サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。
-
from: エリスさん
2015年05月08日 13時07分56秒
icon
夢のまたユメ・109
それからというもの、百合香は仕事の合間に真珠美とも喫茶店で会うようになっていた。流石に真珠美が宝生家を訪ねるのは憚られたからだが、それでも二人にとっては友情を深める機会が持てるだけで、最高に幸せな気分だった。
そして週末、今度は百合香のもとに馨が訪ねてきた。いつもなら今日はメイドカフェでバイトの日のはずなのだが......。
「辞めるの?」
百合香が聞くと、首を傾げながら、
「一応、そのつもりなんだけど......」
二人は天気もいいので、百合香の運動がてら遊歩道を歩いていた。馨はゴスロリ服で可愛く決めていて、誰が見ても男性には見えなかった。
「本業が忙しくなってきたから?」
百合香が言う通り、馨の本業は保育園の保育士である。今の世の中、夫婦の共働きやシングルマザー、シングルファザーの為に夜遅くまで子供を預かる保育園が増えてきて、馨が勤めている保育園もご多分に漏れずその傾向にあったのである。
「特に僕は男の保育士――だと思われてるから、夜遅い時間まで残るシフトに入ることが多いの」
「馨の保育園はシフト制にしてるのね。今どきでいいんだけど、馨にとっては不公平なのね。馨だって女だから、夜遅い帰宅は嫌よね」
「まあ、男の格好してるから、痴漢とかに会ったりはしないけど......」
「でも、メイドカフェはあなたが本当のあなたになれる、数少ない場所でしょ? いいの?」
「そうなの。だから本当は辞めたくないけど、でも、本業のことを考えると、体に無理はさせられないから......保育士って結構、体力勝負なのよ」
「大変そうよね。子供たちって元気いっぱいだから。しかも大勢いるし」
「でも楽しいよ、子供たちといると。だから、保育士の仕事を辞めるって言う選択肢はないの」
馨にとっては、保育士になることは子供のころからの夢だったのである。その夢は「女の子になりたい」という希望よりも大きなもので、だからこそ、まだまだ男性には狭き門だった保育士への夢を叶えた時の、馨の喜びようと言ったらなかったのである。
「だからね、今考えていることがあるの」と、馨は言った。「保育園で、女の姿で働かせてもらえないかなって......」
「ああ!......そうなれば一番いいけど......難しそうね」
「うん。園長先生や他の保育士さん達がなんと言うか......どんな反応を示すか、不安で......」
普段から馨がオネエっぽかったら、周りの人達も気付いてくれたかもしれないが、ファンタジアで働いていた頃の馨を思い出してみても、彼女は微塵も自分の心が"女"であることを見せたことはなかった。なにしろ幼いころから人前で"男"を演じてきたのである。その名優たるや、年季の賜物である。
「でも、そろそろ男の姿で仕事をするのも、危なくなってきたの。百合香さんは気付いてるでしょ? 僕の胸、少しずつ大きくなってきてるから」
「そうね。男の先生の胸におっぱいがあったら、子供が驚くわよね」
「うん......女の格好で仕事することを許してもらえるなら、ニューハーフの人みたいにホルモン注射とか受けて、もっと女らしい体にすることもできるの」
「素敵ね。馨が自分らしくいられるようになれるのなら......とりあえず、園長先生に告白してみたら」
「うん。そうしてみる」
馨は立ち止まったので、百合香も歩みを止め、二人は向かい合って両手を握り合った。
「ありがとう、百合香さん。あなたはいつも、僕に勇気をくれるわ」
「お互い様よ、馨......でも、仕事でも女性になるなら、その"僕"っていうのは直さなきゃね」
「うん、そうね......子供のころから、僕って言うように癖をつけてたけど......」
馨が言いかけたまま止まったので、どうしたの? と百合香は聞いた。
馨は目配せで、百合香に後ろを向くように言った。
そこに、懐かしい人が立っていた。衝動で駆け寄りたくなってしまうほど、一瞬で胸が焦がれる程、愛しい......。
「.........翔太.........」
百合香が抑えられずに言うと、彼も口を開いた。
「リリィ......百合香!」
長峰翔太が駆け寄るのと同時に、百合香は馨の手を振り払って、逃げた。
「待て! リリィ、走るな!」
翔太は馨の横を通り過ぎ、百合香を捕まえた。
「転んだらどうする、そのお腹で......」
翔太は後ろから百合香を抱きしめて、百合香のお腹に触れてきた。
「俺の子......だな?」
「......私の子よ」
「そういうことを聞いてるんじゃない!」
翔太は百合香を自分の方に向かせて、詰め寄るように聞いた。
「俺との間に出来た子供なんだろ? 別れ話の時には、もうお腹にいて......」
翔太は百合香を抱きしめずにはいられず、そして、泣き出した。
「ごめん......気付いてやれなくて」
「......あなたが悪いんじゃないわ。私が隠してたから......」
「じゃあ、やっぱり俺の子か」
その言葉に、百合香は苦笑いをした。「誘導尋問?」
「ふざけるなよ。俺は真剣に聞いてるんだ」
「じゃあ、私も真剣に答えるわ」
百合香はそう言って、翔太の手を振り払った。
「この子は私の子として、宝生家の跡取りにするって決めているの。父親が誰かなんてどうでもいいのよ」
「リリィ!」
「第一、あなたに何かできるの! 長峰家は母の娘である私を拒絶したじゃない!」
「それは!......」
そのことを言われてしまうと、言葉を失う。どう取り繕っても、百合香とその母の沙姫を傷つけることになりかねない言葉しか、出てきそうになかったからだ。
「分かったら、もう私の前から消えて。目障りよ」
「そんなこと言うなよ。本心じゃないって分かってるぞ。君は、今でも俺のこと......」
「やめて!」
今でも翔太を愛してる――そんなことを口にしたら、もう歯止めが効かなくなってしまう。
「会いたくなかった」と、百合香は振り絞るように言った。「だから、あなたには会いたくなかったのに......」
「リリィ......」
翔太の手が百合香に触れようとすると、それを馨が制した。
「それぐらいにしてあげてください、ミネさん」
「......おまえ......カールか?」
ようやく翔太は馨の存在に気付いた。「なんで女装?」
「それはこの際どうでもいいでしょ? 百合香さん、ミネさんとは僕が話をするから、先に帰ってて」
「......ええ、お願い」
普通なら自分でちゃんとこの場を収められるところだが、これ以上ここにいると、百合香は翔太とどこかへ消えてしまいたい衝動に駆られてしまいそうだった。だからここは、馨の好意に甘えるしかない。
百合香が元来た道を引き返して家へ向かうのを見送ると、馨は翔太を近くの東屋に連れて行った。
「百合香さんは今、僕と付き合ってるの」
「......そうか。もう男とは付き合わないって、言ってたのにな......」
「だから、僕は男じゃないわ」
「おまえ、女装子(じょそこ)か?」
「今は"男の娘(おとこのこ)"って言うんですよ」
「分かってるよ! わかってるけど、言葉で言うと誤解が生じるだろ、漢字で書いたのを読むならまだしも」
「マスコミの仕事をしてるだけありますね、ミネさん。でも、僕はただの"男の娘"じゃないんですよ」
馨は翔太の手を取ると、胸を触らせた。その途端、翔太は感触に驚いて、慌てて手を引っ込めた。
「性転換したのか? 女装だけじゃなく?」
「手術は受けてません。いずれはするかもしれないけど、僕は生まれつきこうゆう体なんです」
「どうゆうことだよ」
「僕は性分化疾患――いわゆる半陰陽なんです」
馨は自分の体のことを詳しく話し、その上で心の性別は女であることも告白した。だからこそ、百合香が必要なんだと。
「僕たちはいずれ結婚します。百合香さんからそう言ってくれたんです。だから、百合香さんのことは諦めてください」
「おまえにそんなこと言われて、簡単に引き下がれるほど、俺は単純じゃないんだよ。分かるだろ?」
「そうでしょうね。あなたと百合香さんとのつながりが、どれほど深いか。僕はファンタジアにいた頃に思い知らされているわ。だから一度は諦めたけど、今は僕が交際相手なんだから、僕だって引き下がったりしません」
すると翔太は溜め息をついて、
「相手が男なら、ぶん殴ってでもリリィを取り返すところだけど、女が相手じゃそうもいかないな。今日のところは帰るよ」
「そうしてもらえると助かります。それにしても、今日はどうして?」
「うちのお袋と姉貴が、こそこそと話してるのを聞いてしまってね。確かめたくなったのさ。まさかおまえの秘密まで知ることになるとは思わなかったよ」
翔太は背を向けると、左手を軽く上げて「またな」の挨拶をしながら帰って行った。-
サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。 - 0
-
サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。 - 0
icon拍手者リスト
-
コメント: 全0件