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from: エリスさん
2012年11月30日 14時20分54秒
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夢のまたユメ・73
明日から4月となると、本格的に春がやってくる。
桜が開花したのを見ながら、長峰真珠美は自家用車が車庫から出て来るのを待っていた。
『これ以上は引き延ばせないものね......』
余震の方も落ち着いてきて、皆が日常に戻ろうと努力しているころだった。今まで翔太と百合香の破談の件を先送りしてこれたのも、
「震災のごたごたが落ち着くまで」
という理由があったからだ。しかし、それももう限界である。
真珠美は気が進まないながらも、運転手付きの自家用車で出掛けることにした。
百合香は連載しているネット小説の最終回を書き上げて、一息ついたところだった。
本当は毎週金曜日に更新しているのだが、明日の4月1日(金)は、「オーズ・電王・オールライダー レッツゴー仮面ライダー」の初日なので、キャラクターグッズが完売しないうちに見に行ってしまおうと、今日のうちにネット小説を更新したのである。――狙いはもちろん、仮面ライダーWである。
『チャームコレクションの全28種の中から、Wを引き当てるにはどうするか......手探りでWの触覚部分が分かればいいけど、おそらく分からないように梱包されてるから......いっそのこと、箱買いする? いらないのも手に入っちゃうけど......』
百合香は紅茶を飲みながら、そんな風に考えていた。
『箱の中に2列で並んでるんでしょ? ってことは縦は14個。そして、Wは昨年の作品だから、オーズを筆頭に並べてあるなら、Wは2番目。ただ、前から並べてあるか、後ろから並べてあるか、しかも左右どちらから並べてあるか分からないから、つまるところ......左右ともに前から2個目と後ろから2個目の計4個を取れば、おそらくその中にWが......』
一雄が二階から降りてきたのは、そんな時だった。
「百合香、お昼ごはんあるか?」
まだこっちが心配で新潟に帰っていない一雄だった。その方が百合香も恭一郎も安心だった。
「電気釜にご飯残ってるよ。おかずは昨夜のおでんが残ってるから、それを食べて」
と、百合香が部屋の中から返事をすると、
「百合香はまだ食べないのか?」
「私、お休みの日はいつも朝と夜だけだよ」
「ええ!?」
一雄はそう言って、百合香の部屋のドアを開けた。「昼は食わないのか?」
「うん、食べない」
「駄目だ! 簡単なものでもいいから食べなさい。お腹の子供に良くないだろう!」
「う~ん、でもお腹すかないんだよなァ」
「そのうち、そんなこと言っていられなくなるぞ。お腹の子がご飯を欲しがるようになるからな。だから、ちょっとでいいから食べる習慣をつけなさい」
「うん......とりあえず紅茶は飲んでるから、じゃあ、なんかつまむ物だけ......」
と、百合香がテーブルから離れて立ち上がろうとすると、玄関のチャイムが鳴った。
「ハーイ!」と百合香が返事をしたが、
「いや、父さんが出るよ」と、一雄が玄関に出て行った。「はい、どなたさんかね?」
一雄が玄関の戸を引くと、そこに真珠美が訪問着で立っていた。
初めてあったが、お互いに目の前の人物が誰か、すぐに分かった。
「しょ、しょ...うた、君の......」
一雄の言葉を意訳せずに書くと、この通りの言葉になったが、真珠美はそれに丁寧なお辞儀で返した。
「百合香さんのお父様でいらっしゃいますね。初めてお目にかかります、翔太の母でございます」
「ど、どうも、こちらこそ......ゆ、ゆゆ、百合香の父です」
百合香は真珠美の声を聞いて、すぐに自分も玄関に出てきた。
「真珠美さん!」
「百合香さん、しばらく......」
かなり説明が遅れたが、翔太の姉・紗智子も交えて女三人で過ごす機会が多かった時に、百合香は真珠美のことを「翔太君のお母さん」から「真珠美さん」へと呼び方を変更していた。実際、歳は8歳しか違わないのだから、「お母さん」や「おばさん」とは呼びづらい。
「今、お時間いいかしら?」
百合香はすべてを察した――とうとう、あの話が出るのだ。
「それじゃ、すぐに着替えますので、外で話をしましょう」
と、百合香が言ったので、一雄は、
「上がっていただいたらどうだ?」(ここから先はまた意訳して記載)
「いいのよ、お父さんはお昼食べてて」
[あら、すみません]と、真珠美は言った。「お食事中でしたか?」
「のんびりしていたものですから」と、百合香が言った。「お昼ご飯を取るのが遅くなってしまって、父だけ......ですので、外でいいですか?」
「ええ、私は全然構いませんよ」
「じゃあ、着替えてきます」
百合香は部屋に戻ると、ササッとお出掛け用の服に着替えてきた。
「近くに桜が綺麗なところがあるんです。ご案内します」
百合香たちが行ってしまって、一人になった一雄は、もしかして......と思い至った。
『まあ、遅いぐらいだな......母さん、百合香が悲しい思いをするからな、守ってやってくれ......』
一雄はそう思いながら、かつて沙姫の部屋だった猫部屋の窓際を眺めた。そこに、いつも日向ぼっこをしながら編み物をしていた、沙姫の姿が浮かんで見えた。
長い道沿いに、ずっと桜が並んでいる。
その道は歩く人たちが休憩できるように、あちこちにベンチが設置されていた。百合香と真珠美はそこに腰を下ろして、二人で桜を眺めた。
「綺麗ねェ......」
「......はい」
「毎年ここでお花見しているの?」
「......母が死んでからは、通り過ぎるだけでした」
「そう......」
「母は、私が子供のころは本当に厳しくて、あまり一緒に遊んでくれる人ではなかったんです。それなのに、私が大人になって......OLになって、仕事の帰りが遅くなりだしたら、休みの日に私を買い物とか、お散歩に連れ出すようになって......」
「寂しくなったんでしょうね。会える時間が少なくなってきたから」
「ええ、それもあると思うんですけど......兄が、聞いたことがあったそうなんです。男の俺は別に留守番でもいいけど、どうして百合香だけ連れ出すんだ?って」
「あら、お兄さんったら拗ねちゃったの? 仲間外れにされて」
「みたいですね。そしたら、母がこう答えたそうなんです。――世間の母と娘は、まるで姉妹みたいに過ごすもんだって言うのに、お母さんにはそれが分からなかったから、今からでも百合香に思い出を残してあげたいんだ......って」
「まあ......」
「それで、春にはここで二人でお花見してたんです、5年ぐらい。梅雨時は菖蒲の花を見に行ったり、夏は盆踊りで涼んで、秋は銀杏を見ながらギンナンを拾って......」
「冬は?」
「冬は......寒さで母の体調がおかしくなることが多かったんで......しょっちゅう寝込んでました」
「そうなの......」
「母は、自分がもうそれほど長く生きられないって、分かってたんです。だから、急に思い出作りだなんて言い出して......。母は、自分が本当の母親に育てられなかったうえに、戸籍上の妹たちにも蔑まれて育ったから、世間一般の母と娘がどんなものか、全然わからなかったんです。でも、私と兄が働き出して、家事も私が手伝うようになってからは、母にも時間に余裕が出来て、それで近所のおばさん達の茶話会とかに参加するようになってから、世間はどうなっているのか、ようやく分かるようになったんだと思います。それで、私との関係をやり直そうとしたんじゃないでしょうか......」
「そうね......きっと、そうだわ......」
「でも、おかげで母との思い出って、なんか中途半端で......付け焼刃で、どうして、もっと子供のころにこうゆう思い出作ってくれなかったのかなって、恨み言も言いたくなるんです」
「そんな......」
「いえ、分かってるんですよ。母は育ちが不幸だったから、仕方ないんだって......愛し方を知らなかっただけなんだって、分かってるんです。分かってるけど......」
「それだけ、あなたは......」
真珠美は百合香の方を向いて、言った。「お母様が、大好きなのね」
百合香は涙を拭ってから、頷いた。「自分を産んでくれた母親を、憎めるはずがありません」
「そういう風に思えるってことは、あなたはお母様に愛されていたのよ。愛されていなかったら、お母さんが好きだなんて、決して言えないわ。親を怨みながら育つ子供は何人もいるのよ......」
「真珠美さん......」
「私も、あなたに"お母さん"って呼んでもらいたかったわ......」
真珠美はそう言って、百合香のことを抱きしめた。
「ごめんなさいね、あなたを迎え入れることが出来なくて......」
百合香も真珠美にしがみ付いた。
「いいんです、分かっていました......私は翔太に相応しくない」
「違うわ、あなたに落ち度はない! 悪いのは、すべて!」
「いいんです、もう、何も言わないでください」
百合香はそう言って、真珠美から離れた。
「別れ話は、私からします。その方が、翔太も納得すると思います」
「本当に、本当にそれでいいの? あなただけが辛い思いをするなんて」
「これでいいんです!......母を否定する人たちとは、付き合いたくありません......」
あえて、きつい言い方をする......その方が、真珠美も辛くないと思うから。
「ごめんなさい......ごめんなさい、百合香さん。許してなんて、言えません......」
「もう、いいですから......一人にしてもらって、いいですか?」
「そうね......帰るわ」
近くに運転手と車を待たせてある。真珠美はそこまで歩いて行った。
百合香は、少ししてから顔を上げ、真珠美を見送った。
『ごめんなさい、真珠美さん......私も真珠美さんを、お母さんと呼びたかったです。紗智子さんとは、どっちが姉でどっちが妹か分からないぐらい仲良くなって......翔太とは、ずっと、死ぬまで幸せで......』
真珠美を乗せた車が遠ざかって行く――それでようやく、百合香は声を出して泣くことが出来た。
「......お母さん......お母さァん!」
と、百合香が言った時だった。
「みにゃあ~~!」
と、遠くから猫の鳴き声が聞こえてきた。聞き慣れたその声は間違いなく、
「き......キィちゃん?」
姫蝶が百合香の足もとまで駆け寄ってきたのだった。後ろから一雄も付いてくる。
「キィが外に出たがったもんだからな......駄目だったかな?」
「うん、姫蝶は室内猫だから......でも......」
百合香の膝の上に乗って来た姫蝶が、ごろごろと喉を鳴らしながら百合香の胸に頭や体を擦り付けているのを見て、百合香は思わず笑顔になった。
「可愛いから、いいか!」
「うん、そうだな......帰るぞ、寒いからな」
「うん......」
百合香は姫蝶を抱きしめたまま、立ち上がった。
「帰ってお昼ご飯食べなきゃ」-
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