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恋愛小説発表会〜時にはノンジャンルで〜

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  • from: エリスさん

    2013年10月04日 12時10分26秒

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    夢のまたユメ・85

    久しぶりに会う人のために、百合香はおしゃれをしようかどうか迷った。まだマタニティードレスを着る程ではないにしろ、ウエストを絞るような服はやめておいた方がいい。遠出する時に着るスーツもやめて、今日はワンピースで出掛けることにした。
    寿美礼の病院でもらった、ママと赤ちゃんの絵に「妊娠しています」と書かれたキーチェーンも、しっかりバッグにぶら下げた。おかげで、電車に乗っていてもそのキーチェーンに気付いた人が席を譲ってくれた。
    待ち合わせの公園は百合香がかつて通っていたお茶の水芸術専門学校のすぐ傍だった。百合香がそこに着くと、すでに伊達と佐緒理は来ていた。一緒に小さい男の子もいる。
    久しぶりに会った伊達は、それまでは中学生のような見た目で可愛らしかったのに、かなり大人びて見えた。
    「......というか、男らしくなったと言うべきなのかな?」
    と、百合香がつぶやくと、伊達は聞きもらさなかった。
    「脳内でどんな展開があったのか分かるな」
    「流石は伊達さんね。私の事なんでも分かっちゃうんだから」
    「付き合い長いからな」
    小さい男の子は、伊達と一緒に樹にぶら下がって助かった少年だった。もともとは伊達の従兄の子供で、この縁で伊達が養子として引き取ることになったそうだ。
    「それじゃ、あの子の両親は......」
    「ああ......助からなかった」
    子供は佐緒理に任せて、百合香と伊達は公園のベンチに座って話をすることにした。
    「朝日奈を辞めて、宮崎に帰っても、なんかまともに仕事する気になれなくって、しばらくバイトとかしながらプラプラしてたんだ。生活費は死んだ父親が貯金していてくれたんで、全然困らなかったし」
    「お父様、いつ亡くなったの?」
    「3年前だよ。そもそも朝日奈を辞めた理由も、親父の遺産を管理しなくちゃいけないからってことにして......本当は、何もかもヤル気が失せたからなんだけどさ」
    「ちょっとだけ聞いてるわ。主任になったのに、下の人達が全然言うことを聞いてくれなかったって」
    「まあ、自分で言うのもなんだけど、俺は見かけがこれだから......子供のころに山で事故に会って、脊髄を損傷してから、体の成長が極端に遅くなったんだ......って話は、前にしたよな?」
    「ええ」
    「おかげで、周りの奴らにはいつまでも子供扱いされて馬鹿にされて、それが嫌で宮崎を出て......東京ではそれなりに、理解者も増えたから楽しくやってたんだけどさ。だけど......やっぱりさ、印刷技術とかが向上しすぎると、古いタイプの人間は付いていけなくなると言うか......」
    「ああ! あなたが下の人に舐められたのって......」
    印刷技術が向上するに伴い、新しい機械、システムが導入されて、それまでの物は用済みになってしまう。伊達が使っていた写植編集機も廃止になり、編集はすべて新しいコンピューターに取って代わられ、伊達に限らず写植オペレーターはみんな新しいコンピューターを覚え直さなければならなくなったのである。それに対し、新卒で採用された新人たちはすでに普段からMacやWindowsでイラストレーターなどのソフトに馴染んでいる者たちばかりだったため、新しく導入されたコンピューターにもすぐに応用できたのだった。
    そのため、古くからいる社員と新人社員との間で技術的差が生じ始めた。合わせて伊達の見かけがまるで少年のようだったので、見くびられるようになってしまったのである。
    「あなたも時代の犠牲者なのね......私の兄もそうなのよ」
    「製版のレタッチ職人だったんだよな。カッターと指先でなんでも作れたのに、今はその作業もコンピューターがやるものなァ......今は何やってるの?」
    「アキバの電機量販店の店員。しかもゲームコーナー担当」
    「趣味に通じることを仕事にしたのか。その方が長続きするかもな」
    「実際、長続きしてるわよ。印刷会社を辞めてから、いろいろなところを転々としてたけど、今のところはもう5年も勤めてる」
    「そっか......俺もそうやって頑張れば良かったんだろうけど......宮崎に帰ってからは、ニート暮らしでさ。時々、従兄の正輝兄ちゃんが様子を見に来てくれてて、船に乗せられたこともあった」
    「船?」
    「兄ちゃん、漁師なんだよ。その手伝いを時々させられてたんだ」
    「そうなの......」
    家に引き籠らせないように、いろいろと考えてくれたのだろう、と百合香は思った。
    「その正輝兄ちゃんって人が、あの子の?」
    と、百合香はブランコで佐緒理と遊んでいる少年を見た。
    「ああ、一輝(かずき)の父親だ。――あの日、津波に呑まれた日......」
    家でゴロゴロとしていた伊達は、地震で目が覚めた。だが、逃げる気力もなかった――このまま死んじゃってもいいな......と、そんな気持ちがあった。だが、外で逃げ惑う人たちの声を聞いていたら、だんだんと「やっぱり生きなきゃ!」という気持ちが湧いてきて、伊達は手近にあった袖なしのダウンジャケットを手に取り、家を飛び出した。
    しかし時すでに遅く、海から津波が押し寄せてきて、伊達は一瞬のうちに呑みこまれた――が、そこで奇跡が起こった。バーゲンで買ったダウンジャケットだった為、大きすぎて伊達のサイズにはまったく合っていなかった。そのガバガバに開いた袖口から、太い木の枝が入り込んで反対側に抜け、伊達は海に引き込まれずに助かったのである。
    そこへ、一輝を抱えた正輝が流されてきた。正輝は一目で伊達が助かると見抜き、一輝を彼に託した。
    「おまえたちは生きろ!」
    それが正輝の最後の言葉になった。
    「兄ちゃんの遺体が見つかったのは、それから二日後だ。兄ちゃんの奥さんもずっと行方不明だったんだけど、一昨日、海に打ち上げられてきたのが奥さんだって確認できた。だから、俺が父親になるって決心した――実はさ、東京へは仕事を探すために出て来たんだ」
    「それじゃ、朝日奈に!?」
    自分を馬鹿にした人間がいるのに、子供を育てるためには安定した収入を手に入れなければならないから、戻ろうと言うのか?
    『私なら無理だわ!?』
    と、百合香が思うと、
    「自分には無理だ、って思っただろ? それは、おまえが受けた被害が性的嫌がらせだったからだよ。俺のは全然違うから」
    「そうだけど......やっていけるんですか? また舐められるんじゃ......」
    「うん。だから、部署は変えてもらったよ。別に写植オペレーターに未練はないんだ。ただ、やっぱり俺は本が好きだから、本に係わる仕事をしていたい。そしたらさ、ちょうどおまえがいたポジションが空(あ)くんだとさ」
    「っていうと、校正?」
    「そう。今の校正士の人、来月定年なんだってさ。それで、後釜をちょうど探していたところで、俺だったら組みあがった版下を自分で校正してた経験もあるから、おまえをオペレーターから校正士に転向させた時のマニュアルもあることだし、それを使って前任者が定年退職するまでに技術を身に着けてくれって、部長に言われたよ。住むところも、独身寮に空きがあるから、そこで一輝としばらく暮らしていいってさ」
    「そう......それなら、良かったですね。先ずは一輝君の為にも生活を整えることが大事ですものね」
    「ああ。兄ちゃんに世話になった恩を、せめて一輝に返してやりたいんだ。それと......俺の本当の子も、ちょうど一輝ぐらいになっているはずだから、その代わりと言ってはなんだけど......」
    「......そうでしたね」
    伊達のかつての恋人・香菜恵は、父親の会社のために好きでもない資産家の男と結婚した。そして子供を産んだが、その子の本当の父親は伊達だった。伊達にとっては決して会いに行けない子供である。それでも、血を分けた子なら可愛いと思うのは当たり前だ。
    「そういや、おまえも子供生まれるんだな。これ......」
    と、伊達は百合香のバッグについているキーチェーンを手にした。「結婚前に子供作るなんて、おまえにしてはヤルじゃん!」
    すると百合香は微笑んで、言った。「結婚、しないことにしたの」
    「へ?」
    「お互いの家庭の事情で、結婚はしないことになったの。だから、この子は我が宝生家の跡取りにするんだ」
    「オイオイ(^_^;) シングルマザーは大変だぞ。大丈夫なのか?」
    「大丈夫よ、兄もいるし。父だって健在だし(^o^)」
    「でも、相手の男って確か、秀峰書房の社長の息子だって佐緒理さんが言ってたけど、それなのに責任取らないって......」
    「ごめんなさい。あまり公表できない深い事情があるの。だから、相手にも子供が出来たこと言ってないわ」
    「そ......そっか......まあ、追究してほしくないのなら、突っ込まないが......」
    「うん、ごめんね」
    「......なあ、じゃあさ......」
    伊達は百合香の方に向き直った。「俺と、家族になるか?」
    「え?」
    百合香は、思っても見ない展開に呆然となった。

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