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恋愛小説発表会〜時にはノンジャンルで〜

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  • from: エリスさん

    2013年03月08日 11時17分52秒

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    夢のまたユメ・78

    百合香の勤務最終日、フロアだけではなく他の部署にも挨拶に回り、最後に事務所へ行くと、支配人が百合香を待っていた。
    「宝生君、今日は映画を見て帰るのかい?」
    「はい、そのつもりです」
    「だったら......」
    支配人は机の引き出しを開けて、一枚の用紙を出した。
    「今日はわたしの権限で従業員鑑賞券を出してあげよう。記入しなさい」
    「え!? いいんですか?」
    従業員鑑賞券はいろいろと条件をクリアしないともらえない、つまりは只券なのだが――早番の時間帯しか出勤希望を出していない百合香の場合、その鑑賞券も早番の時間帯でないと出してもらえない。つまり、勤務終了後の鑑賞券は絶対にありえないのだ。だから勤務終了後に映画を見たい時は絶対に実費なのだが、今日の所は百合香の今までの頑張りに対する支配人のご褒美なのだろう。
    「ありがとうございます、支配人。遠慮なく使わせていただきます」
    「うん。承認印はマネージャーから貰いなさい。それじゃ、体に気を付けて、元気なお子さんを産んでくれ」
    「はい、お世話になりました」
    百合香がそう頭を下げると、支配人は仕事の用事ですぐに出掛けなければならないとかで、足早に事務室を出て行った。
    「本当は4時に出なければならなかったのよ」と、大原が壁時計を指差しながら言った――見れば、4時5分になっていた。
    「そうだったんですか!? 分かってたら、もっと早くお訪ねしたのに」
    「宝生さんの体の事を心配してくれたのよ。急がせて怪我でもさせたら大事につながるから」
    「申し訳ないことです。後で大原さんから私が謝っていたと伝えてください」
    「伝えるわ。本当に今日までお疲れ様でした」
    「こちらこそ、お世話になりました」
    「それで、映画なに見る? 承認印押すわよ」
    「あっ、そうだ......ラプンツェルの3Dって今日は可能ですか?」
    「ラプンツェルね。ちょっと待って......」
    大原はパソコンで、今のところの動員数(シアターごとにチケットが何枚売れているか)を調べた。
    「うん、半数に達していないから大丈夫よ」(上映シアターの収容人数の半数を超えてしまうと、従業員鑑賞券は出してもらえない)
    「ラッキー☆ それにします」
    百合香は大原の隣の机(つまり榊田の机)に用紙を置いて、ササッと記入を始めた。そこへナミが来て、
    「いいなァ、俺も見たい。リリィさん、ペア券で請求してくださいよ」
    「何言ってんの(^_^;) ペア券もらっても、その相手が従業員というのは許可してもらえないじゃない」
    「ええ~、でも支配人の権限で出してもらえたものなんでしょ?」
    「支配人の権限があっても」と、大原が言った。「基本的なルールは守ってもらいます」
    「美雪ちゃんのケチ」
    「ケチとか言わないの」と、百合香はボールペンでナミの頭を叩いた。「はい、大原さん。お願いします」
    「ハイ、ラプンツェルをシングル券ね......もし、上映時間までにペア券に替えたい時は、他のマネージャーでもいいから申し出てね」
    「流石に今から都合のつく友人は見つからないと思いますが」
    「そう思うでしょ? でも過去に例があるのよ。一人で見ようと思ったら、たまたま古い友人が映画を見に来てて、それじゃ一緒に見ようってことになったスタッフが」
    「そうなんですか?」
    「うちのスタッフはみんな地元の人だから、ありえない話じゃないのよ」
    その後、事務室勤務のスタッフにも挨拶を終えて、百合香はタイムカードを押して退勤した。
    ナミも退勤時間だったので、
    「どうする? あなたも見て行く? 実費で(^.^)」
    「お金払うんならいいです。今、節約しないといけないんで」
    「半分払ってあげるわよ?」
    「それじゃ"おごり"じゃないですか。それは男のプライドが許さないんで。いいです、明後日なら俺も只券出してもらえそうなんで、その日にラプンツェル見ます」
    「動員数の条件がクリアできればいいね」
    「まったくです。ラプンツェルは人気あるからなァ」
    それから二人はそれぞれの更衣室に入って着替え、着替え終るタイミングも同時だったので、また一緒に出口まで歩いてきた。
    出口を開けた時だった。
    「あっ!」と、百合香が驚いた。
    「え?」と、百合香とナミの前を行過ぎようとした女性も、百合香の声で立ち止まって、振り返った。
    翔太の姉・長峰紗智子だった。
    「紗智子さん! どうして......?」
    百合香が聞くと、躊躇いながらも紗智子は答えた。
    「あの......今日、休暇がもらえたから(金曜日に休暇をもらうOLは当たり前に多い)......見たい映画があって......」
    「それって!」
    と、百合香は駆け寄った。「ラプンツェルね!」
    すると紗智子はゆっくりと頷いた。
    「百合香さんと一緒に見ようって、言ってたのに......駄目になってしまったから。それで、一人で......」
    「だったら一緒に見よう!」
    「......いいの?」
    「当たり前じゃない!」
    百合香がしっかりと紗智子の手を握るのを見て、ナミは軽くため息をついた。
    「それじゃ、リリィさん。俺はこれで(^o^)/」
    「あっ......うん、ごめんね」
    「何言ってんです。楽しんできてください」
    「ありがとう」
    百合香は嬉しそうに答えると、紗智子をチケット売り場の隣にあるグッズ売り場に連れて行った。そこに、榊田が定期点検でいるはずだった。
    「榊田マネージャー!」
    「あっ、宝生さん......もう、僕の事はレオちゃんと呼んでもらえませんか。もう、上司と部下では......」
    ないんですから、と言おうとしているのなんかお構いなく、百合香は従業員鑑賞券を出した。
    「これ! シングルからペアに書き換えて、承認して!」
    「え!? ああ、はい......ペアにするんですね」
    「そう。急きょ友達と見ることにしたから\(^o^)/」
    百合香はそう言って、紗智子とつないでいる手を榊田に見せた。
    「そうですか......いいですけどね」
    榊田に書き換えてもらった鑑賞券を、今度はチケット売り場に持っていき、指定席券に換えてもらう。中央よりやや前方だが、センターの席が取れた。
    「3Dなら後ろより前の方が見やすいのよ。ちょうどいい席だわ」
    百合香がそう言うと、紗智子は言った。
    「本当に良かったの? 本当は、さっきの男の人と......」
    「ううん。私もナミを誘ったんだけど、彼は遠慮してたのよ。そこでちょうど紗智子さんに会ったから......ちなみに、彼は私の再従姉弟よ。前に話したでしょ?」
    「ああ! 最近見つかったお母さんの親戚の......」
    「そう。だから彼は大丈夫よ、紗智子さんが遠慮しなくても」
    「......彼に遠慮しているわけではないわ。分かってるでしょ?」
    紗智子がわだかまりを持っているのは、当然、翔太とのことである。
    そんなことは百合香も百も承知のはずなのに......百合香は、紗智子に微笑んで見せた。
    「もう会えないはずだった......そんな私たちがこうして再会できたのは、私たちの"つながり"に翔太は関係ないって、神様が言って下さっているのよ」
    「百合香さん......」
    「さあ、何か食べるもの買いに行こう。映画見てる間、お腹すくでしょ?」
    百合香はまた紗智子の手を引いて、売店まで連れて行った。
    ちょうどその時、ぐっさんが退勤時間になって従業員エリアに入ろうとしていた。ぐっさんも百合香に気付いて、手を振ろうとして、手を止めた。
    百合香が誰と一緒にいるか気付いたからだ。
    『ミネ(翔太)のお姉さん!? なんで......』
    ぐっさんがそう思い、口を開こうとするのを、百合香が自分の口に人差し指をあてることで制した。
    紗智子はなにも気付かずに、売店のメニュー表を見上げている。
    『......リリィがそうして欲しいなら......』
    ぐっさんはそのまま従業員エリアに入った。けれど、百合香の友人としては、翔太の家族に一言言ってやりところだった。翔太との結婚を邪魔しておいて! と。
    百合香には、ぐっさんが考えていることが手に取るように分かった。
    『あとで、ぐっさんにはメールしておこう......』
    とにかく今は、紗智子との映画鑑賞を楽しみたかった。

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