09日 14時36分03秒

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    夢のまたユメ・71

     その後、福島原発の影響で、水道水から放射性ヨウ素が131ベクレルも検出される事態となり、映画館のみならず、飲食店はどこもまた営業に大きな打撃を受けた。
     131ベクレルという数値は、大人なら被害は出ないと言われているが、まだ体の小さい乳幼児には危険な数値である。
     国は乳幼児に水道水の摂取を控えるように指導し、乳幼児のいる家庭に一人当たり500mlのミネラルウォーターを3本配布することにしたが、たった3本(1500ml)ですべての食事を賄えるはずもなく、乳幼児を持つ親たちはミネラルウォーターを求めて東奔西走をせざるを得なかった。
     「……というわけで、当劇場でもこうゆうご案内を出します」
     急きょ作ったご案内ポスターには、当店で水道水を使って作られるメニューが書かれており、これらの物を小さいお子様がお召し上がりになるのはお避け下さい、と締めくくられていた。
     「これだと、炭酸飲料しか子供は飲めませんね」
     と、ナミが言うと、ポスターを手に持っていた榊田玲御マネージャーは、
     「はい、そうなります……」
     「お客さん減っちゃいますね、また」
     と、ジョージも言うので、
     「仕方ないよ。お子さんに映画を見ている間“なにも飲まないでください”なんて言えないんだから」
     と、榊田が言うと、大原美雪マネージャーが補足した。
     「小さいお子さんは、炭酸飲料はあまり飲まないものね」
     「そしたら、もうこうなったら」と、百合香は言った。「水道水が正常値に戻るまで、他のお店のジュースも持ち込み可にしてしまったら?」
     「そんなこと、あからさまに言えないよ」と榊田は言って、「でもまあ、フロアスタッフはお子様連れのお客さんが缶ジュースの持ち込みとかしてても、しばらく黙認でいいよ……ですよね? 大原さん」
     「そうねェ……仕方ないでしょうね、こういう時だから」
     「はい……それじゃ今日の朝礼はここまで。皆さん、お客様をお出迎えする準備に入ってください」
     「ハイ!」
     スタッフたちは全員それぞれの配置についた。
     またしてもアナウンス担当の百合香も、配置につきながら考えていた。
     『大人は大丈夫でも……胎児って影響でないのかなァ? いや、出るよなァ……だったら私も、水道水は控えた方がいいよね。でも、ミネラルウォーターって今売ってないんだよなァ……』
     すると、「宝生さん、宝生さん!」と、横から大原が声をかけて来た。
     「なにしてるの? 来場アナウンスして!」
     もうお客さんがチケット売り場に歩いて行っているのに、考え事をしていたせいで気が付かなかった。
     「すみません!」と、百合香は慌ててマイクのスイッチを入れた。「本日はシネマ・ファンタジアにご来場を賜りまして……」
     
     
     「ねえねえ、リリィ」と、ぐっさんが声をかけて来る――お昼の回の上映をロビーで待っているお客様を出迎えるために、入場者プレゼントの残数を数えていた時だった。
     「なァに? ぐっさん」
     「小さい女の子たち、みんなして水筒をぶら下げてるよ?」
     見れば、3,4人のお母さんの傍に、7,8人の女の子たちがはしゃいでいて、その子たちはどの子も可愛らしい水筒を首からたすき掛けに掛けていた。
     「やっぱりあれって……」
     「間違いなく飲み水でしょう。水道水が飲めないから、かと言って行った先々でペットボトルや缶の飲料水が手に入るとも限らないし」
     と、百合香が言っているところへ、かよさんも奥から歩いてきた。
     「リリィ、そろそろ時間だから交代しよ」
     「はい、お疲れ様です」
     「お疲れさん……で、何を話してたの?」
     かよさんが百合香からマイクを受け取りながら聞くので、ぐっさんが子供たちの水筒のことを説明した。
     「ああ、そうだね……見ていて可愛い光景だけど、今が普通じゃないってことを痛感させられるねェ」
     「これでもまだ、東京だからこの程度で済んでいるんですよね」と、百合香は言った。「福島に住んでいる人たちは、もっと大変な目に遭ってるはずだし」
     「そうだよね。考えると辛いよね……」
     そこへ、小さい女の子たちが何人かシアターの方から走ってきて、百合香たちの横を通り過ぎた――「プリキュアオールスターズDX3」を見に来た子供たちである。百合香たちは、
     「ありがとうございましたァ!」と揃って挨拶をした。
     すると、その中の一人が振り返って、ちょこちょこっと駆け寄ってきた。
     「面白かったです\(^o^)/」
     「はい、ありがとうございます」と、百合香がお礼を言った。「また来てくださいね」
     「……もう来れないよ」と、その子はちょっと寂しそうに言った。
     「あら、どうして?」
     「遠くから来たから……」
     すると、その子のお母さんらしい人と、あと二人のお母さんが遅れてその場に現れて、
     「あら、うちの子がなんか言ってるわ」と、百合香の傍に来た。
     「ごめんなさいね、仕事のお邪魔して」
     「いえ! そんなことは全然! ですが……どうして、もう来れないと?」
     「実は千葉の木更津から来たのよ。うちの方の映画館がまだやってなくて。それで、プリキュアを上映してて家から一番近いところをネットで探したら、ここしかなかったの。だから、保育園お休みして、友達同士みんなで来たのよねェ」
     「そうだったんですか! 遠くからわざわざ、ありがとうございます!」
     と、百合香たち三人は揃って頭を下げた。
     「どういたしまして。それじゃ――ホラ、あんた達! 帰るわよ!」
     お母さんたちは、はしゃいで散り散りになってしまった女の子たちを、呼び戻して一か所にまとめた。
     「帰りになんか食べて帰ろうね。何がいい?」
     「ハンバーグ!」
     「オムレツ!」
     「はいはい、真ん中取ってお子様ランチだね」
     こんな非常事態でも、お子さんがいるお母さんたちは強いなァ、と百合香は感心するのだった。
     
     仕事が終わり、百合香は食品売り場で買い物をして帰ろうと、SARIOの一階へ降りてきた。すると、食品売り場に近い売り口にかなりの行列ができていた――見れば、みな小さい子供さんを連れたお母さんたちだった。列の最後尾には食品売り場の従業員が一人立っていて、ご案内の札と、列に並ぶ人が何か見せているのを確認していた。
     確認していたのは母子手帳だった。
     『あっ、これってもしかして!?』
     遠巻きに列の最前列を見てみると、「ミネラルウォーター優先販売 母子手帳をお持ちの方のみ」というご案内が出ていた。
     『母子手帳持ってれば、優先的に水が買えるんだ! じゃあ、私も……』
     と、思い至った百合香だが、今日は母子手帳を持ってきていないし、取りに行っている間に売り切れることは必至だったので、今日は諦めた。
     『これからは毎日持ち歩かなきゃ。いつどこでお水を売ってもらえるか分からないし……さて、今日はヨーグルトあるかなァ』
     花粉症を緩和する為に乳酸菌とポリフェノール、そして紫蘇を食べなければならない百合香だったが、これが今の状況ではかなり難しいことになっていた。
     案の定、ヨーグルトは売切れていた。
     『これはまだしばらく“ゆかり”に頼るしかないかなァ』
     紫蘇が手に入らない、と嘆いた百合香に、先日ナミが、
     「紫蘇味の何かで代用できないんですか?」
     と言ったので、紫蘇を原料としたふりかけ“ゆかり”で今は耐え忍んでいた。
     ちなみにその時、かよさんが、
     「ヨーグルトがないなら、豆乳で代用すればいいよ。豆乳も美味しいよ」
     と、アドバイスしてくれたのだが、百合香はこう返事をした。
     「乳酸菌が入ってないんです……」
     「あっ、お話にならないのね(^_^;)」
     「すみません(-_-;)」
     しかし、無いものは仕方ないので、何かで代用するという考え方は間違っていない。
     『乳酸菌飲料で代用するか……お水で薄めて飲むんだから、結局お水が必要になるわね……』
     百合香は買い物を終えると、駐輪場で兄・恭一郎にメールをした。
     〈秋葉原で買えるだけのミネラルウォーターを買ってきて。お願いm(_ _)m〉
     早く元の生活に戻ってほしい――きっと、誰もが思う願いだった。
     
     
     

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  • from: エリスさん

    2012年11月02日 12時24分57秒

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    夢のまたゆめ・70

     そして、3月19日土曜日――
     朝からかなりのお客様がシャッター前に集まっていて、SARIOはファンタジアに「少し早めにオープンしてほしい」という連絡を入れてきた。
     その日は、まだ営業を再開していない同じ系列の映画館のマネージャーも手伝いに来ていたので、急いでお客様を迎える仕度を整えることができ、予定よりも10分早くオープンすることができた。
     それでも、チケット売り場に並んだお客様たちの列はなかなか引いてくれず、これでは見たい作品の上映時間に間に合わないと、
     「前売り券は持ってるの! だから入れて!」
     と、直接入場口へ来られるお客様を、百合香たちは対応した。
     「恐れ入ります。当劇場は全席指定席ですので、前売り券のままではご入場できません。一旦、チケット売り場で前売り券を指定席券に交換していただきませんと……」
     「分かってるけど! 始まっちゃうのよ! あんなに並んでるのよ! 間に合わないでしょ!? 第一、前売り券持ってるのにいちいちチケット売り場に並ぶって、何のための前売り券なのよ!!」
     昔の映画館は全席自由席だったので、前売り券を持っていれば、入場口で「もぎりのおじさん」が券の料金の所だけを切り取って入れてくれたものだった。しかし、今は殆どの映画館が指定席なので、前売り券を持っていても、すぐに入れるわけではない。昔とは勝手が違ってしまったからこそ、最近の前売り券には買った時に特典(映画関連グッズ)を付けるようにしている。
     ただでさえ地震の余震が続いて、誰もが恐怖やストレスを溜めていたことだろう。いつもならスンナリ受け入れてくれる事柄も、この日ばかりはそうも言っていられないようだった。
     百合香が困っていると、大原が通りかかってくれた。
     「どうかされましたか? お客様」
     「どうもこうもないわよ!」と、そのお客様は大原に詰め寄った。「この人が意地悪で入れてくれないのよ!!」
     そんなご無体な!?――と百合香は思ったが、大原が「黙っていてね」と目配せをしたので、口をつぐんだ。
     「お客様、まだ前売り券を指定席券と交換が済んでいないようにお見受けできるのですが?」
     「だから! それは分かってるのよ、私だって! でも、見たいのよォ!」
     と、お客様は泣き出してしまった。「本当は先週来るつもりだったのよォ。でも、地震のせいで、一週間もここが休んじゃうから、見られなくて、ずっと我慢してたのにィ~、なんでこんなに混んでるのよォ!!」
     「そうだったんですか。心待ちにしてくださっていたんですね……ですが、お客様。映画館の再開を心待ちにしてくださっていたのは、お客様だけではないんですよ。今、チケット売り場に並んでくださっている皆様が、お客様と同じ気持ちなんです。どうぞそのことをご理解ください」
     するとお客様は、「そりゃ、そうだけど……」と、口籠り始めた。
     「どうでしょう、お客様。確かに朝の回はもう間に合いませんが、お昼からの回なら、まだまだお席に余裕がございます。今からチケット売り場にお並びいただいて、一番いい席をお取りになりませんか。きっと楽しんでいただけるものと思います」
     「……いいわ。あなたがそう言うなら」
     「ありがとうございます。では、ご案内いたします」
     「ううん、一人で行けるわ……ごめんなさいね」
     「とんでもございません」
     そして、お客様が行ってしまうと、ふうっと大原は息をついた。
     「大丈夫、あなたが間違った接客をしていたわけじゃないって分かってるわよ」
     「すみません、大原さん」
     と、百合香は頭を下げた。
     「いいのよ。ああいった場合は、接客相手を替えると素直に受け入れてくれたりするのよ……みんな、見たい映画をずっと我慢していたから、誰かに不満をぶつけたかったんだと思うわ」
     「そうですね……」
     そこへ、ナミが大原を見つけて小走りにやって来た。
     「みゆきちゃん、助けて!」
     「こら(^_^;) 職場では名字で呼びなさい」
     「すみません、でも助けて!」
     なので百合香が「どうしたの?」と聞いた。
     「チケット売り場に並んでたお客さんで、指定席券に交換するのを断られたそうで……」
     見れば、男女の若いカップルが前売り券を手にこっちを向いていた。
     「なんで断ったの? チケットさん」
     「ファンタジアでは使えない前売り券だからって……」
     それを聞いて、大原はすぐに思いあたった。「劇場専用券ね」
     映画館にはそれぞれ本社である映画会社が付いている。松竹、東宝、東映、ワーナーなどなど。それら映画会社は、自社系列の映画館でしか使えない前売り券を販売している。実際に前売り券を持っている方はご覧いただきたい。料金が書かれている白い部分に、「MOVIX券」「TOHO券」と書かれていないだろうか。そういうものは、その系列の映画館でしか使えない券なのである。どこの映画館でも使える前売り券は「全国券」と書かれている。
     「いいわ、私が対応する」と、大原が言うと、もう一方から今度はぐっさんが手を挙げた。
     「大原さん、こちらのお客様も同じご要望です。近くの○○(とある系列の映画館)がまだ再開してないので、こちらにいらしたそうです」
     「こっちで対応します、ご案内して……」
     と、大原が言っているうちに、トランシーバーから支配人の声がした。
     「全スタッフに連絡します。他の劇場の専用券を持っているお客様も、特別処置として指定席券と交換可能とします。繰り返します……」
     そこへ、野中が一枚の紙を持って走って来た。
     「宝生さん! これ、アナウンスして!」
     それは、この度の震災における特別処置として、他の映画館の前売り券でもご鑑賞いただけるご案内のアナウンス原稿だった。
     「支配人が本社を通して、各映画会社に掛け合ったんだよ。他の映画館が再開できるようになるまで、他社の前売り券も引き受けてもらえるように」
     「おお! さすがは支配人!」
     と、その場にいたフロアスタッフは拍手をした。
     「なんで、断られたお客様が諦めて帰ってしまう前に、急いで読んで!」
     「了解です!」と、百合香はマイクのスイッチを入れた。「お客様にご案内申し上げます……」
     
     
     その後、余震が来て慌ててシアターから出て来るお客様を、
     「通路の真ん中をお歩きくださァい! 展示物からお離れ下さい!」
     と,大きな声で言いながら、お客様を安全な場所に誘導したり。
     被災地に優先的に物資を送らなければいけない関係で、十分に納品されずに売り切れてしまったミネラルウォーターをお買い求めになりたかったお客様に対して、
     「申し訳ありません、この非常時ですのでご理解を……」
     と、説明したり。
     地震のシーンや津波のシーンが入っているがために上映中止・延期になってしまった作品をご覧になりたかったお客様に対しても、フロアスタッフは丁寧に説明をして、謝罪し続けたのだった。
     なので、勤務が終わって更衣室に入ってきた百合香の顔は、もう「疲れ切っている」としか言いようのない顔だった。
     「ユリアス、生きてる?」
     ユノンが茶目っ気たっぷりにそんなことを聞くので、百合香は言った。
     「辛うじて……」
     「身重の身で頑張るのもいいけど、ほどほどにしないと駄目だよ」
     「そうよね。まだ悪阻とかがないから、こんなもんで済んでるけど……」
     ちょうどそんな時に、百合香の携帯が鳴った――翔太からのメールが届いたのである。
     「ごめん、リリィ! 急な仕事で大阪まで行かないといけなくなった。今晩は泊まりに行けない……」
     という内容だった。
     百合香は、そろそろ勝幸か勝基あたりから、二人を会わせないように妨害が始まるのではないかと思っていたのだが、いつも翔太が泊まりに来る土曜日に急な出張を入れるなど、もっとも有りえそうなパターンに思えた。
     「ミネさん、なんだって?」
     と、ユノンが聞くので、百合香は笑顔を作って、言った。
     「うん、今日は仕事があるんだって。ユノン、この後お茶しない?」
     「いいよ~。じゃあ、ぐっさんも待ってる?」
     「そうだね、誘っちゃおう」
     百合香はなるべく暗いことは考えないようにした。
     
     
     

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