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恋愛小説発表会〜時にはノンジャンルで〜

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from: エリスさん

2009年11月06日 15時35分30秒

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阿修羅王さま御用心・1

その日、その言葉は突然に降ってきた。「俺のリサイタルに出てもらうよ」北上郁子(きたがみあやこ)はその一方的な決定事項に、当然の如く抗議した。「どうして

 その日、その言葉は突然に降ってきた。
 「俺のリサイタルに出てもらうよ」
 北上郁子(きたがみ あやこ)はその一方的な決定事項に、当然の如く抗議した。
 「どうしていつも、勝手に決めてしまうの。私にだって舞台があるのよ!」
 「君以外のシンガーは考えられない」と、梶浦瑛彦(かじうら あきひこ)は言った。「とにかく出てもらうから。曲はあれがいいな、メンデルスゾーンの……」
 「〈歌の翼に〉は確かに十八番(おはこ)ですけど! この時期にそんなこと言われても困るんです! またあの人が出てきちゃうじゃないですか!」
 そう、あの人は「今度こそ!」と出番を待ちに待って、二人がいつも練習しているこの部屋の前で、しっかり立ち聞きをしていたのであった。
 「音楽科声楽コースのトップである私を差し置いて、許せなァい!」
 その人――相沢唄子(あいざわ うたこ)は、いつものようにボーイフレンドの武道青年に電話をかけた。
 「そうか! 俺の出番だな!」
 彼――名前はまだ決めていない――は、同じ道場の仲間を連れて、郁子の前に立ちはだかった。
 「大梵天(ブラフマー)道場の阿修羅王(アスーラ)・北上郁子! 勝負だァ!」
 郁子は、もう毎度のことで嘆息をつくしかなかったのであった。


     芸術学院シリーズ 番外編
       阿修羅王さま御用心


 御茶ノ水は「とちのき通り」にある芸術学院――芸術家を志す者が集う所。旧校舎と新校舎を併せ持つ「本館」では高等部の美術科と文学科、大学部の美術科、演劇科、文芸創作科、写真科、音楽科声楽コース及びピアノコースの生徒が学び、坂を登りきったところにある新設校舎「別館」では、音楽科弦楽コース、管楽コース、パーカッション(打楽器)コース、服飾デザイン科、建築デザイン科、などの生徒たちがそれぞれに鎬(しのぎ)を削っている。――と言えば聞こえはいいが。早い話が「変わり者の集まり」なんである。
 

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from: エリスさん

2009年12月04日 13時48分37秒

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「阿修羅王さま御用心・7」
 ドアの向こうには、薄い萌黄地に唐花輪違い(複数の輪が交差し、その輪の中に唐風の花が描かれる模様)の着物を着た女生徒が、手に小さな風呂敷包みを持って、恥じらいながら立っていた。
 「沙耶、どうしたの? 今日は授業ない日でしょ?」
 「やだ、千鶴ッ。そんな格好のままで!」
 「ああ、大丈夫よ。ここ、男は来ないから」
 「そうだけど、ちょっと、背中こっち向けて」
 文芸創作科一年の紅藤沙耶(くどう さや)は、自分の恋人のホックをはめてあげた。 
 「恥ずかしいから、何か着てきて」
 すると、千鶴は意地悪っぽく笑って言った。「私の裸なんか、昨日も見てるじゃない」
 「馬鹿……」
 沙耶が真っ赤になってしまうのを見て、千鶴は一端引っ込んで、バスタオルを肩からかけて戻ってきた。
 「で? 授業ないのに、わざわざ私に会いに来てくれたの?」
 「うん……それもあるんだけど……」
 もじもじしている沙耶があんまり可愛くて、背の高い千鶴はすっぽりと彼女を抱き包んでしまった。
 「ちょっと、千鶴……人が見るから」
 「だから、見せびらかしてやってるの。知ってる? あなた、うちの科じゃちょっとしたアイドルなのよ。清楚な感じがいいって」
 「もう……単に優越感に浸りたいだけね?」
 「いいじゃない。あなただって、こんな格好いい恋人がいて、自慢でしょ?」
 「自分で言っていれば世話がないわ」
 それを聞いてクスクスッと笑ってから、何かの匂いに気付いて、千鶴は鼻をひくひくさせた。
 「……なァに、この酸っぱい匂い」
 「ああ、これよ」
 千鶴から解放された沙耶は、風呂敷包みを彼女に見せた。
 「祖母が作った梅干しなの。アヤさんに届けてくれるように頼まれちゃって」
 「ああ……そう」
 千鶴は途端に機嫌が悪くなった。――つい最近、親族との交流を絶っていた沙耶の祖母・紅藤沙重子(くどう さえこ)が、北上郁子の祖母・世津子(せつこ)と姉妹だということが分かったのだ。つまり、宿敵「永遠の風」の次期会長・北上郁子と、愛する恋人・紅藤沙耶とは再従姉妹(はとこ)だったのである。このことを、当人たちも二カ月前に知ったというのだから、驚きよりも馬鹿らしい話である。
 「あのね……それで……千鶴、サロンまで付いてきてくれない?」
 「あなたね……一人で行かれないんだったら、頼まれるんじゃないの!」
 「だって、おばあ様のお願いを断るなんて出来ないし、だけど知らない人たちのところへ行くなんて怖いし……」
 《箱庭》から読んだ人は信じられないだろうが、学生時代の沙耶は大層な引っ込み思案だったのである――そこがまた可愛い、という評判もあったが。
 「そのおばあさんが、北上さん家へ行けばいいじゃないの」
 「駄目よ。おばあ様はおじい様に嫁いだ時から、家の中に閉じ込められてるから、外出なんて滅多にしないの。電車の乗り方が分からないのよ。おばあ様は世田谷に住んでいるのよ。松戸のアヤさんの家までは遠いいわ。自家用車の運転手はおじい様の味方だから、絶対に連れていってはくれないし」
 沙耶の言い分も分かる。だけど、宿敵「永遠の風」、殊に宗像瑞穂とは会いたくない。けれど、そんな人たちのところへ愛する沙耶を一人で行かせるのも……。
 「分かったわよ。ついて行けばいいんでしょ?」
 「ありがとう! だから千鶴、大好きよ」
 「もう……」
 若い頃、沙耶にそっくりだった沙耶の祖母を、余所の男に取られないように祖父が屋敷に閉じ込めた気持ちが、すっごくよく分かるな――と思ってしまうぐらい、今の沙耶は愛らしかった。千鶴は周りに演劇科の生徒がわんさかといることも憚らず、沙耶の唇にキスをした。
 「そこの長椅子で待ってて、沙耶」
 紅潮して動けなくなっている沙耶を置いて、千鶴はシャワールームへ戻った。
 すると、先輩の一人が言った。
 「ホントに羨ましいね、あんなに可愛い彼女がいて」

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