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from: エリスさん
2012年11月09日 14時36分03秒
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夢のまたユメ・71
その後、福島原発の影響で、水道水から放射性ヨウ素が131ベクレルも検出される事態となり、映画館のみならず、飲食店はどこもまた営業に大きな打撃を受けた。
131ベクレルという数値は、大人なら被害は出ないと言われているが、まだ体の小さい乳幼児には危険な数値である。
国は乳幼児に水道水の摂取を控えるように指導し、乳幼児のいる家庭に一人当たり500mlのミネラルウォーターを3本配布することにしたが、たった3本(1500ml)ですべての食事を賄えるはずもなく、乳幼児を持つ親たちはミネラルウォーターを求めて東奔西走をせざるを得なかった。
「……というわけで、当劇場でもこうゆうご案内を出します」
急きょ作ったご案内ポスターには、当店で水道水を使って作られるメニューが書かれており、これらの物を小さいお子様がお召し上がりになるのはお避け下さい、と締めくくられていた。
「これだと、炭酸飲料しか子供は飲めませんね」
と、ナミが言うと、ポスターを手に持っていた榊田玲御マネージャーは、
「はい、そうなります……」
「お客さん減っちゃいますね、また」
と、ジョージも言うので、
「仕方ないよ。お子さんに映画を見ている間“なにも飲まないでください”なんて言えないんだから」
と、榊田が言うと、大原美雪マネージャーが補足した。
「小さいお子さんは、炭酸飲料はあまり飲まないものね」
「そしたら、もうこうなったら」と、百合香は言った。「水道水が正常値に戻るまで、他のお店のジュースも持ち込み可にしてしまったら?」
「そんなこと、あからさまに言えないよ」と榊田は言って、「でもまあ、フロアスタッフはお子様連れのお客さんが缶ジュースの持ち込みとかしてても、しばらく黙認でいいよ……ですよね? 大原さん」
「そうねェ……仕方ないでしょうね、こういう時だから」
「はい……それじゃ今日の朝礼はここまで。皆さん、お客様をお出迎えする準備に入ってください」
「ハイ!」
スタッフたちは全員それぞれの配置についた。
またしてもアナウンス担当の百合香も、配置につきながら考えていた。
『大人は大丈夫でも……胎児って影響でないのかなァ? いや、出るよなァ……だったら私も、水道水は控えた方がいいよね。でも、ミネラルウォーターって今売ってないんだよなァ……』
すると、「宝生さん、宝生さん!」と、横から大原が声をかけて来た。
「なにしてるの? 来場アナウンスして!」
もうお客さんがチケット売り場に歩いて行っているのに、考え事をしていたせいで気が付かなかった。
「すみません!」と、百合香は慌ててマイクのスイッチを入れた。「本日はシネマ・ファンタジアにご来場を賜りまして……」
「ねえねえ、リリィ」と、ぐっさんが声をかけて来る――お昼の回の上映をロビーで待っているお客様を出迎えるために、入場者プレゼントの残数を数えていた時だった。
「なァに? ぐっさん」
「小さい女の子たち、みんなして水筒をぶら下げてるよ?」
見れば、3,4人のお母さんの傍に、7,8人の女の子たちがはしゃいでいて、その子たちはどの子も可愛らしい水筒を首からたすき掛けに掛けていた。
「やっぱりあれって……」
「間違いなく飲み水でしょう。水道水が飲めないから、かと言って行った先々でペットボトルや缶の飲料水が手に入るとも限らないし」
と、百合香が言っているところへ、かよさんも奥から歩いてきた。
「リリィ、そろそろ時間だから交代しよ」
「はい、お疲れ様です」
「お疲れさん……で、何を話してたの?」
かよさんが百合香からマイクを受け取りながら聞くので、ぐっさんが子供たちの水筒のことを説明した。
「ああ、そうだね……見ていて可愛い光景だけど、今が普通じゃないってことを痛感させられるねェ」
「これでもまだ、東京だからこの程度で済んでいるんですよね」と、百合香は言った。「福島に住んでいる人たちは、もっと大変な目に遭ってるはずだし」
「そうだよね。考えると辛いよね……」
そこへ、小さい女の子たちが何人かシアターの方から走ってきて、百合香たちの横を通り過ぎた――「プリキュアオールスターズDX3」を見に来た子供たちである。百合香たちは、
「ありがとうございましたァ!」と揃って挨拶をした。
すると、その中の一人が振り返って、ちょこちょこっと駆け寄ってきた。
「面白かったです\(^o^)/」
「はい、ありがとうございます」と、百合香がお礼を言った。「また来てくださいね」
「……もう来れないよ」と、その子はちょっと寂しそうに言った。
「あら、どうして?」
「遠くから来たから……」
すると、その子のお母さんらしい人と、あと二人のお母さんが遅れてその場に現れて、
「あら、うちの子がなんか言ってるわ」と、百合香の傍に来た。
「ごめんなさいね、仕事のお邪魔して」
「いえ! そんなことは全然! ですが……どうして、もう来れないと?」
「実は千葉の木更津から来たのよ。うちの方の映画館がまだやってなくて。それで、プリキュアを上映してて家から一番近いところをネットで探したら、ここしかなかったの。だから、保育園お休みして、友達同士みんなで来たのよねェ」
「そうだったんですか! 遠くからわざわざ、ありがとうございます!」
と、百合香たち三人は揃って頭を下げた。
「どういたしまして。それじゃ――ホラ、あんた達! 帰るわよ!」
お母さんたちは、はしゃいで散り散りになってしまった女の子たちを、呼び戻して一か所にまとめた。
「帰りになんか食べて帰ろうね。何がいい?」
「ハンバーグ!」
「オムレツ!」
「はいはい、真ん中取ってお子様ランチだね」
こんな非常事態でも、お子さんがいるお母さんたちは強いなァ、と百合香は感心するのだった。
仕事が終わり、百合香は食品売り場で買い物をして帰ろうと、SARIOの一階へ降りてきた。すると、食品売り場に近い売り口にかなりの行列ができていた――見れば、みな小さい子供さんを連れたお母さんたちだった。列の最後尾には食品売り場の従業員が一人立っていて、ご案内の札と、列に並ぶ人が何か見せているのを確認していた。
確認していたのは母子手帳だった。
『あっ、これってもしかして!?』
遠巻きに列の最前列を見てみると、「ミネラルウォーター優先販売 母子手帳をお持ちの方のみ」というご案内が出ていた。
『母子手帳持ってれば、優先的に水が買えるんだ! じゃあ、私も……』
と、思い至った百合香だが、今日は母子手帳を持ってきていないし、取りに行っている間に売り切れることは必至だったので、今日は諦めた。
『これからは毎日持ち歩かなきゃ。いつどこでお水を売ってもらえるか分からないし……さて、今日はヨーグルトあるかなァ』
花粉症を緩和する為に乳酸菌とポリフェノール、そして紫蘇を食べなければならない百合香だったが、これが今の状況ではかなり難しいことになっていた。
案の定、ヨーグルトは売切れていた。
『これはまだしばらく“ゆかり”に頼るしかないかなァ』
紫蘇が手に入らない、と嘆いた百合香に、先日ナミが、
「紫蘇味の何かで代用できないんですか?」
と言ったので、紫蘇を原料としたふりかけ“ゆかり”で今は耐え忍んでいた。
ちなみにその時、かよさんが、
「ヨーグルトがないなら、豆乳で代用すればいいよ。豆乳も美味しいよ」
と、アドバイスしてくれたのだが、百合香はこう返事をした。
「乳酸菌が入ってないんです……」
「あっ、お話にならないのね(^_^;)」
「すみません(-_-;)」
しかし、無いものは仕方ないので、何かで代用するという考え方は間違っていない。
『乳酸菌飲料で代用するか……お水で薄めて飲むんだから、結局お水が必要になるわね……』
百合香は買い物を終えると、駐輪場で兄・恭一郎にメールをした。
〈秋葉原で買えるだけのミネラルウォーターを買ってきて。お願いm(_ _)m〉
早く元の生活に戻ってほしい――きっと、誰もが思う願いだった。
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