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恋愛小説発表会〜時にはノンジャンルで〜

恋愛小説発表会〜時にはノンジャンルで〜>掲示板

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  • from: エリスさん

    2007年04月11日 14時12分13秒

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    露ひかる紫陽花の想い出・2

     ちょうどそこへ、彩霞の乳母・少将の君が、童女(めのわらわ)として仕えている娘の桜子(五歳)と一緒に、回廊を歩いて来たところだった。これから休暇を取って夫の家に帰ることになっていたので、奥方の二品の宮に挨拶をするためである。
     「きっと飼い主がそうだからだね」
     彩霞は言った。「うちの父君様も母君様だけを妻にしているものね。普通の男の人は、何人もの妻を持っているのでしょ。私も父君様みたいに、一人の人を大切に守ってくれる人と夫婦になるんだ」
     「荻も!」
     二品の宮は何も言わず――言えずに、微笑みだけを返した。その時、少将に気づいた。
     「乳母(めのと)の少将、挨拶に来てくれたの?」
     「はい、宮様。今日より十日ほど娘ともどもお暇をいただきます」
     少将が言うと、彩霞は「十日もいないの?」と寂しそうに言った。
     「すみません、姫君。でも夫の家にいる子供たちも心配なので、ほんのしばらく――あっという間でございますよ。すぐに帰って参りますからね」
     「彩霞、駄々をこねてはいけませんよ。乳母だってお休みしたいときはあるし、桜子もお父様に会いたいでしょうからね」
     「うん……じゃあ、お迎えが来るまで、一緒に子猫見てようよ、桜子」
     「はい、姫様」
     桜子は庭への階段を降りていき、姫君たちと一緒に子猫と遊び始めた。
     その間に、宮は少将を部屋の中へ促した。
     「今のうちに、東の対にも挨拶をしていらっしゃいな」
     宮は姫君達の様子を伺い見てから、少将に言った。「蔵人(くらうど 少将の夫)が来たら、直接そちらへ行かせるわ」
     「では、お言葉に甘えまして」
     少将は部屋伝いに、寝殿を抜けて、渡殿(わたどの)を渡って、東の対へと行った。
     東の対へ行くと、庭に紫陽花が咲いていた。紫色と青色と桃色と……。色鮮やかに咲き誇っているように咲いている。――少将はそれを見ると、ニコッと微笑んだ。
     「もう、そんな季節なのね」
     あの人と初めて会った時も、あの御方の寝殿には紫陽花が咲いていた。
     『そのおかげで、私は……』
     そう思いながら、少将は部屋の中へと入っていった。
     そこには、誰も住んではいなかった。
     だが、今にも人が現れそうなほど、部屋の中は整えられている。――鏡、香炉、扇、机、脇息、几帳、衝立障子、そして和琴。
     中央には、女物の藤色の表着(うわぎ)が袖を広げて掛けられていた。少将はその表着の前に腰をおろした。
     「檀那様、これよりお暇をいただきます。でも、すぐに戻って参りますわ。それまで、姫君のこと、守っていていただけますか?」
     藤色の表着は、無言の返事をした。
     少将はまた立ち上がると、表着のすぐ傍まで寄った。
     表着の袖を手に取る――そっと、少将は頬を寄せていた。
     「……お嬢様……」
     ――あれから何年たったのだろう。遥か昔のようであり、ほんの一瞬前の出来事だったようにも思う。
     少将はこの屋敷に上がる前、他の女人に仕えていた。
     歴代の典侍(ないしのすけ)の中でも特に才女と讃えられた女人・彩の典侍(あや の すけ)――藤原刀自子(ふじわら の とじこ)。
     『私にとって、掛け替えのないほど大事な人だと思い知らされたのも……やっぱり、あの頃だわ』
     自分が十七、彩の君が十八の時。ともに四条で生活していた頃だった。



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コメント: 全68件

from: エリスさん

2008年01月05日 13時24分36秒

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「Re:露ひかる紫陽花の想い出   これにて終了です」
失礼しました。
ぶーさん ではなく ぷーさん でした。
間違えてしまってスミマセン。

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from: エリスさん

2008年01月04日 14時38分56秒

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「露ひかる紫陽花の想い出   これにて終了です」
 いやァ〜長かった(^_^)
 途中寄り道とかしてましたからね、私ってやつは、ハハハ orz

 如何でしたでしょうか。楽しんでいただけました?


 さて、新メンバーさんも迎えたことですし、紹介カードの言葉通り、次はvIoLeさんか、ぶーさんに小説を発表していただきましょうか?
 どうですか、お二人とも。なにか発表したい作品がありましたら、私までお知らせください。


 無いようでしたら、また私が連載を始めますので、あまり気負わないでくださいね。

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from: エリスさん

2008年01月04日 14時31分53秒

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「露ひかる紫陽花の想い出・68」



 「あの時、初めて気づいたのです。私が最も愛する人は夫の蔵人ではなく、お嬢様なのだと。己の命よりも大事な人だったと……蔵人はもっと前から気づいていたようでした」
 それでも変わることなく自分を愛してくれる、大切にしてくれる。そんな蔵人がとても愛しい。……不思議に、少将の彩への想いは蔵人との仲の障害にはならなかった。蔵人の優しさと想いの深さのおかげで。
 「不思議といえば、姫様のことですわ。あの後すぐに麻疹(はしか)にかかられて……」
 四歳だった彩霞は麻疹による高熱で、生死の境を彷徨っていた。
 「母様の傍に行くの……行くの……」
 「駄目です、姫様! あなた様まで私を置いて行かないでッ」
 またも取り乱している少将に、意外な人物が声をかけてきた。
 「あなたがそんなことで、どうするのです、乳母殿!」
 少将は……いや、その場にいた全員が目を見張る思いだった。
 政務でどうしても内裏を離れられない彰に代わって、二品の宮が看病に来たのである。彼女は、顔こそ違えど、背格好から髪の艶、醸し出す気品や、果ては声まで、彩にそっくりだった。その彼女がさらに藤色の表着姿で現れたのである。まるで彩が生き返ったかと思った。
 宮は彩霞の手を握ると、力強く声をかけた。
 「姫様、元気をお出しなさい。もうすぐ、父上様もいらっしゃいますからね」
 「……誰?……その声は、母様?……ああ、母様だァ……」
 熱にうなされている彩霞には尚のこと、彩が生き返ったと思うのも仕方ない。彩霞は両腕を伸ばして、宮に抱きついてきた。
 宮もそれが嬉しいのか、それとも可哀想に思うのか、瞳を潤ませていた。
 「さあ、お休み……彩霞。母様がずっと傍にいますからね」
 「うん……母様」
 宮の手を握ったまま眠った彩霞は、翌朝には熱も引き、回復に向かってきた。
 治り次第、三条邸に引き取られたいった彩霞は、彩と宮が別人だと気づかぬまま、今は妹とともに元気に育っている。
 「姫様にとってその方が幸せなのかもしれませんね。でも、真実に気づいた時、姫様はどうなってしまわれるのでしょう。……私も、宮様を檀那様と思い込めたらいいのでしょうけど……」
 きっと、皆にとって二品の宮は彩の代わりに天がお遣わし下されたのだ、と思える。彰も、だからこそ生きてこれた。
 だが、少将にとっては、所詮は偽者。
 「いいえ、それでも、私は不幸ではありませんわ。十分過ぎるほどの幸福をもらっていますもの。
 庭の方から、話し声が聞こえてくる。
 「父様、肩車して」
 「良ォし、ホラいくぞォ!」
 「父様、僕もォ。兄様ずるいィ」
 「桜子も高い高いしてほしいなァ」
 「あとでな。母様の顔を見てからだよ」
 少将は目の端に残っている涙をぬぐって、蔵人ですわ、と藤色の表着に話しかけた。
 「お嬢様も会ってあげてくださいましね。蔵人ったら、子供たちに負けずにまた背が伸びたのですよ」
 御簾の向こうから「母様ァ!」と声が掛かる。
 少将は御簾を巻き上げた。
 「迎えに来たよ、八重姫」
 「直人……みんな」
 そこに、三人の子供たちに囲まれた、少将よりも背の高い美しい青年――直人が微笑んでいた。

                                                         終

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from: エリスさん

2008年01月04日 14時03分28秒

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「露ひかる紫陽花の想い出・67」
 そっと彩の頬に触れてみる――まだ温かい。
 微笑んだまま瞼を閉じたその表情も、楽しい夢を見ているようで、思わず微笑み返してしまいそうになる。
 「檀那様、お休みになられたのですか? ねえ、起きてくださいましな。皆が騒いでいるのをお叱りください」
 少将が言っているのを、後ろから袖を引っ張って石楠花の君が諭した。
 「檀那様はもう、お目をお覚ましにはならないのよ、少将さん。御仏のお傍に行ってしまわれたの」
 「何を言っているの、石楠花さん。見て、こんなに優しく微笑まれて。よほど楽しい夢なのだわ」
 「しっかりして! 檀那様は亡くなられたのよッ」
 「嘘つき! 眠っていらっしゃるだけよ!」
 少将は彩の両肩を揺さぶった。
 「目を覚ましてください、檀那様。檀那様ッ。お願いだから目を開けて!」
 乳母の尼君は、他の者に彩から少将を引き離すように言いつけた。が、少将は離れようとはせず、見かねて彩霞姫までが少将に頼んだ。
 「お願い少将、母様をこのままにしてあげて。母様はやっとお楽になられたのよ」
 「いや……いやァ!! お嬢様ァ!!」
 狂乱する彼女をやっとの思いで他の部屋へ連れて行った頃、蔵人は内裏の宿直所で彩の死を知らされた。
 「そんな……彰の君様や伊予の守様が必死に特効薬を探している、この時に……」
 蔵人の嘆きに同情した仕事仲間は、あとのことは自分たちにまかせて、すぐにも四条へ行くように勧めてくれた。ゆっくり礼をする余裕もなく、蔵人は夜道に馬を走らせたのである。
 四条につくと、尼君に悔やみの言葉を言う暇もなく、彼は少将のいる部屋へ連れていかれた。
 彼の妻は、表情もなく座っていた。
 詳細を石楠花に聞くと、蔵人はしばらく二人っきりにしてくれるように頼み、すべての戸を閉めた。
 「少将……」
 呼んでも、返事がない。何も見えていないのかもしれない。まるで人形だ。
 少将の心は、遠く離れたところへ行ってしまっている。
 「どうして……しっかりしろよッ、少将! 八重姫(やえき)!」
 咄嗟に、唇を重ねていた。
 魂を同調させる儀式なら、自分の方へ少将の魂を呼び戻せるかも――と、意識下で考えたのかもしれない。
 唇が離れたとき、微かに少将はつぶやいた。
 「……直人(なおひと)……」
 安堵の息をついて、蔵人は呼び返した。
 「八重姫」
 だが、それっきり少将は話さなかった。
 ただ、目から涙がこぼれて、頬を伝い落ちていくだけ……。
 蔵人は、いつか自分がしてもらったように、少将よりも広くなった胸で彼女を受け止めて、抱きしめてあげた。




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from: エリスさん

2007年12月21日 12時58分01秒

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「露ひかる紫陽花の想い出・66」
 少将に手を引かれて、三の君――美倭子が入ってくる。
 「本当の呼び名は〈彩霞の姫(さいか の ひめ)〉といいます。彩霞、この御方があなたのお父様ですよ」
 「……父様? 伊予の伯母様に似ているみたい……ホントに私の父様なの?」
 「おいで、わたしがおまえの父様だ」
 彰が彩霞を抱きしめると、彩霞は衣に染み付いた香りに、わあ、と感嘆の声をあげた。
 「母様の合わせた香の匂いだァ。父様ね、私の父様なのね」
 すると、彩も言った。
 「そうですよ、私の香を使えるのはここにいる三人だけ。私の最愛の人達だけが使えるのよ」
 少将は、足音を殺しながら、庭の外に出ていた。
 彩の香を使える最愛の人達……。
 彩の口から出るまで気づきもしなかった。彩が今まで合わせた香が、彰と彩霞の手以外には絶対に渡らなかったことを。尼君や高明でさえ焚くことの許されなかった彩の香。それが、彼女の数少ない愛情表現だったのだ。
 自分が割って入る隙間などない。
 当たり前のことなのに、なぜ悔しいのか分からない。なぜ、これほどまでに自分が彩にのめり込んでいるのか。
 気づかされたのは、その夜だった。
 彩の具合が急に悪くなって、枕も上げられぬ重態になったのである。
 治癒祈願の僧の読経が響く中、皆が彩を見守っていた。
 彩は弱々しい声で、尼君に手を取られながら言った。
 「お願い、母上。姫を……彩霞を彰の君様に託してね。二品の宮様は慈悲深いお方と聞くから、きっと……」
 「彩、しっかりおし! 姫の母親はおまえよ、おまえなのよ!」
 「母様ァ!」
 彩霞の叫びに返すように、彩が優しく微笑み……握っていた手から、力が失せた。
 彩の魂は、自分のために霊芝を捜し求めて山へ入っていた最愛の人――彰のもとへ翔けて行った。
 皆が泣き叫ぶ中、少将はしばらく呆然としていた。今、目の前に起きたことが信じられないのだ。
 『檀那様が……亡くなられた……?』

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from: エリスさん

2007年12月14日 14時07分03秒

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「露ひかる紫陽花の想い出・65」
 「先日、姉の薫が君を見舞ったそうだね。その時、信じられないものを見たと言っていたよ……彩、伊予の守(高明)が側室に生ませたという娘、三の君(三女)と呼ばれているその子は、我ら源氏の一族に良く似た容貌をしているそうだね」
 彩は几帳の向こうで横たわりながら、顔を背けていた。
 「薫の君様は勘違いなされたのでしょう。きっと、ご覧になったのは兄の正室、あなた様の二番目の姉君がお生みになった中の君(次女)ですわ」
 「中の君は六歳。三の君は四歳ぐらいだろう。見間違うはずがないよ。……彩の君、もしやその子は……」
 「薫の君様と同じことをおっしゃってはなりません!! ……もし、あなた様の御子だとしたら、その子は、俗世を捨てたこの尼の身から生まれたことになるのです。そのような醜聞! あの子のためにもあってはならぬのです!!」
 「……それでなのか?」
 何年もしないうちに任期が切れる伊予の守のもとへ身を寄せることにしたのは、都で子を産まないため。自分が三の君の母であることを隠すためにしたことだったのか――と、彰は考えた。
 「なぜ、あの時……君がわたしを受け入れてくれたのか、その後で出家したのかは、わたしなりに考えて答えを出していたよ。おかげで、わたしは宮との夫婦生活におぞましさを感じずに済んでいる」
 それどころか、宮が彩の内面にあまりにも似すぎていて、のめり込みそうで恐ろしくさえ思っている。彩はそれさえも気づいているのだろうか――寝返りを打って、彰のことを几帳越しに見つめていることが、気配で分かった。
 「だが、そこまで見通していたとは……いや、わたしが至らなかったのだ。我らの縁は神仏でさえ断ち切れぬほどに強い。一夜さえあれば、子を授かるのは当たり前だったのに。君は、その子を唯一の慰めとして見ていたのだろうね」
 「彰の君様……私は、三の君の母だとは言ってはおりませんよ」
 「ああ、そうだったね」
 長い沈黙が二人を包んでいた。
 どんな想いが巡っていたのか、傍に控えていた少将も想像するには、あまりにも二人と接していた時間が長くて、纏まりきれない。二人の歴史を一番見ていたのは、誰でもない自分だったのかもしれないと、考えずにはいられなかった。
 「今宵は内裏で宿直なのだよ。……もう、帰らないといけない」
 彰は静かに立ち上がった。「また、訪ねてもいいかな」
 「それまでには、和琴をお聞かせできるようにしておきましょう」
 「楽しみにしているよ……早く、元気になっておくれ」
 彰は部屋を出て行こうと歩き出したが、戸口のところで立ち止まり、少しだけ顔を戻した。
 「わたしも変わったものだ……以前のわたしだったら、こんなにもあっさりと帰ったりしないのに。……もし、三の君がわたしの子なら、君が生んでくれたのなら、是非手元に置いておきたいと思ったのだ。せめてもの慰めに」
 彩はゆっくりと起き上がり始めた。
 「しかし、違うというものを連れて行くわけにはいかない。第一、その子の母親が可哀想だ……でも、一目ぐらい見てみたかったよ」
 言葉が出掛かるのを、彩は胸を抑えて必死に堪えていた。――これでいい。美倭子のためにも事実は隠さなければならないのだから。
 ……だが。
 「彰利様!!」
 理性に情熱を押さえ込む力はなく、ついに彩は几帳の奥から姿を現した。
 彰が書け戻ってきて、抱きしめる。
 「三の君は――美倭子はあなた様の御子です!」
 思わず涙が溢れてくる。
 「良く……良く産んでくれた、刀自子」
 「彰利様……」
 彩が彰の諱(いみな)を口にしたのは、この時が初めてのことだった。

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from: エリスさん

2007年12月14日 13時39分51秒

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「露ひかる紫陽花の想い出・64」
 二品の宮との婚儀を明日に控えて、彰は内裏の彩のもとを訪ねた。あまりにも人の気配がないのを彼も感じ取ったようだった。少将以外の女房は皆、四条邸へ帰るなり、賢所(かしこどころ)で泊まるなりしていたのである。
 彩が待っている部屋の隣室で、少将は夫とともにいた。
 「あなたは汚れませんわ、彰の君様」
 彩の声が聞こえてくる。
 「私がいるではありませんか」
 「君が浄化してくれるの?」
 彰の声が、彩の声がしたすぐそばから聞こえてくる。
 「おっしゃったではありませんか。我等は既に魂が同化しているのだと。私が己の魂を浄化することが、即ち、あなた様を浄化すること。なにを恐れることがあるのです」
 「……君の言うとおりだ。馬鹿だね、わたしは」
 二人がより深く互いの魂を同化させたことは、隣室の二人にもわかった。
 これで二人は夫婦になる……少将も蔵人も、そう思って疑わなかった――疑いたくもなかったのである。
 なのに、彩はその翌朝、四条邸へ戻って尼となった。
 彰を浄化するとはつまり、同じ魂を持つ自分が仏道へ入ることだったのである。
 尼となった者を内裏に出仕させるわけにもいかない。今上もようやく彩の辞任を承諾した。皆の嘆きは表現のしようもない。 
 彩は少将や尼君と一緒に伊予の国へ下った……胎内に彰の子・美倭子を宿して。
 次の年、少将が蔵人との間に長男を出産し、三ヵ月後に生まれた美倭子の乳母となった。
 そのころから彩の体が異常を来たし始めた。時折、胸を痛めて苦しむようになり、薬師(くすし。医者と薬剤師の中間と言える職種の人)の診察を受けるようになった。
 兄の任期が切れて都へ戻ってきてから、名のある薬師に新たに見せたところ、血の巡る道の途中で血が固まる病気(血栓)だと診断され、それには一生の内に一つ見つかるかという程の貴重で高価な茸・霊芝(れいし)を飲ませるしか治療法はないという。――彩の兄・高明はそれを懸命に探し続けた。
 日に日に衰弱していく彩は、見舞いたいという彰の希望を断り続けてきたが、ついに情には勝てずに、彼と対面することにした。

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from: エリスさん

2007年12月06日 15時00分34秒

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「露ひかる紫陽花の想い出・63」
 無論、彰の側室にもなる気はなかった。
 彰の性格は彩が一番理解している。あの誠実な彼が二品の宮を正室に迎えたからと言って、彩を蔑ろにするわけがない。自分が側室として入れば、二人の夫婦仲の障害になる。それは二人を縁付けた後三条の院の怒りを買い、彰の身はただでは済まなくなるだろう。
 「中納言様のために、都を出るのですか?」
 少将の問いに、彩は答えない。
 答えられない、本当の理由を、少将は感じ取った。
 「ご自分のためなのですね、やはり」
 少将はこのときほど彩を情けなく思い、また、自分の変貌に驚いたことはなかった。
 「中納言様が二品の宮に御心を移されるのが怖くて、お逃げになるのですねッ。あの方に忘れ去られるのが辛いから……!」
 彩が振り返ったことによって、彼女の言葉は遮られた。
 怒ってはいなかった。どこか哀しそうな、だが平静の表情。
 「そうよ」と、彩は言った。「あの方の中に、いつまでもいたいから。だから、自分から消えてしまうの」
 だが、それだけではなかったのだ。彩が都から離れる理由は。次の年になるまで、少将ですら気づきもしなかった。
 「本当に、檀那様は先を見通されるのにたけておいででしたね。あの夜が、そんな意味のあるものでしたとは」

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from: エリスさん

2007年12月06日 14時42分46秒

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「露ひかる紫陽花の想い出・62」
 彩が大納言に何を聞かされたのか、その夜、蔵人が訪ねてくるまで想像もできなかった。
 ここ数日、彰が自室に閉じこもったまま、食事も摂らず眠りもせず、誰も寄せ付けずにいるというのだ。
 「大納言様なら、彰の中納言様が実の兄のように慕っている方だから、なんとかしてもらえるかもしれないって、源氏の大臣が三条邸にお招きになったんだ。僕も大納言様に誘われて一緒に行ってきた……僕たち二人だけは中に通してくれたよ。ひどいやつれようなんだ。見ていられなくて……」
 「そんなに?」
 七日後に二品の宮との婚儀を控えた彼が、何を思ってそんなことをしているのか、容易に想像できる。
 だが、それを成就させるわけにはいかない。
 「わたしを恨んでもいい。せめて食事をしてくれ、彰の君。一口でいいから! 死んじゃいけない!」
 大納言が手をついて頼んでいるのに対し、中納言は膝を抱えながら、弱い声で言った。
 「兄上……以前、おっしゃっていましたね。愛してもいない相手とは、儀式も汚れになる……と」
 その言葉で、大納言の喉は石を詰められたように声が出なくなってしまった。
 「わたしは……汚れてしまうのですね」
 表情のない、笑い。
 いや、泣いているのかもしれない……と蔵人は感じた。
 「あんな自暴自棄な中納言様、見たくなかったよ」
 蔵人も少将の胸に縋って、泣いた。
 次の日、蔵人は彩から手紙を預かった。彰宛のものである。
 蔵人が彰に手紙を届けると、ようやく彰も元に戻るようになってきた。源氏の大臣は彩に感謝して、すぐに内裏の彩のもとへ訪ねてきた。
 「わたしを恨んでいるだろうね。そなたを正室に迎えると約束しておきながら、二品の宮の降嫁とともにそれを反故にしてしまったのだから。許してくれとは言わぬ。だがせめて、中納言の側室として、あれの傍にいてやってはくれまいか。そなただけなのだ、あれを支えてやれるのは」
 大臣が懇願する前で、彩も頭を下げて願い出た。
 「これが最後の我が儘でございます、大臣。私の――藤原法明(ふじわら の のりあきら)の女(むすめ)の典侍辞任を、主上に願い出て下さいませ」
 その場にいた女房たちが驚いたのも無理はない。
 大臣がどんなに諭しても、彩の意志は変わりようもなく、それならばせめてしばらく宿下がり(休暇を取って実家に戻ること)でもと、とにかく彩は内裏を離れることを望んだ。
 大臣が帰ってから、少将は彩に思い止まってくれるようにと頼んだ。
 「なぜ内裏を去らねばならないのです。今は尚侍の薫の君様も、ご出産のためにいらっしゃらないのに。それは、このまま内裏にいるのは、皆の指弾の的でしょうから、辛いのもわかりますが、でも、今までどんな酷いことを言われようとも耐えていらっしゃったじゃないですか!」
 「少将……世間から逃げるために内裏を去ろうというのではないのよ。勘違いしないで」
 彩は兄・高明(たかあきら)がいる伊予の国へ行こうとしていたのである。しばらく田舎で暮らしてみたいと言って。

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from: エリスさん

2007年11月21日 17時07分07秒

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「露ひかる紫陽花の想い出・61」
 それは、主上と院との事情を知っている彰にとっても同じであり……二品の宮の降嫁は、決定的なものとなってしまった。
 「あれは……そう、ご出産のためにお宿下がりをしていた薫の尚侍の君のもとへ、公務のためにお訪ねになった時でしたね。あの尚侍の君様のお腹の大きい姿など想像したこともなかったのですが……」
 大納言に昇進していた藤原房成(桜の君)の屋敷の寝殿に、薫の住まいはあった。
 尚侍は内裏にいなくても役目を果たせる役職で、大概は典侍の彩が処理をしているのだが、どうしても薫の筆記でなければならないものは、訪ねていかねばならなかった。
 彩と薫が話し合っているところへ、大納言の乳姉弟であり側室でもある紅の侍従(べに の じじゅう)が、二人に飲み物とつまむ物を運んできた。
 「まあ! 侍従。あなたがそんなことをしては駄目よッ」
 薫は自身の身重など忘れたかのようにスッと立ち上がって、彼女が運んできたものを受け取ったのだった。明らかに相手の体を気遣っている様子だった。見れば、侍従の顔色がすこぶる悪い。
 「でも、私にはこれぐらいしか……」
 「お願い、休んで。ね? 侍従。無理をしないでちょうだい。お願いだから」
 「御方様……」
 侍従が行ってしまってから、彩はどこが悪いのか聞いてみた。
 「子供が……いた、の」
 「いた?……流れてしまわれたのですか?」
 「……自分でね」
 「え!?」
 侍従が里帰りして戻ってきたというのに、大分やつれていたので、薫は侍従の母親を訪ねて聞いてみたのだと言う。正室を迎えるまで自分が子を産むわけにはいかないと、今までに三回も子を堕ろしていたらしい。
 自分から桜の君を奪った女、として憎みもした彼女が、こんなにも自分のために苦しんでいたとは思いも寄らず、薫はこれまでの自分の我が儘が許せなくなった……と、彩に涙ながらに語った。
 もっと早く嫁いでいればと、悔恨の思いが胸を絞める。
 「私、絶対に丈夫な子を産んでみせるわ。跡取りとなる男児でもいい、后がね(后になるために育てる、の意)となる姫でもいいわ、とにかく丈夫で長生きする子を産むの。そうすれば、侍従も私に遠慮することなく子が産めるようになるもの」
 「ええ、きっと丈夫な御子がお生まれになりますよ、薫の君様。そうでなければ、神も仏も鬼と果てますわ」
 二人の願いどおり、薫は七日後に男の子を出産した。その二年後も、そのまた二年後も男児が生まれ、これで藤原家も安泰と安堵したかのように、同じ年の冬に紅の侍従は念願の女児を出産した。が、彼女はその日のうちに、衰弱のためこの世を去ってしまった。残された女児は薫自身が乳母となって養育し、成人した暁には、薫が尚侍を辞してこの娘に役職を譲ったのである。
 ――薫の体の調子も順調と知って、安心して内裏へ帰ろうとしていた彩のもとに、藤の大納言――桜の君がやってきた。
 「我が家にも四条邸と劣らぬほどの藤の木があるのです。見ていかれませんか」
 彩は女房たちを牛車に待たせて、大納言と二人だけで庭の藤の木を見に行った――内密の話があるのだろうと察したのである。薫に、彰の縁談がどこまで進んだのか、話していないらしいのは既に見通していた。
 少将は車の窓から二人の様子を伺い見ようとしたが、角度的に悪く、大納言の背中しか見えなかった。
 良くない話かもしれない……一瞬、そう思う。
 平静の顔で戻ってきた彩は、少将と同じ車に乗り込んで、まっすぐ内裏へ行くようにと指示を与えた――いつもなら四条へ寄って、尼君の顔を見ていくものを。
 「檀那様、今頃はご自慢の藤の木も見ごろでございましょう? よろしいのですか?」
 少将が言うと、彩は、
 「内裏への道の方が、長いから……」
 とだけ答えた。
 しばらく見ていると、彼女の頬に涙が伝い落ちてきた。
 「檀那様!?」
 涙が溢れている。少将以外の者には知られないようにと思っているのか、嗚咽すら堪えているのが痛々しい。
 何があったのか聞きたかった。けれども、聞けない。
 ただ、見守ってあげることしか出来なかった。

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from: エリスさん

2007年11月16日 14時01分33秒

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「露ひかる紫陽花の想い出・60」
 「それしかなかったんだ!!」
 と、蔵人は言った。「この話がこじれれば、院と主上の仲の悪さを公表してしまうようなものだし、その上、主上の出生のことまで取り沙汰されたら……先の中宮である弘徽殿(こきでん)様が起こした騒動のおかげで、左大臣一家が失脚したのは、つい最近なんだよ! それなのに、これ以上の政変なんか、国を滅ぼしかねないんだッ」
 「だからって、うちのお嬢様に身を引けって言うの!? 第一おかしいわ! そんなに大后の宮様を憎み、主上を蔑んでいるのなら、二品の宮様のことも嫌っていていいはずでしょう。二品の宮様だって大后の宮様の姫宮なんだから!」
 「愛してるんだよ!!」と、蔵人は吐き捨てるように言った。「愛してるからこそ、自分を裏切って他の男のものになったその人が、憎くてたまらないんだ。君だって知ってるだろ? 院が東宮(とうぐう。皇太子)として立坊するまでは、前の大臣の屋敷で、当時“雪姫”と呼ばれていた大后の宮と一緒に養育されていたって。院はそのころから雪姫を愛し、彼女が自分のところに輿入れしてくるのを待ち続けた。……それなのに、彼女はすでに他の男の手が付いていた。それがどんなに悲しいことか、君に想像できるかい?」
 「な、なによ……」と、少将は言葉に詰まった。「なんで、院の肩を持つの? あなたは、お嬢様の味方ではないの?」
 すると蔵人は、少し考えてから答えた。
 「そうだね、君には分からないんだろうな。なんせ、自分の本当の気持ちすら気づいていないんだから」
 「どういう意味よ」
 「いいんだ、こっちのこと……僕だって、彩の君様が不幸になるようなことは避けたい。僕だって、あの方のことは大好きだもの。僕だけじゃない、源氏の大臣も。……だから、大臣は直接、彩の君様に話しに来たんだ。他人の口から聞かされる前に、せめて自分の口から……」
 そして……彩は、反対することなど出来なかった。

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from: エリスさん

2007年11月01日 16時22分39秒

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「露ひかる紫陽花の想い出・59」
 「身分は低くとも!」と、主上は挑みかかるように言った。「皇女にも劣らぬ気品と才気ある者です。わたしは、中納言の正室は彼女しかおらぬと思っております。身分が低いことを理由に、父上がこの二人の仲を裂こうと言うのであれば、わたしが典侍の後見になってでも、二人の仲を取り持ってみせますッ」
 「貴様ッ、妹の幸せよりも、他人の幸せを願うのか!!」
 「二品の宮のためにも言っているのです!! 仲睦まじい夫婦の中に割ってはいるなど、それこそ不幸になりにいくようなものではありませんか!!」
 主上と院は親子でありながら仲が悪い、という噂は蔵人も聞いていた。しかしこれほどひどいものだったのかと、正直、傍で見聞きするまでは思ってもみなかったのだ。
 そして蔵人は、このとき初めて、この親子の因縁を知ったのである。
 「では、こうしよう」
 と、院が嘲笑するように言った。「宮は、そなたの元へ入内させる」
 「入内?」
 と、主上は聞き返した。
 「そう、女御としてな。すでに紅葉の姫である麗景殿の中宮がいるが、過去にも正妃が二人並び立った例もある。いずれ、麗景殿の中宮を皇后とし、二品の宮を中宮としてくれれば……」
 「何を馬鹿げたことを言っているのです。二品の宮とわたしは、同母の兄妹なのですよ。兄妹での婚姻は、片親が違わなければ認められません!!」
 「片親ならば、違うではないか。なにせそなたは、わたしの子では……」
 「兄上!!」と、遮るに大臣が叫んだ。
 「そうではないか、紅葉。こやつは……こやつは、雪姫が他の男と……」
 「いけません!!」
 咄嗟に大臣が、院の体に縋ったらしいことは、隣室にいた蔵人にも分かった。
 そして、主上は無言のまま、部屋を出ていってしまった。――本当なら、近従として蔵人は主上の後を追わなければならないところなのだろうが……できない。
 そのとき、大臣が諭すような声で、院に話しかけているのが聞こえた。
 「主上は兄上の子です……もう、分かっておいでなのでしょう? それなのに、いつまで……」
 「そうかもしれない。あれは、わたしの子なのかもしれない。けれど、事実は変わらないのだ、紅葉。大后の宮は――雪姫は確かに、わたしに嫁ぐ前に、他の男のものとなっていたのだ……」
 大臣は、二人の諍いを治めるためにも、決断をしなくてはならなかった。
 「それじゃ……」と、少将は言った。「大臣は、二品の宮の降嫁をお受けになったの!?」

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from: エリスさん

2007年11月01日 16時01分19秒

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「露ひかる紫陽花の想い出・58」
 この事に、主上は真っ向から反対した。
 「中納言にはもうすでに、世間でも認めた許嫁がいるのですよ。そんなところへ二品の宮を嫁がすなど、わざわざ不幸にさせるようなものです!」
 このとき、その場には源氏の大臣と、隣室ではあるが蔵人も主上の近従として控えていた。後三条の院もそれを承知しながら、息子にこう意見した。
 「ではそなたは、このまま二品の宮が活躍の場も持たずに、他の皇女同様、日陰でひっそりと生きる方がいいと申すのか?」
 「そうではありません、父上。わたしも、才能あるものは世に出て、諸人のためにその知識を役立てるべきだと常々考えております」
 「それならば、宮の降嫁になんの不服もあるまい。今、この京で源の中納言(彰)を置いて他に、宮の婿がねがおろうか」
 「確かに、左大臣の一族が失脚した今、右大臣である叔父上の、その総領の君(長男)が一番の婿がねであることは分かります。しかし、彼には!」
 「恐れながら……」と、源氏の大臣がそのとき口を挟んだ。「それならば、前の大臣の総領たる、藤の大納言(桜の君)のもとへ降嫁させてはいかがでしょう。我が息子よりは、彼の方が官位も上でありますし、何よりも、二品の宮様とは従兄妹に当たります。きっと、大事にしてくれることと存じますが」
 「それも考えたのだよ、紅葉(後三条の院が源氏の大臣を呼ぶときの愛称)。けれど、彼にはすでにそなたの姫君が嫁いでおり、他に側室もおろう。そこへ宮を降嫁させては、醜い女の争いに宮を巻き込ませることにもなりかねないからね。そこへ行くと、中納言にはまだ誰もいないことだし」
 「ですから父上!」
 と、主上は言った。「中納言には、もう心に決めた女人がいるのです。彩の典侍という才媛が!」
 「しかしその者は、受領の妹という身分低き者であろう? 到底、大臣家の正室になれるはずもない」
 「いや、それは……」
 と言いつつ、大臣も言葉に詰まってしまう。

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from: エリスさん

2007年10月24日 16時47分48秒

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「露ひかる紫陽花の想い出・57」
 彩の評判を聞いて、言い寄ってきた公達がいた。
 帝のご要望で、月の宴の席で和琴を奏でたこともあった。
 立后宣旨の使者になったことなど、さまざまに思い出されるけれど、中でも強く記憶に刻まれたのは、彰に縁談が持ち上がってからだ。
 ある日、源氏の大臣が内裏の彩を訪ねてきた。
 「悪いが、人払いをしてくれないだろうか」
 大臣が彩と二人だけで話をしたがるからには、もしや……と、女房たちは初め、いい話だろうと想像していた。だから、彩の人払いに対しても、いそいそと他の部屋へ移動したのである。
 少将も他の女房たちと一緒に行こうとすると、外から誰かが声をかけてきた。
 「庭で散歩でもしない?」
 六位の蔵人(ろくい の くらうど)に昇進していた三郎だった。しばらくは彩からのお呼びもないだろうからと、少将は喜んで彼の誘いに乗った。
 初めは笑顔だった三郎――蔵人だったが、皆から離れて歩き出すと、だんだんと険しい顔つきに変わっていく……それを見て、少将も察しが付いてしまう。
 「源氏の大臣のお話、いいことではないの?」
 「うん……」
 蔵人は、木陰になるところまで来ると足を止め、少将に背を向けたまま話し出した。
 「女四の宮(おんな よん の みや)さまって、知ってる?」
 「最近“二品の宮(に ほん の みや)”に昇格なされた方ね。主上(帝)と同じく大后の宮(皇太后)様からお生まれになった。その方がどうかなさったの?」
 「彰の君様のところへ、降嫁が決まったんだ」
 「な!? なんですって!?」
 先帝であり、源氏の大臣の兄である〈後三条の院(ご さん じょう の いん)〉が、后腹の内親王・二品の宮の才能をこのまま埋もれさせたくないと考え、当時中納言に昇進していた彰に縁談を持ち込んだのである。

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from: エリスさん

2007年10月19日 15時57分00秒

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「露ひかる紫陽花の想い出・56」
      最   終   章


 「お嬢様が典侍(ないしのすけ)として内裏に上がられたのは、その年の秋でございましたね」
 彩の形見の藤色の表着を前にしながら、少将は独り言をつぶやいた――三条邸、東の対。
 尚侍(ないしのかみ)となった薫が内裏で左大将と結婚し、彼女を補佐する者が必要となったため、右大臣の働きがけで彩の典侍就任が決まったのは、彩が十八歳の秋のことだった。彩が内裏に住まうことになり、右大臣の選んでくれた大勢の女房のの中に少将や石楠花も加わって、今までにない華やかな世界に、彩は導かれていった。が、妬みや嫉みも少なからず負うことになるのである。
 「私に対する嫌がらせなど、お嬢様のに較べたら大したこともありませんでしたけど」
 彩の家柄や容貌がどの女官よりも劣ると言って、彩よりも下位の女官たちはだいぶ僻んだものだった。それでも、少しずつ彼女の人柄に触れて和らいでいき、彼女が典侍ほ辞すときには誰もが惜しむ存在になっていた。
 少将への嫌がらせはこれに較べると可愛いものである。彼女は容貌が可愛い上に性格もよく、仕事もてきぱきとこなし、誰よりも彩に信頼されているので、右大臣の世話で来た女房たちがやっかんできた。とは言っても、欠点の見つからない相手を直接悪く言うこともできず、そのネタは専ら夫の少尉のことになった。
 「典侍様の一番そばに居る女房の背の君(夫のこと)が、たかが正七位なんてね」
 という具合に。
 四条邸から来た女房だったら少尉がまだ十二歳でこれから出世できるのだと分かっているのだが、右大臣の世話で来た者たちはまさかそうとは思わず、少将が十七歳だから相手もそれぐらいか二十歳前後と決め込んで、それならば官位も五位かせめて六位があたりまえだと思っていたのだ。本人が昼間に少将を訪ねてきても「代わりに手紙を届けに来た弟かなにか」だと考えていたのである。
 石楠花たちも教えてやれば良いのに、本当のことが分かったときの彼女たちの驚きが見物だろうから、と逆に笑ってみていた――確かに、何もかも知った彼女たちの驚きといったらなかったが。
 「内裏にいた頃が一番お嬢様――いえ、檀那様が輝いていらしたのじゃないかと思いますわ。辛いことも多くありましたけど」
 彩が典侍になることが決まって、もう子供扱いはよしましょう、との乳母の尼君の言葉によって、それまで彩のことを「お嬢様」と呼んでいたが(父親が三位で母親が王族なのだから、本来なら「お姫様」でもいいのだが、源氏の邸に行儀見習いに上がっていたころ「源氏の姫君方と同等に呼ばれるわけにはいかないから」と彩が憚ったので、この呼び方が定着していた)、その日から広い意味のある「檀那様」と呼ぶようになった。だが、少将のような幼い頃からの女房たちはつい昔通り呼んでしまうことがあって、そのたびに笑いが起きていた。

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from: エリスさん

2007年10月19日 15時19分53秒

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「露ひかる紫陽花の想い出・55」
 彰は御簾を上げて中に入ってきた。
 自然な動きで彩が扇を広げ、顔を隠す。
 いつもならそんな彼女を諌める彰だったが、今夜は特別と、彼女の膝の上にいる佐音麿を抱き上げた。
 寝ぼけ眼で佐音麿が彼を見上げ「フニャ」と声をかけてくる。
 「こうゆうのも、いいものだ」
 彩が扇を少しだけ下げて、目元だけを見せて無言で問いかけてくる。
 「君とこうして、静かに過ごすのもいいものだ」
 彰がなぜ訪ねて来てくれたのかも分かって、彩はにっこりと微笑んだ。
 「ありがとうございます」
 軽い音をたてて、扇が閉じられた。


 「お月さま見る?」
 「うん、見る」
 肌着だけを羽織った少将は、足元を気にしながら歩いていき、御簾を巻き上げた。
 雲の無い美しい闇色の空に、優しく輝く黄金色の満月が、うっとりするぐらい風情ある見物だった。
 へえ、と三郎――左衛門の少尉は声をあげた。
 「こんなに綺麗だったんだ」
 「いやだ、あなた庭を歩いてここまで来たんでしょ? 見てこなかったの?」
 緊張していたため、それどころじゃなかった彼は、アハハ、と笑うしかなかった。
 少尉はうつ伏せになったまま、肘を立ててその手の上に顎を乗せ、足を時折バタバタさせながら、庭の方に腰掛けている少将を見ていた。
 この様子を見ている少将は、たった今まで大人の顔をしていたのに、どうしてこんなに可愛くなれるのかと不思議に思っていた。
 少尉の方も、普段は可愛くて少女っぽい彼女が、先刻、そして今もとても色っぽくなったので、びっくりしていた。彼女がいつもの愛らしい笑顔を見せてくれなかったら、ずっと不安でたまらなかったかもしれない。
 『女の人って、その時々で変わるもんなんだな』
 また一つ勉強になったかな? と少尉は無邪気に考える。
 「少将」
 「なァに? あなた」
 「照れちゃうな、その呼び方。三郎でいいよ。あのね、子供、何人ぐらい欲しい?」
 「何人産んでもらいたい?」
 「いっぱい欲しいな。僕さ、父様や母様みたいな生き方に憧れてるんだ」
 いっぱいの子供に囲まれて、夫婦仲良く、心穏やかに、過ぎた幸福を望まずに暮らせる日々。そんな両親ほ見て育った彼には、他に夢見るものなどないのかもしれない。
 「三郎って九人兄弟よね」
 「うん」
 「ちょっと九人は自信ないな。半分じゃだめ?」
 「う〜ん……いいや。その代わり僕に似た子供が欲しいな」
 「そうね、三郎に似た女の子ならきっと美人になると思う」
 「ああ、いいなァ。男ばっかりの中で育ったから、女の子も欲しいね」
 「まかせて、絶対女の子産んであげる」
 二人は、月の光が日の光で弱められるまで、楽しいおしゃべりを続けていた。
 そのまま現実となる夢を願いながら。


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from: エリスさん

2007年10月10日 16時29分53秒

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「露ひかる紫陽花の想い出・54」
 少将が待っている部屋からは、ほんのりとした明かりが見える。時折、風でゆらめくのが分かった。
 三郎は深く、ゆっくりと呼吸をした。
 「先ずは名前を呼ぶことからだ。いいかい、相手の魂に呼びかけるのだよ」
 左大将の言葉を思い出しながら、胸の近くで硬く拳を握り、気合を入れる。
 回廊へ上がり、御簾の端を掴む。
 そうっとずらしていく……その途端、風が入り込んで明かりが消えてしまった。
 それでも、三郎はひるまずに声をかけた。
 「少将……」
 返事はない――闇にまぎれて、少将は微笑んでいた。彼女も彩に諭されていたのだ。
 「年下だからと甘やかしては駄目よ。人並みに儀式も行えないようでは、殿方ではないわ」
 だから、ひたすら待つしかない。
 三郎は彰の言った言葉を思い出していた。
 「返事がなくても何度でも呼ぶ。弱気を見せるんじゃないぞ」
 ぎこちなく歩きながら、もう一度呼んでみた。
 「少将、どこにいるの?」
 なんとなく人のいる気配がある。――いるなら返事をしてくれればいいじゃないかッ、と三郎が怒りたくなるのも無理はない。
 『いったい何が気に入らないのさ』
 ちょっとムッとしながら考える。
 するとまた、あの二人の声が思い出される。
 「それから……これが一番肝心なことだ」
 左大将が先ず言うと、彰と声をそろえてこう言った。
 「本名で呼ぶんだぞ」
 『あ、そうか!?』
 コツン、と自分の頭を叩く。
 そのころには闇に目が慣れてきて、確かに少将のいる場所が見えてきた。彼は、静かに歩み寄り、彼女の前に腰を降ろした。
 「……八重姫……」
 フワッと彼の周りを甘い匂いが包む――彼女が両腕を差し伸べて、袖で相手をくるんでいた。
 「直人」
 互いの名を呼び合い、気持ちを確かめ合ったあとは、魂を同化させる儀式。
 ほんの少しだけ離れても、また唇が引かれ合う。
 何度も、何度も、繰り返し、繰り返して、互いの絆を結んでいく。
 「……八重姫……」
 彼は、彼女の左肩に顔を埋めてきた――かすかに、震えながら。
 「大丈夫よ、直人」
 包み込むように、彼女が抱きしめる。
 「怖いことなんかないよ、きっと」
 「うん……そうだね」
 二人はクスッと笑い合って………。

 寝殿の客間で、明かりが揺らめいていた。
 彼女は膝の上に佐音麿(さねまろ)を眠らせて、それを眺めながら、回廊に腰掛けている人に声をかけた。
 「あなたも心配性な方ね」
 ん? と返事をした彼は、御簾越しにつれない恋人を覗いた。
 「三郎殿が心配で、いらしたのでしょう? 彰の君様」
 「三郎……とは、もう呼べないよ、彩。元服し官位を頂いたのだから。これからは左衛門の少尉と呼ぶことだね」
 そうでした、と彩は静かに笑う。彰も笑い返すと、「それもあったのだけど」と先刻の質問に答えた。
 「同じ屋敷の中で身近な者が結婚すれば、いざ我も……と思うのではないかと、あてにして来たのさ」
 「またそのようなお戯れを」
 言われるだろうな、と思っていたことをその通りに言われて、彰は笑うしかなかった。
 「でも、嬉しいですわ。今宵は誰かに居てもらいたかったから」
 「やはり……寂しい?」
 「……どうしてかしら」
 彩はため息をついた。「あの娘にとって、幸せなことなのに」
 「それだけ、少将は君にとって特別な存在なのだ。どの女房よりも……いや、わたしよりも、身近にいた人だから」
 「おっしゃる通りかもしれませんわ。私って、意外と独占欲の強い女なのかも」
 笑っている声――なのに、どこか寂しそうに聞こえる。

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from: エリスさん

2007年10月10日 15時49分04秒

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「露ひかる紫陽花の想い出・53」



 一方、四条邸では乳母の尼君があれやこれやと皆を指揮し、余計に大わらわしていた。
 「ああ、その几帳は片付けてちょうだい。こちらの綺麗な方を立てておいて。それより、三日夜の餅(みかよ の もち。子孫繁栄を願って、結婚三日目の夜に餅を食べる風習があった)の仕度はできていて? 少将はちゃんと化粧(けそう)じてるのかしらねェ」
 指示を聞いている女房たちが可哀想になってくる。
 少将の婚儀は東の対の一室を借りて行われることになっている。彩は自ら、一人だけで少将の化粧の世話をしていた。
 「少将は薄めに化粧した方が可愛いわね。紅も淡く……はい、できたわよ」
 「お嬢様……」
 少将はそう言ったものの、言葉が続かなくて、目に涙が浮かんできた。
 「ああ、ほらほら」
 化粧が落ちないように、彩は手早く拭ってやる。
 「こんなおめでたい日に、涙は禁物よ。……本当に、いつかはこんな日が来るとは思っていたけれど……なんだか、惜しいような気もするわ」
 「お嬢様……」
 少将がまた泣き出しそうな顔をするので、彩はできるだけ笑顔を見せた。
 「幸福におなり、少将。私の分まで。おまえの笑顔をいつでも私に見せておくれ。それが私の幸福にもつながるのだからね」
 彩の言葉に、少将も笑顔を返しながら答える。
 「はい……幸福に、なります」
 そして、その夜。
 当時の婚儀は現代の結婚式とは違って、仰々しいことはしない。まず、花婿が花嫁のいる部屋の前まで行き、外から声をかける――「夜這い」の語源になった「呼ばふ」である。この時、花嫁が返事をして相手を招き入れれば結婚成立、なのだが。中には前もって訪ねて来ることも知らせず、呼ばうこともせずに、強盗のように押し入ってきて力ずくで花嫁を手に入れる男もいたので(それでも結婚は成立する。花嫁に傷がつくので家族や周りの者が認めてしまうのだ)、初めの方の儀式はあってないようなものだ。とにかく、一夜を過ごせば内縁の結婚。その後の三日夜の餅やお披露目が済めば正式な結婚となる。

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from: エリスさん

2007年10月05日 15時15分54秒

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「露ひかる紫陽花の想い出・52」




 そして、翌日。
 三郎は初めて髪を髷(まげ)に結い、烏帽子をかぶった。
 束帯姿もなかなか似合い、浅緑色の袍を着ていた――七位の色である。(当時は位によって着る色が分けられていた)
 石上三郎直人は今日より正七位左衛門の少尉(さえもん の しょうじょう)に任ぜられた。
 とは言っても、これはしばらくの間だけで、すぐにでも蔵人所(武官が兼任する文官職。天皇に近侍)に移らせるつもりで二人の大臣はいるらしい。
 元服式には、双方の父の代理で彰の中将と、桜の左大将も出席していた。
 「良かったな、三郎――いや、少尉。これで大人の仲間入りだ」
 彰が言うと、いいんでしょうか、と三郎は首を傾げた。
 「兄たちより上の官位で元服させていただいて」
 「だからと言ってひがむような狭量な兄弟ではないだろう」と、左大将は言った。「それに、これで満足されては困る。まだ下っ端の武官にすぎないのだからね。これからも精進を怠らないように」
 その言葉に、三郎は力強くうなずいた。
 「さてと……」
 彰はサッと音をたてて扇を開くと、口許に当てた。「今宵の覚悟はできてるかな?」
 「はい、昨日決心を固めました」
 『昨日?』
 何があったんだろう……と二人は思ったが、口にするのはやめておいた。無粋だから。
 「よし、それじゃ手順を確認しておこう。まず……」
 左大将が話し出すと、三郎は身を乗り出すようにして聞く体勢に入った。


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from: エリスさん

2007年09月26日 17時46分19秒

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「露ひかる紫陽花の想い出・51」
 どうしたの? と問いかけられても、振り向きもしない――今の表情を見られたくなくて。
 「どうしちゃったのよ。変な三郎」
 「どうせ変だよ」
 「……直人?」
 少将はそっと、相手の顔を覗き込む。そんな彼女に、彼はいきなり両腕を相手の首に絡めて、背伸びをした。
 唇が触れる。
 少将がびっくりするのも無理はない。
 「少将は……八重姫は僕のだからね!」
 「なんなの、突然。今のどこで覚えたの」
 「僕は絶対、誰にも八重姫を渡さないから!!」
 「それは嬉しいんだけど、ねえ、私なにかした? 私、直人と別れる気なんてないよ」
 三郎は今にも泣きそうな顔で少将を見上げていた。
 「本当に僕と別れない? ずっと夫婦でいてくれる?」
 「いるわ。あなたが飽きるまで」
 少将が言うと、三郎は目を伏せて言った。
 「……ごめん」
 「いいよ、謝らなくて。……不安、だよね。お互い初めてだから」
 「いや、そんなことじゃないんだ」
 今、彩のことが嫌いになった。
 いなくなって欲しい――少将の心を占めてほしくない。
 『変だ。こんな気持ちになるなんて』
 初めて感じた、醜い感情――これが嫉妬だと知るのは、まだ先のことだった。



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