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恋愛小説発表会〜時にはノンジャンルで〜

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  • from: エリスさん

    2013年10月18日 14時35分26秒

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    夢のまたユメ・86

    しかし、百合香はすぐに答えを出した。
    「ごめんなさい。もう、他の男のものにはなりたくないの」
    百合香の言葉に、伊達は苦笑いをした。
    「それは残念だ......まあ、先に俺がおまえを振ったんだから、仕方ない」
    「っていうか、本気で言ってなかったでしょ? 今の」
    と、百合香が微笑むと、
    「いや、そんなこともないさ。一応、本気で言ってみたんだけど......答えは初めから分かってたよ。あのお堅いおまえが、結婚前に子供作るような相手なら、相当な男のはずだ。忘れられるはずもない」
    「私は別にお堅いわけではないのよ。ただ、母親のしつけが厳しくて、男性とはそうゆうことができなかったってだけで、女性相手だったら、ちょっとした遊びもしていたもの」
    「悪ぶるな。その相手の女性ってのは、ちゃんと交際していた人のことだろ? 学生時代の」
    伊達にはなんでも話していた。伊達も百合香には何も隠し事をしなかった。二人は恋人にはなれなくても、ちゃんと友人として成立しているのである。だからこそ、伊達は今の百合香を放って置けないと思うのだろう。
    百合香は苦笑いを浮かべると、伊達に言った。
    「あの時、私があなたの同情を受け止めていたら、きっと違う道を歩んでいたわね――覚えてる? 最後にお茶会したこと」
    「ああ、あの時な。......同情だと思ってたのか」
    「違う?」
    「......いや、違わないけど。でも、俺も一人で寂しかったから......だから出た言葉だったんだけどな」
    それは、まだ二人が朝日奈印刷にいたころのことだった。
    百合香は一か月後に退職することが決まっており、後任者に仕事の引き継ぎをしていた。しかもその頃は印刷業界はどこも忙しく、百合香は遅い時間まで残業を余儀なくされていたのである。
    伊達はその日、百合香が退職する経緯を聞いて、陰ながら様子だけでも窺えないかと、仕事の合間の小休止の時に百合香の部署の廊下まで来ていた。
    窓から、百合香が後任の初老の男性にいろいろと教えているのが見える。この男性はほんのつなぎで百合香の後任に選ばれ、後に派遣社員として入って来た50代の女性にバトンタッチされるのだが、それはさて置き、伊達は百合香がその後任者とかなり距離を取って話しているのに気が付いた。
    『男が怖くなったんだな......服部さん(後任者)もそれを分かっていて、気を使ってくれているみたいだ』
    しばらくすると、その服部がタバコとライターを手に部屋から出て行った。小休止に入ったのだろう。この部屋の主任である鈴原がいなかったが、印刷現場の方からホークリフトを動かしている音が聞こえてくるから、おそらくそれを運転しているのは鈴原で、しばらく帰ってこないだろうと察せられる。
    思い切って中に入ってみようか......と、思った時に、印刷現場のシャッターが開いて、一人の男が手に印刷物を持って出てきた。
    『あっ、こいつは!?』
    滅多に顔を見ることはないが、噂の鴨下であることはすぐに分かった。鴨下は百合香のいる部屋に入ると、部屋の隅にあるライトテーブルの方へ行った。
    百合香に何か話しかけている。
    百合香は幸いにもライトテーブルとは一番離れているデスクにおり、しかもその間にはパーテーション(仕切り板)も引かれていたので、鴨下がすぐに何か出来る位置にはいなかった。
    もし何かしようものなら、伊達がすぐに割って入るつもりで警戒しながら様子を窺っていると、鴨下はライトテーブルに広げた印刷物に、わざとらしく指さし確認をし、尚も百合香に話しかけていた。
    「こっちに来て確認してくださいよ」
    と、言っているらしい。――行けるはずがないのは、自分が一番分かっているくせに。
    『確かこいつ、自分は悪くないってことをのらりくらりと言い訳したんだったな』
    自分は印刷現場で着替えていただけ。そこへたまたま百合香が来たのだと――更衣室もあるし、百合香がその時間に印刷現場に入ることも知っているはずなのに、そう言って言い逃れをしたのである。
    もう見ていられない、と思った伊達は、すぐさま中に入ろうとして、誰かに肩を掴まれて止められた。
    「俺が行く」
    鈴原だった。印刷現場の仕事を終えて戻って来たのである。
    鈴原は中に入ると、ドアをあけたまま怒鳴った。
    「何やってんだ、鴨下! 機長がいつまで油売ってる!」
    すると鴨下は驚いて「え? 油なんて売って......」と、言い訳しようとしたが、鈴原がそれを許さなかった。
    「機械刷りが出たら、機長はすぐに現場のテーブルで校正するんだろうが。校正士に機械刷りを届けるのは助手の仕事だろう! それを、機長のおまえがここに来てるってことがそもそも間違いなんだ。助手の山本はどうしてるんだ。遊ばせてるのか!」
    そこへ、もう一人若い男が印刷物を手に入って来た。
    「あっ! 鴨下さん、こんなところに居た!」
    「おう、山本」と、鈴原は言った。「こいつ、こんなところで油売ってやがったんだ」
    「勘弁してくださいよ、鴨下さん!」と、山本は言った。「機械刷りが出たはずなのに、急にあなたが消えちゃうし、しかも二枚取らなきゃいけない機械刷りが一枚しかないから、仕方なくこれを宝生さんに届けに来たんですよ。なんであなたがここに居るんですか! 俺はね、部長からあなたの監視も任されてるんですよ。万が一あなたが宝生さんに悪さしないようにって」
    「おう、俺もだ」と、鈴原も言った。「おまえが宝生に手を出そうとしたんじゃないって言い訳したのが、どうにも信じられなくて。おまえ、わざわざ宝生が一人でいる時を狙ってここに来ただろう! 事と次第によっては、会社を追い出されるのはおまえの方だぞ、鴨下!!」
    「え、あ、いや、それは......」と、しどろもどろになった鴨下は、そそくさと部屋から出て行ったのだった。
    「宝生さん、これ、置いておきますね」
    と、山本は鴨下がさっきまで見ていた方を手に取り、自分が持ってきた方をライトテーブルに広げた。
    「う、うん......」
    百合香がはっきりしない返事をしたので、鈴原は山本の肩を叩いて、外へ出るように促した。そして、部屋の外で待っていた伊達に、
    「あと、頼んでいいか?」と、聞いた。
    「はい、分かりました」
    「すまないな。休憩中だったか? あと何分だ?」
    「えっと......2分ぐらいしかないけど」
    「そうか。じゃあ、おまえさんの上司には俺から話をつけておくから」
    伊達の上司は百合香の元上司でもあるので、きっとすぐに事情を察してくれるはずである。多少戻るのが遅れても大丈夫だろう。
    伊達は部屋に入ると、百合香に声を掛けた。
    「宝生......」
    その声に、百合香はすぐに振り返った。
    体が震えているのが分かる。
    「......伊達さん......」
    怖いのを必死に堪えていたのだろう。伊達の顔を見た途端、百合香の目から安堵からか涙が零れてきた。
    伊達は衝動的に駆け寄って、膝から崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ百合香を抱きしめた。
    「おまえ、そんなに怖いんだったら、どうしてすぐに会社を辞めなかった! なんで残ってるんだよ!」
    「だって......引き継ぎ期間もなく急に会社を辞めたら、労働基準法だかなんだかで解雇扱いにされて、転職もままならなくなるって、部長に......」
    「おまえ、法律と自分の貞操とどっちが大事だ!」
    「だって......だってェ! この会社には恩もあるから! 私を社会人として一人前にしてくれたのは、この会社なのよ!」
    「宝生......」
    「私、ここに入らなかったら、いろんな技術は身につかなかった。校正士の免許も、実績も積むことが出来たのは、この会社のおかげだもの」
    「......そうやって、おまえが愛社精神を感じていても、結局会社はおまえを切り離そうとしてるじゃないか。おまえみたいな、ほんの短期間で一流の校正士に成長した有能な人材を、たかが人手不足って理由で人格的に問題のある印刷工と天秤にかけて、会社はあいつを選びやがった!」
    「それでも! 私、この会社を嫌いになれない」
    「なんで!」
    「あなたと出会えた場所だから!」
    「......宝生......」
    伊達はその時、百合香のことがたまらずに愛おしく思えた。実際、もう少しで百合香の唇に自身の唇が触れるところだったのだが......服部が帰って来たので、寸止めで終わった。
    「あっ!? ごめん......邪魔したね」
    服部はそう言って部屋を出ようとしたが、
    「すみません! 俺ももう戻るんで!」
    と、伊達は言って立ち上がった。だが、まだ百合香が伊達の袖口をつまんで離さなかったので、伊達は百合香の耳元で言った。
    「後で飲みに行こう。玄関で待ってるから」
    「......うん、ありがとう」
    百合香は返事をしながら、伊達の袖口を離してあげた。

    伊達は飲み屋に行くつもりで誘ったのだったが、百合香は伊達を遊園地に隣接した公園に連れて行った。
    「おまえ、本当に缶ジュースでいいの?」
    「ええ。お店に入るより、こうゆう所の方が二人っきりになれるもの」
    その公園はところどころに東屋があって、内緒話には最適なところだった。

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