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  • from: orimasaさん

    2009年05月30日 11時29分09秒

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    日本周遊紀行(193)鳥取 「因幡の国・鳥取」

    .鳥取は江戸初期の元和3年(1617)、姫路城主・池田光政(戦国武将・池田輝政の孫)が、因幡・伯耆32万石の領主として鳥取城へ転封された後、鳥取城下町

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    鳥取は江戸初期の元和3年(1617)、姫路城主・池田光政(戦国武将・池田輝政の孫)が、因幡・伯耆32万石の領主として鳥取城へ転封された後、鳥取城下町の飛躍的発展がもたらされる。 この光政の時期(1617〜1632)の城下大拡張整備策により、家中屋敷割の設定、町人町の造成、寺院の配置が進められ、旧鳥取市街地の原型がほぼ形成された。
    現在、鳥取県人口は日本の都道府県では人口が一番少ない、だが、官僚、役人の輩出率は全国2位だという。 又、面積も香川県に次いで2番目に小さい、 なのに空港が二つも在る。(鳥取空港、米子空港) もし、これから昨今の建設となれば財政問題でたちまち矢面(やおもて)に立たされ、破談も必須であろう。

    こんな小域の「鳥取」は、古来、因幡と伯耆の各地域から成るが、「雨の因幡に、風の伯耆」とも言われる。 
    先にも記したが、因幡は元々は「稲場、稲葉」であり、豊受大神が初めてこの地に稲を植え付け、稲作を指導したとされる国であることから、稲作発祥の地とされ、それに起因して「因幡」の名称が付いたともされる。
    即ち、鳥取・因幡は農業を主たるに対し、伯耆は出雲に近く、参詣者達に何とかお金を落させようと努力し、皆生温泉や三朝温泉、大山の観光資源を売り出した、商工業の地域であった。 又、境港を始めとした漁業も盛んであることから、両者相異なる地風であり、合わせて因幡、伯耆は人の気性も異なると言う。
    倉吉は地域的には中間に位置しているが、伯耆に属しているといい、しかも、克っては伯耆の主邑(しゅゆう:主だった町)だった。 それだけに、江戸時代の古風な家並みや蔵が残っている、蔵の町とも言われる。 大正期以降は、「中海」を有する米子に繁盛地を移すことになるが。 県内に於いて「倉吉は京都で米子は大阪」として対比されるらしく、どちらも商工業で栄えたことは共通する。
     
    伯耆は古代より中世、近世に到るも商工漁業が中心であった。
    だが、江戸藩政時代、藩主・池田氏は因幡・鳥取に藩庁を置き、倉吉、米子など伯耆へは支所を置いた。 因幡の鳥取が伯耆を・・、つまり、農業(農政)が商工業を支配したのである。 
    伯耆から言わせれば「我々は諸国から金銀を集めている」という自負があったが、当時は職分制度が鮮明で「士、農、工、商」であり、農は常に工商の上にあったのである。 
    地域的特性として他の地域でもしばしば見受けられるが、時代を経た今日でも小さな鳥取県で伯耆だ・・、因幡だ・・といった地域的気性の違いが見受けられるらしく、地域の性(さが)とは面白い。 だが、これは鳥取県内の事で県外者には全くもって関知せざることではある。

    更に、「因幡」について・・、 
    縄文期の頃まで、人々は野山を駈けずり回り、放浪したり、海岸や河川、湖沼の畔で食い物を採取し、又な栽培していた。所謂、動物的(野の獣)生活手法であったが、そのうち、稲作技術が伝わってくると争ってコメ作りに参加した。
    同時期に朝鮮半島で製鉄が始まり、(鉄の開発は中国・周の時代、それ以前に中国・殷の青銅の開発)それらの製造方法や粗鉄が「壱岐」などの島々を通じて日本に伝わってくる。
    製鉄は当初は稲作農耕の道具として広がりを見せ、乗じて稲作文化は波及的に全国へ広まってゆく。 このことが一つの要因となって日本は国として統一されつつある社会基盤が出来上がる。この時期が弥生時代から大和朝廷の時代である。
    鳥取の地名は、「因幡国邑美郡鳥取郷」(『倭名抄』)という古代郷名が中世、近世、そして近代へと受け継がれてきたもので、この地に「鳥取部」という古代部民がいたことが、この郷名の由来ともいわれている。(このことは前項の「桃太郎伝説」に記載あり)
    時代は下って7世紀(奈良期)になると、日本国に一大国家体制の制度変革とされる「律令制」が実施された。 日本国の全ての物(田、畑から人民・・)は朝廷のものであるとし、中央一天所有(中央集権とは意味合いが違う)の公地公民制度であり、特に、土地に執着してた豪族も所有権を変換させられ、「強固な統一国家の造成」としたのである。
    これには訳があった・・、
    海を隔てた隣国、中国は「隋」そして「唐」という巨大統一国家を作り上げたのである。日本は、その中国に脅威を感じ、これに倣ったのであった。 それまでの中国は群雄割拠の分裂国家であり、同時期、日本も豪族群の地方分権の国であり、それでよかったのである。

    因幡の国はこのような国造り、時代変革(律令国家の形成)最中に出来上がった国であった。 因幡の国は今も、こんな律令国家の古(いにしえ)の地名を多く残している地域でもある。 鳥取市周辺には国の代表格の「国府」(国衙、役所)である国府町があり、その下の組織体である「郡」である郡家町(こうげ)の名も残っている。 更に、国府町には「庁」という集落もある。
    現在の小さな鳥取県に国、地域を司る官僚、役人が多いのは、この辺りにも遠因が有りそうである。
    尚、明治維新、旧鳥取藩士は蝦夷・北海道の「釧路」の地に開拓の地を求めた。そして、今在る北海道の有数の都市・釧路は鳥取県民によって形作られたといっても良い。

    「日本周遊紀行」、北海道・釧路編
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    次回は、浜坂


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  • from: orimasaさん

    2009年05月29日 10時39分24秒

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    日本周遊紀行(193)鳥取 「鳥取砂丘」

    写真:砂丘と砂丘観光のためのリフト日本周遊紀行(193)鳥取「鳥取砂丘」千代川の鳥取大橋を渡り、案内に従って「鳥取砂丘」へと向かった。「鳥取砂丘」は砂



    写真:砂丘と砂丘観光のためのリフト


    日本周遊紀行(193)鳥取 「鳥取砂丘」

    千代川の鳥取大橋を渡り、案内に従って「鳥取砂丘」へと向かった。
    「鳥取砂丘」は砂丘には違いないが、現実には、この丘の上に立つと砂漠である。
    一般に砂漠の概念は、年間降雨量が250mm以下で、蒸発量のほうが降雨量よりも多く、たいていの場合平均気温が高いことを特徴とする地域である。 乾燥気候のため、植物がほとんど生育せず、岩石や砂礫からなる荒野で、世界的にはゴビ・サハラ・アラビア砂漠等があり、小生行ったり、見たりしたことはないが、荒涼とした(と言って、いいかどうか・・?)大地であろう。 
    以上が、一般に言われる砂漠のイメージであり、これら砂漠は何れも地球環境や地球の気象変動によるものである。 だが、ここ鳥取砂丘の生成は全く異にしているらしい。
    このことは後で述べるとして、その前にチョット砂漠について・・。
     
    ここで余談だが、「砂漠と文明」について・・、
    世界的砂漠はいずれも、文明の発祥の地、或いは文明流通の経路に当り、大河の河口、或いは流域に当る。 サハラのナイル川、アラビアのチグリス・ユーフラテス川、ゴビの黄河・・・・?然りである。
    文明は、元々の砂漠地帯に生まれたものか・・?。 
    砂漠地帯には大河が流れ、そこでは水資源の使い方、工夫、創作などの知恵が生まれ、他の条件として多くの人間が集まり、社会を造ることにある。 砂漠は一般には酷暑乾燥の過酷な土地だが、一方では、砂地は見通しも良く、集散するための移動条件としては以外と楽なのである。 砂漠にはオアシスもあり草原もあり、点在するオアシスを結んで行けば楽であり、又、砂漠は砂ばかりとは限らず土漠、岩漠などもあり、身を処すところもある。
    四大文明の発祥地が、現在は殆どが砂漠となっている。 
    文明の発祥は砂漠か、或いは、砂漠に準じた様な処だったのかも知れない。 文明発生の要因は砂漠にあった・・?、そこは生活の工夫が強要されるところでもあったのだ・・??。
    猿が人間に進化したのは、或いは変化のない緑のジャングルや森林からオサラバし、砂漠に生活の場を求める様になったからかも知れない・・!?。

    しかし、別な見方もある、文明が発育する過程におい、その間地球的規模で気候変動があり、当時の生活に適した湿潤地域(準乾燥地域)から次第に乾燥化が進み、砂漠化していった。 そのため人類は実際に当初の地域から追い出され、文明の跡だけを残して他の地域に移動していたと。
    好例がある・・、
    20世紀になって、サハラ砂漠のド真ん中に或る遺跡が発見された。 
    サハラ砂漠の中央部の台地に「ギルフ・キビール(偉大なる台地)」というある岩絵が発見され、これは1万年前から5000年前に描かれた古代の岩絵だそうである。 推測するところ、この岩絵は、古代・エジプト文明に共通するところがあり、エジプト文明の起源とも推測されている。 この地は、エジプト、ナイル河畔から1000kmも離れているところであるが、気候変動とともに、次第にナイルの地へ辿り着いたのではないかとも想像されている。(過日、NHKで放送された)


    暫し脱線したが、「鳥取砂丘」について・・、
    日本は元来、湿潤の地・国であり、砂漠の概念とは縁遠く、まして鳥取地方は年間降雨量(降雪量)は2000mmを超える多雨(多雪)の地域であるという。
    鳥取砂丘は、鳥取市西部を流れる大河・・?「千代川」が太古以来、土砂を流し続けた事によるものといわれる。  
    河口付近は遠浅になっていて、波打ち際より遠くで白波が立ち、同時に細粒の砂が少しずつ陸の方へ動かされたのであり、この運動が永い年月の間に砂丘を造ったと言われる。 
    鳥取砂丘の場合は、更に、冬季には強烈な西から吹いてくる「偏西風」の影響で、この状態が顕著になり、他に例を見ない沙漠の様な砂丘を造り上げたのである。 
    砂丘は、千代川河口東西16km、奥行き2kmで、高さ50mから60mの丘を造り、丘のスロープも広大である。

    尚、鳥取砂丘は、先に述べた因幡の国の日本人発祥にまつわる文化、文明論に関係しているかどうかは定かでない・・が、山陰地方、鳥取観光の名所であり、宝であることは確かである。 
    小生は昭和30年代、仕事の関係で瀬戸内に滞留してた時期に、山陰を旅行し鳥取砂丘を見物したことがあるが、その時の印象は余りに「だだっ広い」だけのもので、他の記憶は無い。
    現在は、砂漠の中に・・?人家、道路、防砂林、観光施設など、人の手が入っている。しかし、昭和期以前までは、砂丘は生のままの砂漠の状態であったらしい。 付近の人は、通りがかりの人に「うっかりすると砂丘に迷い込み、命を落すおそれもある」と注意を促し、喚起してたらしい。 
    又、地元の人は一時期、緑化か、砂漠化か・・?で、悩んだこともあったという。 
    鳥取砂丘は、湿潤の日本にあって唯一「砂漠」が見れる地域であり、「砂漠」として温存しておくのも必要かも知れない。
     
    鳥取砂丘は、乾燥砂漠と違って「湿潤砂漠」であるが、「生きている砂漠」であることは他の砂漠と変わることはない。 風によって砂が動き、風紋を描いては消える。この、激しい表情の変化が植物の繁殖を拒むし、過酷さに耐えられる砂丘植物のみが、かろうじて点在する世界である。 
    激しい変化で生きている砂漠は、昔は周辺に住む人々にとって克服すべき「敵」だった。 動き、飛散する砂から、どう田畑を守り、砂地を開墾していくかが命題であった。
    江戸期にはこれらを克服するために、防風林のクロマツを10万本も植え、広い畑が開墾されたといい、又、敗戦後の昭和20年代には食糧増産の時代要請もあり、砂丘全体を植林化し、開墾して生産物を構成する計画があったらしい。 実際に、昭和30年初頭までは、その計画は実施されていったという。 
    だが、植林が進んで砂が人によってコントロールされたことによって、砂丘では別な悩みが発生した。 それは、人による耕作で合わせて雑草群が侵入し、繁殖が進行していき、雑草の陰で小動物が発生し耕作物に害をなしたとされる。

    そんな中、砂丘の価値が転換されるのは昭和30年代以降で、砂丘が国の天然記念物に指定され、38年には国立公園になったことである。 砂丘本来の景観を取り戻すために、今度は砂防林の伐採が始まったのである。
    砂防林を伐採するのは砂を再び活発に動かすためで、合わせて平成初期頃から除草作業も始まった、一時はトラクターが必要なほど茂っていたという。 「全国に大きな砂丘は他にもあるが、ここほど起伏が大きく動植物が生息している点では貴重で、50mもある丘の上からは大山の姿も眺められる」としている。
    現在も本来、砂丘に生育していない草原化した多種の雑草を取り除くべく活動が進められ、特に「除草ボランチア」が活躍しているという。 ボランチアは手作業で完全除去を目指しているが、気を抜くと数年で草原化、森林化が進行するといわれる。 皮肉にも豊潤で、豊かな鳥取の自然が、一旦、人の手が入ってしまうと砂丘本来の姿を脅かしているのというのである。

    砂丘の丘に、砂丘会館や砂丘センターの観光施設があり、ここから海辺・・?の砂丘にむかって観光用のリフトが延びているのも珍しくて面白い。
    くしくも、大砂漠の・・?南隣には県庁所在の大都市・「鳥取市」の市街が広がっているのも、特徴的といえば特長であろう。
     
    次回、因幡・鳥取


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    2009年05月28日 09時43分02秒

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    日本周遊紀行(193)鳥取 「続・因幡の白兎伝説」

    .ところで、「白兎の伝承」は、こちら白兎海岸の白兎神社以外の内陸部にも数箇所の白兎神社などがあり、併せて白兎伝承が残されているという。鳥取市河原町、八

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    ところで、「白兎の伝承」は、こちら白兎海岸の白兎神社以外の内陸部にも数箇所の白兎神社などがあり、併せて白兎伝承が残されているという。 
    鳥取市河原町、八頭町や若桜町は、昔は八上郡(やかみのこおり・律令時代より存在していた因幡の国最大の郡)だった所で同様に珍しい伝承があり、因幡の山間地、鳥取市の南部・八頭町には三つの白兎神社があるという。
    そして、地元の由緒ある青龍寺や慈住寺には城光寺縁起(旧青龍寺)、慈住寺の記録として白兎に関する伝承案内が記されているらしい。 現在も青龍寺の歴代住職は時至って廃社されようとした白兎神社を保護し、八上の白兎伝承を守り抜いているという。 社殿の一部は青龍寺の本堂厨子として再利用され、そこには見事な波にのる兎の彫刻が施されているという。
    又、八頭町の隣、兵庫県境に近い若桜町舂米(つくよね)には白兎と天照大神の行幸伝承があり、現在の鳥取・兵庫県境、氷ノ越え(ひょうのごえ)には因幡堂(現在は廃堂・・?)と言うのがあって、そこには大兎(おおうさぎ)大明神を祀っていたとされる。

    天照大神の行幸伝承については・・、
    天照大神は、丹後の国の元伊勢(伊勢神宮の元宮、 後日、丹後・宮津の項で述べます)で豊受大神(伊勢・外宮)が崩御されたときに高天原からお出向きになり、その後、山陰地方への行幸を計画されたとある。 そして因幡の国の岩美の御湯神社は、天照大神御一行が山陰へ行幸されたときの行在所になったともされている。 
    因みに、天照大神が因幡へ行幸された訳は・・?、
    豊受大神が稲葉山の麓で稲作の技術を伝えたとされている。 そのため豊受大神を稲葉大明神として鳥取市卯垣の稲葉神社に祭ってあり、従って、古来この地方のことを「稲葉、稲羽」ともいい、転じて「因幡」になったという説もある。 伝承では白兎を「素兎」とも記されていて、因幡の白兎は、「稲羽の素兎」と言うことにもなるらしい・・!。

    このような豊受大神の奉仕された因幡の地を懐かしんでの天照の行幸となった。
    行程は、陸路または海路で先ず隠岐へ渡られ、しかる後に陸路または海路で、因幡へ到着され、内陸の八上へと歩を進められた。 郡境である三本松付近で、八上の土地の神、八上姫の化身である「白兎」と出会い、白兎の導きによって、そこから遥か南西方向へ中山の麓道をたどりながら、霊石山山頂近くの平原(伊勢が平)にたどり着いたという。 この時、天照大神は霊石山の御冠岩に、因幡地方の平安を願って冠を安置したとされる。 八上の地をあち、こち行幸され、いよいよお帰りになるときには八上の南東に位置する国境、現在の氷ノ越えの峠をお通りになる際、雪の日の朝に旭日に輝く樹氷をご覧になってその美しさに感動されて、和歌を詠まれたされる・・、
     
    『 あしひきの やまへはゆかじ しらかしの
                 すえもたははに ゆきのふれしば 』 

    そして、一旦、丹後にお戻りになった後、中央の高天原に御帰還されたとされている。

    一方、八頭町に伝わる三つの「白兎神社」は、かつては一直線に結ぶライン上にあったと考えられる事から夏至の日の出、冬至の日没などとも関係し、これは当時、復活再生を願う信仰、太陽神、月神信仰をも示しているのではないか・・?、とする説を或る識者は言っている。 その為かどうか、この辺りは「日本医療の発祥の地」ともされており、古来、「白兎神社」は病気・疾病傷痍に霊験あらたかな医療の神様ともされている。 
    これらの伝承を元に現在地元では、「白兎伝承」を顕彰しようとする動きが活発になっているとか。 尚、白兎神社は大国主命と八上姫との縁を取りもった仲人、縁結びの神様ともされている・・?。

    次回は鳥取砂丘
     

    【小生の旅のリンク集】

    《 旅の記録 》     

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    【日本一周・海道を往く】 http://park23.wakwak.com/~orimasa/  (こちらは別URLです)
         
    【日本の世界遺産紀行】 http://orimasa2005.web.fc2.com/ 
    「北海道・知床」 http://outdoor.geocities.jp/n_issyuu2005/siretoko1.htm 
    「白神山地」 http://orimasa2005.web.fc2.com/ss-1.htm 
    「紀伊山地の霊場と参詣道」 http://orimasa2005.web.fc2.com/nk-1.htm 
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    「石見銀山遺跡とその文化的景観」 http://orimasa2005.web.fc2.com/ig-1.htm 

    「ハワイ旅行」 http://outdoor.geocities.jp/orimasa2007/hawai2007.htm
    「沖縄旅行」 http://www.geocities.jp/orimasa2008/  
    「北海道道北旅行」 http://outdoor.geocities.jp/orimasa2007/hakkaido1.htm 
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    《 山歩の記録 》
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    「白馬連峰登頂記(2004)」 http://www.geocities.jp/orimasa2001/hakuba-1.htm   
    「八ヶ岳(1966年)」 http://www.geocities.jp/orimasa2001/yatu1966-1.htm 
    「南ア・北岳(1969年)」 http://www.geocities.jp/orimasa2001/kitadake1969.htm 
    「北ア・槍-穂高(1968年)」 http://www.geocities.jp/orimasa2001/yariho.htm  
    「谷川岳(1967年)」 http://www.geocities.jp/orimasa2001/tanigawa.htm   
    「丹沢山(1969年)」 http://www.geocities.jp/orimasa2001/tannzawasan.htm 
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    「八ヶ岳越年登山(1969年)」 http://www.geocities.jp/orimasa2001/yatuhuyu1.htm 
    「西丹沢・檜洞丸(1970年)」 http://www.geocities.jp/orimasa2001/hinokihora.htm 
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    《山のエッセイ》
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    【大菩薩峠】 http://www.geocities.jp/orimasa2001/daibosatu.htm 

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    【スキー履歴】 http://www.geocities.jp/orimasa2001/skirist1.htm 


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    2009年05月27日 09時19分09秒

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    日本周遊紀行(193)鳥取 「因幡の白兎伝説」

    写真:白兎海岸(現在は道の駅、海中に見えるのが沖ノ島=白兎島・・?、)写真:白兎神社本殿と沖ノ島国道9号線はん平坦な海岸道路になってきて海岸線が実に美




    写真:白兎海岸(現在は道の駅、海中に見えるのが沖ノ島=白兎島・・?、)
    写真:白兎神社本殿と沖ノ島



    国道9号線はん平坦な海岸道路になってきて海岸線が実に美景である。
    途中の海岸園地には「白兎海岸」とあり、波打ち際に良く整備された展望地・小休の地があって案内板にも御存知「神話の地・白兎海岸」とあった。
    併せて「♪♪おおきなふくろ かたにかけ・・♪♪」という、鳥取県出身の田村虎蔵が作曲した御馴染み・・?の童謡・「大黒さま」の歌碑もある。 そして、海岸沿いの国道の反対側には立派な鳥居と白い階段の参道を持つ「白兎神社」があった。 
    境内及び参道周辺は現在(2005年)、工事、整備中であったが・・、見ると、この地国道に、新しく「道の駅」も出来るらしい。 
    元々、白兎神社は、鳥取市白兎地区に旧村鎮守社として存していたとされるが、その為の、神社周辺の整備であろう・・?。 祭神は白兎大明神だとされるが、無論この一帯は「白兎と大国主神」の神話の舞台でもある。        

    大国主神は、出雲大社に主神として祀られている。 
    近世の出雲地方とは一般には島根県を指しているが、古代の「出雲の国」は遥かに大きく、伯耆、因幡は勿論、出雲系の古社の分布によっても、九州北部から新潟方面と、その勢力圏は広大であった。 それに伴って大国主神にまつわる伝説、伝承、昔話、民話、御伽噺など出雲地方は勿論、新潟・越後地方にまで及んでいる・

    その、「白兎海岸の伝承」について・・、
    記紀や出雲神話には、『神々の里・出雲で、大国主命の異母兄弟・八十神(やそがみ)達が因幡の国の八上の郷(鳥取市河原町)に美しい姫がいると伝え聞き、この八上姫を娶ろうとした。 八十神達は、弟の大国主命に八上姫への贈り物を大きな袋に詰め込み全てを持たせると、弟を待つことなく因幡の国へと向かった。その途中の海岸で傷ついた白ウサギが泣いていたが・・、』 ここから「大国主と白兎」の伝説、民話が生まれている。

    出雲神話の続きともされる民話は語る・・、
    『昔々、気多の岬に住む白ウサギが大洪水で沖の島に流され困っていました。 白ウサギはワニザメを騙して向こう岸まで並ばせ、その背を渡って帰ろうとしました。 ・・・騙されたことを知って怒ったワニザメは、白ウサギの毛をむしって丸裸にしてしまいました。
    白ウサギが砂浜で泣いていると、通りがかった悪戯好きの神様(八十神)に「海水につかってから、風に当たるといい」と教わりましたが、痛みはますますひどくなりました。
    その後に大国主命が通りがかり、「真水で体を洗って、蒲の穂綿にくるまりなさい」と教え、そのとおりにすると、兎は元の白毛が生え戻りました・・、』

    白兎神社の前にある海岸には、兎が住んでいたとされる「沖の島」がある。 この島からこちらに渡るためにサメを騙して並ばせたというわけであろう、島の中央には鳥居も建っていて、いかにもそれらしい。

    「大黒さま」  明治38年 旧文部省唱歌
    大きな袋を 肩にかけ         
    大黒さまが 来かかると
    ここに因幡の 白うさぎ
    皮をむかれて あか裸

    大黒さまは 哀れがり
    きれいな水に 身を洗い
    がまの穂わたに くるまれと
    よくよく教えて やりました

    大黒さまの 言うとおり
    きれいな水に 身を洗い
    がまの穂わたに くるまれば
    うさぎはもとの 白うさぎ

    大黒さまは 誰だろう
    大国主の みこととて
    国をひらきて 世の人を
    助けなされた 神さまよ

    次回も、「白兎伝説」の続きです。


    【小生の旅のリンク集】

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    2009年05月26日 18時37分03秒

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    日本周遊紀行(192)浜村 「貝殻節」

    写真:魚見台にある奇妙な「覗石」鳥取市域に入ったようである。旧気高町と青谷町の町境、国道9号線沿いに「魚見台」と呼ばれる展望台があった。海に面した断崖


    写真:魚見台にある奇妙な「覗石」



    鳥取市域に入ったようである。
    旧気高町と青谷町の町境、国道9号線沿いに「魚見台」と呼ばれる展望台があった。 
    海に面した断崖上の高台にあり見晴らしは絶佳で潮風がすがすがしい。白兎海岸・鳥取砂丘、遠くは但馬海岸まで一望でき、日本海は濃厚なブルーで180度の視界が広がっている。園地には「魚見台」を刻した標石や何故か岩をくり抜いた「覗石」とやらもあった。そして、ここ、魚見台には日本海沿岸の浜村、賀露、泊、妻波などに伝わるという「貝殻節」が有名で歌碑なども建っている。
    この展望地は昔、魚の(主にイワシ)の大群が押し寄せたときに、ここから漁夫が大声で知らせたことから、魚見台と名付けられたという。 ほぼ真下に浜村漁港の波提が覗える。
    この浜村地区には「浜村温泉」という山陰地方の歴史のある温泉もあり、美しい海辺に位置していて明治時代に開湯した付近の勝見温泉と共に、総称して「浜村温泉」と呼んでいる。 
    近海の取りたての新鮮魚料理が堪能できるとともに、湯量が豊富な為、プール風の大浴場を持つ旅館も多いという 。 

    この地方は、哀愁をおびた民謡「貝殻節」の発祥地としても知られる・・、
    「貝殻節」の冒頭は「何の因果で・・・」で始まるが、実際に、この地方では何年かに一度、海岸地帯に「帆立貝」が大量に発生するという。 沿岸の漁師達はこの時とばかり、船を仕立てるが、荒れる波の上を漕ぎ手と漁具を操るのがなかなか大変らしく、この時の辛さを歌ったものという。
    伝説によると、因幡藩主の家来だった若侍が、土地の娘を身染めて漁師となり、馴れぬ手付きで貝殻漕ぎの船に乗り、櫓を漕ぐ重労働の辛さに「何の因果で・・・」と口走って溜息をついたという話もある。 
    昭和8(1933)年「浜村音頭」として世に出したところ、大変な人気で、地元ばかりでなく、全国で唱われるようになり、潮の香りを漂わす節回しでしたので、曲名も元歌の「貝殻節」と呼ばれるようになったという。
                  
    「貝殻節」  鳥取県民謡
    何の因果で 貝殻漕ぎなろうた
    カワイヤノー カワイヤノ
    色は黒うなる 身はやせる
    ヤサホーエヤ ホーエヤエー
    ヨイヤサノ サッサ
    ヤンサノエー ヨイヤサノ サッサ

    戻る舟路にゃ 櫓櫂が勇む (繰り返し)
    いとし妻子が 待つほどに (繰り返し)

    忘れられよか 情もあつい
    あの娘ァ 浜村 お湯育ち

    浜村沖から 貝殻が招く
    嬶よ まま炊け 出にゃならぬ

    帆立貝なら 帆立てて行こよ
    わたしゃあなたの 身を立てる

    次回は、因幡の白兎伝説




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    「八ヶ岳(1966年)」 http://www.geocities.jp/orimasa2001/yatu1966-1.htm 
    「南ア・北岳(1969年)」 http://www.geocities.jp/orimasa2001/kitadake1969.htm 
    「北ア・槍-穂高(1968年)」 http://www.geocities.jp/orimasa2001/yariho.htm  
    「谷川岳(1967年)」 http://www.geocities.jp/orimasa2001/tanigawa.htm   
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    2009年05月25日 18時09分25秒

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    日本周遊紀行(191) 因幡地方 「山陰の名湯」

    写真:三朝温泉の中心、三朝大橋のたもとにある無料の露天風呂・「河原湯」。大栄町に入ると間もなく「道の駅・大栄」があり、こちらで一服入れる。1992年4


    写真:三朝温泉の中心、三朝大橋のたもとにある無料の露天風呂・「河原湯」。



    大栄町に入ると間もなく「道の駅・大栄」があり、こちらで一服入れる。
    1992年4月に鳥取県北栄町(旧大栄町)に設置されたこの「道の駅・大栄」が、道の駅の第1号としているらしい。 ただし、第1号を名乗る道の駅は、1993年4月22日に全国103箇所の施設が道の駅として正式に登録されたということで、これらすべてを第1号と考えるのが適切であるという意見もある。
    大栄町は2005年10月1日、隣町・北条町と合併し、北栄町(ほくえいちょう)として誕生している。

    その南方、天神川沿いに倉吉市が在る。
    奈良時代には、伯耆国の国府・国分寺・国分尼寺がおかれ、山陰において最も栄えた地域で、政治・経済・宗教・学問の中心をなしていた。 その後、室町時代の初期には、山名師義(やまな もろよし:南北朝時代から室町時代の武将、孫に応仁の乱の主役・山名宗全がいる)が倉吉盆地を見渡す打吹山に築城し、城下町として栄えた。 
    市の中心を流れる玉川のほとりに、江戸から明治時代にかけて建てられた白壁の土蔵群が建ち並び、「蔵の街・倉吉」として風情のある風景を見せている。 漆喰の白壁と焼杉の黒い板、美しい土蔵群、川を挟んでの石橋が雰囲気を盛り上げ、因幡の小京都とも呼ばれている風雅な町並みである。 
    寅さんもこの地を訪れているらしく、映画「男はつらいよ」の第44作・「寅次郎の告白」のロケが行われたという。

    国道9号の北側は北条砂丘で知られる地であるが、海岸線を占める砂丘は、そのほとんどが畑になっていて、海辺に白砂青松が続く。 天神川の新天神橋を渡ると羽合町である、2004年10月1に、泊村、東郷町と合併して湯梨浜町(ゆりはまちょう)となった。 
    羽合町は、「はあいちょう」と読みそうであるが、「はわいちょう」とチョット無理して呼ばせているらしく、「日本のハワイ村」と言っているようだ。 街中は各所で片仮名のハワイやアロハの名を呼称にして、町のイメージアップを図っているようで、現に、ハワイ州(アメリカ合衆国)と町名が同じであることから、1996年に姉妹都市提携を結んでいるという。 美しい海とヤシの木の並木がアロハシャツを着たハワイ村民が、人々を癒しの世界に誘ってくれて、おまけに東郷湖畔には羽合温泉もある。 温泉には立派な施設も有り、その名も「憩いのオアシス・ハワイゆ〜たうん」と言うらしい。
    その東郷池は鳥取県の三大湖沼の一つで、池中より90℃もある温泉が湧出している珍しい池である。 池の成因については、もと日本海の入江であったところに天神川の流砂が堆積して羽合砂丘や北条砂丘をつくり、入江が堰止められた結果取り残されてできたもので、このような池や沼のことを潟湖(ラグーン)という。

    温泉といえば、やや内陸に入ったところに、中国地方の名湯といわれる「三朝温泉」がある。 
    三朝と書いて“ミアサ”ではなく、「ミササ」と呼ぶが小生、若年の頃、一度訪れたことがあり、今となっては過去の古い懐かしい思い出と言いたいところだが、記憶は全く無い。
    中国山地の山あいに、ひっそりと佇む品のある温泉地であるが、800年以上も前に開湯したという歴史的な温泉でもあり、出雲国風土記にも温泉に関する記述があるという。 明治以降は著名な文人、与謝野鉄幹・晶子夫婦、野口雨情、志賀直哉、斎藤茂吉、島崎藤村などが訪れているという名湯でもある。
    三朝温泉の特徴的なんが泉質で、世界でも有数の放射能温泉である「ラドン泉」が湧き出ていて、源泉中のラドン量について一部には680マッヘという記録ももあったという変り湯・・?である。 
    「マッヘ」とは・・?、放射能のラドン濃度を示す単位であるというが、では放射能とは・・?、ラドンとは・・?。 
    先ず、ラドンとは放射性ラジウム鉱石(放射性元素)が分解するとき生じる弱い放射線のことで、身体に浴びると新陳代謝が活発になり、免疫力や自然治癒力が高まる効果があるとされる。 この効果を「ホルミシス効果」といい、癒しの温泉効果とも呼ばれている。
    因みに、「ラジウム」は、マリ・キュリー夫妻によって発見された放射性元素で、この放射線効果で放射線治療であるガンや放射線医学、治療学の領域で大きな分野を形づくったことは周知である。 当初のラジウム放射線治療では、ラジウムに接触した部分にひどい火傷を負ったという、放射線の強さを示す笑えぬ話もあるようだ。

    三朝温泉ではラジウムが気化し、発生するラドンガス(湯気)吸うことで抗酸化機能が高まり、老化や生活習慣病の予防に役立つとされている。 又、無色透明の三朝温泉の泉質はミネラルを豊富に含んでいるので飲泉にもおすすめで、胃液膜の血液量が増加し、慢性消化器疾患・慢性気管支炎・胃腸病などに効果があると言われている。
    また一部の旅館には高濃度のトロン(ラドンの元素で同位体ともい)を含む温泉もあり、観光客だけでなく療養目的で訪れる湯治客も多いという。

    「三晩泊まって三度三朝を迎えれば難病も治ると言われている温泉」・・、
    温泉情緒たっぷりの三朝橋を中心に、どこか懐かしい昔ながらの街並みが続き、三朝橋の袂には町のシンボルである「河原風呂」(無料、混浴)や青御影石で造られた純和風の露天風呂が並ぶ。 夏になれば、「蛍の光」と「かじか蛙」の可愛らしい鳴き声が三徳川一帯を覆うという。

    次回は、鳥取・「貝殻節」


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    2009年05月23日 15時48分27秒

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    日本周遊紀行(190)大山  「伯耆大山」

    .伯耆の国は、箒(伯耆)のような「大山」から起こったとされる・・?、伯耆大山・・、鳥取県の民話で、「大山の背比べ」について先に記したが、伯耆の国は17

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    伯耆の国は、箒(伯耆)のような「大山」から起こったとされる・・?、

    伯耆大山・・、
    鳥取県の民話で、「大山の背比べ」について先に記したが、伯耆の国は1729mの「大山」に代表される。 日本海から見るとその姿は鮮明であり、伯耆富士といわれる端正な姿で拝見できる。

    小生の在する所、相模(神奈川)の屋根と称する丹沢山系の東端に「大山」(1252m)という人気の山がある。 中腹には由緒ある大山寺(大山不動尊)という寺社もあって、この山は普通に「おおやま」と呼んでいるが、こちら伯耆大山は「ほうきだいせん」と読んでいる。 
    中国・山東省泰安にある名山・太山(泰山・Tai Shan)があり、死者の集まる山ともいわれ、仏典では地獄のことを太山と呼ぶこともあるという。 
    大山は元々は山岳修行の聖地で、山頂付近に修行寺である「大山寺」(だいせんじ)がある。 お山は単に御山であったが、大山寺が建立され折、僧侶が中国の太山に倣って「だいせんじ」と称し、御山もいつしか「だいせん」と読むようになったという。 又、大山を「だいせん」と読むのは、氷ノ山(ひょうせん)、扇ノ山(おおぎせん)、蒜山(ひるぜん)のように山を「せん」と呼んでいるこの地方(鳥取、島根)独特の呼び方のようであり、中国式の読み方である。

    大山は、中国地方の最高峰で、山陰を代表する伯耆大山ともいい、最高峰は剣ガ峰(1729m)であるが、一般登山は弥山(1711m)までらしい。 これは近年、各所で崩壊が激しく落石・危険個所も多く、ピークの剣が峰は通行禁止になっているという理由らしい。
    大山はトロイデ型(釣鐘状)火山で、溶岩ドームが風雨に削られて崩落し、現在のような山様が造られたという。  180万年前くらいから活動を始めた大山は、大規模な成層火山を形成し、その後5万年前くらいから大規模な噴火をし、そのときに誕生した最大規模の溶岩ドームが冷えて固まり成層火山の上に乗っかっているのが現在の大山の原型だという。
    1万年前くらいに最後の噴火をした後は、噴火記録は残されていないらしい。

    また大山は見る方角によって様々に姿を変えてゆくことでも知られている。
    大山のことを伯耆富士とも出雲富士とも呼ばれているようで、これは西の方角から見た大山がちょうど富士山のような形に見えることからそう呼ばれている。 西の裾野にある岸本町(溝口町と合併して伯耆町となる)や米子市内から眺めると、丁度富士型円錐形の大山が見られるといい、愛称の伯耆冨士の理由が良く解かる。しかし、富士型の愛称とは裏腹に、中国地方からは崩壊現象が顕著に見られ、珍しく峻烈な山容をしているという。 
    登山家 深田久弥氏選出の日本百名山の一つで、日本の山岳愛好家の中でも5指に入る人気で有るとも云っている。 。

    話はチョット反れるが・・、
    日本の船の航海は、古代から幕末の頃までは、観点測法による航海術が未発達で、日本近海の陸、岬、山を見ながら位置を確認する、所謂、「山見」という手法で航海していたという。
    岬や丘のような低地であれば、四季を通じて風の影響はさほど無く安全航行が出来るが、大山ほどの大きい山になると、風による影響が大きく、特に春季の東風は山背(こち、やませ:山を越して吹く風)となって突風を起こし船を転覆させたりもするとされる。 春に風のある日は「岸から離れろ・・!」といって、大きな大山は目印にはなるが、一方では恐れられたとされる。

    大山は海上から見ると裾広がりで「箒」のような形状をしている。 
    古来、海上を行き来する船乗り達は「箒の山が見えてきたぞ・・」と歓呼したことらしい。 箒とは「はき寄せる」物であったが、「幸せをはき寄せる」という意味から、古来、縁起物として神社などで取り扱っているのは周知である。 
    箒の山は、何時しか「伯耆」の国に成ったとも言われるが・・?。

    次回は、因幡地方



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    2009年05月23日 15時44分08秒

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    日本周遊紀行(190)大山  「伯耆の国」

    .鳥取県は西半分が伯耆、東半分は因幡の国である・・、「伯耆」の伯は、単純には兄弟、父母などの年長者を表すが、一芸に長ずる者、果ては「神」、「風伯」を示

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    鳥取県は西半分が伯耆、東半分は因幡の国である・・、 

    「伯耆」の伯は、単純には兄弟、父母などの年長者を表すが、一芸に長ずる者、果ては「神」、「風伯」を示すとされる。 更に伯の元の字は、中国の太祖・太伯(たいはく)の「伯」であるとも云われる。 又、「耆」は、「老」+「旨」の合わさったもので年輩で、渋い味があり、経験豊かであるという意味らしい。 
    詰めれば「伯耆」とは、知的で経験豊富な「太伯」を意味する。

    太伯は、呉(中国南部に位置した紀元前5世紀から6世紀頃の国で、中国・春秋時代に存在した君国の一つ。三国時代の呉・蜀・魏とは異なる)の祖とされる人物である。 
    面白いのは、或る一説によると「日本神話における天照大神は、呉の太伯の子孫である」という中国に伝わる伝説があり、これは、中国の歴史書、「魏略」(魏志倭人伝の元書とされる)、「晋書」などにも記されているようである。 
    更には、中国では天皇及び日本人は「呉の太伯の子孫」とする説もあり、江戸期、家康の儒学の顧問であった朱子学者・林羅山は、日本は中華と同等な文化国であり、日本の皇室は中国の聖賢の裔ゆえに尊貴であるという立場に立った『神武天皇論』を表し、日本の皇室の祖神がその本源を溯って見れば「太伯」に当たるという説をのべている。
    又、身近なところでは、中国・春秋時代に書かれた歴史書・「十八史略」を、小説風に描いた陳舜臣の『小説十八史略』にも同様の記載がある。 
    尚、この歴史書の中で呉の国の故事から「臥薪嘗胆」の言葉が生まれ、呉・越の激しいライバル争いから「呉越同舟」の言葉が生まれたという。

    天照大神は高天原を治めていたが、「高天原」の所在に関して海外説の代表的なものは朝鮮半島説や中国南部説があって、これは現代の「日本人の起源」とする説に共通の要素が多いともいわれる。
    ところで、日本人の起源説(天孫族)に合わして、ほぼ同時に渡来したとされる「米」のことであるが・・、日本の米のDNAを調べると朝鮮半島伝来よりも早くに、中国から伝来している事が分かってきたという。 又、最近の研究では、朝鮮半島よりも早くから稲作が行なわれていたという結果もある。
    南方の米を主食とした中国南部の国・呉の人々が日本に移住し、広めたと言うの可能性もあるといい、DNAからは朝鮮半島には存在をしない、つまり中国の米のDNAと同一でであることも分かってきたという。
    思えば、出雲地方(今の出雲、伯耆、因幡、越=越前)は日本の米の発祥地とも言われている。 呉の国の「太伯」の子孫が、日本に渡来し住み着き、米や金属を広めたという説は一般的に成立っている。 

    何れも、天孫族とされる始祖の天照大神、神功皇后の大陸との往来、倭国大乱を治めて諸国を統一した「卑弥呼」など、この地方に関連している。 
    邪馬台国の卑弥呼、神功皇后そして天照大神との関係や説話は密接に結びついていて、或いは同一人物ではないかという見方もあるようだ。つまり、不可分ではないともされている。
    この頃、女神・女性が統治者であったことは、呉の国の支配者が「姫氏」(きし)であり、呉の太伯はこの家の出で姫氏と思われていたことも起因するといわれている。

    そして、前回記載したが、「倭国大乱」で最終的に諸国を統一した「卑弥呼」のこと、「白兎伝説」の項では、この地方に稲作を伝授し、拓き、広めた「豊受大神」が、丹後の国で死去したため「天照大神」が当地を訪れ、更に、伯耆の国に行幸したことなど・・。
    豊受大神が拓いたとされる水田稲作は「稲葉」であり、その為、この国を「因幡の国」と命名したこと。
    何れも、古代中国の呉や越の影響下で、日本という国の形が形成されていったことは歴史的にも裏付けられ、その窓口であったのが、九州の筑紫や出雲地方であったとされる。

    次回は、伯耆大山



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    「丹沢、山迷記(1970年)」 http://www.geocities.jp/orimasa2001/sanmeiki.htm 
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    2009年05月19日 09時28分54秒

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    日本周遊紀行(189) 名和 「名和長年」

    .「名和長年」は鎌倉末期・南北朝時代の名将ではあるが・・、名和町に入ると、山陰線・名和駅そして駅のすぐ近くに名和神社が祭ってあり、すぐ南北朝の武将・名

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    「名和長年」は鎌倉末期・南北朝時代の名将ではあるが・・、

    名和町に入ると、山陰線・名和駅そして駅のすぐ近くに名和神社が祭ってあり、すぐ南北朝の武将・名和長年(なわながとし)のことを思い出した。 
    鳥取県の名和町、人口7500人ほどの普通の田舎町の感じで、きっと過疎化が進んでいる町でもあろう。訪れる人も少なそうで、これといった観光もないように見受けられる。 しかも平成17年の合併のため名和町という名前自体も無くなってしまったようで、現在は大山町と称している。

    だがそんな名和町から、その昔一人の英雄が出た、その名は「名和長年」という。
    太平記の時代に後醍醐天皇を助け最後まで付き従い、戦前は「建武の忠臣」として称えられたが、戦後は教育の方針が変わり世間から忘れられてしまった人物だという。
    鎌倉末期、北条執権の衰退を期に、都では後醍醐天皇らが中心となって幕府との対立を鮮明にし、天皇親政による日本の全国支配を目指す。 正中の変(正中元年・1324年)と言われるもので、更には、元弘の変(元弘元年・1331年)という鎌倉幕府討幕運動が起きるが、何れも幕府側に露見してしまい、後醍醐帝は隠岐への配流となる。
    因みに、過去の鎌倉初期の「承久の乱」の折には首謀者・後鳥羽上皇は、鎌倉側との一戦に敗れて隠岐の島へ配流されている。そして、その後はすっかり意気消沈し世捨て人として失意の余生を送ったとされる。 
    ところが、こちら後醍醐帝は不屈の闘志を持ち、配流程度では全く挫けなかった。 

    状況下、後醍醐帝は隠岐の脱出に成功し、伯耆の豪商・名和氏に迎えられて船上山に拠り、討幕の綸旨を各地に発して鎌倉幕府と対決する姿勢を顕著にする。 そして新田義貞、足利尊氏らの関東・鎌倉での蜂起によって討幕は遂に成功を見ることになり、150年間続いた幕府は滅亡する。
    長年は戦功を認められ、幕府滅亡後に後醍醐天皇により開始された「建武の新政」において、河内国の豪族・楠木正成らとともに天皇近侍の武士となり、記録所や武者所など朝廷の役人を務める。
    しかし、足利尊氏が後醍醐親政側から離反すると、長年は楠木正成、新田義貞らと共に宮方として尊氏と戦うが、1336年(/建武3年)の「湊川の戦い」で京都に入った尊氏らと激戦の末に敗れ、三条猪隈(京都市三条猪隈)で討死する。 
    長年は伯耆(キ)守であったことから、楠木(キ)正成、結城(キ)親光、千種(クサ)忠顕と合わせて、後醍醐天皇近侍として「三木一草」の将と称された。

    「名和神社」は、鄙びた山陰線の名和駅より東南方向に、広大な境内を持つ社宮で、鳥取県内でも最大級の規模を誇るという。
    それにしても「宮の壮大」さは、南北朝時代の名だたる名将・楠木、新田、足利氏や果ては天皇家をも凌ぐほどのであろう・・?。 
    建武の忠臣と言われる「名和長年」公ではあるが、所詮、名将である彼らの名を借りれば名和氏は脇役であり、自身は、たかが天皇の側近の身であった。 まして、後醍醐天皇は一時期、天皇親政の執政を行うが、直ちに足利氏らの政争に敗れてしまう。 そして天皇自身の評判は権謀術策にたけた専制君主、あるいは公家達の多くの者達にもその無能ぶりを批判され権威は全く失墜して、更に時代は再び武士の世になっていくのである。

    名和神社は主祭神・名和長年と一族四十二名を祀り、現在の社殿は昭和十年に完成したもので、建築界の重鎮・伊藤忠太(近代における建築界ののリーダー)指導の下、明治神宮を造営した「角南隆」(すなみ・たかし、戦中・戦後の神社建築会の権威)が手がけたという。
    本殿からは日本海が望まれ、海を越えた一直線上に後醍醐天皇配流された隠岐が望まれる。境内は元々、旧名和公の在所で、米倉があった所とされている。

    名和町は2005年3月、大山町、中山町が新設合併し新大山町となっている。

    次回は、伯耆大山


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    2009年05月18日 18時18分44秒

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    日本周遊紀行(188) 米子 「妻木晩田遺跡」

    .「妻木晩田遺跡」(むきばんだいせき)について・・、孝霊山の麓の大山町に所在する国内最大級の弥生集落遺跡である。いわゆる「大乱の影響」とされる高地性集

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    「妻木晩田遺跡」(むきばんだいせき)について・・、

    孝霊山の麓の大山町に所在する国内最大級の弥生集落遺跡である。
    いわゆる「大乱の影響」とされる高地性集落で、国内でも比較的大規模で長期にわたる遺跡は少なく注目されているという。 
    鳥取県大山町富岡・妻木・長田から米子市淀江町福岡に所在する国内最大級の弥生集落遺跡で、これは発掘当時国内最大級と喧伝された吉野ヶ里遺跡の5倍にも及ぶ大規模なものである。
    標高90〜120メートル前後(平野部との比高差-100メートル前後)の尾根上を中心に立地し、集落関係では竪穴住居395基、掘建柱建物跡502基、墳丘墓(四隅突出型墳丘墓含む)24基、環壕等が検出されていて、一連の集落は「弥生時代後期」を中心に中期終わり頃から古墳時代前期初頭にわたって営まれているという。 又、遺物は、土器、石器(調理具・農工具・狩猟具・武器)、鉄器(農工具・武器)、破鏡等が出土していて、特に鉄器は鉇・斧・鑿・穿孔具・鍬鍬先・鎌・鉄鏃等、弥生時代のもののみで197点が出土しており、大陸性のものも確認されているという。

    その他にも日本海と近畿、瀬戸内を結ぶ物流と軍事の重要な地点に、大乱にも関係しているとされる「弥生集落遺跡」が多数発見されているという。 
    県内加茂町の「加茂岩倉遺跡」、斐川町の「荒神谷遺跡」、出雲市の「西谷墳墓群」、松江市乃白町の「田和山遺跡」等の弥生式遺跡などがある。 
    更に関連して、「古代鉄の資料館、博物館」などが出雲の南部地区である安木市、三刀屋町、仁多町、吉田村等にも存在する。

    特に吉田村の「菅谷たたら山内」には、かつて「たたら製鉄」が操業されていた「高殿」と呼ばれる形式の生産施設が唯一残されており、国の有形民族資料に指定されている。 「たたら」・・とは、砂鉄は重さ(比重)を利用してふるい分けられる、これに良質の木炭を混ぜて還元炉(無酸素状態の炉)に入れ,ふいごで送風し熔解する。 炉内温度は低いので,炭素を多く含む銑鉄はできず炭素含有率が2%以下の鋼(はがね)ができるという。 たたら製法を行う家屋を「高殿」といい、ふいごを「踏鞴」(たたら:足で踏んで空気を吹き送る大きなふいご。)と書いていずれも「たたら」とよんでいる。 鑪という字もたたらと読む、「たたらを踏む」という表現は、このふいごを踏む動作から来ている。 この方法を「たたら製鉄」といい、古代からの製法なのである。

    そして、実際に史実として日本史上に登場するのは、「倭国大乱」の後の統一後であり、邪馬台国の「卑弥呼」が30余国を支配し、中国(魏)との正式な交流が始まる段になってからであるとされている。 その後、尚100年たって、西暦350年頃、大和朝廷が国内をほぼ統一するに到る。
    序ながら、日本書紀の神功皇后記において、魏志倭人伝の中に「卑弥呼」に関する記事を引用している。 このため、江戸時代までは卑弥呼=(イコール)神功皇后だと考えられていた。 
    この説にたてば、邪馬台国の大和王朝は既に畿内にあったとされている。 そして、神功皇后の息子、応神天皇は八幡神として宇佐神宮(大分県宇佐市、既に記載)に祀られ、皇后自身の祭殿も同社に在るのは、大和王朝と朝鮮半島の通交が活発化し、通交航路である瀬戸内海沿岸(大分県宇佐市)に神功・応神を祀る八幡宮が置かれたともいう。 これらの事項についても既に宇佐神宮の項で記述している。

    いずれにしても、「大山」の背比べ伝説からはじまって、孝霊伝承、温羅伝説、桃太郎伝説、八俣大蛇伝説、渡来人と鉄器・製鉄、国譲り伝説、倭国大乱、大和朝廷王国等、等々の項目を並べるだけで、古代・出雲地方における壮絶な歴史物語の原型を見る事が出来る。  
    特に桃太郎の鬼退治のくだりはヤマト王権と出雲族、朝鮮半島からの渡来人との間で起きた武力衝突を、伝承や御伽噺として脚色、伝承したものが元になったという点で、興味津々である。

    文部省唱歌 「桃太郎」 詞・不明、作曲・岡野貞一
    桃太郎さん、桃太郎さん、
    お腰につけた吉備(黍)團子、
    一つわたしに下さいな。

    やりませう、やりませう、
    これから鬼の征伐に、
    ついて行くならやりませう。

    行きませう、行きませう、
    あなたについて何處までも、
    家來になって行きませう。

    そりや進め、そりや進め、
    一度に攻めて攻めやぶり、
    つぶしてしまへ、鬼ヶ島。

    おもしろい、おもしろい、
    のこらず鬼を攻めふせて、
    分捕物をえんやらや。

    萬萬歳、萬萬歳、
    お伴の犬や猿雉子は、
    勇んで車をえんやらや。

    次回は、「名和」


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