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  • from: orimasa2007さん

    2011年06月11日 08時53分08秒

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    日本周遊紀行(139)水俣 「水俣病」(2) 

    .



     日本周遊紀行(139)水俣 「水俣病」(2)    、



    水俣病は、人間を廃人にした・・!!  、

    水俣病」は、新日本窒素肥料(現在のチッソ)水俣工場が、アセトアルデヒド(分子式CH3CHO、 無色の刺激臭ある可燃性液体でエチレンの直接酸化によって製する。
    有機合成の原料として重要な素材)の生産のときに触媒(反応を促進させる素材)として使用した無機水銀つまり「メチル水銀」が主要因とされた。 
    工場は触媒の反応過程で副生されたメチル水銀を排水し、特に1950年代から60年代にかけて水俣湾(八代海)に、ほぼ未処理のまま多量に廃棄した。
    そのため、魚にメチル水銀の生体濃縮(化学物質が生態系での食物連鎖を経て生物体内に濃縮されてゆく現象)が起こり、これを日常的に多量に摂取した沿岸部住民等への被害が多発した。

    メチル水銀は体内に入ると主に脳などの神経系を侵し、言語障害や痺れなど様々な症状を引き起こすことが判明している。 
    「チッソ」は毒そのものの廃水を無処理同然で海に流し続け、魚は食物連鎖から生物濃縮で体に水銀を溜めていき、人はその魚を昔の暮らしどおり変わりなく食していた。 
    変わらなく見えた暮らしの中から、こうして水俣病は起こったのである。 


    「生物濃縮」とは汚水がプランクトンや微生物を汚染し、そのプランクトンを小魚が食べ、さらに大きな魚が食べ、最後に人間が大きな魚を食べるという仕組みの食物連鎖である。
    それは陸上にもあり植物の葉や実を鳥、家畜などが食べ、そして、最後に人間が家畜などの肉を食べるのと同様の仕組みである。



    水俣病の症状」は、想像を絶する悲惨で凄惨なものであった・・!

    発病患者は面会に来る家族・知人の識別ができず後ずさりしたり、目や耳も機能せず、言語・知能障害・運動失調で廃人同様の状態にあって無残なものであった。 
    文字通りベッドの上で“のたうち回り”、“激しい痙攣”を伴い、まさに生き地獄状態であった。 
    また、水俣病は伝染病だとして偏見を受けたり、発病した家族の就職内定を取り消しされたり不当な差別をも受けたという。



    現現在の「チッソ」は日本高度経済成長の牽引車であり、特に液晶では世界的に見てもトップレベルであるという。 
    水俣工場では液晶を始めとしたファインケミカル製品、化成品、合成樹脂、化学肥料を作っている。

    世界でもトップレベルの会社は九州の小さな町にあって、町では人達が大勢働いている。 
    現在も水俣の税収の半分以上を納めているチッソは、従業員は660人ほど、関連会社で働いている人は水俣のみで2000人もおり、チッソの城下町ともいわれる。 
    そんな中で差別に耐えながら告発することの意味、水俣病の根底にある複雑な事情が見えるのである。

    30年経過した昭和末期、熊本県のみの認定患者は1700人、棄却者処分(裁判において認定申請を棄却された者)は6000人、未処理申請者は4300人いたとされる。 
    審査の遅れと、認定のゆがみに抗議する“検診拒否運動”が起こり、これに対して県は医療費補助をうち切ったという。 

    水俣病発生から50年たっても未だに問題解決されないのは、水俣病を取り巻く経緯、経過が極めて複雑怪奇であり、当時の「高度経済成長」の中で、政策の第一が産業優先に行われていた時代背景もあると言える。


    水俣病を取り巻く失態の要因として、次のような項目が挙げられるという。

     1、会社の傲慢体質や安全思想の欠如と人間的な差別。
     2、病理研究機関(熊大医学部等)への非協力と役所、同業者との結託しての妨害工作。
     3、行政機関の取組の遅滞、無責任さ。
     4、「奇病」による住民の誤解、差別問題。
     5、地域としての企業優先、企業城下町の体質。
     6、被害者と一般住民の補償金などによる批判、嫉妬、虐め等々。
     7、その他・・、


    当時の日本は、東京オリンピックや日本列島改造論などによる、経済最優先の時代であり、それが至上使命でもあった。 
    しかし、それには反作用、弊害が生じ所謂、公害が社会問題化しつつある中でもあり、被害者の訴訟はこの様な社会事情から起きている。

    水俣病、第二水俣病(新潟県阿賀野川流域で起こった有機水銀による汚染、水俣病に同じ)、四日市ぜんそく(石油化学コンビナートから排出された有害ガス汚染、気管支炎からぜんそく症状、肺炎・肺気腫から死亡に至る)、イタイイタイ病(富山県神通川流域、神岡鉱山から排出されたカドミウム汚染、骨軟化から骨折し、「イタイイタイ」と叫びつつ死亡に至る)の四件は「日本の四大公害」と呼ばれ、日本の産業公害の典型的なものであった。 
    四大公害は加害企業に対して訴訟が起こされ、いずれも原告(被害者)側の勝訴に終わっている、これを、四大公害裁判と呼ぶ。これらをきっかけにして公害健康被害補償法なども成立している。

    更に、「水俣病」が続きます。





    『九州紀行』は以下にも記載してます(主に写真関係)
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