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from: エリスさん
2012年02月19日 18時09分03秒
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ようこそ!BFWへ・1
北上郁子(きたがみあやこ)はいつも通り薙刀の稽古をしていた。「乾殿(いぬいどの)」と呼ばれる郁子の屋敷には剣術を稽古するための道場も、ピアノ専用の部屋
北上郁子(きたがみ あやこ)はいつも通り薙刀の稽古をしていた。
「乾殿(いぬいどの)」と呼ばれる郁子の屋敷には剣術を稽古するための道場も、ピアノ専用の部屋も備わっている。この世界を統治している《御祖の君(みおやのきみ)》からご寵愛をいただく町長(まちおさ)の一人ともなれば、それなりの暮らしは約束されていた。だからと言って驕り高ぶらないのが郁子の良いところであった。
そんな郁子の所に、慌ただしく廊下を走ってやって来た者がいた。
「町長(まちおさ)! 阿修羅王(アスーラ)様!」
阿修羅王というのは、郁子が物語の中で名乗っている二つ名である。「芸術学院シリーズ」の登場人物・北上郁子は、学生時代に文学の勉強をしながら、大梵天道場というところで武術を習い、師範代の一人である阿修羅王を襲名している――という設定である。
『私をこの名で呼ぶということは……』
郁子は薙刀を振り下ろすと、右手に持って待っていた。
慌ただしい人物は、道場のドアを開くと言った。
「町長! 大変でございます!」
入ってきたのは、大梵天道場で郁子の後輩にあたり、師範代の一人・夜叉王(ヤクサー)を襲名している神原晶(かみはら あきら)だった。
「何事です、神原。騒々しい」
「みおやが! 《御祖の君》がお籠りになられてしまわれたと、今、居城でご奉公中の今井殿より知らせが!」
「御祖が?」
御祖が籠る――どこか具合が悪くて私室から出て来ないのか、それとも何か精神にダメージを受けて、心を閉ざしてしまったのか。
『御母君が亡くなられたときは、三日ぐらい放心状態だったけど……まさか』
郁子は薙刀を目の前に翳して、両手に持った――右手は逆手で。
「散(さん)!」
郁子が薙刀に言霊をかけると、薙刀は阿修羅神が彫られた中央から真っ二つに割れた。そして、両手に分かれた薙刀をぶつけ合わせて、くの字に曲げ、スカートの下に隠しているホルダーに、右手のを左足に、左手のを右足にはめ込んだ。
「参ります……」
郁子は神原を連れて通信室へと向かった。そこにはすでに、夫の高木祥(たかぎ しょう。この世界では夫婦別姓が多い)と、秘書官の梶浦瑛彦(かじうら あきひこ)がいた。
「待たせたわね、ショオ。梶浦」
「僕は待っていないよ。それより、洋子君が」
「アヤ先輩!」
通信機のモニターから、今井洋子(いまい ひろこ)が呼んでいた。
「大変なんですゥ! 御祖が引き籠ってしまって、全然反応がないんです!」
「具合がお悪いの?」と郁子は聞いた。「それとも……」
「病気とかではないみたいです。窓から覗いてみたら、ただ部屋の中でお座りになってるだけで」
「あえて言うなら、心の病ね、きっと……そうなると……」
《御祖の君》が重病などで執筆活動が出来なくなると、この世界の住民の中で、現在執筆中の作品の登場人物たちに影響が出ることがある。
「どこか影響が出てる町はない?」
「あります! 〈神々の御座シリーズ・人間界の町〉は、通信に障害電波が出ていて、ほとんど会話ができません。〈雪原の桜花の町〉は完全に通信が途絶えています」
「障害電波ではなく、完全に途絶えているの?」
「はい、完全に無反応です」
「すぐに〈雪原の桜花の町〉に誰か向かわせて! 住民たちが危ないわ。〈神々〜〉は大丈夫でしょう。……私もそちらに行きます」
「お願いします! お待ちしてます」
郁子は通信を切ると、祥に言った。
「あなた、また一緒に舞ってくれる?」
すると祥は郁子の両手を取った。
「君と舞えるのなら、どんな時でも大歓迎だよ。でもその前に、君はその汗を落とした方がいいんじゃないかな?」
薙刀の稽古をしていたので、体中に汗が噴き出していた。だが、
「時間がないわ。シャワーなんて浴びてる暇はないの」
「そう」と、祥は言って、神原の方を向いた。「お湯で濡らしたタオルを持ってきてくれ、部屋まで」
「かしこまりました」
神原は答えると、すぐに通信室を出て行った。
この世界――Bellers Formation Worldは、御祖の君と呼ばれる淮莉須 部琉が作り上げた想像と創造の世界である。この世界で起こるすべての事象は、御祖の意志と夢が影響していた。
その御祖が心を閉ざして引き籠り、その結果、一つの町が消えようとしていた。
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from: エリスさん
2012年03月02日 14時58分19秒
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「ようこそ!BFWへ・4」
扉の向こうには、一軒家が建っていた。
「町長・片桐枝実子の住居のようね」
郁子が言うと、祥はうなずいた。
「この城壁からは想像もつかない、質素な家だね。中も普通なんだろうか」
「入ってみましょう」
二人は玄関の呼び鈴を鳴らした。すると、祥に似ているが、黒髪が肩を過ぎた男性が現れた。
「やあ、いらっしゃい」
乃木章一(のぎ しょういち)――「神々の御座シリーズ・人間界の町」の町長・片桐枝実子の親友であるが、特例として伴侶(夫)の地位についている(枝実子と結婚はしていない)。出演作品は「Olympos神々の御座シリーズ女神転生編 双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)」他。
「ご無沙汰をしております、乃木さん」
と郁子が言うのに対して、祥は言った。
「髪、伸びましたね」
すると章一は微笑んで、言った。「うちの町長は、傍にいる者が女性らしい容姿をしている方が、創作意欲を増すんだよ」
「ああ、なるほど」
「なにを納得してるのよ……」
それは片桐枝実子が「実は女好き」と言っているのと同じことであった。
章一は二人をリビングに通した。そのリビングの奥には、両開きの大きなドアがあって、見るからに異様さを醸し出していた。
「あなた方がどうして訪ねてきたか、理由は分かっています」
章一は二人にソファーを勧めながら言った。「御祖の君がお籠りになられてしまって、出て来ないのでしょう?」
「分かっておいでなら、何故……」
郁子が言おうとすると、章一は手を前に出して、彼女の言葉を制した。
「進んで御祖をお助けに行かないのかと言いたいのでしょう? それは立場上できません」
「だから、それはどうしてなんですか?」
と祥が聞くと、章一は苦笑いをした。
「五大女王がいるからですよ。彼女たちを差し置いて、我々が出しゃばる訳にはいかない。このBellers Formation Worldでは、御祖が昭和の時代から創造してきた五大女王たちが一番尊いものとされてきた。それは長きにわたり、平成の世になっても続いていた……けれど、御祖の小説スタイルが神話物に固定されてきた今の時代、御祖と一番つながっているのは我々――この町です。そのことは、五大女王のプライドを傷つけ、悲しませたことでしょう。つまり我々は目の上のタンコブなんですよ。だから、彼女たちの立場を尊重するためにも、我々が自ら行動することはできなかった。しかし……」
章一はため息をついた。「恐らく、彼女たちではもうどうすることもできない。いずれは我々の手を借りに来るでしょう。それまで、この町は御祖の影響を受けて仮死状態になるわけにはいかなかった」
「それで、城壁を建てたのですね? しかも一瞬で」
郁子が言うと、章一はうなずいた。
「天上の鍛冶の神の力をもってすれば、いとも簡単なことですから」
「乃木さん!」と祥は言った。「これは五大女王からの要請なんです。一刻も早く御祖をお籠りから解放しないと、心が崩壊してしまう。そうなったら、この世界は終わりです! だから、片桐さんに会わせてください!」
「そうだね、呼んでくるよ。彼女は今、あっちにいるんだ」
章一はそう言って、リビングの奥にあるドアを指さした。
「あのドアが、もしや……」
と郁子が言うと、
「そう、天上への入り口」と章一は立ち上がった。「今日は麗子(かずこ)さんもいないから、彼女も一緒に行ってるのかなァ。すぐに連れて来るから、ここで待っていてください」
章一はドアの前へ行くと、両手でドアを開いた。すると、彼は白いキトン(ギリシア民族衣装)を着て、栗色の髪をした少女に変身した。
彼女――キオーネーは、そのままドアの向こうへ消えて行った。
侍女たちに大きな水桶を持ってこさせたその人物は、彼女たちを下がらせると、自分で水桶の前に長椅子を寄せた。
「さあ、ここへお座り、レシーナー」
不和女神エリスは長椅子に座ると、傍にいた女性にも隣に座るように勧めた。
「なにが始まりますの? エリス様」
レシーナーと呼ばれた女性は、興味津々な面持ちでエリスの隣に座った。
「これから水鏡の術で、面白いものを見せてやろう」
エリスはそう言うと、右手の人さし指で、水面を軽く叩いた。すると、揺れる水面が落ち着いてくるにつれて、何かが映し出されてきた。
そこには、筋肉隆々な男が、手にこん棒を持ち、怪物たちと戦っている姿が映っていた。
「これは?」
「そなたも噂に聞くだろう? 英雄ヘーラクレースだ。今、オリュンポスでは彼の冒険を覗き見るのがブームになっているのだよ」
「まあ……これがあの英雄ヘーラクレースですのね……」
水鏡の中のヘーラクレースは、一人で怪物と戦っていた。そして、とうとうその怪物の頭を素手で引きちぎった。
「いやッ!」
レシーナーは咄嗟に目を背けて、エリスに抱きついた。
「ああ、済まない」とエリスは水鏡の水面をまた指で叩いた。「そなたには刺激が強すぎたか」
「いやです、見たくありません! 怖い……」
「大丈夫、もう消したから……顔を上げて御覧」
エリスがそっと優しくレシーナーの頬を撫でると、レシーナーも恐々と顔を上げた。
「悪かったな。そなたが楽しんでくれるかと思って見せたのに、怖い思いをさせてしまって」
「エリス様……」
「さあ、もう大丈夫だから」
エリスはレシーナーの目の端に溜まった涙をぬぐうと、そこに軽くキスをした。
「ほら、もう大丈夫」
「エリス様……」
二人はしっかりと抱き合って、何度もキスを交わした。その間、エリスはそうっとレシーナーの肩留めを外して、キトンを脱がした。
「エリス様……いけません。こんな刻限から……」
「大丈夫、誰も来はしない」
エリスも自分の肩留めを外して、白い裸体を露わにした。そして、二人が長椅子に重なり合おうとした時……。
「我が君」
そこに、キオーネーが立っていた。
「キオーネー!? なんでこのストーリーに出てきているんだ?」
エリスが驚いている間に、レシーナーはいそいそとキトンを着始めた。
「緊急事態でございますれば……あなた様こそ、このストーリーにレシーナーさんと逢引きをなさるシーンなどありませんでしょうに。なにをなさっておいでですか」
「いいじゃないか……御祖が閉じ困っている間は、こっちも自由に動けるのだから。私はこっちの世界にいないと、欲望が発散できない。なんなら、そなたと愛し合おうか?」
とエリスが手を伸ばすので、その手にキオーネーは肩留めを乗せてあげた。
「早くキトンをお召しくださいませ、エリス様。下界で乾殿がお待ちでございます」
「乾殿――北上郁子か」
エリスはそう言うと、立ち上がってキトンを着だした。「やはり彼女が迎えに来たか」
「彼女は我々の物語ともつながっていますから」
「まあ、彼女しか城壁のセキュリティーを通れないような、難しい設定をしておいたからな」
「本当に――まだ携帯電話を持っていない世代のキャラクター達に、〔徳川将軍15代をすべて答えなさい〕とか〔源氏物語の桐壷の巻の冒頭を暗唱しなさい〕とか、小難しいクイズを設定していらっしゃいましたからね、あなた様は」
「平成の人間ならウィキペディアで調べられるけどな……あまり、この世界を踏み荒らされたくなかったのだ」
キトンを着て、髪形も整えたエリスは、キオーネーに手を差し出した。
「では、行くか……レシーナーはどうする?」
「私は――鍋島麗子(なべしま かずこ)の出番はありませんでしょうから、こちらでお帰りをお持ちしています」
「そうか。じゃあ、行ってくる」
エリスとキオーネーは手をつないでその場を後にした。
二人が下界への道を歩いていく途中で、エリスは足を止めて、キオーネーを抱き寄せた。
「我が君?」
「下界に戻ったら、そなたとも何も出来ぬ。生涯純潔の女と、その親友に戻る前に……」
二人は互いに抱きしめあった、唇を交わした……。
「……戻らねば……」
キオーネーは滑り落とされそうになった肩の布を戻しながら、言った。「乾殿が待っておられます」
なのでエリスは苦笑いを浮かべた。「そうだな」
郁子と祥はしばらく待たされたが、ようやく両開きのドアが開いた。
そこから、栗色の髪の少女から青年に戻った乃木章一と、漆黒のキトンを着た身長180cmぐらいの女神から、160cmぐらいの日本人女性に変身した人物が現れた。
「お待たせしました、乾殿……いえ、アヤさんとお呼びするべきかしら」
片桐枝実子(かたぎり えみこ)――「神々の御座シリーズ・人間界の町」町長。前世は不和女神エリス。出演作品は「Olympos神々の御座シリーズ 不和女神編 罪ゆえに天駆け地に帰す」他多数。
「どうぞ、物語の中での呼び方で、枝実子さん」
「ありがとう。じゃあ、そうさせてもらうわ。――事情は分かっています、行きましょう」
「はい! お願いします」
枝実子は先に立って歩きだし、そして、振り返って章一に言った。
「行ってくるね、ショウ。帰ったらパスタが食べたい」
「ああ、作っておくよ」と章一は言った。「行っといで、エミリー」
「行ってきます!」
枝実子と郁子は、祥が運転する車で一路居城まで急ぐのだった。
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