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  • from: orimasa2007さん

    2008年08月29日 10時03分52秒

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    ハワイの旅(11)「日本軍と真珠湾・・、」



    ハワイの旅(11)「日本軍と真珠湾・・、」  


    太平洋戦争における日本軍の米国・真珠湾攻撃・・、 
    <font size="2" color="#0000FF">真珠湾攻撃は、日本時間1941年12月8日(ハワイ現地時間12月7日)に日本海軍がハワイ真珠湾のアメリカ海軍の太平洋艦隊と航空基地に対して奇襲攻撃を行った。
    そして、世界史的にはこの攻撃によって太平洋戦争/大東亜戦争が始まり、日本とアメリカが正規に第二次世界大戦に参戦したことになる。

    軍事上では従来海軍の主力と見なされてきた戦艦部隊を航空機攻撃によって壊滅させたことになり、作戦は成功し、戦艦アリゾナなどアメリカ軍の戦艦8隻を撃沈または損傷などの大戦果をあげたとされる。
    当時、航空機では戦艦などの主力艦の撃沈は不可能であると信じられていたが、空母(航空母艦)の集中使用による大規模空襲はその神話を見事に打ち砕いて見せたのであった。こうして大艦巨砲主義時代は完全に終焉を迎え、時代は航空主兵時代へと移っていったのである。

    そして、この時、アメリカ海軍の主力空母は真珠湾外で輸送など任務に従事していたため無傷であり、その後のアメリカの作戦において大きな力を発揮したとされる。
    又、沈められた戦艦の中にも後に引き揚げられ再生されたものもあり、最終的にアメリカが失った戦艦はたったの2隻であったともいわれる。
    太平洋戦争中において、この時以外はアメリカ戦艦の喪失はない。

    当初から日本とアメリカの国力差から、日本海軍は山本長官(山本五十六)をはじめ短期決戦を想定していた。 
    しかし、攻撃目標に含まれていたアメリカ主力空母が真珠湾に停泊しておらず、撃沈できなかった事は、緒戦で何とかアメリカが持ちこたえる原動力となり、日本海軍は短期決戦戦略が頓挫する一因ともなったとされる。
    そして、被害はあくまで艦船だけであり、人的被害は小さかった(艦船の乗組員の多くは上陸していた)事であり、乗るべき戦艦を失った乗組員の多くは、新たに建造された空母へと配置転換され、むしろアメリカ海軍の航空主兵への転換を手助けする結果となったともいわれる。

    更に、宣戦布告なしにハワイ真珠湾を攻撃したとされる日本に対して、米国民は激昂し、これ以来、「リメンバー・パール・ハーバー」の合い言葉によって、米国民は一致団結してゆくことになる。
    この言葉は、「卑怯・卑劣なこと」の代名詞としても使われたともいう。

    以後、日本、日本人をJapan, Japanese(ジャパン、ジャパニーズ)と呼ばず、Japジャップと侮蔑的に呼ぶようになり、この事が、戦争の最終段階において広島、長崎の原爆にも繋がったともいわれるが・・?。


    記録映画の鑑賞は約25分程度・・、だが、この僅かの時間が日本人として重く感じられるのは当然であった・・。

    次回は、 「戦艦・アリゾナ」


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