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恋愛小説発表会〜時にはノンジャンルで〜

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  • from: エリスさん

    2012年11月02日 12時24分57秒

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    夢のまたゆめ・70

     そして、3月19日土曜日――
     朝からかなりのお客様がシャッター前に集まっていて、SARIOはファンタジアに「少し早めにオープンしてほしい」という連絡を入れてきた。
     その日は、まだ営業を再開していない同じ系列の映画館のマネージャーも手伝いに来ていたので、急いでお客様を迎える仕度を整えることができ、予定よりも10分早くオープンすることができた。
     それでも、チケット売り場に並んだお客様たちの列はなかなか引いてくれず、これでは見たい作品の上映時間に間に合わないと、
     「前売り券は持ってるの! だから入れて!」
     と、直接入場口へ来られるお客様を、百合香たちは対応した。
     「恐れ入ります。当劇場は全席指定席ですので、前売り券のままではご入場できません。一旦、チケット売り場で前売り券を指定席券に交換していただきませんと……」
     「分かってるけど! 始まっちゃうのよ! あんなに並んでるのよ! 間に合わないでしょ!? 第一、前売り券持ってるのにいちいちチケット売り場に並ぶって、何のための前売り券なのよ!!」
     昔の映画館は全席自由席だったので、前売り券を持っていれば、入場口で「もぎりのおじさん」が券の料金の所だけを切り取って入れてくれたものだった。しかし、今は殆どの映画館が指定席なので、前売り券を持っていても、すぐに入れるわけではない。昔とは勝手が違ってしまったからこそ、最近の前売り券には買った時に特典(映画関連グッズ)を付けるようにしている。
     ただでさえ地震の余震が続いて、誰もが恐怖やストレスを溜めていたことだろう。いつもならスンナリ受け入れてくれる事柄も、この日ばかりはそうも言っていられないようだった。
     百合香が困っていると、大原が通りかかってくれた。
     「どうかされましたか? お客様」
     「どうもこうもないわよ!」と、そのお客様は大原に詰め寄った。「この人が意地悪で入れてくれないのよ!!」
     そんなご無体な!?――と百合香は思ったが、大原が「黙っていてね」と目配せをしたので、口をつぐんだ。
     「お客様、まだ前売り券を指定席券と交換が済んでいないようにお見受けできるのですが?」
     「だから! それは分かってるのよ、私だって! でも、見たいのよォ!」
     と、お客様は泣き出してしまった。「本当は先週来るつもりだったのよォ。でも、地震のせいで、一週間もここが休んじゃうから、見られなくて、ずっと我慢してたのにィ~、なんでこんなに混んでるのよォ!!」
     「そうだったんですか。心待ちにしてくださっていたんですね……ですが、お客様。映画館の再開を心待ちにしてくださっていたのは、お客様だけではないんですよ。今、チケット売り場に並んでくださっている皆様が、お客様と同じ気持ちなんです。どうぞそのことをご理解ください」
     するとお客様は、「そりゃ、そうだけど……」と、口籠り始めた。
     「どうでしょう、お客様。確かに朝の回はもう間に合いませんが、お昼からの回なら、まだまだお席に余裕がございます。今からチケット売り場にお並びいただいて、一番いい席をお取りになりませんか。きっと楽しんでいただけるものと思います」
     「……いいわ。あなたがそう言うなら」
     「ありがとうございます。では、ご案内いたします」
     「ううん、一人で行けるわ……ごめんなさいね」
     「とんでもございません」
     そして、お客様が行ってしまうと、ふうっと大原は息をついた。
     「大丈夫、あなたが間違った接客をしていたわけじゃないって分かってるわよ」
     「すみません、大原さん」
     と、百合香は頭を下げた。
     「いいのよ。ああいった場合は、接客相手を替えると素直に受け入れてくれたりするのよ……みんな、見たい映画をずっと我慢していたから、誰かに不満をぶつけたかったんだと思うわ」
     「そうですね……」
     そこへ、ナミが大原を見つけて小走りにやって来た。
     「みゆきちゃん、助けて!」
     「こら(^_^;) 職場では名字で呼びなさい」
     「すみません、でも助けて!」
     なので百合香が「どうしたの?」と聞いた。
     「チケット売り場に並んでたお客さんで、指定席券に交換するのを断られたそうで……」
     見れば、男女の若いカップルが前売り券を手にこっちを向いていた。
     「なんで断ったの? チケットさん」
     「ファンタジアでは使えない前売り券だからって……」
     それを聞いて、大原はすぐに思いあたった。「劇場専用券ね」
     映画館にはそれぞれ本社である映画会社が付いている。松竹、東宝、東映、ワーナーなどなど。それら映画会社は、自社系列の映画館でしか使えない前売り券を販売している。実際に前売り券を持っている方はご覧いただきたい。料金が書かれている白い部分に、「MOVIX券」「TOHO券」と書かれていないだろうか。そういうものは、その系列の映画館でしか使えない券なのである。どこの映画館でも使える前売り券は「全国券」と書かれている。
     「いいわ、私が対応する」と、大原が言うと、もう一方から今度はぐっさんが手を挙げた。
     「大原さん、こちらのお客様も同じご要望です。近くの○○(とある系列の映画館)がまだ再開してないので、こちらにいらしたそうです」
     「こっちで対応します、ご案内して……」
     と、大原が言っているうちに、トランシーバーから支配人の声がした。
     「全スタッフに連絡します。他の劇場の専用券を持っているお客様も、特別処置として指定席券と交換可能とします。繰り返します……」
     そこへ、野中が一枚の紙を持って走って来た。
     「宝生さん! これ、アナウンスして!」
     それは、この度の震災における特別処置として、他の映画館の前売り券でもご鑑賞いただけるご案内のアナウンス原稿だった。
     「支配人が本社を通して、各映画会社に掛け合ったんだよ。他の映画館が再開できるようになるまで、他社の前売り券も引き受けてもらえるように」
     「おお! さすがは支配人!」
     と、その場にいたフロアスタッフは拍手をした。
     「なんで、断られたお客様が諦めて帰ってしまう前に、急いで読んで!」
     「了解です!」と、百合香はマイクのスイッチを入れた。「お客様にご案内申し上げます……」
     
     
     その後、余震が来て慌ててシアターから出て来るお客様を、
     「通路の真ん中をお歩きくださァい! 展示物からお離れ下さい!」
     と,大きな声で言いながら、お客様を安全な場所に誘導したり。
     被災地に優先的に物資を送らなければいけない関係で、十分に納品されずに売り切れてしまったミネラルウォーターをお買い求めになりたかったお客様に対して、
     「申し訳ありません、この非常時ですのでご理解を……」
     と、説明したり。
     地震のシーンや津波のシーンが入っているがために上映中止・延期になってしまった作品をご覧になりたかったお客様に対しても、フロアスタッフは丁寧に説明をして、謝罪し続けたのだった。
     なので、勤務が終わって更衣室に入ってきた百合香の顔は、もう「疲れ切っている」としか言いようのない顔だった。
     「ユリアス、生きてる?」
     ユノンが茶目っ気たっぷりにそんなことを聞くので、百合香は言った。
     「辛うじて……」
     「身重の身で頑張るのもいいけど、ほどほどにしないと駄目だよ」
     「そうよね。まだ悪阻とかがないから、こんなもんで済んでるけど……」
     ちょうどそんな時に、百合香の携帯が鳴った――翔太からのメールが届いたのである。
     「ごめん、リリィ! 急な仕事で大阪まで行かないといけなくなった。今晩は泊まりに行けない……」
     という内容だった。
     百合香は、そろそろ勝幸か勝基あたりから、二人を会わせないように妨害が始まるのではないかと思っていたのだが、いつも翔太が泊まりに来る土曜日に急な出張を入れるなど、もっとも有りえそうなパターンに思えた。
     「ミネさん、なんだって?」
     と、ユノンが聞くので、百合香は笑顔を作って、言った。
     「うん、今日は仕事があるんだって。ユノン、この後お茶しない?」
     「いいよ~。じゃあ、ぐっさんも待ってる?」
     「そうだね、誘っちゃおう」
     百合香はなるべく暗いことは考えないようにした。
     
     
     

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