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from: エリスさん
2014年06月20日 11時50分45秒
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夢のまたユメ・97
その週の土曜日。
百合香は待ち合わせのために出掛けていた。待ち合わせ場所はSARIOの中にある喫茶店。相手は崇原夫婦だった。崇原夫婦とはいつも秋葉原で会っているので、そっちで待ち合わせても良かったのだが、崇原喬志が
「ユリアス先生は今とても大事なお体ですから、ユリアス先生の家のご近所にしましょう」
というので、この喫茶店で会うことになった。それに崇原夫婦の住まいはここから二駅しか離れていないところにある。崇原だけでなく、その妻の沙耶とも会うと言うのであれば、わざわざ秋葉原に行かなくても良さそうだった。
百合香がアップルティーを飲みながら待っていると、崇原夫婦はそれぞれにパソコンケースを持って現れた。
「お待たせしました、百合香さん――じゃなかった、ユリアス先生」
崇原が言うと、百合香は照れ笑いをして、
「その"ユリアス先生"というのはやめてください。他人行儀です」
「失礼しました。今日は飽くまで仕事の話をしに来たので......ですが、じゃあいつも通り話させてもらいますね」
そう言うと、丸テーブルに座っている百合香の左隣に崇原が、右隣に沙耶が座って来た。普通なら向かい側に座る所だろうが、どうやらパソコンを二台とも百合香に見せながら説明しないといけない話らしい。
「ところで、ここって店員が注文を取りに来てくれるお店ではないのね」
と沙耶が言うので、
「そうよ。ここはセルフサービスなの。マクドナルドと同じよ」
「あっ、じゃあ俺が取って来るよ。何がいい?」
と崇原が言うので、沙耶は、
「ローズヒップティーあるかしら?」
なので百合香は言った。「そこまで専門的なお茶はないわ」
「百合香さんは何を飲んでるの?」
「アップルティー」
「じゃあ私もそれを」
「了解」と、崇原は爽やかに返事をして、カウンターへ向かった。
その間、沙耶は自分のノートパソコンを開いて電源を入れ、起動を済ませると......「あら?」と声をあげた。
「どうしたの?」
「まだポケットWi-Fiに繋げてないのに、電波が立ってるわ」
「ああ、そうそう。SARIOは無料Wi-Fiが使えるの。だから良く、DS(任天堂のゲーム機)を持ってる人がこの下の階のフードコートで、ネットに繋いで楽しんでるわよ」
「へえ~、面白いわねェ」
そうこうしているうちに、崇原が二人分のお茶を持って戻ってきた。崇原にも無料Wi-Fiの話をすると、
「それは好都合」と、嬉々としてパソコンを開いた。
昨日のうちに崇原から電話で聞いた話はこうだった――崇原が勤務している海原書房がサークルプレイヤーに協賛することになって、それにあたり新人作家発掘もかねて、海原書房のサイトをサークルプレイヤー内に立ち上げることになったのだ。そこに作家として沙耶も参加していた。
「先ずこれが、我が海原書房のサイトです」
崇原のパソコンの方を見ると、【作家を目指す人々の集い】というタイトルのサイトが表示されていた。オーナーは「海原書房 月刊つばさ編集部」となっており、メンバー表には「紅藤沙耶」の名前がトップに上がっていた。他にも三人のハンドルネームが載っている。
「この沙耶を含む4人のメンバーは、こちらからお願いして参加していただいているプロの作家さんです」
崇原が言うので、百合香は画面を指差しながら言った。
「この2番目の人......ヤマトタケルって、確か......」
「ええ、"ヤマトタケルとミヤヅヒメ"のヤマトタケル先生です」
"ヤマトタケルとミヤヅヒメ"とは、主に月刊誌で活躍していた漫画家コンビで、ヤマトタケルがストーリー、ミヤヅヒメが作画を担当していた。今は二人がそれぞれに結婚して家庭に入ってしまったので解散してしまったが、ヤマトタケルの方は実名の"黒田建(くろだ たける)"で細々と活動を続けていると聞いている。
「月刊飛翔の黒田編集長を覚えてる?」と、沙耶は言った。「建さんは黒田編集長の奥様なのよ」
「え!? ヤマトタケルって女性なの!?」
と、百合香が驚くと、
「そうよ。私の同級生なの、芸術学院で」
「そうだったんだ......漫画のあとがきコーナーでは、古代史の倭建命(やまとたけるのみこと)の扮装で出て来るし、ミヤヅヒメ先生と付き合ってるみたいなネタもあったから」
「実際に付き合ってたのよ、在学中は。芸術学院では同性同士でお付き合いするなんて、珍しい事でもなかったわ。現に私だって......」
「ああ、そうだったね」
崇原と出会う前の話になるが、沙耶は学生時代に南条千鶴――後の劇団宝月の紅沙耶華(くれない さやか)と付き合っていた。当時の沙耶は千鶴と結婚(もちろん内縁で)することまで夢見たが、結局千鶴が劇団員になったのを切っ掛けに別れたのだった。
「話が横道に逸れたね」と、崇原は割って入り、話を元に戻した。「このサイトには作家志望の人にメンバーになっていただき、それぞれのサイトで作品を発表したらこちらで報告してもらう、という参加方式を取ります。実際にそれをやってみましょう。先ず、作家が自分のサイトで作品を発表します......」
崇原が沙耶に目配せをすると、沙耶がうなづいてマウスを動かし始めた。
「すでに私のパソコンには、Wordデータで作品を執筆してあるから、それをコピーペーストで......」
と、沙耶は言いながら、別ウィンドウで開いたWordからデータをコピーしてきて、サークルプレイヤー内に立ち上げた沙耶のサイト「紅藤沙耶の憩いの場」の投稿画面にペーストした。そして投稿ボタンを押すと、沙耶のサイトにアップされる。
「そうしたら、私はこの画面左端にある、このサイトのアドレスをコピーしておいて、このアイコン(「作家を目指す人々の集い」のアイコン)から、アクセスして、投稿画面を開く......」
沙耶は投稿欄にコピーしていたアドレスをペーストし、"新作をアップしました。是非読んでくださいね。"というメッセージを書き、さらに投稿のタイトルに"紅藤沙耶です!"と書き込んで、投稿ボタンを押した。すると、沙耶のパソコン画面には「紅藤沙耶です!」のタイトルのついた投稿がトップに上がり、崇原のパソコンには「新着メッセージが投稿されました」と表示された。崇原がそれをクリックすると、沙耶と同じ画面になった。
「このように、このサイトに参加している皆さんは、自分たちのサイトで作品を発表したらその都度こちらに報告してもらいます。その際、自分のアドレスを載せることを忘れないようにしてもらいます。そうすれば、このアドレスをクリックすれば相手のサイトを閲覧できますからね」
と、崇原が言うと、沙耶が補足した。
「アドレスを載せるのを忘れてしまったとしても、後で修正は可能だし、自分のハンドルネームを載せておけば、同じサークルプレイヤー内なんだから探して見に来てもらうことも出来るわ」
「先ずはこのサイトを色々な人に見てもらうために、名のある作家さん達にご協力してもらっているんです。それが、この4人です――そのうち二人は身内ですが」
「二人どころか、全員身内みたいなものでしょう」と、沙耶は苦笑いをした。「私の再従姉妹に、北上郁子っていう作家がいるんだけど......」
「知ってるわ。芸術学院で講師もしてるのよね」
「そうなの。残り二人は彼女の教え子で、紹介してもらったんですって」
「そうなんだ」
「それでね......」と、崇原は言った。「この後はまだプロじゃない人に自由参加してもらうことになるんだけど、その中でもアクセス数の多い人は海原書房の方から出版する道を開こうと思ってるんだ」
「いいですね!」と、百合香は言った。「ケータイ小説を書籍化するみたいなものですね。......でも、それだと......」
「そう。不正にアクセス数を伸ばそうとする輩も出て来る。なので、制限を儲けました。先ず......沙耶、オーナーページを開いてくれ」
「はい」と、沙耶は答えると、自分のサイト「紅藤沙耶の憩いの場」の画面に戻り、オーナーページを開いた。そこは百合香も自分のサイトで良く閲覧しているページで、サイトを見てくれているメンバーのハンドルネームや、不謹慎な発言が多いために"閲覧禁止処分"にした人のハンドルネーム、そして昨日のアクセス数と今日のアクセス数、サイトを立ち上げた日からの総アクセス数が表示されていた。
「今日のこのサイトのアクセス数が3022ね。この数字、覚えておいて」
沙耶はそう言うと、サイトからログアウトした。
「それじゃ、もう一度アクセスするわよ......」
沙耶は再びサークルプレイヤーにアクセスして、自分のサイトを開き、オーナーページを表示した。すると、3022のまま変わっていなかった。
「もう一度やってみるわね」
沙耶はまたログアウトし、そして再びアクセスして、オーナーページを開いた――3022のまま、アクセス数は上がっていなかった。
「つまり、オーナー自身が何度アクセスしても、アクセス数のカウントには反映されないということです」
と、崇原は言った。「これなら、自分のアクセス数を不正に上げようとして、一日に何十回アクセスしようと、まったく意味をなさない事なります」
「それでも、知り合いに頼んで無闇なアクセスを繰り返す輩も出てきますよね?」
と、百合香が言うと、
「もちろん、いるでしょう。そこら辺はこれからも突き詰めて行かなければいけない問題です。ですが、こっちも作品を見極めるのはプロです。ただアクセス数がいいから出版する、というわけではない。アクセス数は飽くまで目安で、出版するかどうかは、わたしども編集部で十分検討したうえで決めます」
「なるほど......」
「とにかくこのサイトの目的は、今まで事情があって出版社などに作品を投稿できなかったために、埋もれてしまっている才能ある新人を発掘しようと、そう言うことなのです。それで......ようやく本題ですが」
「もう、分かっています」と、百合香は言った。「喜んで参加させていただきます!」-
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